この胸の痛みと辛さとそのあとと
行商人・アーネストが書類見ながらニヤけて息子のジョシュアから変人呼ばわりされた、その回想シーンの「奥さん側」Ver.です。
次にアーネスト君がここへ来た時、隣に奥さんがいるかもしれない。
そう思ったら、胸が苦しくなった。
何ヵ月かに1度、生活雑貨を売りに来てくれる行商人のローウェルさん一家の息子さんのアーネスト君。
小さい時にうちの薬剤師館へ来てた時に熱出しちゃったんで預かった事があるの。
それからは半年に1度位だったのが年に5回位は来てくれるようになった。
薬剤師館のみんなはローウェルさんの商品が好きだから、来てくれる回数が増えるのを喜んでた。
館長でさえ、ローウェルさんに「化粧品を仕入れてきてください」なんてお願いしてたもの。
あと珍しいお菓子やお酒なんかも、頼んでおけば仕入れて持ってきてくれる。
そこの、アーネスト君なんだけども。
今のところはご両親のお手伝い。
もっと手慣れてきたら独立して商売するんだとも言ってた……けど。
独立したら、ここに来なくなっちゃうんじゃないの?
独立してなくて奥さんと一緒にいるアーネスト君を見るのも嫌だけど。
ローウェルさんが来てもアーネスト君がいないのなんてもっと嫌。
私、一計を案じる事にした。
リンド領の領都の診療所への配達の仕事を代わってもらった。
さっさと配達を済ませて私は実家へ。
「おや珍しい。忙しくしていると思っていたが」
「ええ、忙しくさせていただいてるわ。でもね、忙しいけどお話があるの」
そして、相談を始めた。
……というより、本題から入っちゃったと言うべき?
私、Aクラス資格がとれたから……ローウェルさんの商隊についていきたいんだけど。
結果から言えば。
父さまは大大大大反対、母さまは大賛成。
そして賛成する母さまに反対の父さまが苦言を2つ3つ4つ5つ……。
「勘違いしないで。末っ子のローナを厄介払いしたくて賛成してるんじゃないの……ローナ。あなたローウェル商隊についていきたいっていうより、アーネスト君と一緒に行きたいほうが比重高いでしょ?」
母さまにはバレていたわけで。
だけど父さまが。
「しかし家族営業の商隊が未婚女性をそう簡単に連れて行くわけがないだろう」
あ。
「方法は、なくはないじゃない」
え?
「……しかしそれは短絡的ではないのか」
「あのね!上の娘6人は許してローナだけ駄目とか言わせないわよ?」
は?
「とは言っても……まだ18」
「5番めの嫁入りは16でした!」
へ?
父さまと母さまが口論になってる……母さま優勢だけど。
「しかしだね……」
「しかしもカカシもない!親が子の行く末を案じるのは当然の事。私だって案じています。でも子がこうしたいと言う行く手を遮る真似は、親の義務でも権利でもなく、親の身勝手って言うんです!ほんっとにもう……25年間で18人も子供を産ませておいて、最後の子離れの覚悟ができないなんてなんて男かしらね」
父さまがめちゃくちゃ怒られて、この時の話は終了……。
ほどなくして、ローウェルさん達はみんな期待の品物を持ってやって来た。
アーネスト君は今回も一緒に来ていて、そしてアーネスト君の隣はまだ空席だった。
「Aクラス薬剤師になれたので、個人で薬を売れるようになったんですよ」
「それはよかったですねえ、いい稼ぎになればいいですね」
ローウェル夫妻に売り込みを開始した……つもりが、なんだか話がかみあわなくて。
なので。
回りくどいのはやめにした!
「ローウェルさん、行商でお薬売りたくないですか?」
ど直球勝負。
「……え?」
「私が一緒に行けば、お薬売れますよ。処方薬だって出せるので便利です」
「え」
「ローウェルさんは薬剤師館を中心に回るでしょう?薬剤師館同士の取引の仲介もできます、私がいれば」
「……それは」
「連れていってください……私を商隊の一員に加えてください」
「いや、でも、その……親御さんの許可なく未婚女性を連れ回すのはちょっと」
「なら、うちに行きましょう」
ローウェルさん一家を、リンド領へ半ば強引に連れて行った。
領都の領主館の大広間には、当主であるお祖父さまにお願いして親戚一同全員に来てもらってた。
伯父さま達とその家族。
大広間なのにとても狭く感じるほどの人数がいるのを見て、ローウェルさん一家はびっくりしてた。
「せっかくAクラスになれたのに、行商について行ったらSクラスが受けられないんじゃないのかい?」
衣料品を商っている伯父さまが訊いてくる。
「受けなくても別に困らないわ。むしろAクラスのほうが制約低い分動きやすそうだし、Sクラスは教えなきゃなんないのよ?私、向いてないんだけど」
人に教えるのがとても苦手な私に指導者は不向きよ。
「それにね。私がいたらローウェルさんは取扱品目が増えるのよ。薬を売れるようになるんだから」
「いいじゃないそれ」
材木商でもある伯父さまの妻が乗り気になってる。
「でしょ、1人増えるだけで手広く商売できるのよ」
「あらまあ、お母さまによく似て商魂たくましいわね」
母さまは、実を言うと市場の元締めの娘だったりする。
「……え、あの……お嬢さまを連れ回すわけには……いかないんですg」
ローウェル夫妻がおののくように言ってくるけれど。
「うちならかまわないわよ?」
母さまったら普通にお返事を。
「ご覧の通り、1人位いなくったって、全く跡継ぎには困らないでしょ」
本来準男爵家は一代限りなのだけど、お祖父さまが爵位を授かった当時の国王陛下と何らかの賭けをして勝ってしまい「子孫が続く限り継承することを許可する」という特例中の特例な勅許をいただいてる。
そして準男爵家は、現当主のお祖父さまのもとに4人の息子がいて。
その4人のうち長男には7人、次男には6人、三男には9人子供がいて……四男には何とも驚く18人もいる。
私はいとこ達の中で最年少になるけど……私と年の近い甥姪やいとこの子供達がたくさんいる。
爵位云々ならば……長男伯父の長男一家(ここも子供がたくさん)が継ぐわけだから、私にまで回ってくる事は絶対にあり得ないでしょうよ。
「ですが、だからと言って……連れ回すとか……未婚女性としての評判とか……」
ローウェルさんが言った瞬間。
「アーネスト君さえ嫌でなければ、ぜひお嫁さんにしてやって欲しいんだけど?」
……母さま!?いきなりそれ言う!?
「へっ」
アーネスト君が目を丸くして私と母さまを見てた。
なんで!
私の意思はどこへ!
……嫌か、と言われたら全然嫌じゃないけど!
むしろ俄然OKなんですけど!
っつか貴族家のお嬢さんですよ!
うち、家ってもん持ってない行商人ですよ!
根なし草同然ですよ!
宿場までたどり着かなかったら荷車で寝るんですよ!
年明けの祭の日にどの町にいるかわかんないような生活ですよ!
いいんですかそんな家の嫁になっちゃって!
アーネスト君の口から、本音がだだもれになってた。
だだもれた本音を聞いてしまったローウェル夫妻は、しばらく2人とも額に手をあてて嘆くようにうなだれてしまってた、けど。
「……アーネスト、おまえ……嫌じゃない、はともかく『俄然OK』って……少しは言葉を選べ……」
ローウェルさんの一言で、アーネスト君が真っ赤になってしまった。
そこからはトントン拍子に話が進んでいって。
私は無事に(?)アーネスト君のお嫁さんになって行商人の仲間入り。
「婚礼の日にこんな縁起でもない事を言うようですが」
バタバタと取り急ぎ……しかしきちんと教会の礼拝堂で執り行われた結婚式のあと。
ローウェルさん……いえ、お義父さまが父さまに切り出した。
「行商人の業界での約束ごとだと思っていただけるとありがたいのですが……」
なんだか切り出しにくそう。
「もしも万が一うちの商隊が不測の事態で運営できなくなり幼い子供達だけが遺された場合、こちらにてお預かりいただけますか?」
……すごい事を言い出した。
でも、絶対にないとは言えない事態なのだそうで。
「もちろん。これだけ人数のいる一族だ、何人増えようが差し障りはないよ」
父さまの返事……あのね、人数の話じゃないのよ?
「ただその万が一の時は、うちの縁者だとわかる品物を持たせてここまで来させて欲しい……そうだな、紋章入りのネックレスを渡しておこう。あってほしくはないけどね、万が一念のためにね」
私を追加したローウェル商隊は、その後順調に人数を増やしながら国じゅうあちこちを回っています。
いわゆる「親公認の押しかけ女房」だったわけですねw
そして「母のネックレス」は、ここで初登場だったようです。