7 お父様がお怒りです
お父様の言葉にこの場の誰より私が驚いた。
何も国を離れる事はない。婚約はこうして解消されたのだし、アンドリュー殿下は今……動揺しているだけだろうし。そのせいで下着姿になっているのだけど。
「ちょうど我が領地は隣国と隣接しております。私も偉大なる陛下の臣民の一人であればこそ、輸出を抑えて国内への卸を優先してきました。宝石と絹の山を抱えて亡命を願えば済む話」
「いや、それは待たれよネルコム侯爵。何卒愚息の暴言を許されたい、この通りだ」
陛下、王妃様、王太子殿下が立ち上がって頭を下げた。私はとても困ってしまった、この方々に頭を下げてもらう理由なんて何もない。
「お、お父様……」
「陛下、皆さまどうか頭をおあげください。陛下方のお気持ちは分かっています。再三……そこの下着姿の下級騎士見習いに忠告……いえ、警告をしてくださった事も。私も少し頭に血が上りました」
御三方は頭を上げて着席し直す。
ちらっとアンドリュー殿下を見ると、その光景が信じられないようだった。
我が家の財政は国内消費が多いから『国庫の5分の1』の税で済んでいるだけで、直に輸出入を行えばそれどころじゃない納税額と、それ以上の儲けがある。
婚約者である私のこともだけれど、ネルコム侯爵家についてもこの殿下は何も知らなかったようだ。
お父様は……もしかして、それを見越してパフォーマンスを打ったのだろうか? でも、国王陛下に頭を下げさせるのはやりすぎだ。
「本当に申し訳ない。何卒この馬鹿に更生の機会を与えてほしい。本日より王城ではなく兵舎の寮にて暮らすことも申しつけておこう、未だに言われぬと理解できておらぬようだからな」
お父様とお母様の蔑むような目がアンドリュー殿下に向く。
ちょっと突飛な話だけれど、王族の処刑ともなれば、その罪状を国民に詳らかに明らかにしなければならない。
もし何か大きな事業が動くのだとしたら、それは得策では無い。民には王室は王室であり、一般人の感覚とは違うのだ。一緒くたに無能とされては、私によくしてくださっている陛下たちの能力まで見下されてしまう。謀反を狙う貴族も出てくるかもしれない。
今はおとなしく従って下級騎士見習いにアンドリュー殿下が収まってくれないと、アンドリュー殿下自身も王室にも良くない影響が出る。
あまり目を向けたくはないけど、アンドリュー殿下に目をやる。恥辱と怒りで顔を真っ赤にして拳を握って震えている。
私はこの人のために3年努力した。振り向いて欲しかった。広い目をもって、政略結婚を受け入れて欲しくて、……それ以上に暴言や態度を少しでも軟化させて欲しくて、頑張ったのだけど……。
周りの皆さまはこんなに優しく私を『励ましたり』『応援してくれたり』『慰めて』くれたけど、アンドリュー殿下はこの方々の優しさが伝わらないようだ。
ここで私が口を開いてもいい事は無い。
だって、アンドリュー殿下は私を睨みつけているんだもの。私のせいだと思ってるんだもの。
ごめんなさい、貴方の好みの女にはなれなかった、そこは私の責任です。でも、……ちょっと政治の勉強をした私が理解できた様々な事が目に入らないのは、私みたいな『女ごとき』よりも能力が下に見られてしまうので……控えた方がいいと思う。
「……では、ここに婚約破棄及びアンドリューの処遇を決定する。慰謝料と賠償金については、ネルコム侯爵、後程仔細の書類を送る」
「畏まりました。——そうそう、陛下。これは娘も知らず、私の耳に入ってきた事がいくつかありまして。アンドリュー殿下はどこから出ている金を使ったか知りませんが、下町の賭場でずいぶん派手に遊んでいたようです。娼館でも。一度、金庫の中身を確認された方がよろしいかと。では、失礼致します」
行こうか、と言われて私はクレイ王太子殿下と目が合った。寂しそうな目で見られてしまい、少しドギマギとしたが、一礼して王城を後にした。