16 元婚約者は火遊びが下手だったようです
暫くは、お父様もパスカルお兄様も忙しくなる。王宮なんてもっと大変だろう。私は大人しく家にいて、そこにジェニットが遊びに来たいと言ってきたのは1ヶ月後だった。
もちろん承諾して、また二人きりのお茶会だ。私は今社交活動に精を出すのは得策ではない。アンドリュー殿下の婚約者だったのだから、根掘り葉掘り聞かれるだけだ。そして、噂は瞬く間に広がるだろう。
しかしジェニットは、別の意味で社交活動に精を出して、ある意味アンドリュー殿下を追い詰めていた。
「あちこちのお茶会でアンドリュー殿下の名前を出してきたわ。私の親友が酷い目にあったの、と言ったら、気不味そうな顔をする子がいるわいるわ……」
「ジェニー、何をやったの?」
私は彼女を怒る時には愛称で呼ぶ。嫌ってる訳じゃなく、怒ってるだけ、という意味を込めて。
「私はそんなに変なことをしてないわよ? ただ、気不味そうにしている子って周りは見えてないのよね。だから、同席してる子達の前で、その子達に何かあったの? って聞いてみたの」
「……もしかしてアンドリュー殿下が、何人にも手を出してること、その子達は知らなかったのかしら?」
手を出す方も出す方だが、出される方も出される方だ。婚約者がいるのに手を出してくる男の『君だけだよ』なんて言葉を信じていたらしい。
「いやぁ、修羅場よ修羅場。でも、リーンが婚約破棄したじゃない? だから怒りの矛先は全部アンドリュー殿下に向かって、大悪口と暴露大会」
それを、何箇所もやってきたらしい。
これでアンドリュー殿下は貴族の令嬢からは見向きもされなくなる。もっと深い内情を知っているから、どちらにしろ二度と社交界には出て来れないのを知っているけれど。
「それにしても、殿下のお手付きだからまだいいけれど、そんな尻軽な女に嫁の貰い手があると思ってるのが凄いわよね。私はちゃんと『親友が』って言ってるのに、その親友を傷付けた片棒を担いでおいて。次は夜会で令息にこっそり浮気相手を広めておくわ」
「ジェニット……あんまりやりすぎてはダメよ? ……でも、ありがとう」
自分が知らず負けていた相手たちの将来の苦労を思えば、私はそういう意味では身綺麗だし、ジェニットの話し方なら私にアンドリュー殿下が手を出してないことは皆理解するだろう。
省みられてなくて、定例会も1分で終わる。そんな時間は全くなかった、それもセットで噂を広げてくれたから。
ただでさえ釣書の山を放置している私だけれど、お陰で結婚相手には困らなさそうだ。
「ありがとう、ジェニット。ねぇ、貴女にはいい人はいないの?」
「や、やだ、何よ急に」
「あら、気になる方がいるのね? ねぇ、教えて」
私に目を向けてくれたように、私もジェニットに目を向ける。たくさん助けてくれたこの親友を見る余裕も、私にはずっと無かったようだ。
そこからは暫く、楽しいお茶会になった。




