14 クレイ殿下が私を抱きとめてくれたようです
あの日、と言われると少し表情が強張った。
「私の従者の様子がおかしくて、君と別れた後問い詰めた。急いで追いかけたけれど……君が扉を開ける前に止められればよかったのだけど、……あんなものを見せてしまった。辛うじて床に落ちる前に君を抱きとめられたのはよかったけど、身体は怪我をしなくても、心が傷ついただろう」
「クレイ殿下……あの時の、腕は、殿下だったのですね」
覚えている。あの時の私は溢れてくる悲鳴を止められなかった。その中に溢れた複雑な感情を受け止めきれなくて、ショックで、倒れた。
誰かに抱き止められたのは覚えている。それがまさか……クレイ殿下だったなんて。
「しかし、なぜクレイ殿下の従者が?」
「使用人の間で、急いで別の部屋にお茶の支度を、という話を聞いてしまったそうだ。それで、普段の素行を考えると……、答えは自ずと、ということだが……。私は愚弟の愚かな行動の数々がそこまで酷いとは思っていなくて……気付かなかった言い訳だな、すまない」
私はあまりに沈痛な表情を浮かべる殿下に逆に申し訳なくなってしまった。
これは、私が悪かった所もあるのだ。もっと……まず、アンドリュー殿下と向き合わなければと努力する前に、ちゃんと向き合って協力してくれた身近な人たち……両親、魔術師団、騎士団、陛下、王妃様、そしてクレイ殿下に、話せばよかった。
なんだか悪事を告げ口するような気持ちの悪さと、ちゃんとアンドリュー殿下が私に向き合ってくれた時にそうしていたら信用されなくなる気がして……黙っていた。これくらい平気、これくらい慣れた、と。
全然平気でも慣れてもいなかった。ただ、蓋をしていただけ。ありもしなかった希望に縋っていただけだ。
アンドリュー殿下はきっと私を見てくれる、政略結婚の意味をわかってくれる、と。
実際はそれは叶わず、今は騎士団でしごかれてへとへとになって、盗聴までされている訳だけど。
王位継承権はどんな場合にも発生しなくなったから、クレイ殿下を蹴落とそうという第二王子派の貴族も今は大人しい。さりげなく中立派になろうとしている人もいる。
……そう、力ある私と第二王子が結婚したら、クレイ王太子殿下に何かあればすぐにでも第二王子が王太子になる。王弟殿下もいるけれど、王位継承権は第三位だった。今は第二位でいるけれど。
あら? だとすると、何が狙いだったのかしら。私と第二王子が婚約破棄になって得をするのは誰? これだけあからさまにアンドリュー様を排除したがったのは……クレイ王太子殿下を擁立している貴族?
「クレイ殿下、不躾な質問なのですが……」
と、私が聞こうとした時、硬い表情のクレイ殿下の側近が、至急お耳に入れたいことが、とやってきた。
私は口を閉じる。耳打ちされたクレイ殿下が、驚愕の表情で私を見る。
「リーン様……、先程の、質問とは?」
「え? は、はい、あの……どちらかの公爵家とのご婚約を、無かったことにしませんでしたか?」




