12 親友のジェニットがお怒りです
「あんた、そのポヤポヤもいい加減にしなさいよ! あんたにも怒るわよ?!」
やっと気持ちも凪いできて、少し息抜きがしたくなったので、親友であるジェニット・クロイセン伯爵令嬢を招いた。
クロイセン伯爵は王宮の侍従長の位にある。伯爵令嬢とはいえ、彼女の影響力は社交界においてすさまじい。
私が3年間頑張ってみる、と言った時にも、分かった、と言った後に、それでもダメな時は二度とあの殿下は貴族の女に手出しができないようにしてやるから、と宣言して応援……もとい、目を瞑ってくれていたのだ。
「ジェニットまで。皆とても怒っているのよ、私が怒る暇がないくらい」
「当たり前でしょ! 今の話を聞いたら絶対に後悔させてやるとしか思えない! あのねぇ、リーン? 自分のことなのよ? なんでそんなに怒らないのよ」
ジェニットは茶色の緩い巻毛に青い瞳の可愛らしい顔立ちで、社交界でも彼女に口で勝てる若い女性はまずいない。
そんな彼女がオブラートを剥がすとこんな感じになる。まるでお母様か、親戚のおばさまのような世話焼きっぷりだ。
「私が……気持ちはもちろん、とっくの昔に冷めていたけれど、自分にできることはできるだけやって、ダメだったから、かしら? これ以上は無駄だ、と思ったら、怒る気にもならなくて。ほら、好きの反対は無関心、というでしょう?」
ジェニットは、呆れた、という顔をしてから可愛い顔を台無しにして眉を吊り上げた。
「まぁ、当事者ならそうなのかもしれないわ。でもね、おしゃれしたこんなに可愛い女の子を待たせた挙句、1分も同席せずに暴言を吐く、なんて、どんな男もやっちゃいけないのよ。さ、怒りなさい」
ジェニットの言い分は正しいのだが、そうやって怒れと促されると、なんだか笑えてしまった。
それをさらに怒られそうなので、咳払いを一つして、怒ってみようと吐き出してみた。
「定例会の日に女を連れ込もうとするなんて、最低。しかも連れてる女はみんな下品よ、品性を疑うわ」
「そうよ、その調子! もっと言って!」
「大体、私のような美女に3年間尽くされて、その間ずっと、最高級の一点もののドレスを下品な服装だとか、プロと練習したメイクをけばいだとか、そもそもお茶がぬるくなった頃に来て飲み干してろくにこっちを見もしない! 最低男! 浮気者! ……あ、ら?」
口に出してみていたら、私の目からぽたぽたと涙が溢れてきた。
「しかも、最後が……約束の時間と場所で……他の女と……、もうやだ、だいっきらい……!」
「……可愛いリーン。辛かったわね。もう、大丈夫よ。貴女の味方はたくさんいるわ。でも、貴女の本心を引き出せるのは私。貴女が辛かった事を吐き出す暇がないくらい、目まぐるしかったのよね」
彼女は向かいに座っていたが、私の隣に来て泣きじゃくる私の頭を抱きしめた。
綺麗なハンカチで涙を拭いてくれる。
私の罵声にもならない罵声と泣き声を聞きながら、彼女はずっと、私の背を撫でてくれていた。
周りが怒ってくれたのは嬉しかったけれど、ジェニットは私の声を聞いてくれた。それが嬉しかったし、私の心は、こうやってずっと泣きたかったのだと、ようやく理解できた。




