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第八話 イメージプレイ

 別人?―――


 ルーナと名乗った少女はどこからどう見てもかつての主であるアニマに生き写しであった。


 姿形だけではない、小首をかしげた時の雰囲気などもアニマそのものなのである。


 長年傍に仕えてきたラグネイトには見間違えようがなかった。


 これが本人でないとしたらいったいなんであるというのか。


「た、戯れはおやめください、アニマ様―――」


 その白く透き通った肌に触れようと手を伸ばすラグネイト。


 だが、すぐに異変に気付く。


「その光は―――?」


「えっ? ああ、これヘンな魔法じゃないから大丈夫ですよ。慈愛の光っていう回復魔法なんです。あまり使える人がいないからご覧になったことないかもしれませんね。わたしコレ得意なんですよ〜」


 えへへと得意げに胸を張る少女、

 アニマも自慢するときはよくそうやって胸を張っていたものだった。


 だが―――この少女はアニマではない!


 ラグネイトはそう確信する。



 なぜならアニマは魔法は使えなかった。

 そして魔法は才能、後天的に目覚めることはぜったいにない。


 ラグネイトにとって最もいむべき魔道の光を放つこの少女が、カカシであるがゆえに非業の最期をとげた主であるはずがないのだ。


悲しみに飲み込まれる前に―――ラグネイトは動いた。



「フンッ!!」


「きゃっ!」



 床を叩いて起き上ると同時に得物(バケット)を手にして少女に突きつける。



「貴様ッ! 何のつもりだっ!?」


「えっ……? 何のつもり??」


「とぼけるなっ! なぜオレに魔法を使った!? それも回復の魔法だと!? いったい何の意図があってそんなことをしたっ!?」


 少女は何事かとあっけにとられていたが、目の前に突きつけられているのがただの小麦の塊だと分かるとすぐさま元の柔和な表情をたたえ、ラグネイトの誤解を解き始める。


「意図? ……それはもちろんお兄さんがケガをされていたからです」


「ケガだとっ!!?」


「そうです。覚えていないのですね。それについては本当に申し訳ありませんでした」


 少女は膝をポンポン叩きながら立ち上がり、ラグネイトに向かって深々と頭を下げる。


「ハンジ……わたしの友達が腕力強化の魔法で扉ごとアナタを押しつぶしてしまったんです。あの子って一度夢中になっちゃうと周りが見えなくなっちゃうところがあって……本当にすみませんでした」


「なにっ!?」


 

 二人の足元には大小さまざまな木片が散らばっており、その中にはひしゃげた閂までも転がっていた。

 

 こんな芸当、魔法でも使わなければ人間にはとうてい不可能である。


「オレがケガをしたから……クッ…………」


「見たところとても重症でしたので放ってはおけず治癒いたしました。ですから痛いところがあったら遠慮なく言ってください。傷口は塞がったように見えますが内部の痛みまではわたしには分かりませんから」


「内部の痛みっ!? そんなモノはないっ!」


「そうなのですか? でも……お兄さん泣いてらっしゃいます」


「えっ?」


 予想外の言葉に慌てふためき、ラグネイトはまぶたを拭う。

 

 いつからか、もしかしたらこの少女と対峙してからずっとだったのか、


 そう考えるとラグネイトは恥辱で身が燃えるような思いがした。



「こ、これは違うっ!! 断じてオレは泣いてなどいないっ! これは、そう、ほ、ほこりが目に入っただけだっ!!」


 得物をブンブン振り回しながら抗議の声を上げるラグネイト、


 その様子がおかしかったのか、少女は口元を手で覆いはじめる。


「ふふっ」


「わ、笑うなぁっ!!」


「ご、ごめんなさい、でもお兄さん元気みたいですね。それにしても……」


「それにしてもなんだっ!?」


 少女は口元を手で覆いそして上目遣いになる。


「見た目はクールそうなのにとっても面白いです。わたし友達のつきあいで来たんですけど、店長さんじゃなくてお兄さんのファンになっちゃいそうです」


 

「フ、ファンだとっ!? クッ、ふ、ふざけやがってっ!! どこまで人を愚弄すれば気が済むんだこの女っ!!」


 ラグネイトは得物をあらんかぎりの力で振り回して抗議する。

 それがただの照れ隠しである事は、誰の目からでも明らかであった。


「オレはお前らのことをだな!!―――ちょっと待てファンだと………………? そういえばオレは何をしていたんだっけ……? そうだ、店を開けてグラムを手伝おうと………ハッ!??」


 そこでラグネイトは慌てて背後を振り返る。

 自分の責務を思い出したのであった。


 だが、時すでに遅し、当の盟友はすでに多数の女性によってもみくちゃにされており、伸ばした右腕のみを黒山の中から確認することが出来た。


「グラム……」


 ああなってしまってはもはやどうしようもできない。

 秘面をつけてないラグネイトはただの人であり、多数の魔導士とやり合う事はできない、それはグラムも認めるところである。


「クソッ! こんなことに……すまないグラム……その、あとで、傷薬くらいつけてやるからな……ん?」


 その時、グラムの指先が小刻みに動き、事前に取り決めていたハンドサインを送っていることに気付く。



(気にするなラグ、僕の方は大丈夫だ)



「本当か?」



(当たり前だろ、ヘテロの港町の女性たちにくらべたらオルティスの女性なんてみんな淑女さ。ちょっと時間はかかるがなんとか乗り切ってみせる。それよりラグ、僕はこんな状況だからキミの手助けができない。悪いがそっちのフォローは自分で何とかしてくれ)



「フォローだと?」



(ああ、僕の情報だとオルティスで回復魔法を使える少女というのは一人しか存在しない。ぜったいに敵に回しちゃいけない人物だ。とにかくここは悪い印象を与えないようにして気持ちよくお帰りいただくんだ)



「そうなのか……分かった。だが、いったいどうすれば……」



(そんなの簡単さそれはあぁぁぁぁ~~~~)



 肝心なところでグラムの右手が黒山の中に埋没していく。ご丁寧に阿鼻叫喚のハンドサイン付きであった。


「……クソッ、自分で何とかするしかないのか……」


  覚悟を決めて背後を振り返るラグネイト、


  すると主と同じ色をした瞳といきなり目が合ってしまう。おまけにその瞬間に、嬉しそうに微笑まれてしまう。



「すごいですねぇ、お友達の方とあんな風に会話できるなんて。ますますお兄さんに興味が沸いちゃいます」


 鈴の音のようにコロコロ笑う少女、だが、この少女はグラムが敵に回してはいけないと警戒するほどの人物なのである。


 見た目に騙されてはいけない、ラグネイトは自分にそう言い聞かせ、少女からゆっくりと目を剥がしそして頭を下げる。



「……いえ、あれは、友達ではなく……主です。先ほどは取り乱してしまいすみませんでした。私ごときカカシが魔道士であるお客様に暴言を吐いてしまうなどとあり得ない事です。本来ならば死をもって償うべきところなのでしょうが、私は我が主グラム・ソードと主従関係を結んでおり、自由に命を使う事ができません。お客様の気が鎮まるならばどんなことでもさせていただきます。這いつくばってブタの真似をしろと言われれば喜んでさせていただきます。どうぞ何なりとご命令ください」


「あらまぁ、そうなのですか」


 カカシと分かった途端、少女の声のトーンが一段下がったようにラグネイトには思えた。

 

 もしかしたら自分は彼女の、主と同じ顔をした少女の落胆した顔が見たくなくて頭を下げているのかもしれない。


 ラグネイトはそんなことをぼんやりと考えながら、断罪の時をじっと待つ。




「こういう事をいうとお兄様に叱られてしまうのですが―――」


 すると少女はラグネイトに顔をよせ、内緒話を打ち明けるように耳元に囁く。


「―――わたし、カカシとか魔導士とか、そういうのあまり気にしてないんです。だからそんなに固くならなくても大丈夫ですよ」


 はっきりとした意思を感じる声音。


 ラグネイトは自分の耳を疑い、思わず少女の方を向く。


 至近距離で目が合った彼女は、やはり主と同じ瞳をしていて、そして主とは違った意思の光をその奥に見た気がした。



「今の話は内緒にしていてくださいね」


「……お前、いったい……」


「お前ですか……そうですねぇ…………気が変わりました。謝罪はいりません、が、わたしのことは名前で呼んでください」


「えっ」


「名前ですよ。忘れちゃいました? ルーナです」


「ル、ルーナ……さま」


「まぁ、様だなんて! でも、いいです。ちょっとづつ慣れていってくれればいいですから。それじゃ今度はお兄さんの名前をおしえてください」


「オ、オレの名前……?」


「そうですよ。わたし、実は兄がいるんです。お兄さんだと兄を連想しちゃうので、できれば名前で呼ばせてください」


「オ、オレの名前―――」


 ラグネイトは躊躇する。


 耐えられるかどうか分からなかった。


 今も、ややもすると意識の奥底からなにかがせり上がってきて溢れ出しそうになる。


「アナタのお名前は?」


「オレの、オレの名前は―――」



 記憶の中の主と目の前の少女の姿が重なる。


 ここは現実なのか、それとも夢の中なのか、もうろうとした意識の中で――――――


 ラグネイトは()()()()()を告げた。



「―――そうですか、あなたはラグっていうのね。よろしくね、ラグ」



 よろしくね、ラグ



 それがどれほどの自己欺瞞か、ラグネイトは分かっていた。



 だが、主と同じ顔をした少女が、主と同じ声音でかつてのように自分を呼んでくれる、結局その誘惑に抗う事ができなかった。

 

 誰に謝罪するでもなく、ラグネイトは深く深く頭を下げる。

 そして、誰にも気づかれないように、そっと涙を流したのであった。

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