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第六話 斜め45度

 エンドバーに手を下した翌朝、ラグネイトはパン屋リッキーにおいて勤労によるさわやかな汗を流している最中であった。


「…これくらいか……よし、いいだろう。あともう一往復くらいで陳列も終わりそうだ……これならなんとか開店には間に合いそうだってそうじゃないだろぉぉっ!?」


「ど、どうしたんだラグ?」


 突然、店の中央でセルフ突っ込みを入れ始めた盟友にグラムは度肝を抜かれる。


「どうした、じゃない!! なぜオレは今ここで焼きたてのバケットがもっともおいしく見えるような角度を気にしながら陳列しなければならないのだっ!? オレは魔道士を殺しに来たんだぞっ!!」


「ちょ、ラ、ラグ、ダメだよそんな物騒なこと言っちゃ。外にはもうお客さんがいるんだよ」


「関係ない!! 聞かれていたらまとめて始末してやるまでだっ!!」


 失言に失言を重ねるラグネイトにグラムはこめかみを押さえる。


「さ、さすがに白昼堂々はムリだって。それに今は秘面をつけてないじゃないか。秘面がないならいくらラグでも魔導士にはかなわないよ。きっと子供の魔導士にだってやられてしまう」


「なんだとっ!?」


「事実だよ。それに上手くいったとしても2、3人を道連れにするのが関の山だ。そんな結果はラグも望んじゃいないだろ」


「たしかに、それはだな……」


「魔導士を全滅させたいなら今はガマンしてもらうしかない。僕たちは表向きは出稼ぎ労働者ってことになってるんだから働かなきゃ怪しまれるんだよ」


 畳みかけるようなグラムの説得にラグネイトはうなり声を上げる事しか出来ない。


 オルティスに潜入してからはや一ヶ月、二人は職を求めてやってきた魔導士とその従者、という役柄を演じ続けていた。


 魔道の探求を至上としているオルティスでは、市民生活を支える職業についてはかなり下にみられており、普通の魔導士は誰も率先してやろうとはしていなかった。


 そのため彼らの言うところの下民の職務は、もっぱらオルティスの外からやってきた魔力保持者とその従者たちに一任されている。


 外様の魔導士はオルティスでは出世は見込めない。

 そもそも星付きの階級章を与えてもらえないのだ。

 が、その代わりにある程度の自治権と商売する権利を与えられる。

 

 この制度は多少の魔力を有しているグラムと、無能力のカカシであるラグネイトにとって、まさに正に僥倖(ぎょうこう)ともいえるオルティスの穴なのであった。



「だからってなぜパン屋なんだ!」



 最後の抵抗とばかりに手近のバケットを頭上にかかげ、それを振り回しながらラグネイトは叫ぶ。


「しかたないだろ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()そして大きな窯を扱っても怪しまれない仕事はそう多くない」


「そんな事は分かっているっ!」


 じゃあなんで聞いたんだよ、とはグラムは思ってても言わない。

 長年の付き合いからラグネイトの癇癪を鎮めるには余計な口をはさまないことが何より大事であることを彼は熟知していたから。


「くそっ、もっと考えればよかった。アイツらに食べ物を供する仕事なんて屈辱以外の何ものでもないっ!!」


「そうだね、まったくその通りだ」


 大きく頷いて追従の意を示すグラム。


 そんな様子のグラムを見て、ラグネイトはようやくあきらめたように嘆息するのだった。


「……はぁ、もういいよ、開けるぞ」


 うなだれたまま入り口の閂の一つにラグネイトは手をかける。


「あっ、ちょっとまって」


 はやくも一本目を抜き終える寸前のラグネイトをグラムは呼び止める。


「接客は僕がやるからさ、ラグはどんどん裏でパンを焼いててね」


 グラムはラグネイトとの付き合いは長い。


 すべての魔導士を手にかけたい程憎んでいる男がその魔導士たちを相手に商売とは言え頭を下げてへりくだらなければならない。それは―――想像を絶する地獄に他ならないだろう。


 それをよく知っていたからこそ、グラムはそう提案したのだった。


「…なに言ってるんだ? そういうわけにはいかないだろ。お前一人じゃあの連中はとうてい捌ききれない」


 だが、ラグネイトは当たり前のようにその提案をはねのける。


「オレも手伝うよ」


 そして満面の笑顔でそう言い放ったのだった。


 魔道士を殺すほど憎んでいる、話しかけることすら苦痛、ましてや接客など拷問に似た行為である。


 そのはずなのに、この男は楽な道に決して逃げない。


 グラムはラグネイトとの付き合いが長いから、こういう返答も心のどこかで予想はしていた。


「本当にありがとうラグ」


 そしてゆるむ頬をごまかすように、ラグネイトに負けないくらいの笑顔でグラムは謝意を示すのであった。


「なんだよ改まって、さて、それじゃそろそろ開店するぞ」


 メキッ


「ん?」


 三本目の閂を抜き終えた瞬間、ラグネイトは扉からきしむような音が上がったのを聞いた。

 

 メキメキメキメキ


 それは音は連続して一つの流れになり、やがて濁流のような激しさを帯びていく。


 メキメキメキメキメキメキメキメキバキィ!!!


「あっ」


 そして音が上がってから数瞬もしないうちに閂が中ほどからブチ折れ、鉄砲水のように大人数の客が店内に押し寄せてきた。



「「「「グラムさまぁ~~~!! おはようございますぅぅ~~~!!!!」」」」



 倒れた扉の下敷きになったラグネイトは、遠ざかる意識の中で婦女子たちの黄色い嬌声を聞いたような―――気がした―――

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