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第五話 崩壊の兆し

「ミリー顔色悪いぞ。ムリそうだったらあっちで休んでていいからな」


「ダフネ先輩……」


 振り返ると先輩捜査官であるダフネが肩に手を置いていた。

 戸惑う新任捜査官に対する気遣いが、手のひらを通してミリーに伝わってくる。


「出来ます、大丈夫です」


 だが、ミリーはかぶりをふってその提案を辞去する。


「そうか? キミの同期はもうあっちでゲーゲー吐いてるっていうのに大したもんだな。最近は女の方がしっかりしてる」


「ロブは繊細なんですよ。私は鈍感なので大丈夫です。ただ先輩」


「?」


「女だからっていうのは余計ですからね! 私、セクハラは許しませんからね!」


「そ、それは失礼した」


 慌ててミリーの肩から手を離すダフネ。

 新米の経歴書に【魔導合気10段】という恐ろしい項目があったことがそのとき頭をよぎった。



「さて、それじゃいきますよ!」


 そしてダフネを背後に従え死体の元へ向かうミリー、これではどちらが先輩か分かったものではないな、と、ダフネは肩をすくめる。


「うっ」


 だが、さすがに間近で見る本物の死体の迫力に身体が拒絶反応を示してしまったようで、ミリーの足がピタリと止まってしまう。


「…まずは後ろで見てろ」


「は、はい、すみません…」


「この死体にここまで近づけただけでも上出来だよ」


 そう言うとダフネはミリーを後ろに下げ、四つん這いになって鼻先を死体に近づけていく。


「せ、先輩」


「ああ、オレはこういうスタイルなんだよ、お前はマネしなくていいからな」


 その状態で舐め回すように死体を観察していくダフネ、その様子はさながら腐肉を漁るハイエナさながらであった。


(これが白狼と言われる先輩の捜査方法…)


 すでに頭に白いものが目立つダフネは、本人のあずかり知らぬところでそんな異名で呼ばれていた。


「この様子だとまだ死後5時間てところだな、硬直が手足までには及んでいない。死因は喉を切り裂かれての窒息死、これだけ八つ裂きにされているのは死因を隠すためか、それとも非常に強い恨みを抱いていたか、どちらかだろうな・・・」


 まるで死体と会話しているかのように次々と事実を明らかにしていくダフネ、


「た、たしかに近隣住民からちょうど5時間ほど前に誰かが争う声を聞いたとの情報がありました」


「だとしたら死亡推定時刻はその辺りで間違いなさそうだな、で、あとは殺害方法だが…いったいホシはなんの魔法を使ったんだ?」


 そして、ダフネは死体の断面を凝視し、そこに残された痕跡を調べていく。


 オルティスでは魔法以外の方法で人体をここまで損壊することはできない。当たり前のロジックである。



「……」



「せ、せんぱい、ど、どうしたんですか?」


 死体に顔があったら間違いなくキスしていたであろう距離まで近づき首の切断面を覗き込むダフネ、その額にはいつの間にか脂汗が滲んでいた



「ど、どこか具合でも」



「ありえない」



「えっ!?」



「この死体はありえない!」


 そして立ち上がり絶叫するダフネ、


「な、何がありえないんですか??」


「おい、ミリー、ここはどこだっ!?」


「えっ!? ど、どこってミレニム地区N2番通りで……」



 先ほどまでの優しい雰囲気からは一変、今のダフネは飲み込まれそうな迫力でミリーはたじろいでしまう。



「違う!そんなんじゃない、もっと大枠の話だ! オレとお前がいるこの街は魔導都市オルティス! 魔道士たちの楽園だろう!」


「そ、そうですが、そんなの当たり前じゃ」


「当たり前だっ! だが当たり前の場所で当たり前じゃない事が起きてるんだよっ!!」


「あ、当たり前じゃないこと? い、一体なんなんですか??」


 口角を飛ばしながら叫ぶダフネにミリーは恐怖すら覚える。


「見ろこの死体を!!」


 ダフネは死体の傷口を指差しながら吠える。


 ミリーには全く理解できない、普通の傷口に見えた。

 それでも白狼の嗅覚はこの変哲のない傷跡から何か重大な発見をしたようなのである。


 同じ捜査官だというのにこの差、ミリーは改めて自分が新人である事を実感する。


「す、すみません、私には何がなんだが分かりません…」


「魔道検視学の講習は受けただろう」


「は、はい、初歩的なことならば」


「ならこの断面を視覚に魔力を集めて見るんだ。マナトレースの痕跡が無いだろ」


「……ち、ちょっと分かりませんが、そう言われれば…魔力の残滓が少ないように見えます…」


 魔法を発動する際には大気中に存在しているマナと呼ばれる物質の力を借りる必要がある。これは真原子とも呼ばれており、世界を構成する全ての現象はこのマナと密接にかかわっていると言われている。


 魔法とはこのマナに直接働きかけることが出来る詠唱紋・印を使用し、任意で思うままの現象を起こす力のことなのである。


 そしてマナを強制的に変動させた場合、必ずどこかにその痕跡が残る。意図していないマナの発現がある。それがマナトレース。魔導検視学は魔法ごとのマナトレースの特徴を分類しており、それによって何の魔法が使われたかを逆説的に紐解く学問である。


 ミリーはそれらのことを頭に思い浮かべながら改めて傷口を凝視するが、それでも何の異常も検知できなかった。


「でも……それしか分かりません……」


「そこまで分かれば上出来だ。これはな、少ないどころじゃないんだ、完全に無なんだ」


「無?…そ、それってどういうことですか? まさかこの死体は魔法じゃなくて―――」


 鈍感なミリーでもさすがにダフネの言わんとしていることに気付く。

 

 そして先程のダフネの叫びの意味を理解する。


『オレとお前がいるこの街は魔導都市オルティス、魔道士たちの楽園だろう!』


「まさかこの人は…」


「そのまさかだ。この死体は物理的な力、おそらく刃物で殺されている!」


 魔道士にとっての楽園を支えているのは、魔力を持たないカカシたちの労働によってである。


 そのカカシたちから戦う力を徹底的に奪うことによって、この一方的な支配構造は成り立っている。


 しかし目の前の死体はその楽園の図式を真っ向から否定している―――それが先ほどのダフネの叫びの意味である。



「いったいなにが…あったっていうんですか…」


 先程までは嫌悪感を感じるだけの変死体が、今や得体の知れない、想像もつかない不気味な化け物へと変化したことをミリーは感じた。



「ん?…オイ!この死体は何か持っている!!」


 苦しくて深呼吸するミリーをよそにダフネはかがみこみ指が一本しか残っていない拳から何かを取り出す。


 その何かがこの絶望的な状況を打破する一縷の光となることを、ミリーは期待する。



 カラン



 だが、死体の手の平から転げ落ちた物体は、ダフネたちにさらなる絶望を与えただけであった。



 それは階級章、12星が煌びやかに瞬くオルティスで最も尊い階級章。


 だが今や血と脂で薄汚れ、その威光は見る影もなくなっていた。まるで今後のオルティスの未来を暗示しているかのように―――


「ま、まさか、この死体は……アルティメイツ……なのか……?」


 ほうけたようなダフネの問いに、ミリーは何も答える事が出来ない。


 オルティス最強クラスの魔道士が、よりにもよって刃物によって殺されているという圧倒的な事実に、ただ打ちひしがれることしか出来なかった。


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