第四話 眠れぬ夜
聞こえよがしに大きなため息をつくと、ラグネイトはグラムを睨みつける。
「すぐにだと? そんな事できるわけないだろう」
それで会話を打ち切り寝室へと歩を進めようとするラグネイト。
だが、グラムがその進路上に身体を滑り込ませて立ちはだかる。
「待ってくれ。話を聞いてくれ」
「なんだよ」
「今晩を逃したら当分この街からは抜け出せなくなるんだ」
「どういう事だ」
「考えればわかる事だろう。アルティメイツはこのオルティスの権威構造の象徴だ。それを殺した人間を絶対に逃すわけがない。だから当面の間このオルティスは封鎖されることになるんだ。そんな厳戒態勢の中じゃ来た時と同じ方法が使えないんだ、だから引くなら今しかないんだよ」
「そうか」
この二人の役割はラグネイトが実行犯、グラムは作戦を立てる参謀役となっている。
このオルティスに侵入し、あまつさえ武器が調達できたのはラグネイトがグラムの手筈通りに動いたからなのである。
そんな知将のいうことなのだからおそらくその通りになるのだろう。
ラグは納得する。
だが、だからといってそれを実行するかは別の話だった。
「魔道士は当分の間震えて眠ることになる。それでもう手打ちにしないか? 復讐も出来て満足しただろう」
「ふざけるな! まだ1人しかやってないんだぞ! オレはオルティスの魔道士を全滅させるために来たんだ!」
「僕はラグの気が済むまで付き合ってやろうと思ってた。でも、流れが急すぎだ。いきなりアルティメイツを殺すなんて! このままじゃ僕とキミは破滅するしかない。それにさっきは聞かなかったけど、その、人を殺して後悔とかはしてないのか?」
「魔道士は人じゃない。悪魔だ。それに相手はあのエンドバーだぞ。後悔なんてするわけないだろ」
「全く、心変わりする兆しもないのかい?」
「当然だ」
いくら正論でも人生の大目標の只中にいる人間には届かない、グラムはそのことを痛いほど痛感していた。
「お前だけでも逃げればいい。ここまでしてくれたんだ、感謝こそすれ恨みはしない」
それはラグネイトの心からの提案だったが、グラムはすぐにかぶりを振る。
「…一緒じゃなきゃ意味がないだろう…分かった。ならこの件についてはもう何も言わない。ラグに……とことんまで付き合うよ……」
「ありがとう、助かるよ」
ラグネイトは軽く感謝の意を表する。
だが、その時のグラムがどれだけの覚悟を秘めていたのか、ラグネイトは大分あとになって知る事になる。
「…ただ約束してくれ。むやみに魔道士を殺さないって。オルティスの中にはカカシとも友好的な魔道士だっている。そういう人たちはせめてターゲットから外すんだ」
「関係ないな。魔導士は全員皆殺しだ」
「……戦略的にそうして欲しいんだ。まぁ、ムリにとは言わないよ。頭の片隅に置いといてくれ」
「あぁ」
言下に可能性を否定しながらラグネイトは気の無い返事を返す。
「あともう一つ、今日みたいな闇討ちはもうやめてくれ」
「なぜだ?」
「明日からはこの街は違った顔を見せる。夜中に意味もなくうろついていたらすぐに噂に名高いオルティス憲兵隊に捕まることになる」
魔道士の中でも特に優れた者が集められていると噂のオルティス憲兵隊。
魔道士同士の諍いを仲裁するとともに、オルティスの治安をその手に一手に担っている集団。
アルティメイツが殺害されたとなれば彼らが出張ってくるのは既定路線であると言えた。
「憲兵隊の連中は早めに片付けたいと思っていた。向こうから来てくれるなら願ったりだ」
「バカをいえ。一対一ならまだしも憲兵隊は統率された組織なんだ。いくらラグが強くても多勢に無勢だよ。もうちょっと慎重になってくれ」
「善処しよう」
「頼むよ、善処じゃなくて今、ここで誓ってくれ。無謀な戦いはしないって」
「だが…」
「それに言わせてもらうとラグのやり方は効率が悪すぎる。闇討ちじゃ魔道士を全滅させる前にキミが老衰で死ぬほうが早いぞ」
「なんだと!?」
「怒るなよ。事実だ。だからさ…」
グラムはここからが本題と言わんばかりに一つ咳払いする。
「提案がある」
「提案…か」
グラムの提案というのは特別な意味を持っている。
提案と言いつつもこれはほとんど命令なのである。そしてこの命令に従って損をしたことは過去一度もない。実際に絶対不可能と思われたオルティスへの武器持ち込みもグラムの提案に乗ったお陰で成功しているのだ。
あえて提案と言っているのはラグネイトが反発しないための方便にしか過ぎないのである。
きっとこの提案も道を示してくれるのは間違いがない。魔道士を全滅させる悲願を成就させてくれるための―――
ラグネイトもそれは頭では分かっていた。
「なんだ?」
「今後、魔導士を殺す場合はすべて僕の指示に従ってほしいんだ。僕の預かり知らないところで魔導士を殺すことは禁止にする」
道を示す提案であるのは間違いない。だが、ラグネイトはこの提案に素直に首を縦に振る事はできなかった。
過去の遺恨からラグネイトは殺す順番を決めていた。それにたとえグラムの指示に従って魔道士を全滅させたとしても、それは果たして自分の手で復讐を成し遂げたと言えるのだろうか、非常に悩ましい問題だったからである。
「少し考えさせてくれ」
だから保留することしか、今のラグネイトにはできなかった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「こ、これは……」
見習い憲兵隊員のミリーは、思わず息を呑む。
その眼下には、かつておそらく人だったであろう物体が鼻をつくような異臭を放ちながら散らばっていた。