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第二十六話 マッドサイエンティストテリトリーその9

 バアトルを横たえる。

 全身が赤く焼けただれ髪の毛は燃え落ちて消失していた。

 先ほどまで異形を圧倒していた筆頭反乱者の面影はどこにもなかった。


「無事かっ!?」


 返答はない。

 ただ浅い呼吸音は聞こえたのでかろうじて生きていることは分かった。

 一瞬で人をここまで追い込む魔導とは


「!!」


 すると再び目の前に炎の壁が現れた。ラグネイトは驚愕すると同時に、危機感を覚える。


(コイツは手慣れているっ!?)


 今まで出会ったどの魔導士とも違う。

 これまで連中は己の魔力に酔いしれ戦闘中に傲慢さを隠そうともしなかった。しかしこの魔導士はバアトルを戦闘不能に追い込んだと見るやすぐさまラグネイトも始末しにかかってきている。戦局を見ているとしか思えない。


「くっ!!」


 ラグネイトは炎の壁に向かって突き進む。短期決戦しかない。時間をかけるほどこちらが不利になる。

 そう判断して刃物を2本取り出し投げつける。

 相手が左右どちらに逃げてもカバーできる範囲を狙った。

 刃はラグネイトのイメージ通りの位置へとまっすぐ進む。

 しかし突如として刃は消え去った。

 その後に焼け焦げた臭いが鼻腔に届いた。


(溶かしたのか!?)


 信じがたかったが目の前で起きた現象を無視することはできない。

 刃は空中で一瞬の内に蒸発してしまったのだ。

 魔導士がまとう炎の螺旋によって。

 金属を一瞬で溶解させるほどの高温。

 バアトルを焼いた炎といい、この魔導士が操る炎はケタが違いすぎる。


 すると再び炎の壁が現れた。今度は四方八方を囲まれて、どこにも逃げ場らしきものはない。

 ラグネイトは覚悟して受ける。

 秘面の力が発動し、ことなきを得たが、


「……そうか、貴様がウワサの反乱者か」


 確実に敵には知れてしまった。

 そして壮年の男性らしき声には驚きはあったが、恐怖している様子はなかった。

 その事実がますますラグネイトの神経を逆なでする。


「するとアールシートを殺したのも貴様ということか」


「……その物言い……お前はアルティメイツか」


「フンッ、だとすれば何とする。後悔したか? いくら悔いてもこの研究所に足を踏み入れた時点でお前の命運は決まっているのだ。さて、どうしてくれようか」


 もったいぶった余裕を見せる魔導士レンブラント。そして


「魔道を無効化する力か。我が研究とは関係なさそうだが来たるべき時の備えは多いにこしたことはない。お前には新たな合成獣の材料となってもらうとしよう」


「材料だと…? ふざけるなっ!! 貴様こそ自分の立場が分かっていないようだな。オレには自慢の魔道は通用しないんだぞ。今からそっちに行ってアールシートのように切り刻んで殺してやる。みじめに命乞いをしてもムダだ。何度も何度も絶望を味あわせてこの研究所の床にこびりついたヘドロの仲間入りをさせてやるよ!」


「できると思っているのか」


「当たり前だっっ!!」


 ラグネイトは刃を手にするとベッドを踏み台にして跳躍する。

 相手がアルティメイツだと分かったからか、全身の血が怒りで燃えて体内を駆け巡っていくのが分かった。その熱を動力にして高く高く跳び上がった。

 炎の螺旋を眼下に見て、その中心にいる髪を後ろに撫でつけた男の胸元に輝く星を見た瞬間、ラグネイトの理性は完全に吹き飛んだ。


「おぉぉらぁあああ!!」


 この時ラグネイトは警戒してかかるべきであった。

 なぜレンブラントには取り乱す様子がなかったのか。

 なぜこの炎の螺旋はラグネイトが接近しても消失しないのか。

 冷静になって考えれば紐解けたであろう事柄も、憤怒にとらわれたラグネイトには見えていなかった。


 結果、ラグネイトの刃は敵に到達する前に使いものにならなくなってしまった。


「なにっ!!??」


「クックック、先ほど言ったこと、撤回するなら今だぞ」


「バカなッ!!!」


「現実をよく見るがいい」


「くっ、そ、そんなはずはないっ!!」


 ラグネイトはレンブラントの外殻でもある炎の螺旋に向かって一閃する。

 しかし振るった矢先に刃先が炎に溶かされて一向にレンブラントには届かない。


「ハハハハハ動揺が丸見えだ。実につまらん人間だな。いいだろう気が済むまでその殺人ごっこを繰り返すがいい。満足したら我が魔導の礎になってもらうとしようか」


「ごっこだと!? くっ!!」


 ワケが分からずラグネイトは闇雲に刃を振るい続ける。

 いやすでに武器としての機能は損なわれている何かであった。

 レンブラントにどのように見られているかなど気にしている余裕はなかった。


(なぜだ? なぜなんだグラム。お前のくれた秘面の力は完璧だったはずだ!)


 どんな魔導も無効化する。

 さまざまな実験を何度も何度も繰り返しその効果のほどは実証された。どこにも問題などなかった。

 だから満を持してこのオルティスに乗り込むことができた。

 二人の夢を叶えてくれる希望の象徴、それがこの秘面だったはず。


『ごめんよラグ、秘面には僕の知らない一面があるのかもしれない』


 不意にグラムの声が聞こえた気がした。幻聴かもしれない。

 声は続く。


『だからもう復讐はあきらめて、僕といっしょに帰ろうよ』


 そうなのか、そうするしかないのか。

 グラムの寂しそうな横顔までもが見えた気がした。

 アールシートを殺したあの夜に、グラムの言う通りオルティスを脱出するべきだったのだろうか。


 現実世界では刃は届くことなく炎の螺旋によって溶かされ続けている。

 スペアももう残り少ない。こんな事態は想定していなかった。

 全ての刃がなくなればラグネイトはもはや戦うことはできないだろう。


 だが、果たして本当にそうなのだろうか。


 バアトルは違った。ヤツは己の身一つで戦い続けていた。

 他にも多くの反乱者がオルティスにはいると聞く。

 それらは武器を持つことができなくても、自らを、自らの大事なモノを守るために戦い続けているという。

 

 ラグネイトは思い出す。

 秘面はただのきっかけに過ぎなかったのだということを。

 オルティスが陥落した日に、ラグネイトは生涯をかけて復讐を誓った。

 悪逆な魔導士を滅ぼすために命をかけることを決めたのだ。

 たとえ秘面がなくとも刃を手にしなくてもラグネイトは必ずこのオルティスに足を踏み入れていたはずであった。


 だからこそ思えた。

 この原初の誓いさえあれば成せないことなどない、と。

 こんな場面で弱音を吐くのはまだ早すぎるだろう。


 ラグネイトは攻撃の手をピタッと止めるとレンブラントと距離をとった。


 乗せられていたのではないか、何かがあるのではないか、と勘ぐる。


 レンブラントはラグネイトの眼前に再び炎の壁を繰り出した。

 本当に場慣れしている魔導士の行動だと思えた。

 だからこそこのレンブラントを出し抜くためには、ヤツの意識の埒外の行動をするしかないのだと分かった。


(そう言えば一つだけあったな)


 あの結果はバアトルですら予測していなかったことだった。

 一体何が起きたのか、ラグネイト自身もワケが分からなかった。

 あの状況を再現できれば、この戦いの風向きも変わるかもしれない。


 ラグネイトは魔導との距離を適切に取ると、お互いが接触するキワめがけて刃を振るった。

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