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第二十五話 マッドサイエンティストテリトリーその8

 近づいてみると闇に塗りつぶされていた箇所は漆黒のカーテンで仕切られているようだった。

 すべてを覆い尽くすほどの純粋な黒色に吸い込まれそうになりながらも、意を決してラグネイトはカーテンをくぐり抜ける。


 すると照明の色が白から青緑色へと変化し、同じフロアとは思えないほど様相がガラリと変化した。


 空気は冷たくなり、匂いはより一層きつくなった。


 壁には液体がつめられたガラス容器が等間隔に並べられており、その中には先ほど対峙した異形とよく似た物体がプカプカと浮かんでいた。それらを見て悪趣味だな、と思うヒマはなかった。


 バアトルと異形が戦っていた。


 相手は先ほどの三口の異形とはスケールも脅威もケタちがいの巨大な異形であった。


 下半身は大蛇のようにとぐろを巻いており、上半身にあたる部分からは大樹が生え枝葉を広げていた。

 葉のように繁っているのはよく見ると思い思いの形をした異形の化け物たちで、その数はとうてい数えきれるものではなかった。幹に当たる部分からは人間の女性に見えるシルエットが飛び出ており、心臓のように脈動している。


 あまりにもおぞましいその姿にラグネイトは戦慄する。


 大樹の異形が枝をゆらすと葉ずれの音と異形たちのわななきが共鳴しフロアを覆い尽くす。そして身構えるバアトルめがけて一斉に襲いかかる。


 バアトルはパンチを繰り出しそれらすべてを迎撃していった。

 腕は2本しかないはずだが、残像を帯びて無数に分裂して見えるほどに苛烈だ。


「ハハハハずいぶんとなまったなあ! そんなんじゃ捉えられんぞっ!!」


 ラグネイトは援護は考えなかった。

 むしろその逆、余計なことをしてバアトルの戦いのリズムを狂わすことだけは避けなければならないと判断した。それに目で追う事がやっとの攻防に飛び込めば、ズタボロにされる未来しか想像できない。


(これが筆頭反乱者の力か………)


 ただただ目の前の光景に打ちひしがれるしかなかった。


 リーチの差があるためバアトルはときおり背後に攻撃を受けることもあったが、それでも歩みを止めることなく血が流れようとも肉が抉られようともお構いなしに進み続け、やがて中央の人間らしきシルエットへと肉薄した。


「……苦しかったなあ。いま楽にしてやろう」


 バアトルは異形のコアらしき部位にそう語りかけると、その頭部に向かって拳を繰り出した。

 今までで一番速く重い一撃だった。

 異形の頭部ははじけ飛び血の雨がフロア中へと降り注ぎ幹は裂け異形の葉たちは嘆きの声を上げながら停止した。


 だが、勝利したはずのバアトルの背中はうなだれ小さくなっていた。


「……おいバアトル」


 ラグネイトはその背に声をかける。


「……おお、よくぞご無事で。いやいや申し訳ない。集中しすぎて周りが見えなくなっておりました。ハハハハハ」


 邪心のないその態度に先ほど胸の内に生じた疑念が霧散していくのが分かった。


「集中か。まああんなデカブツ相手にしてたんじゃ仕方ないか」


「あっ、ご覧になっておりましたか。ハハッお恥ずかしいところを見られてしまいましたなあ」


「なんで顔を赤くする?……まぁいい、それよりアレはお前の仲間だったんじゃないのか?」


「な、なぜそうお思いで?」


 言いよどむバアトルにラグネイトは続ける。


「お前は仲間を救いに行くと言っていた。だが今のところそんな連中はどこにもいない。代わりにいるのはよく分からない化け物たちだけだ。つながりがあると思ってもおかしくはないだろう」


「うーむ……そうですな……まあよいでしょう。たしかにおっしゃる通り先ほどの彼女は私の大事な仲間です。ここでの実験の犠牲となった一人でした」


「実験か。聞いていいのか」


「ええ、もちろん。ここは全ての魔導士の夢の成れ果ての地。不老不死の実験場だったのです」


「不老不死だと? そんなバカなことができると思っているのか」


「手の平から炎を出せるようになれば人はそのような思い違いもしてしまうのでしょう。やつ等の親分ですら到達できなかった境地だというのに。そんな無謀な夢のために多くの仲間が犠牲になったのですよ」


 バアトルはフロア中を見回す。

 いたるところに点在する黒いシミと鼻孔にまとわりついて離れない臭気がその凄惨さの証明だと言わんばかりに。


「連中は初めは人間の持つ生命力を高めることでそれを成そうとしておりました。そのため人体を解剖しありとあらゆる魔導処理を施したのです。しかし人の内なる力のみではおよそ不老不死など不可能なことが分かってきたのでしょう。途中で方針が変わりました。人間よりもより強じんな生命力を持つ種の特性を取り入れることで人体の限界を突破しようと考えたのです」


 バアトルの眉間に深いシワがよる。


「我々は魔獣と呼ばれる獰猛な獣と結合させられることとなったのです。四肢を切り落とされ魔獣の手足を移植される者。腹をかっさばかれ魔獣の臓器を移植させられる者。様々な人体実験が繰り返されました。魔獣の臓器はサイズが大きいので人の腹には収まりきりませんでしたが、魔導の力で無理やり固定させられるのです。うまくいかずに腐敗してそのまま放置されるなんてことも日常茶飯事でした。運よくそれらの移植に成功したとしても魔獣の血は人にとっては猛毒ですから苦痛にもがき苦しむことになるのです。しかし叫ぶことはできませんでした。魔導士に目をつけられると声帯を取り除かれてしまいますからな。皆必死に声をおさえて耐えるのですよ。ハハッ、まったくいまさらそんなもの守っても仕方ないというのに。おかしな話ですなあ」


 力なく笑うバアトルにラグネイトは言葉をふりしぼる。


「よく……生きていてくれた」


 そんな益もないことしか言えなかったが、バアトルは破顔して喜んだ。


「ハッハッハッハッハそうですなあ。だが、果たして生きていると言ってよいものなのか。実は私と娘の体の中にもよく分からんモノが入っておるのですよ。先ほどの彼女と同じなのです。まあそれでも運はよかった方なのでしょう。人の形は保っておりますからな」


 バアトルの目線は先ほど倒した異形に向けられていた。


「彼女は特別でした。不老不死はなしえませんでしたがそんな中でも成功例と呼ばれておりましてなあ。その枝に生る異形は人の欠損した部位を補う事ができたのです。どんな部位にもたちどころになじむのでとくべつに重宝されておりましたよ。ですが、パーツを生み出す際には苦痛が伴うようでいつも泣き叫んでおりました。その内に叫び声がだんだんと人間離れしていきまして、最後のほうはほとんど魔獣の声と区別がつかなくなってしまいました。これで少しは楽になれたでしょうか」


 これだけの巨大な異形を作り上げるのに、果たしてどれだけの移植が行われたのだろうか。そこにどれだけの苦痛と絶望があったのだろうか。想像もつかない。


「少なくともこれ以上苦しむことは無くなっただろうな」


 そうつぶやいたラグネイトにバアトルは微笑む。


「そう言っていただけると救われます。私もそう信じましたから、逃げおおせた暁には仲間をこの手で全員救ってやろうと考えたのですよ」


 バアトルは手を合わせると深く頭を垂れて一礼する。

 宗派を合わせるまではしなかったが、ラグネイトも心の中で祈りの言葉は唱えておく。


「……さて、それでは長居は無用ですな。帰るとしましょうか」


「もういいのか」


「ええ、終わらせることができました。これもラグネイトどののおかげです。帰りもよろしく頼みますぞ。帰るまでが遠足ですからなあガッハッハッハッ……と、いうのは冗談で、どうも様子がおかしいのです。警備の者も地上に一人しかおりませんでしたし。早く脱出したほうがよろしいかと」


 そのことについてもラグネイトは違和感を覚えていた。グラムも多数の魔導士との戦闘を想定していたはずである。


「どんな理由が考えられる」


「分かりませぬ。関係があるとすれば先日の騒動でしょうか。緊急事態宣言もあるしここに戦力を割けなかったのかもしれません」 


 バアトルの予想はおおかた当たっていた。

 緊急事態宣言にかこつけて想定以上の憲兵隊がこの統括領に入り込んでいたのである。明らかなけん制であったが立場上それを固辞できないレンブラントは、大っぴらに魔道研究所を警護することが困難になっていたのであった。そんな事実を二人が知る由もなかったが。

 

「すみませんな。戦力増強のアテが外れてしまいまして」


「気にするな。グラムだってそんなに期待はしていなかったさ。それにそんな大人数に来られてもリッキーには置けないだろう」


「ははあ、たしかにあそこではそうでしょうな。ですが拠点なら」


 二人は闇のカーテンを同時にくぐり抜ける。


 白一色のフロアが赤色に染まっていた。


 何が起きているのか分からなかった照明の色が変わったのかそんなはずはと思う間もなく目の前に現れた巨大な炎の柱がバアトルの全身を飲み込んで


「ぐわあああああああああああああああ!!!!」


 バアトルが燃えた。

 炎のベールが厚すぎてバアトルの姿が見えなかった。

 理解が及ぶまで一秒ほどかかったが、ラグネイトは慌てて炎をかき分けバアトルに抱きつく。

 

 炎は瞬時に消え去った。

 

 間違いない、魔導によって生み出された炎だ。


 しかしフロアの色は変わらず赤一色に染まっている。

 ラグネイトは視線を出口の方へと向けた。

 

 紅い光源がそこにあった。

 人型のシルエットの周囲に炎が渦巻いている。

 なぜだかラグネイトにはその炎が怒りの発露に見えた。

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