第二十四話 マッドサイエンティストテリトリーその7
決してヤケになったわけではない。
だがそう見えて欲しいとは願った。気持ち息を深く吸い込む。
異形がベッドの隙間からこちらを伺っているのが見えた。
その目は、口は、憎しみで歪んでいる。
(できればもう一本……)
「グルルルルル」
威嚇音を発しながら異形がベッドの隙間から抜け出してきた。
下脚からの出血で血が弧を描いている。
ラグネイトは肩で息をしながら異形の出方を伺う。
先に動いたのは異形の方だった。
先ほどと同様に床を這いながら移動すると、ラグネイトが投げ捨てた刃物をひったくる様に握りしめ構えをとった。ラグネイトは気づかれないようにそっと息を吐く。
二人の間にただよう緊張感が最大限に高まり、物音一つ上がらない時間が流れる。
そして異形は時間をかけて、ラグネイトが丸腰だということを理解すると、口の端に獰猛な捕食者の色を浮かべてから跳躍した。
その一直線の軌道を見て、ラグネイトはつぶやく。
「……こうもうまく行くとはな」
戦闘の最中に相手の武器を奪って攻撃するのは異形の本能か、それとも性質のなせる業なのか。
もしこの異形固有の性質だとすれば、つけいる隙がありそうだとラグネイトは考えた。
そして異形の動きの源泉はあの6本の腕によるフレキシブルな可動、それによって生み出される予期せぬ動作だとラグネイトは判断していた。
それぞれが独立しており、人間では不可能な動きを可能にしている。
それに翻弄されてしまう。意識の埒外の動きをされれば、俊敏だと勘違いしてしまうのは仕方がない。
だからラグネイトはその可動を封じたかった。
そのために刃物を投げ捨てるという賭けに出た。
結果は武器で3本、先ほどの戦闘で1本、移動にかける腕の可動を封じることができた。
残った2本の腕の力のみで異形は突進を仕掛けてきた。
おそらくトップスピードだが、その軌道は直線的である。
そこにラグネイトはスキを作ることで異形の狙いを限定的にした。
ゴールが決まっていればルートは限られる。
そうしたすべての企みが機能したことで、ラグネイトは遠慮なく隠し玉を使うことができた。
「グルルルルルルルルル!!!」
異形の唸り声を間近に聞きながら、ラグネイトは秘面の突き出た角を引き抜き前方に突き出した。
「ギャ!!!!」
ほんの短い悲鳴を上げて異形は止まった。
自らの速度によって槍の穂先が貫通していた。
苦痛よりもなぜこんな目にあっているのか分からない、そんな疑問が口の端に浮かんでいた。
「言ったろ? この角は飾りじゃないって。いや、お前には言ってなかったか。まあどっちでもいい。返してもらうぞ」
ラグネイトは角が変形した手槍ごと異形を地面に突き刺すと、刃物を奪い返しチンチンと音を鳴らす。
異形の耳がどこにあるかは分からなかったので、顔の付近で念入りに音を聞かせてやる。
「右手も何とか無事だったようだが、また襲われてはかなわん。どうなるかは分かるな」
「ガッ、グギョオオオオン!!!」
「この期におよんでその反骨心……好きだぜ。おかげさまで目も覚めたしな。敬意を表して全力で切り刻んでやるよ!!!」
ラグネイトの手が縦横無尽に光を放つ。
一拍おくれて異形のボディが、腕が細断されていき四方へ飛び散っていく。
様子を確かめるように、ラグネイトは異形に沿って何度も右手を往復させていく。
そしてようやく納得がいった頃には、元・異形だった存在は血だまりを残して跡形もなくなっていた。
「この感覚、オルティスに来て始めてだ。いいウォーミングアップになった。さて、それじゃ次はバアトルの番だな」
秘面についた血を拭いながらラグネイトは魔道研究所の奥へと向かった。




