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第二十二話 マッドサイエンティストテリトリーその5

 研究所へ通じる階段を下っている最中、会話は一切なかった。バアトルの背中の隆起が全てを拒んでいるようにラグネイトには思えた。だがそれでよかった。


 潜水するように、身体をゆっくり戦地の空気に慣らしていく必要がある。何より予感があった。かつてない激戦のーー


 当然バアトルも同様の考えだろうとラグネイトは思っていた。しかしこの時、バアトルが笑っていたという事をラグネイトは後になって知ることになる。


 そしてしばらく無言で闇を下っていると、唐突に光が現れ、それと同時に階段が終わりを告げる。


 目の前にはほのかに輝く空間があった。光を放つ塗料でも塗りたくっているのか、それとも何かの魔道の力なのか、部屋全体が白く光っていた。それでも奥まった箇所は闇が濃く、黒く塗りつぶされていた。かなり広く奥行きのある空間のようである。


 迷宮路ほどではないが地下にこれだけの巨大施設を作り上げたのはさすがアルティメイツといったところか。


 見える範囲には手すりのないベッドが点在しており、そのシーツは例外なくドス黒く染まっていた。ベッドの上に転がっている器具は錆びついており、年季を感じさせる。


「……クソが」


 もし今この場に魔導士がいれば、ラグネイトは即座に切り掛かっていただろう。だがおかしなことに今この空間にいる気配はバアトルと自分のもの以外は感じられなかった。


「バアトル。敵はどこにいる?話が違うぞ」


「………」



 聞こえなかったのか、ラグネイトを置いてバアトルは奥に進んでいってしまう。重ねて問いかけようとしたラグネイトは、おもむろに刃を手にして一閃させる。


 戦闘モードに意識を切り替えていたことが功を奏した。



「なんだ!?」



 何かとかち合った衝撃が手のひらに伝わる。

 たった今何かが眼前を横切った。

 小動物ではない。もっと大きい。人間の子供程度の大きさだった。それでいて速度は目で追えない程に速い。明らかな異質の存在に本能がアラートを発する。


 バアトルは気付いていないのかどんどん先に進んでしまっている。こちらで対処するしかない。ラグネイトは覚悟を決めると隠しポケットからもう一本の刃物を取り出し強く握りしめる。


 意識を集中させた途端、室内に漂う血とすえたにおいが鼻腔を蹂躙する。


「くっ!」


 次の瞬間、影が再びラグネイトに襲いかかってきた。ラグネイトは刃を交差させ受ける。そこで初めて敵の姿を視認することができた。


「な、なんだ!?」


 それはあまりにも異形の生物であった。

 頭部と腹部に分かれた虫のような構造の生物だった。顔らしき部分には口が3箇所あり、そのうちの一番大きな口がラグネイトの刃をとらえていた。歯は肉食獣のように鋭利ではなく、むしろ平坦な、穀類をすりつぶて摂取するのに適した形状に見えた。だがその力は強く、全力で押し返さなければならないほどだった。


 胴体らしき部位からは腕が左右それぞれ三本づつ飛び出ており、長さは不揃いだが、毛が少なく五指が揃っているさまはまるで人間のそれのようである。


「化け物がっ!」


「シャーーー」


 二つの口から同時に雄叫びが上がり、腕をムチのようにしならせラグネイトに向かって叩きつけてきた。


「うおっ!」


 鈍器で殴られたような衝撃に耐えつつ、残るもう一本の刃を異形の頭部に向かって突き立てようとする。だが異形は刃を叩いた反動で躱すと、その勢いのまま跳躍してベッドの下へと潜り込んでしまった。


 音も気配も消え去り、やけに大きい自身の心音のみが全ての音となる。


(魔導で生み出した生物だとでもいうのか!!)


 おそらく魔導研究所によって生み出されたであろう異形の生物にラグネイトは戦慄する。


 力や俊敏性もさることながら、それよりも懸念すべきことはあの生物が魔導とは違う理屈で動いているという事実であった。


 魔導の影響で活動しているならば、秘面の力で無力化できるはず。だというのにあの異形には秘面の影響は感じられなかった。


 すなわちオルティスにおける圧倒的なアドバンテージが今失われた、ということになる。頼れるものは己の肉体と手にした刃のみ。


 照明を受けて輝く刃の光が、弱々しく見えた。


 その時、ベッドの一つが大きく音を立てて傾いた。

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