第二十話 マッドサイエンティストテリトリーその3
突如あらわれた男2人組に、目の前の魔導士が面食らっているのが分かる。
一人は肩幅が倍もあろう大男で、もう一人は巷で噂になっている仮面の殺人鬼にうり二つなのだからさもありなん。
だが同情はしない。
今からされる以上のことを、オルティスの魔導士は平気で行っているのだから―――
運悪く迷宮路を抜けた先にある魔道研究所でラグネイトたちはすぐさま哨戒中の魔導士と遭遇してしまった。そして現在に至る。戦闘は避けられない既定路線だ。
「な、なんだお前らは」
すでに返答の代わりに刃物を取り出しているというのに、相変わらずの魔導士にラグネイトは嘆息する。
「すぐに殺してはダメですぞ」
「なに?」
「どうやら周りに仲間もいないようです。ここで一つ試してみてはいかがかな」
「さっきの話か。そううまくいくのか」
「だからこそです。実戦で少しづつ試すのがよろしいかと」
「……いいだろう。ダメ元だ」
「き、貴様ら、何をコソコソ話している。いったい何者なのだと聞いているんだ! どうやってここへ入ってきた? いや、そもそもここがどこだか分かっているのか!? 返答しだいでは実力行使で排除するぞ!」
「やってみろよ」
「なにぃい!?」
「遠慮はいいからさっさとご自慢の魔道で排除してみろよ。イレギュラーな事態に恐怖しているのは分かるが、オレたちはそんな決まり文句じゃ引き下がらないからな」
ラグネイトは刃を魔導士に向けて上下させる。
「やらなきゃ次の瞬間、排除されるのはお前だぞ」
「くっ、その姿、その武器に態度……貴様が仮面の殺人鬼かっ!?」
「だったらなんなんだよ」
ラグネイトはすでに後悔していた。今すぐにこの魔導士をだまらせたい。
だがその衝動をおさえて一定の距離を保つ。
バアトルいわく最初の距離が重要、とのことだったからだ。
(だとしても……まどろっこしいな……)
戦いのテンポは人それぞれだろうとラグネイトは自分を説得する。
一秒たりとも魔導士を生かしておく道理はない。
もしあと数秒待って魔導士が何もしてこなければ、ラグネイトは即座に踏み込んで刃を振り下ろそうと心に決めた。
「くっ、仲間の仇めっ!!」
「……命拾いしたな」
魔導士が見せた勇気にラグネイトは心の中で舌打ちする。
即座に魔導士の腕から光が放たれ、ラグネイトに向かって火球が迫ってきた。
視界が赤に染まる。予想通り炎の魔道だ。
先日目の当たりにした火球よりも幾分サイズがささやかだが、それでもラグネイトを焼き尽くすには十分な質量を持っているように思えた。
ラグネイトは自身に迫る脅威から目をそらさずに、バアトルの教えを頭の中で思い返す。
――――――――――――――――――――――――――――――
「いったい何なんだそれは」
魔道収束点。生身の人間が魔導士と渡り合うための知識とバアトルは言った。
魔道に関することがらは嫌悪の対象だが、筆頭反乱者と名乗る男が語る話ならば興味も湧く。
「ずばり魔道が消え去る瞬間のことです。それは位置であったり時間であったりもします」
バアトルは語り始める。
「一度魔導士の手から放たれた魔導は永遠に続くのか。奴らと戦う内にそのことについて気になりましてな。避けた火の玉がそのまま残っていたら魔導士共もさぞや難儀するだろうなと。そんなことを頭の片隅に置きながら戦い続けている内に、ワタシは見たのです。奴等の魔導が消え去る瞬間を」
バアトルは少し前のめりになる。
「ちょうどこの地区でのことです。食糧庫を襲撃してその帰りに警邏の魔導士に出くわしたのです。戦ってもよかったのですが、その時は物資調達が目的でしたし、距離もありましたから逃げられると踏んで駆けだしたのです。すぐさま背後からヤツラの魔道の気配を感じました」
バアトルは「それはレンブラント地区ではよく使われる火球の魔道でした」と加える。
「足には自信がありましたがタイミングが悪かった。こっちは両脇に荷物を抱えておりさらに襲撃の際の傷が思っていた以上に深かったようで思うように足が動かなかったのです。対して相手は意志も疲労もない魔導。追いつかれるのにさほど時間はかかりませんでした。空気が熱を帯び息を吸うことすら苦しくなってきて背中に灼熱の気配を感じた瞬間、ワタシの中で何かが弾けたのです」
バアトルは拳を前に突き出す。
「なぜこんなところで、なぜこんな目に合わなければならないのか、アジトでは腹を空かせた娘が待っているというのに。色んな感情が爆発しましてな、思わず振り向いて迫りくる火球に向かって吠えたのです。もはや理屈ではない。ただただ感情にまかせて意志を持たぬ魔導をクソミソに罵ってやろうと、最期にそう思ったのです。だがそうはならなかった。振り向いた瞬間、炎が目の前でかき消えたのです」
あの時は呆然としてしばらく動けませんでしたなあ、とバアトルは笑う。
「常日頃考えていたことと突き合わせて一つの仮説を立てました。魔道の効力は永続ではなく放たれた瞬間から減衰しているのではないか、と。そして実戦を繰り返すうちにそれは確信へと変わりました。例えば先ほどの火球の魔道はおおよそ30メトルで消滅します。他にも腕力強化の魔道は1分ほどで効果は消え去ります。他にも多くの魔道がその効力を失う限界点がある。それらを総じて魔道収束点と呼称したのです」
魔道は消え去る。
この話を聞いてラグネイトにも心当たりがあった。
魔導士たちとの戦闘が刃物が届く間合いで行われていることだ。
今考えると刃物を警戒していなかった、ということだけではなく魔導の効力を考慮していたのかもしれない。
「……ご高説ありがとうよ。確かにお前の言う通り魔導には穴があるのかもしれない。魔道の効果が消える瞬間だなんて気にもしていなかった。有益な情報だ。だがそれでも戦闘の参考にはならないな」
ラグネイトは断ずる。戦闘経験者であるバアトルが気づかないはずがない。それとも知ってて気づかないフリをしているのか。
魔道収束点を知ったからといって、どうにもならない現実があるということを。
「30メトルか。けっこうな距離じゃないか。魔道を食わらずに戦うとするなら瞬間移動するか、相手がよっぽど抜けてるヤツじゃなければ意味がない距離だ。そもそも連中だってその事は承知だろう」
魔導士も己の魔道の有効射程は熟知しているはず。
つまり、今までの戦い方は何一つ変わらない。
近づいて斬る、そのために魔導を受けながら肉薄する。
単純だが確実な戦法を愚直に繰り返すしかない。
「フフフッ、ガハハハハハハハハハ!! ラグネイトどのよ、人の話は最後まで聞かんといけんと教わりませんでしたかのぅ??」
しかしバアトルは意を得たりとばかりにガハハと笑う。
ムッとするラグネイトを差し置いてバアトルは続ける。
「魔道は消えさる。それはなぜか? 減衰しているからです。つまり30メトルとは何もしなければ魔導が消え去る限界点ということなのです」
「つまりはどういうことだ」
バアトルはニンマリと笑う。
ここからが話の本題とばかりに。
「外部からの働きかけによって魔導をさらに減衰させられる。つまりは収束する瞬間を早めることができるのです」
――――――――――――――――――――
バアトルが語った魔道収束点。
何のことはない。
火球に限って言えばこうだ。
まず適切な距離を取る。
そしてその距離から放たれた魔導は到達するまでに減衰して本来の威力ではなくなっている。
そこを外部からの働きかけ、つまりは殴りつけることで減衰を加速させ魔導の力を無効化できるというのだ。
恐ろしく単純な理屈だ。
だが秘面に頼らずとも魔導を無効化できるという事実は、ラグネイトにとっても無視はできない。
だからこうしてバアトルに乗せられてみる気にもなった。
(あとは外部からの働きかけがどの程度のものか、ということだな)
バアトルの肉体から繰り出される拳の威力は、並の男では比較にすらならないだろう。
それだけの威力が果たして自分に出せるのか。
バアトルに負けない要素があるとすれば、それはただ一つ、魔導士に対する憎しみくらいのものだろう。
だからラグネイトは長年連れ添ったそれらの感情を刃に乗せ、迫りくる焔に向かって放った。




