第十九話 マッドサイエンティストテリトリーその2
「ザンブレイブの伝説だと? あの大男が言っていたことを間に受けているのか?」
「まぁ話半分にね。でも信じている人は多いみたいだよ」
「それがなんだって言うんだ」
「僕はね、人の想いの力を知っている。その力が時に歴史を変えることすらあるということを。だからバアトルが語った話はオルティスにとって大きな影響を及ぼすんじゃないか、そう感じているんだ」
「……オレに教祖にでもなれっていうのか」
「いや、キミに道化はとてもつとまらないよ。ラグはいつも通り戦うだけでいいんだ」
きっとその姿に人は想いを重ねるだろうから、勝手にね、とグラムは付け加える。
「そんなカビの生えた伝説頼りとはな…」
ラグネイトはこめかみのあたりを軽く抑える。
グラムは盟友の憔悴した様子に、肩をすくめてみせた。
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「―――っと」
思考に気を取られていたためか、ラグネイトは誤って迷宮路のトラップを作動させかけてしまう。
床の一部に体重を乗せると作動する古典的な仕掛けだが、その効果は聞き及んでいる限り笑えるものではない。たわむれに作動させることもはばかれる死のトラップだ。
「バアトル! オレと同じように動けよ。間違ってもその床が隆起している箇所には足を踏み入れるなよ!!」
指示を飛ばすラグネイト。
バアトルは心得たもので、速度をゆるめるとラグネイトの後ろへとピッタリと貼りつく。
「ほほぉ、これが迷宮路が一般に知られていない理由の一端ですかな。意地が悪いことで」
「理にかなった配置なんだよ。ここからはトラップが増えるから用心してくれ」
実際そんなことはなかったが、緊張感を失わないためラグネイトはあえてそう告げた。
「ほぅ……そうですか。ときにラグネイトどの。アナタはどのように戦われるのですか」
するといつの間にかバアトルは隣に並び、聞こえのいい側の耳をラグネイトに向けていた。
この男にはブラフは通じないのかとラグネイトは思った。
「別に特筆することはない。ただ近づいて斬る、それだけだ」
「ほほう、シンプルで結構ですなぁ。普通なら魔法を警戒して接近することすら危ぶまれるというのに。その秘面の力のおかげ、というワケですかな」
するとラグネイトは一気に跳躍しバアトルと距離を取る。
腰の刃物に手を伸ばしかけたところでバアトルは慌てて手を振り
「ちがいますちがいます。グラムどのから聞いたのです。アナタ様にしか使えない魔力を無効化する兜のことを。にわかには信じがたい話でしたが今のお話を聞いて得心しました」
「なに? グラムが?」
信じがたかった。
このバアトルという男は秘密を共有するに値する人物だとでもいうのか。
自分が寝込んでいた数日間にいったい何があったのか、何がそこまでグラムの心を動かしたのか、ラグネイトはいますぐ盟友に問いただしたい衝動に駆られた。
「…そうだ…この秘面の力があれば魔導士など脅威でも何でもない!」
そんな胸の内を悟られぬよう、ラグネイトは力強く言い放つ。
「確かにその戦い方なら敵に心理的な圧迫感、恐怖も与えられることでしょう。よりどころである魔道が効かないのですからな。ですがその戦い方はすこぉし危うい」
「なんだと!?」
「いや少しではないですな。死に片足突っ込んでいると言えましょう」
「なっ」
絶句してラグネイトはバアトルの顔をまじまじと見つめてしまう。
そんな視線を受けてもバアトルは「今後はやめたほうがいいですぞ」と重ねて告げる。
「なぜだ? なぜ貴様にそんなことを言われなければならない!」
「その仮面の効力についてはまだすべて分かっていない。調査中ということらしいではないですか」
「……そこまで……しっているとはな」
秘面の唯一とも言える弱点まで知っているバアトル。
この場で始末してしまおうか、そんなよからぬことを考えた瞬間、
「よしなされ」
バアトルの気配が変わった。
「!!?」
全身の毛が逆立つ。
バアトルは構えてすらいないのに、身体が最大限の警戒を訴えはじめた。
直後にバアトルの身体が何倍にも膨れ上がって、迫ってきているように感じた。
自然と刃物の柄から手が離れ、脚が一歩下がってしまう。
そんなラグネイトの様子にバアトルはガハハと笑う。
「分かっていただけたようで何よりですな。いやいや驚かせるつもりはなかったのです。実はグラムどのからお願いされておりましてなぁ。アナタ様がこれ以上ムチャをせんよう見張ってくれと。先日強力な魔道を防いだ後しばらく昏睡されていたそうではないですか」
「そうらしいが………」
ラグネイトは口ごもる。
あまり記憶にはないがそれが事実だということは知っていた。
そしてそれが秘面の副作用であることを完全に否定できないくらいに、秘面について知らなかった。
「魔導士憎しのあまり本質を見誤ってはいけませんぞ。恐怖を与えることより戦いに勝つことが大事です。それをオルティスの全魔導士を相手にやろうというのですからより慎重にやらなければなりません」
諭すようなバアトルの物言いにこの男はいったいどういう立場で物を言っているのか、ラグネイトはいぶかしむ。そんな心情が伝わったのかバアトルは語り出す。
「オルティスにはエクスディアスの治世をよしとしない数多くの民がまだ生き残っております。それらはささやかながら抵抗活動を続けております。私はその中で連中に最も警戒されている筆頭反乱者の一人になります」
「筆頭反乱者……」
それは魔力を持たないカカシの中にあって特筆すべき戦闘力を有している稀有なカカシ。オルティス憲兵隊が組織された直接の理由とも言われている。
完全に眉唾な噂だとラグネイトは思っていたが、実際にその力の片りんを見た後では信じざるを得なかった。
「まだ生きていればワタシを含めて7名ほどおりましてなぁ。自慢ではないですがこの拳で砕いた魔導士の頭は100を下りませぬぞ」
「100だと……」
けた違いの数字にラグネイトは目を見張る。
「武器も秘面もないのになぜそんなことが出来るのかと不思議にお思いでしょう。それはヤツらとの戦い方を心得ているからです。時にザンブレイブどのは魔道収束点をご存知ですかな」
「……悪いがオレは魔道についてはからっきしなんだ」
グラムがそんなことを言っていたような記憶があったが、秘面がすべてを無効化してくれるラグネイトにとっては右から左の話であった。
そもそも下劣な魔道の知識など取り入れたくなどない、というのがラグネイトの本音であったが。
「そうですか。なら今から知って頂きましょう。それさえ把握していればこのバアトルのように拳一つでも魔導士たちと渡り合うことが出来るようになるでしょうから―――」




