第十三話 夢の中で逢ったような
レンブラント統括地区から帰還したラグネイトはその夜、夢を見た。
だが、それは夢と呼んでよいのか分からないほど現実的な感覚を帯びており、地を踏みしめる度に自分の体重の重みがダイレクトに足裏から伝わり、頬をなでつける風が運んできた鼻をつく腐臭までも感じられる程にリアルであった。
ラグネイトはもしかしたら自分は寝たまま徘徊しているのではないかという不安すら抱いてしまう。
だが、ここが夢の中であるという事は疑いようがなかった。
なぜならラグネイトの目の前にはありえないはずの人物が立っていたのだから。
『ユ、ユリアンさま』
すでに歿して久しいかつてのオルティスの統治者、自分を救ってくれた大恩人、そしてアニマの父でもある先王ユリアン=ベーカーが腕を組み仁王立ししていたのだ。
かつてただ死を待つだけの抜け殻であった自分に生きる意味を与えてくれた男。
オルティス全住民から尊敬と敬愛をもって称えられていた偉大なる統治者。
記憶にある厳しくも慈しみあふれる眼差しのままで自分を見つめるユリアンに、ラグネイトの目頭は熱くなっていく。
『す、すみませんでした、オレは、オレは、あなたとの約束を守れなかった、アニマ様をお守りすることが出来なかった……、申し訳、ございません……くぅっ』
感情がほとばしりつい謝罪の言葉と嗚咽が洩れる。
しかしユリアンはそんな従者の感傷には取り合わんとばかりに、手を前に突きだしラグネイトの発言を遮る。
『よいのだ。それよりお前はまだここには来てはならぬ。お前にはまだ果たさねばならない使命が残っておるではないか』
『し、使命……? アニマ様を守れなかったオレにいまさら何をしろとおっしゃるのですか?」
『お前が果たさねばならない使命、それは――――――――』
『!?い、いま、なんとおっしゃいましたか』
ユリアンの語った内容にラグネイトの感傷は瞬時に吹き飛ばされてしまう。
『ざ、戯言にしても度が過ぎます! な、なぜそんなことを―――?』
訳が分からず理由を問うラグネイト。
だがユリアンは静かに首を横に振るだけで何も答えてはくれなかった。
『理由を、理由をお聞かせくださいっ!』
主に詰め寄ろうと一歩踏み出す。
―――が、なぜか足が縫い付けられたようにまったく動かなかった。
『くぅ、な、なんだこれは!!?』
見るといつの間にかラグネイトの足は大勢の人の手によって抑えつけられていた。
その中には先日戦った魔導士たちや燕尾服を着た男、エンドバーの姿もあった。
『う、うわぁぁぁぁぁ!!!』
『死者どもに嗅ぎつけられたか! これ以上お前はこの場にとどまっていてはいかん。すぐにいるべき場所へと帰るのだ』
『で、ですが王よ、その前に、その前に先ほどのお言葉の真意をおしえてください! 一体あれはどういう意味なのですか!?』
ユリアンはその問いに対し、首を横に振りそしてあきらめたように嘆息する。
『意味もクソもないわっ!! お前にしか出来ないことだからお前に頼んでおる! これはお前の運命と呼んでもよい!』
『運命ですと!?』
『そうだ! 多くを語っている暇はない。だが、その時がくれば分かる! 己の役割をまっとうせよ!』
『し、しかし!!」
『強く心を持てっ! そして覚悟を決めよ!』
『覚悟!?』
『そうだ、覚悟せし者だけが道を切り開ける。それこそがザンブレイブの教えだ! ではさらばだラグネイト! もうここには来るなよ!』
『ユリアン様っ!!』
だんだんと輪郭がおぼろげになっていくユリアンに向かって届くはずもない手を伸ばすラグネイト。
だがその努力も空しくユリアンの姿はラグネイトの目の前で虚空と交ざり合い消えてしまう。
その瞬間にラグネイトの足元がひび割れ崩れ落ち、彼は奈落の底へ深く深く沈みこんでいった。
ラグネイトはいつ終わるともしれない落下を続けながら、夢が覚めようとしている感覚を肌で感じた。
そして夢の記憶があいまいになって霧のように霧散していく前に、先ほど告げられた主の言葉を忘れぬように口に出すのであった。
『お前が果たさねばならない使命、それは……アニマを殺すこと……』
意味も理屈も分からない。
だが、余りにも現実離れしたその言葉は、やはりここが夢の世界であった事を改めてラグネイトに実感させただけであった。
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「ラ、ラグ!? 身体の調子は大丈夫なのかい!!?」
「ああ、何ともないが……それより寝坊したようで今日は仕込みができなかった。すまない」
「そ、そんなことはどうでもいいんだよ、今は休業中だからね。それより本当に身体は大丈夫なのかい?」
「あ、ああ、何ともないが、どうしたんだ?」
「どうしたもこうしたもないよ! キミはね―――」
「ザンブレイブさまぁぁぁぁぁああ!!」
「うぐぉ!!」
盟友に寝坊の侘びをいれていたラグネイトは突如脇腹に激しい衝撃を受け宙を舞う。
突然の出来事に意識が追い付かず、そのまま床に身体を打ちつけ数メトルの距離を転がり壁に激突してようやく止まるラグネイト。
「………く、くぅ、な、なんなんだ一体……こ、こいつっ!!」
まだ星が飛び散る視界の中でラグネイトは襲撃者が胴体にしがみついていることを認識した。
即座に撃退しようとその後頭部目がけて手刀を繰り出す。
だが、その胴体にしがみつく襲撃者の顔を見た刹那、ラグネイトは急制動をかける。
「ちょっとまて、お前あの時のガキじゃないか?」
「うわぁぁぁぁぁんザンブレイブさまよがったよぉぉぉぉ」
ラグネイトにしがみついていた人物は先日レンブラント統括地区の戦闘の最中に出会った少女のようであった。
ようであった、と確信が持てなかったのは、あの時はボロボロの布きれ一枚で髪もボサボサの荒れ放題であった少女が、今やノリのビシッと効いたメイド服を身にまとい、思わず手ですいてみたくなるほどのサラサラとした髪から美しいツヤのある光沢が放たれていたからであった。
「なぜ泣く!? それにおまえなんでそんな恰好をしてるんだ?」
動揺を悟られないように見当違いの質問を繰り出すラグネイト。
その質問に答えたのは他ならぬ盟友グラムであった。
「ラグが寝ている間人手が欲しかったからね。ケイヴィにはメイドとして雑用をやってもらってたんだ」
「ケイヴィ? 誰だそれは」
「……やっぱりまだ寝ぼけているみたいだね。他ならぬキミが拾ってきたんだぞ」
「拾ってきた……ということはコイツの名前なのか。チッ、いいかげん泣き止め」
「でも、でも、ずっと心配してて、もう起きなかったらどうしようって、だから、だから、うっうっうわぁぁぁん!!」
「やかましい! 何なんだコイツは」
力任せに引きはがそうと試みるラグネイト、が、ケイヴィの身体はびくともしなかった。
ラグネイトの半分ほどしかない細腕で、その胴体を万力のように締め付けていたのであった。
「何て怪力だ……何なんだコイツは……」
「ラグ、彼女の気持ちも汲んでやってくれ。僕だってずっと心配してたんだ。キミは三日間も眠り続けていたんだぞ」
「……なんだと? 三日間?」
「そうだ、レンブラント統括地区から帰還した途端、キミは倒れるように眠ってそのままずっと起きなかったんだ」




