第七話 おお魔王よ、ドアも開けられないとは何事だ!
金のドアノブに寄りかかるようにして掴んで、押してみる。
「ふんぬ……! あ、あれ? 開かないや」
扉はびくともしない。今度は引いてみるも、開く気配が無い。おかしいな、キナコちゃんは軽々開けていたのに。いや、彼女のような獣人族は力持ちなのだわんって言ってたから、この扉はかなり重いのかもしれない。
「と、扉も開けられないなんて……無念」
うう……。目の前が暗くなって、僕はその場に倒れた。ベッドからここまで歩いただけなのに、なんだかとても眠くなってきた。
某アニメの少年と犬を思い出す。僕は彼等とは違って二十メートルくらいしか歩いていないけど。
「失礼します、ハルトムント様。キナコが何やら慌てて廊下を駆け抜けて行きましたが何か……は、ハルトムント様!?」
反対側の扉からあっさり入ってきたシオンが、床に倒れる僕を見てぎょっと目を見開く。僕が覚えているのは、そこまでだった。
※
「少し体温が上がっていますが、疲労のせいでしょう。今日はこのままゆっくり休んで頂ければ大丈夫です」
「そうか、それなら安心した」
「くぅーん……ごめんなさいだわん。キナコがもっと注意していれば、こんなことには」
ロレッタ先生とシオン、それから半べそのキナコちゃんが僕のベッドを囲んでいた。
ほんの少しの好奇心での行動だったのだが、どうやら騒ぎになってしまったらしい。特にキナコちゃんには悪いことをした。
でも、これで良くわかった。ちょっと病弱で運動不足なだけなのかと思ったが、この身体の虚弱さは想定以上にえげつないようだ。
こんな状態で、これからどうやって生きていけばいいんだ。
「全くだ。キナコ、私はお前なら大丈夫だと思って――」
「ま、待ってシオン。僕が勝手に動いたのが悪いんだから、それ以上キナコちゃんを怒らないであげてよ」
「くーん、魔王さま優しいわん!」
説教が始まりそうな雰囲気を察知して、僕は慌ててシオンを止めた。サラリーマン時代に培ったスキルが、魔王になった後でも役に立つとは思わなかった。
「……そうですか、ハルトムント様がそうおっしゃるなら」
「シオン、まるで叱られた子供のような顔をしているわよ。陛下に叱られたのがそんなに悲しいのかしら?」
「そ、そんな顔はしていない!」
シオンが慌てて声を上げるが、その表情はロレッタ先生が言うようになんだかしょぼんとしている。
叱ったつもりはないんだけど、フォローした方が良さそうだ。
「ええっと、シオンもありがとう。また僕のこと運んでくれたんだよね? シオンは格好良いし力持ちだから、頼りになるよ」
「……! と、当然のことをしたまでです!」
笑顔、とまではいかないが、シオンの表情が一瞬で明るくなった。単純だ。多分、僕だけじゃなくて他の二人も同じことを思っていることだろう。
「それにしても、まさか一人で歩いただけで倒れるなんて……僕ってまさか、とんでもなく重い病気だったりするの?」
「いえ、病気ではありませんわ。ただ――」
「ロレッタ」
ロレッタ先生の言葉を、シオンが睨んで止めた。なんか、前にもこんなやり取りを見た気がする。あの時は確か、僕の父親の話だったっけ。
……前はそのまま引き下がったけど、今日は少し追求してみようかな。
「ねえ、シオン。きみが僕のことを心配してくれているのはわかるけど、そんなに僕に知られたいことがあるのかな?」
「そ、それは」
「僕自身にどんな問題があるのか、それがわからないと対応のしようがないよ。どうして大人しくしていなくちゃいけないのか、それくらい教えて欲しいんだけど」
問題というものは、放置すればするほど大きくなってしまうものである。前世で後輩――主に田島さんのことである――フォローで、それは嫌と言う程学んだ。
真っ直ぐシオンの目を見ると、明らかに動揺した様子で視線を彷徨わせた。
「それは……その、でも」
「シオン、わたくしもこれは陛下の言う通りだと思いますけど?」
「わん! 何もわからないままなのは気持ち悪いわん!」
「わ、わかりました。それでは、陛下のお身体のことをお話させて頂きます」
ロレッタ先生とキナコちゃんの後押しもあって、ついにシオンが降参した。胸に手を当てて目を閉じて、すーはーと深呼吸をしてから、彼女が口を開いた。
「ハルトムント様のお身体が虚弱なのは、生まれつきの体質のせいもありますが、一番の要因は魔力不足のせいです」
「まりょくぶそく?」
「魔力というのは、魔法を使う為の力のことですわ」
「魔法! そっか、ここは異世界だから魔法があるんだよね!」
魔王とか虚弱とか、そっちのインパクトばっかり強くてすっかり忘れてたけど、そもそもここは異世界。異世界と言えば魔法じゃないか!
僕でも魔法が使えるのかな? わくわくとシオンに聞いてみる。
「ねえねえ、僕も魔法が使えるの? どうやればいいの?」
「あー、いえ。ハルトムント様は、魔法を使うことは出来ません」
「へ?」
思わず、首を傾げてしまう。
「ええっと、失礼ながら申し上げますと、ハルトムント様には魔法の才能や素質がこれっぽっちも無いのです。先代や歴代の教師もあれこれ手を尽くしましたが、どうやっても何ともなりませんでした」
「本当に失礼だわん」
「そ、そうなんだ……それでよく魔王に認めて貰えたね、僕」
どうやら、魔法は努力でどうこうなるものではないらしい。世知辛い。残念に思っていると、ロレッタ先生がこれみよがしに咳払いをしてシオンを見た。
「シオン、その説明では失礼が過ぎますし誤解を生みますわ。ハルトムント様に魔法の才能がないのは本当のことですが」
「ロレッタも十分失礼だわん」
「全く魔法が使えないわけではないのですよ、ハルトムント様。先代の血を受け継ぐ貴方は相応以上の魔力量を誇ると同時に、先代でさえ会得出来なかった魔法が一つだけ使えるのです。実際に十年前、勇者一行にこの魔王城が襲撃された時に一度だけお使いになられました。そして、その魔法が原因で魔力が不足しており昨日まで昏睡状態が続き、お身体も虚弱になってしまわれたのです」
「え、十年前……まさか、僕のお父さんが死んでしまったのって、勇者に倒されたから?」
驚愕の新事実! って、ファンタジー基準で考えたら王道だけど。魔王が居るんだから、勇者が居ても不思議じゃない。
この話を聞いても、父親のことは全く思い出せないけど。イマイチ現実味のない話に何も言えないでいると、シオンが再び口を開いた。
「そうです。そして勇者は、あろうことかハルトムント様にも斬りかかったのです。ですが、ハルトムント様が放った魔法によって、勇者と四人の仲間は跡形もなく消し飛びました」
「そうなんだ……え、消し飛んだ?」
「はい。ハルトムント様だけが使える『爆殺魔法』によって、髪の毛一本も残さずに消し飛びました。ついでに、この魔王城も巻き込まれて半分が塵と化しました」
「ついでに、で済ます話じゃなくない!?」
ひいっ! なんか急に自分が怖くなってきた! 全く記憶にないが、父親の魔王を倒した勇者を滅した魔法を僕が使えるだなんて!
ど、どうしよう……使い方なんて覚えてないけど、ぽろっと使っちゃったりしないかな。
ていうか塵殺って、物騒にも程がある!