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虚弱な魔王様は今日も女騎士に抱っこされています  作者: 風嵐むげん
第一章 虚弱魔王と最強女騎士
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第一話 笑う門には暴走トラックが突っ込んできた!


 笑う門には福来たる。女性を護ることが出来る男になれ。この二つの言葉をモットーに生きてきて、今年で二十八歳になる。

 生まれ育った地元の会社勤めという地味な人生だが、これまでに大きな怪我や病気をせずに済んでいるのだから福はちゃんと来ているのだろうか。


「お疲れ様でぇす、小幡センパイ。元気ですかぁ? 今日はめちゃくちゃ雪降ってて大変ですよねぇ」

「わっ、田島さん!? お疲れ様、ええっと……普通かな、あはは」

「えー、本当ですかぁ? ぼんやりしてるので、眠いのかと思いましたよ。あ、名札落としましたよ、はいどうぞ」


 突然肩を叩かれ、びくんと肩を跳ねさせながら振り返ると制服姿の女性が立っていた。彼女は田島さん。僕の後輩なんだけど、ギャルっぽい見た目と性格がちょっと苦手な子だ。

 考え事でぼうっとしていたのを誤魔化すように笑うと、田島さんもにんまりと笑いながら名札を拾って渡してくれた。

 小幡光春おばたみつはる。間違い無く僕の名札だ。振り返った弾みで、机に置いていたのが落ちたようだ。


「ところでセンパイ。今週末に部長達と会議があるじゃないですかぁ? それで、資料作りを係長から頼まれちゃってるんですけどー、ちょっと終わりそうになくてぇ。でも、わたしの家遠いのでぇ、この雪で電車が止まらない内に帰りたいなーって思ってるんですけど」

「あー、雪凄いもんね……手伝おうか?」

「マジですか!? 助かりますー! じゃあこれ、よろしくですっ」


 ニコニコと笑いながら、山のような資料を僕に押し付け自分のデスクに戻る田島さん。あれ、これってもしかしてほとんど手付かずなのでは。

 どうしよう、安請け合いしちゃったけど……他にも終わらせないといけない仕事があるのに。


「あらら、小幡くんってばやさしー」

「田島さん、さっき合コンだって言ってなかったっけ?」

「小幡くんは先輩だけど、文句言ったりしないからねぇ。頼り甲斐があるって言えば良いのか、なんていうか」


 ……誰か手伝ってくれないかな、と周りを見回してみるも、ひそひそ声で話すばかりで誰も目を合わせてくれない。


「確かに。何を言われてもずっとニコニコしてるせいで、後輩の餌食になってるの知らないのかしら」

「手伝った方が良いですかね?」

「やめておきなさい。今日もずっと雪が降るみたいだから、あんまり遅くなると本当に帰れなくなっちゃうわよ」

「…………」


 うーん、仕方ない。自分でなんとかするしかないようだ。僕はすっぱり諦めて、仕事の山に取り掛かることにした。



「うう、寒い……ただいまー」


 結局、家に帰ってきたのは午後九時を過ぎた頃だった。軒先で全身を軽く叩いてから雪を払ってから玄関へと入る。

 昔からの癖でただいま、と言ってしまったけど、ここには僕しか住んでいない。築五十年近く経つ二階建ての一軒家。一人暮らしの住居としては少々持て余す物件だが、今はまだ引っ越す予定はない。


「……ただいま、おばあちゃん」


 二階にある自分の部屋で着替えてから、僕は一階へと戻って居間へと向かう。そして部屋の端にある仏壇の前に座ると、リンを鳴らしてから手を合わせる。

 遺影の穏やかな笑顔から『おかえり、ハルちゃん』と聞き慣れた声が聞こえてきた気がした。


「今日はすっかり遅くなっちゃった。後輩の子に仕事を押し付け……じゃなくて、任されたからね。夕飯を作る気力も無くて、コンビニで買って来たんだ。あ、おばあちゃんが好きな白桃ゼリーも買ってきたよ」


 白桃ゼリーを仏壇に供えてから、テレビを点けてコンビニで買って来たお弁当と野菜ジュースで遅めの夕食を食べ始める。

 僕は八年前まで、この家でおばあちゃんと二人で暮らしていた。幼い頃に両親を交通事故で亡くして以来、おばあちゃんが僕を育ててくれたのだ。

 でも、僕の成人式を見届けるようにしておばあちゃんは亡くなってしまった。

 一人で暮らすには、この家は広い。でも、今はまだおばあちゃんとの思い出が詰まったこの家から離れたくない。


『今年最強の寒波により、県内では大雪警報が続いています。既に路面が凍結しておりますので、外出の際は十分にお気をつけください』

『また、各地で大雪による停電が多発しています。長時間電気が使えなくなる可能性もありますので、そちらの備えもしておいた方が良いでしょう』

「停電か……」


 お弁当のエビフライを齧りながら、思わず天井を見上げる。明かりは消えても何とかなる。テレビも、スマホがあれば情報収集は出来る。

 問題は暖房だ。気温は夜の間にもどんどん冷え込んで行くだろう。今はこたつや電気ストーブで凌いでいるが、停電になったら全て使えなくなってしまう。

 石油ストーブは物置にあるが、灯油がない。近所のガソリンスタンドは二十四時間営業だから、今からならまだ買いに行けるかな。


「うーん……行くしかないか」


 お弁当の残りを食べながら、僕は腹を括った。



「うひいぃ! 寒い!」


 ポリタンクを片手に家の前に出て、白い息を吐きながら膝の高さまで積もった雪を道の脇に向かって放り投げる。羽毛のような雪を叩き付けてくる夜風は、冷たいを通り越して痛い。

 改めて実感するが、冬は辛い。朝から屋根の上や駐車場の雪掻きを繰り返しているのだ。デスクワークで運動不足な身体は疲労と筋肉痛でバキバキである。

 しかも、道路はすっかり凍結していてツルツルだ。ガソリンスタンドまでは徒歩で十分くらいだから、車を出す程ではないだろうが。

 用心して歩かないと、すぐに滑って転んでしまいそうだ。そう考えていた矢先に、前を歩いていた女性が盛大に足を滑らせて尻餅をつく形で転んでしまった。

 しかも、それは思わぬの人物だった。


「きゃあっ! い、いったぁい」

「だ、大丈夫ですか……って、田島さん? こんなところで何してるの?」

「あれ? センパイじゃないですか!」


 僕は驚きに目を見張りつつ、田島さんを助け起こした。結構派手に転んだようだが、怪我は無いようだ。

 頬と鼻の頭を赤くしたまま、田島さんが暢気に笑った。


「もー、聞いてくださいよぉ! 楽しみにしてた合コンが、人数揃わなくて中止になっちゃったんですぅ」


 せっかく化粧も髪もバッチリ決めたのにぃ! と田島さんが喚く。もはや合コンに行く気だったことを隠そうともしない辺りはいっそ清々しいとさえ思える。


「ところでぇ、センパイはどうしたんですか?」

「僕は灯油を買いに行こうと思ってね。これからどんどん天気が悪くなるみたいだから、田島さんも早めに帰った方が良いよ」


 それとなく、田島さんに帰宅を促してみる。遊びたいのはわかるが、今日はこのまま大人しく帰った方が良い。

 そう伝えた筈なのだが、なぜか彼女はニンマリと笑って僕を見た。


「そーなんですかぁ。それなら、暇になっちゃいましたし、今からセンパイの家で遊んで行って良いですかぁ? 徒歩で灯油を買いに行くつもりなら、お家ってすぐ近くなんですよね?」

「は、はあ!? ななな、何言って」

「きゃははは! センパイ、本気にしたんですかぁ? 顔が真っ赤ですよー」


 かわいー! 面白いオモチャでも見つけたかのように、田島さんが甲高く笑う。こうやってからかってくる彼女を見ていると、果たして本当に笑顔に福を呼ぶ力があるのかどうか疑いたくなってくる。

 はあ……。女性を護るどころか、後輩の女の子に良いように扱われるなんて。今の僕を見たら、天国のおばあちゃんはなんて言うだろうか。

 情けないって怒るかな、それとも。そこまで考えた僕の思考は、目も開けていられない程の強い光に塗り潰された。


「……え?」


 異様なスピードで迫り来る、一台のトラック。凍結した車道でスリップして制御不能になった車体は、凄まじい速度のまま歩道へ向かって突っ込んでくる。

 その先に居た田島さんが、笑顔を強張らせてその場に立ち尽くす。まるで、飢えた肉食獣に身をすくめる小動物のように見えてしまって。


 ――考えるよりも先に、身体が動いた。


「田島さん!!」

「きゃあっ!」


 恐怖で動けなくなった田島さんに駆け寄り、渾身の力で突き飛ばす。彼女は勢いそのままに倒れ込むようにして転んだが、トラックの軌道からは何とか外す事ができた。

 ……でも、


「センパイ!?」


 身体がもう、ぴくりとも動かなくなってしまった。息も出来なくて、視界がぼやける。ただ、田島さんが駆け寄ってきてくれたことだけはわかった。


「……センパイ!? しっかりして下さいセンパイ! 死んじゃったら、もう仕事手伝ってもらえないじゃないですか! せんぱいぃ……!」


 気づけば、田島さんが目に涙をいっぱい浮かべて呼びかけている。なぜか返事ができないので、代わりに彼女に向かって微笑んでみた。

 どうやら僕も最後の最後で、笑って女性を護ることが出来たみたいだ。


 でも、僕が覚えているのはそこまでだった――



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