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#4

2015年12月、アメリカ

 :リバーサイドシティ


「……さあ、次は君の番だ。年末らしい話を頼むよ」

「年末らしい話を、ねえ」

 土曜の夜だったが、バーには客は疎らで、カウンターには常連客が数人、バーテンダーを相手に管を巻いたりしている。

 店主のジーンは奥のプールで客と一緒に玉を突いている。その客はだいぶ出来上がっている様で、あの調子ではビリヤード勝負でジーンに巻き上げられるのは目に見えていた。

 下手くそなカラオケが漸く途切れ、客の1人がトイレに向かった。

 ボックスシートにはチャールズとドナルド、エレンとその友達のメアリーがいる。チャールズがドクとバーに飲みに行くと言うと、珍しくエレンが付いて行きたがったのだ。

 女連れじゃ、ドクに悪いからと断ろうとすると「メアリーも誘うから」と言われて断れなくなった。

 おかげでストリップには付き合えなくなったが、健全な週末を過ごすにはもってこいだろう。

 そんなこんなで2時間が過ぎた。酒も入り、何か面白い話をとねだられてチャールズが口火を切った。

 そうして次はドクの番だった。

 ドクがビールのボトルを持ち上げ、半分ほど飲んでからテーブルに置いた。

「そうだな。じゃあ、仮想現実論とかは」

「それ、前に話さなかった?」

「そうだったか? じゃあ、世界5分前仮説は」

「それも聞いた」

 エレンが小皿からナッツを摘まんで口に放りながら答えた。ドクは苦笑して溜め息を吐き、「じゃあ、取って置きだ」と言って残りのビールを喉に流し込んだ。

「我々が宇宙人であることの証明」

 エレンとチャールズが顔を見合わせた。それから2人でドクに向き直り話の先を促す。

「どういうこと?」

 メアリーが当惑気味に正面に座るエレンに向かって訊いた。3人は学生時代から、事あるごとに良くこうした思考実験をして、知的な時間を過ごしたりしていたが、エレンとは今の職場で知り合ったメアリーには、この状況が飲み込めず少し当惑気味のようだった。そんな友人に向かい、エレンは悪戯っぽく瞳を輝かせて微笑んだ。

「つまりだ。我々、ホモサピエンスは地球産じゃないってこと」

「猿から進化したんでしょ」とエレン。

「私が行ってたスクールでは進化論は教わらなかったわ。聖書の通りだとアダムとイブからね」

 メアリーの言葉にチャールズも頷く。

「僕もだ。まあ、今となっては進化論も否定は出来ないけどね」

「ダーウィンが提唱した進化論には説明がつかない部分があるって聞いたことがないかい?」

 ドクがニヤリと笑いながら身を乗り出して言った。

「進化というのは環境に合わせて生物が変化していく事だ。でも、所々で説明のつかない進化の飛躍がある。古生物学者たちはそれをミッシングリンクなどと言うがね」ドクは続ける。

「単に中間期の化石が見付かってないだけと進化論の信者たちは言うが、犬だの牛だのって動物ならともかく、我々人間にはそれだけでは説明のつかない部分がある」

 ドクは声のトーンを落とし、何か重大な秘密を打ち明けるように真剣な面持ちで言った。

 チャールズとエレンは口許の弛みを引っ込めたが、その目は依然、可笑しそうに笑っている。メアリーが隣で息を飲んだ。ドクは皆の準備が出来たのを見届けてから話を続けた。

「人が猿から進化したとするには、幾つか不自然な点がある」

 大きすぎる頭。命の危険を伴う出産。異常に長い子育て期間。体毛の少なさ。生命力の乏しさ。

「人間に近いとされている類人猿のDNAは99%が人と同じで、違いは僅か1%。それでも人と猿の間にはかなりの隔たりがある。人に近いと言われるチンパンジーでさえ、握力は人の5倍はあり、足の指も手のように器用だ。腕力も強く、深い体毛は衣服を纏う必要がない。

 何故、人類は進化によって、それらの武器を失くしてしまったのか。普通に考えれば長所を失うことは進化に逆行する。では何故か。それは我々ホモサピエンスと呼ばれる人種のルーツが地球に無いからだ。

 生命は3つの要素で成り立っている。幾つかのアミノ酸と脂質、それからヌクレオチドというDNAを構築する物。それらは今まで生物の体内だけでのみ作られると考えられていたが、最近になって宇宙にも存在することが判明したんだ」

「まさかエリア51に捕まえたエイリアンを隠してるなんてベタなこと言うんじゃないでしょうね」

「まさか。まあ、その可能性は否定しないがね」

 ドクは笑った。

「我々、人間が地球上の他の生物たちと決定的に違う部分は何だと思う?」

「知性」

「まあそうだが。だが程度の差があれ、動物にも知性はあるだろ。もうちょい掘り下げてくれ。他の生物が持ってないモノと言い換えてもいいかな」

「お金?」

「面白い。他には」

「殺戮兵器」

「道具か。でも、猿でも木の棒くらい武器にするんじゃないか」

「芸術作品とか」

「いいね。少し近くなったぞ」

「言葉」

「惜しい!」

「何だろう、わからないわ。もうお手上げ」

 エレンが降参といった風に両手を挙げた。

 チャールズがメアリーを見ると彼女も首を横に振ったので、チャールズも素直に負けを認め、得意顔な親友に答えを求めた。

「人間には動物にはない多種多様で複雑な言語がある。だが、重要なのは言語能力だけじゃないんだ。嘘を付く能力さ!」

「……なにそれ」

 納得いかないといった体のエレンに「ちょっと待ってくれ」とビールの追加を頼み、新しいボトルに口を付けてからドクが話を続けた。

「虚構能力って言ってな。嘘ってのは人間特有の能力なんだ」

「詐欺師が世に蔓延るのも進化のお陰ってわけ?」

「まあ聴けよ」

 ドクは咳払いをした。

「他の動物にも固有の言語はある。鳥たちは天敵が近付くと鳴き声で仲間に警戒を促すし、クジラは何百キロも先にいる仲間と会話する。そうだろ?」

「ああ。海流に乗せてね。研究によればクジラには何十種類もの言語があることが確認されている」ドクに話を振られてチャールズが答えた。

「つまり言葉ってのは何も人間だけの物じゃない。じゃあ何が特別かっていうと、虚構……つまり、そこに無い物を在るとして伝える能力さ」

 メアリーが眉根を寄せてエレンを見る。エレンは手のひらを見せて肩をすくめた。

「例えばさ。日本て国があるだろ。皆は行ったことがあるかい?」

「無いわ。ジャパニーズレストランならあるけどね」

「私も」

「僕もまだ無いな。今度行くことになるようだけど」チャールズとドクは顔を見合わせて笑った。

「俺は仕事の関係で何回かある。で、日本で体験したことをあれこれと詳しくチャールズに語ったとする。大阪の寿司レストランが旨かっただの、京都のゲイシャが綺麗だっただの」

 ドクがチャールズを指差す。

「その話を聴いて、アパートメントに帰ったチャールズが、今度はエレンに俺から聞いた日本の話を伝えたとする」

 ドクがチャールズからエレンへと指を動かした。

「チャールズもエレンも日本には行ったことが無く、俺から話を聞いただけ。ポストカードの写真なんかを見せてもいい。そこでだ、ここで面白いことが起きる。今の例はまあ、かなり限定的だが、ある種のデータとしてチャールズもエレンも日本がどういう国かということが一先ずインプットされたわけだ」

「そうね。かなりあなたの偏見に充ちてるけど」

「まあな。だが、これで3人の共通のデータとして認識された。誰かが日本と言えば、俺が話した"日本"をイメージするわけだ。俺がより詳細に語れば、例えそれが真実とかけ離れていても、3人の共通項としてリアリティをもって認識される。これが虚構能力だ」

「つまり……実際に見てないものも認識出来る能力ってこと?」

「その通り」

「ハイデッカーというよりはフーコーかしら。 学生時代に習った気がするわ。ポストモダンだっけ」

「なんだか頭が痛くなってくるな。それで、それが一体、どうして宇宙人と重なるんだい」

「まてよ、そう急ぐな。つまりだな……情報でしか知り得ないものから、想像だけで物事を構築できるのは人間だけってことさ。これが他の生物にはない圧倒的な人間の武器ってわけ。

 勿論、天敵や捕食対象を欺く擬態なんかは他の生物にもあるが、想像上のものを伝達する能力は人類固有の物だ。こうした能力こそ、地球という惑星上の進化からは生まれなかったんじゃないかと思ってる」

「それで宇宙からって話になる訳」

「ああ。俺はこの地球のどっかに人類を支配する上位の存在が要るんじゃないかと思ってる。そいつは宇宙からやって来て、我々人類を作り出し、地球を管理させて、いつか自分達にとって住み良い環境が整うまで何処かでひっそりと見守ってるんだ」

「ひっそりって、何処でよ」

「例えば、地球の中心とか、地下深くにさ。マリアナ海溝はもしかしたら、やつらの宇宙船が地球に追突した際の衝撃で出来た穴なのかも知れないぞ」

「なんだかすっかりオカルトめいてきたわね」

 ドクが語り終えて椅子の背もたれに寄り掛かった。

 エレンが向かいに座る友人に目を向ける。

「メアリー」

「……残念だけど」

「あたしも。チャールズは?」

「まあまあ面白かったと思うけど」

「なんだい、厳しいな」

「前に話してくれた仮想現実論だっけ、あれのが面白かったわ」

「来年になったらマリアナ海溝だからな。海底に宇宙船の残骸でも見つかれば君の評価も変わるさ」ドクはエレンにニヤリと嗤いかけ、ビールをあおった。

 エレンは空になったグラスから溶けて小さくなった氷を1つ摘まみ出すと、口に入れてガリガリと噛んだ。

「それは楽しみね。期待しないで待っとくわ」

「宇宙船はともかく、生きた深海生物を拝めるまたとないチャンスだからね。楽しみだよ」

 チャールズは腕に巻いた時計に目を落とす。日が変わるまで、後一時間を切っていた。

 ドクが少し赤らんだ顔をチャールズに向ける。

「これからもっとロボットアームの操作に慣れてもらわないとな」

「ああ」

「ちょっとドナルド」

 エレンがチャールズの腕に手を絡めて言った。

「あなたは人魚と何時まででも遊んでて構わないけど、チャールズはちゃんと地上に送り返してよね」

「なんだよ、俺だけ扱いひどくないか」

 エレンの言葉にドクが不満を漏らすと、それを聞いたチャールズとメアリーが可笑しそうに笑った。

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