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#3

2014年7月、アメリカ

 州立大学、講義室


「クジラやイルカが胎生なのは知ってると思うが、鮫にも胎生の種がいるんだ。その数は全体の6割。4割が卵生となる。胎生とはいえ、その形は一般的な哺乳類などとは違い、胎内で卵を孵化させる卵胎生と言う。鮫の中には母親の胎内で兄弟同士の生き残りを掛けた共喰い合戦が行われ、その戦いに生き残った1匹或いは2匹だけが生まれてくることを許される種もある。映画のジョーズのモデルにもなったホオジロザメなんかがそうだ」

 水曜日の午後の講義が憂鬱なのは何も生徒たちだけとは限らない。

 眠気を我慢しながら黒板に向かう。ホオジロザメやメジロザメなど幾つかの大型の鮫の名をチョークで書き出す。

 チャールズは生徒たちへと振り返る前に目頭を強く揉んだ。

「鮫と言うのは古来から様々な国や土地で神の使いなどとされてもきた。そう言う意味では先ほど上げたクジラやイルカもそうだね。イルカやイッカクなどは人魚などの伝承のモデルともされ、今でこそ深海探査が進みメディアでも見聞きしたりするようになったが、巨大なダイオウイカや古来から海獣の代名詞ともされるクジラなんかは海の驚異そのものだっただろう。未知なるもの、大海の神秘は人の力の及ばぬ、まさに神の国のものであったんだ」

 チャールズは黒板に白いチョークで円を描き、その両側に幾らかの間をとって大きな2つの歪んだ逆3角形を描いた。

「古代ギリシャの哲学者プラトンが、その著書の中で海神ポセイドンが治めるアトランティスについて語っている。アトランティス大陸は大西洋の真ん中。アフリカ大陸とアメリカ大陸の間にあるとされているが……この中でアトランティスが実際に在ったと思う者は?」

 周りを気にしながらも生徒の半数以上が手を上げた。

「なるほど。僕が想像してた以上に多かったな」

 チャールズは苦笑した。

「アトランティスはプラトンの時代の9000年前に存在したと彼の著書にある。が、これは想像上のものではないかとされている。19世紀中頃に『海底2万里』と言う小説がヒットして、その後、約100年後に再びアトランティスブームが巻き起こった。この小説は様々なリメイクもされ映画にもなってるから、この中にも知ってる人が居るかも知れないな」

 何人かが頷いた。

「比較的最近まで、アトランティスは実在したと真面目に考えられていて、様々な調査が行われたりしたんだよ。統計によるとアメリカ人の凡そ40パーセントが未だにアトランティスの存在を信じているそうだ。このクラスだけで言うと……70パーセント位あったかな」

 教室に生徒たちの笑い声が響いた。

 暫くしてチャールズが咳払いをする。

 それに気付いた生徒たちから徐々に笑いを止めてチャールズを見た。

「……ありがとう。さて、大西洋にある島、アフリカ大陸と南米大陸の真ん中にある島と言うと、ゴフ島とイナクセシブル島というのがある。ここは世界遺産にも登録されていて、野鳥保護区にもなっている無人島だ。ここは何も無くて、研究などで調査に訪れる者以外では、観光客が訪れることもない。断崖絶壁の島なんだが」

「アトランティスなんですか?」

 生徒の1人が訊く。

「いや、流石にそうは思わない」

 チャールズは首を振った。

「これらは2億年ほど前に火山活動によって出来た島だということだが、人が住める様な環境にはないかな。ただ、海鳥たちには楽園なのかも知れないね。仮にこうした島に強大な海洋国家が誕生して、諸国をあまねく支配していたとすると、それは現代に照らし合わせても相当に進んだ文明であったと推測出来るが……残念ながら、またしても時間が来てしまったようだ」

 チャイムと同時に生徒たちが一斉にノートをカバンにしまいだす。

 チャールズは頭を掻きながら「じゃあ、また来週」と席を立つ生徒たちに声をかけた。


 皆が教室を出ていくと、背広を窮屈そうに着込んだ男の姿が目に入った。

「なんだ、来てたのか」

「この間の返事を聞こうと思ってね」

 ドクが教室の後ろからチャールズのいる教壇の方までやってくる。

「それにしても、君の講義を聴くのも久し振りだな。後半は随分とロマンチックだったが」

「たまには脱線してやらないと、生徒にあきられるんだよ」

 チャールズはあくびを噛み殺して言った。

「なるほど。ファンサービスか」

「これ以上、受講者が減ったら、一生、助教授のままだしな」

「はは」

 行こうという促しにドクが応じて教室を後にする。

 肩を並べながらチャールズの私室へと向かう。

 ドクが歩きながらチャールズの背を叩いた。

「それで、どうする?」

「行くよ」

「良かった!」

「大学側にも許可を貰ったんだ。深海調査のついでに論文を書くつもりでいるってね」

「そうか。まあ、でもまだ直ぐにって訳じゃないしな」ドクが頷く。

「その前にトレーニングも必要になる。当分はそっちに時間を割いてもらうことになるかな」

「ああ」

 ドクがスマートフォンを取り出してチャールズに画像を見せた。

 解体中の深海探査挺と企業のロゴが入った作業着を着た数人の日本人と握手を交わすドクの写真。

「今、スポンサーになる日本企業と細かい所を詰めてるところだ。最終的にはドルフィン号を日本に輸送して、最終調整をする予定になっている」

「日本で?」

「ああ。それが終われば、そこからグアムまで輸送し、船をチャーターして現地に向かうつもりさ」

「ところで、ドルフィン号は使わないんじゃなかったのか」

「あー、いや、そうだな。正確には、有人探査挺へと改良して使う事になる。さしずめドルフィン10000とか、ニュー・ドルフィン号とか。良い呼び名があれば受け付けるぞ」

「考えておくよ。それにしても、結構な長旅になるな」

「まあ、君は日本に寄らずグアムに直接来てくれても構わないがね。それに生徒を放ったらかしにして長くは休めないだろうしさ」

 その言葉を聞いたチャールズが肩をすくめると、ドクは声を出して笑った。

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