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#1

酒田青枝さんとの競作用作品、2作目です。

習作ですので、どんなことでも構いません。忌憚なき感想をお願い致します。



『……次のニュースです。本日午前7時頃、太平洋にあるサイパン島沖でとても珍しい生き物が現地で操業中のトロール船の網によって捉えられました。新種と思われるこの生物は古代魚に似た形状をしており、胸ビレ部分に長い触手と思われるものと、尾も複数に別れていたそうです。捕らえた船員の話によりますと、引き上げた際にダイバーなどに愛用される潜水用の腕時計がこの巨大な生き物の触手に絡み付いていたとの事です。この生き物について専門家の話によれば……』









2014年、アメリカ

 :州立大学、講義室


「このようにマリアナ海溝は三日月型のすり鉢状になっている。底の面積~で、現時点で確認されている最高深度は水深10911メートル。これは日本の無人探査機“かいこう”が記録した。最近では我がアメリカの無人探査機ネーレウスも2009年の調査で同様の深度を記録している」

 チャールズは黒板に白いチョークで大きく上に口を開けた半円を描き、その上部の口に近いところにラインを引いた。

「深度500メートル。この辺りまでは海底も賑やかだ。多種多様な生命で溢れている。タカアシガニや変わったところではリュウグウノツカイなども見られる」

 更にその下にラインを引く。

「1000メートル。地球上最大の生物であるマッコウクジラが潜るのはここまで。何故だか解る者は?」

 何人かが手を挙げた。

「それじゃあ、そこ。そこの君」

「マイクです」

「そうだった、マイク。答えて」

「餌であるダイオウイカがいるから」

「正解だ」

 チャールズは答えた生徒に向かって拍手をした。

「1つ付け加えると、ダイオウイカはマッコウクジラの捕食対象だが、ライバルでもある。マッコウクジラがダイオウイカに絞め殺されることもあるんだ。まさに命がけのハンティングだね」

「そんな危険を冒してまでダイオウイカと闘う必要があるのでしょうか。他にも、もっと安全に捕れる餌がたくさんあると思うのですが」

 違う生徒が声を手を上げて言った。

 チャールズは教壇の前に回り、寄り掛かって腕を組んだ。

「前回の講義でイルカの行動について話したと思うが、私はそれに近いものがあるのではと考えている。イルカとクジラは近種だというのは覚えているよね?」

 生徒たちが頷く。

「イルカが群れで狩りをする際、狩りの対象である魚を弄んでいるような行動を取っているのが何度と確認されている。彼らにとって狩りは食事でもあるし、ゲーム(遊び)でもあるんだ。イルカやクジラは知能が高い。だから一見、我々から見てこうした合理的ではない行動も取ったりもする」

「ダイオウイカは美味しいんでしょうか」

 生徒の1人が訊いた。

「いや、美味くはないらしい。あくまで我々人間基準でだが。ただまあ、食べて害がないのであれば、個人的には食べてみたいとは思うけどね」

 そこで終業のベルが鳴った。

「じゃあ、今日はここまで。続きが聴きたかったら次の講義にも顔を出してくれ」

 生徒たちがガヤガヤと席を立つ中、一人の男子生徒が教壇に歩み寄りチャールズに声をかけてきた。

「先生。先ほどの講義の中で、最近のマリアナ海溝の探査はアメリカの無人探査機が行ったとのことでしたが……」

「それが?」

「いまウィキペディアで調べたら、2012年にジェームス・キャメロン監督が一人乗りの海底探査機で調査を行ったって書いてありますが」

「ああ、それならニュースで見たよ」

 チャールズは教壇の上の荷物を片付けながら言った。

「でも映画監督だろ。どこまでが本当か信じられないからな。まあ、マイケル・ムーアじゃないだけマシだけど」

 チャールズは戸惑う男子生徒に向かっておどけて見せた。教室を出る際に生徒を振り返って、

「ああ、でも彼の撮った"アバター"は最高だった。君もそう思うだろ?」

「ええ、はい」

 なんとも言えない表情を浮かべる生徒に向かってチャールズは手を振った。


 学内にある個室の扉をノックする音がして、チャールズは開いていた本のページから扉へと顔を上げた。

 どうぞと言う前に扉が開き、男が顔を覗かせた。

「マッコイ教授いるかい」

「ドク」

 チャールズは長年の友人の顔を見て白い歯を見せる。

「今いいかな?」

「どうせ駄目って言ってもきかないんだろう? さあ、入って」

 男は部屋に入るとコートを椅子の背に掛けてから、腰を下ろした。

「ドク。僕は教授じゃないぞ」

「今年もまだ助教授のままか。そんなに審査が厳しいのか」

「さあね。どうやらこの大学は僕のことが嫌いらしい」

「まさか! 君ほど有能な海洋学者を」

 チャールズの友人であるドナルド・スミスは大げさに両手を広げた。

「毎年、受験者が減ってるらしいからな。生徒がいないから金が無いんだろう」

「給料はともかく、肩書きだけでも教授にしてくれればいいのに」

「それ本音かい?」

「いや、やっぱり給料も上げてほしいな」

 チャールズがそう言うとドクは心底可笑しそうに笑った。

「ところで、何か用があって寄ったんじゃないのかい」

「ああ、そうなんだ」

 ドクは前屈みに膝の上へと肘を乗せて手を組んだ。

「俺のチームが新しいプロジェクトを立ち上げることになったんだ」

「グリーンドルフィン号かい? 次はどこの海域を調査するのかな」

「いや、今度はドルフィン号は使わない。無人探査機じゃなく、有人での調査を考えてるんだ」

「有人で? それはまた」

 チャールズは僅かに驚いて、居住まいを正すと読みかけの本を閉じた。

「君も知っての通り、ドルフィン号でも採用していた光ファイバーでの通信は故障も多くてね。今までにも何度も改良と工夫を重ねて、ようやく最近じゃあ安定した運用が出来るようになった」

「うん」

「それで水深3000メートルや4000メートルならそれでよかったんだが、それ以上となると」

「それ以上って、まさか」

「ああ。そのまさかだよ」

「とうとうマリアナ海溝にチャレンジするのか!」

「何せ光ファイバーは壊れやすいんでね。操作不能になって回収出来ないなんてことになっても困るし。その点、無線の有人探査機ならそのリスクは避けられる。勿論、他のリスクは生じるけど」

「有人探査機の準備はどこまで進んでるんだ?」

「いや、まだまだこれからさ。2割か3割程度だな。広範囲の探査をしたいと思ってるから、これまで他のチームがやってきた以上の船を作るつもりでいるよ」

「そうか。それは楽しみだな」

「楽しみにしてて貰っちゃ困るんだ」

 ドクは思わせ振りに笑った。

「今日ここに来た理由はそれさ。君にもこのプロジェクトに参加してもらいたいと思って、お願いに来たんだよ」





2016年5月、日本

 :2度目のテスト潜航


「あれはなんだい」

「オキアミの一種ですね。ライトを消すともっと良く分かるのですが、深海生物の多くは腹部を発光させてるものが多いんです。あそこにも甲殻類がいますね。ヒゲナガエビかな。この辺はまだ見慣れた生物が沢山見られますよ。ほら、あの岩場にいるのはタカアシガニです」

「ああ、あれならスーパーマーケットで見たことがある」

「Mr.タカハシもご自分で料理されるんですか?」

「タカハシでいいよ、マッコイ教授。妻とは、この趣味のせいで家庭内別居中でね。おかげで学生の時以来の自炊生活を楽しんでいるよ」

「僕の方こそ、チャールズと呼んで貰って結構です。ここにいる2人も似たようなもんです。アメリカに戻ったら、いいデリバリーの店を紹介しますよ」

「チャールズ」とここで2人の会話に操縦桿を握るドクが割って入った。

「紹介するのはいいが、あのKーフーズの店だけは止めとけ」

「ああ」

「その店は何か問題でも?」

「えっと……」

 ドクが振り返ってチャールズと見交わし苦笑する。

「調理してるのは韓国人なんですが、オーナーが中国人で、でもメニューが日本食なんです」

「ついでに言うと、とても食えたもんじゃない」

「それは酷いな。まあ、私の料理と比較してみたい気もするがね」

 船内に笑い声が響いた。





2015年4月、アメリカ


 バラストの取り付け作業を見守っていたドクに事務所から帰ってきた工事責任者が声を掛けた。

「スポンサーが下りると言ってきている」

「なんだって?」

「理由を訊いたら言葉を濁していたが、どうも本業の方の業績不振らしい。一応、考え直すよう説得してみるつもりだが」

「なんてこった! ここまで来て冗談だろ!」

「他の出資者を探すか、このプロジェクトを見直す必要があるな」

「くそっ……分かった。取り敢えずスポンサーともう一度話をしてくれ。俺は出資してくれそうな所にあたってみる」



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