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無名の英雄譚

作者: 黄田 望


 俺の名前は田中太郎たなかたろう。 ・・・へ? ありきたりな名前だなって? しょうがないじゃないか。 俺が決めた名前じゃないんだから。 とりあえず俺の名前は田中太郎。 何処にでもいる25歳のフリーターだ。

 昔から夢だった戦隊物の特撮ヒーローの仕事がしたくて高校卒業後に俳優として色々と努力をしていたいのだが、現在辿りついた場所はデパートに小さく開催されている人気特撮ヒーローの悪者役のぬいぐるみを被って生活費を維持している状態だ。

 まぁ、色々な視点から見れば確かに特撮ヒーローに関わっている仕事ではあるが、これが俺のやりたかった仕事かと言われればそうではない。


 「はぁ~。 今日も疲れた。」


 今の季節が真夏のお盆の時期である為、デパートには家族連れの客が多く訪れ、それには勿論俺が悪者役の着ぐるみを着ている特撮ヒーローショーを見に来た子供達もいつも以上に集まっていた。

 その為、普段はすぐに倒されて退場するだけの役割だった俺だが正義のヒーロー達と共に今回だけ子供達との触れ合い会に参加させられていた。 本当は30分に1度は水分補給の為に休憩を挟むのだが、想像以上の大人数で休憩室への休憩は一時間半に1回へと伸ばされていた。 そういう訳でその仕事を終えた俺の体は悲鳴を上げて疲れ果てているのである。


 「さぁ~て、今日は何食って帰ろうかな~・・・――ってあれ?」

 

 更衣室で着替えを終え荷物を持った時だった。 急に目眩がしたと思ったら体が言う事を聞かずゆっくりと倒れたのだ。


 (な、なんだこれ! う、動けねぇ! 声もでねぇ! 誰か・・誰か!!)


 今日の片付けは俺が最後だったのでカギ閉めを担当になっていたから誰も仕事場に残っていなかった。


 (まずい! これは思っている以上にまずい!! 段々と・・視界・・が・・)


 そうして俺は、意識を失った。


 ◇ ◆ ◇ ◆


 近くで赤ん坊の泣き声が聞こえる。 お隣さん、いつのまに子供なんてできたんだ?

 それにしても赤ん坊ぜんぜん泣き止まないけどお隣さんまさか育児放棄とかしてないだろうな?


 心配になった俺は渋々と起き上がることにした。

 だけど何かがおかしかった。 意識はある。 体もまぁ動く。 だけど何かがおかしかった。

 俺はゆっくりと目を開けた。 すると目の前に小さい赤ん坊が元気に泣いているのだ。


 (あれ? 俺・・どうなってんだ?)


 周りをグルリと見回すと、そこは俺の暮らしているアパートではなかった。 そもそも知らない家の中に俺は赤ん坊が大泣きしている寝室に立っていたのだ。

 

 (えぇ!! お、俺なんでこんな所にいるんだ?? っていうかこの子誰?!)


 色々と状況が追いつけない所で扉の外からパタパタと誰かの足音が聞こえて来た。 恐らくこの赤ん坊の母親だろう。


 (——って冷静に分析している場合か俺!! と、兎に角何処かに身を隠さないと!!)


 しかし、赤ん坊の部屋は赤ん坊専用のベッドがあるだけで後は何もなかった。 その為アタフタとしている間にも扉は開けられこの子の母親であろう女性が部屋に入って来た。


 (すいませんすいません! 俺は別に怪し者では!!)

 「ごめんねぇ~!! 洗濯物を干してて気づくのが遅れてぇ~! 起きちゃった~??」

 (・・・あれ?)


 しかし女性は俺の事など気にもせず赤ん坊のベッドに向かい赤ん坊を抱き上げた。


 「はいはいお腹空いたのかなぁ~? そろそろご飯にしようかぁ~。 リビングに行こうねぇ~。」


 そうして結局女性は俺の事などまるで見えていないかのように赤ん坊を抱えたまま部屋を出て行った。


 (な、何だったんだ?)


 リビングでお乳を貰えたのか赤ん坊が落ち着いて泣き声が聞こえなくなり、部屋は急に静かになった。 そこで俺はようやく自分の身がどうなっているのか理解できた。

 ・・・足が無いのだ。 まるで俺はその場に浮いているように立っておりよく見ると体も透けていた。 俺が目を覚めて感じた違和感はこれだった。

 

 (つまり・・俺、死んで幽霊になったの?)


 何故自分が死んだのかはわからない。 何故この家の部屋で立っていたのかも分からない。 ただ、分かった事は、俺は何故かあの元気に泣いていた赤ん坊から遠くへ離れられない事だけが分かった。

 だってさっきから体が赤ん坊の方へ引っ張られる感覚があるからだ。 だけど俺は絶対に行かないと決心して踏ん張っている。 だって今、赤ん坊は母親のお乳を飲んでいるのだ。 他人の俺が幽霊であっても見に行くのはまずいだろう。


 ◇ ◆ ◇ ◆


 俺が幽霊になって5年が過ぎた。 最初はこれからどうなるのかと思ったが別に不憫がない為今は時間の流れに身を任せている状態だ。


 「どうした! そんな物か!! もっと倒すつもりで討ってこい!!」


 顎髭を生やした中年の男性が地面に膝をついて息を切らしている子供に怒鳴っていた。 俺はその様子を見て頭を掻いた。


 (まだ5歳の子供にそこまで厳しくしなくても・・・。)


 その怒鳴られている子供は俺が最初に目が覚めて大泣きしていた赤ん坊だった子だ。 名前は【エレン】という。

 エレンは3歳の頃から父親に剣を握らされており、最近から実践形式で稽古をつけられていた。

 毎日、毎日父親に怒鳴られ叩かれ、それでも剣を握らされてまた稽古を続ける。 この三カ月はそれが毎日続いていた。


 そんなある日の夜。 エレンは部屋のベッドの中で声を殺して泣いていた。 父親に泣いている事がバレると「軟弱者!!」と怒鳴られるからだ。

 

 「もう・・イヤだ! 稽古なんてしたくない! 友達と遊びに行きたい!!」


 エレンは誰にも聞こえないように布団の中で泣きながらそう言っていた。

 俺は今、幽霊だからエレンには見えていない。 だけど俺は何故かエレンから離れる事が出来ない為こうしてエレンが隠そうとしている事が嫌でも聞こえてしまうし分かってしまう。 俺の声が聞こえる訳でも触れる事が出来る訳でもないが、俺はエレンの頭を撫でるような仕草をして言葉をかけた。


 (嫌ならやめればいい。 だけどお前の父親はお前の事が嫌いで厳しくしているわけじゃないんだ。 それだけは分かってやってくれ。)


 すると、エレンは泣き止み静かな寝息をたて眠ったのだった。


 ◆ ◇ ◆ ◇


 それから10年の歳月が経ちエレンは15歳となった。 それくらいの期間も幽霊としていたのだからこの世界が俺の知ってる世界とは随分違う事もよく分かった。 ここは魔法あり、冒険ありのライトノベルで新人賞がとれるであろうファンタジーの世界だった。 

 この世界では15歳を迎えると家から出て旅に出るのが風習となっているらしく、半年ほど前からエレンは旅に出ていた。 エレンの父親は名高い英雄だったらしく、その父親から稽古を受けていたエレンは驚くほどの強さを身に付けていた。

 どれくらい強いかと言われれば、ギルドと言われる仕事を発注、依頼注文を受けれる場所で最高ランクであった千年生きていると言われるいにしえのドラゴンをたった1人で15歳という若さで討伐してしまう程だ。

 しかも後の噂で聞こえた話だとそのクエストはエレンの父親でさえ攻略できなかったクエストらしい。


 (すごいなエレン! でも油断大敵だぞ! その慢心が後で後悔を呼ぶ事になるんだ! 俺のようにな!!)


 俺は高校を卒業してすぐの頃、一度は俳優デビューをしたのだ。 しかしそこで油断して仕事が勝手にやってくると胡坐あぐらをかいていると仕事の依頼は減っていき、知らぬ内に俺の俳優として仕事に呼ばれなくなっていた。


 「・・・あっ!! 僕の財布がない!!」


 エレンは先程小さい少女とぶつかったのだが、その際に少女はエレンの財布を盗んでいた。

 俺は一部始終見ていたのだが、エレンには俺の声も聞こえず俺はエレンに触れる事もできない。 だからなとかして財布を盗られた事に気づかせる為に靴の紐を千切った。

 自分でもどうやったか分からないが、これが虫の知らせという形でエレンに知らせる事に成功した。


 ◆ ◇ ◆ ◇


 エレンが旅に出て3年が過ぎた。 色々な出来事があったが、エレンはいつの間にか数人の仲間を引き連れて有名人になっていた。 しかもとある大きな国のお姫様と恋人同士にもなっている。

 

 (・・・なんて羨まけしからん!! 俺なんて初体験もできないまま死んだんだぞ畜生!!)


 しかしまぁ、エレンの事は赤ん坊の頃から見ていたので、何だか父親視点の感じで嬉しい気持ちの方が大きかった。

 エレンはこれまでに沢山の人々を救いあげ、悪い奴らを倒してきた。 そういった貢献から世間はエレンの事を【勇者】と呼ぶようになり沢山の人から期待されてきた。 それは国の王や遥か昔から世界を知る神と呼ばれる存在までだ。 エレンはいつも仲間や人前では明るい表情で過ごしていた。

 そんなある日だ。 国の王様から任された依頼をこなす為、仲間達と旅に出ていた夜。 エレンは誰にもばれないように寝ている仲間達から離れ夜空がよく見える場所でうずくまっていた。


 「怖い・・死にたくない・・でも助けなくちゃ。 僕が任されたんだ。 僕が皆を救わなくちゃ。 ・・・でも、怖い。 死にたくない・・。」


 エレンの心はすでにボロボロだった。 人から助けを乞われ、沢山の人から大きな期待を背負わされきたエレンは1年ほど前から誰にも見えない場所で誰にも聞こえないような声でずっとそう呟いていた。

 それもそのはずだ。 エレンがどれだけ強く今迄沢山の人を救ってきたとは言え彼はまだ18歳だ。 本来ならまだ大人に甘えてもいい年頃なのに誰も彼を気に掛けようとしない。 理解しようとしなかった。

 だけど俺は知っている。 声も届けれないし触れる事もできない俺は、エレンがどれだけ1人で苦しんでいしるか誰よりも近くで見て来たからだ。

 俺はエレンの隣に座り、肩を引き寄せるような仕草を取り、聞こえないと分かっていながら耳元でエレンに声をかけた。


 (怖いよな。 死にたくないよな。 逃げ出したくなるよな。 分かるよ。 でも今は踏ん張る時だ。 お前は1人じゃない。 恋人もいるし信頼できる仲間も出来た。 お前はすごい奴だ。 だから頑張れ。 下を向いても見えるのは何もない地面だけだぞ? どうせ見るなら綺麗な夜空を見よう。 さぁ、顔を上げて。)


 すると、エレンは顔を上げた。 その顔には恐怖と絶望の目が映っていたが、綺麗な夜空を見たおかげか何か吹っ切れたように目に光が戻って行った。


 ◇ ◆ ◇ ◆


 空は雷雲が広がり激しい嵐になっていた。 何処か不潔なその天気は今間違いなく最悪の環境だと言えるであろう。

 エレンが国の王様から依頼されたのはこの世界を支配しようと企む魔王と呼ばれる存在を倒す事だった。

 古き伝説のドラゴンを倒し、いくつもの修羅場を潜り抜けて来た勇者エレンなら、王様も魔王を倒せると思ったのだろう。 

 しかし、王様の読みは完全に浅はかだった。 仲間達はすでに意識を失い、エレンももう立っている事さえ難しいほどボロボロになっていた。 そんな中、魔王と呼ばれる存在は傷1つ追うことなくエレンの前に立っていた。


 『貴様が勇者と呼ばれている事はあるな。 どうだ? どうせなら私と共に世界を支配して好きに生きて見ないか? 貴様のように強い奴を私は欲している。』


 その誘いにエレンの心は揺らいでいた。 このまま戦っても勝てる訳がない。 だけど、魔王の仲間になればこれ以上苦しむ事は無くなると。

 エレンが魔王に差し伸べられた手を取ろうとしていた。


 (ダメだエレン! それだけはしちゃダメだ!! その手を取ったらお前が今までしてきた努力が全部水の泡だぞ!! 正気を保て!! エレン!!)


 俺の声は聞こえない。 触れる事もできない。 だけど、俺はどうしてもエレンに魔王について行ってほしくなかった。 魔王が目指しているのは力で世界を手に入れる支配した未来。 だけどエレンが目指したのは皆が笑って幸せに暮らせる自由の未来だ。 この手を取れば、エレンの目指したものは途切れ、人が悲しむ支配された未来しか用意されていないのは目に見えていた。


 (——エレン!!)


 俺の声は届かない。 だけど、エレンは魔王の手を取る直前にその手を止めた。 その目に映っていたのは、薬指にはめた国で待っている恋人と同じ指輪だった。

 エレンはゆっくりと魔王との距離をとり、剣を構えた。


 『つくづく人間とは不憫な生き物だ。 何故そこまでして自ら険しい道のりを選択するのか。』


 そこから魔王は容赦なく勇者エレンに攻撃をしてきた。 

 さっきまで手も足も出なかったエレンにはすでに勝ち目などなく、一瞬で勝負は決まると思った。 しかし、エレンは魔王の攻撃をギリギリのところで凌いでいた。 さきほどまで追いつけなかった魔王の攻撃をギリギリのところですべて躱していたのだ。 さらにあろうことか徐々に魔王に攻撃を加えられるようにまでなっていた。


 その様子を俺はまるで格闘技のテレビ中継を見ているように(そこだ!!)(もっと右! あぁ惜しい!!)と1人で白熱していた。

 そして勝負の勝敗はいきなり訪れた。 エレンの剣は魔王の心臓を貫き、気が付けば嵐だった天気は雷雲の隙間から太陽の光を照らしてエレンにスポットライトを当てていた。


 「うぉおおおおおおおおおおおおおお!!?」


 エレンは拳を空に上げ大きく雄叫びを上げた。 その雄叫びが仲間達には勝利の意味を記すことになり、勇者の勝利はあっという間に世界へ知らされた。

 その様子を見て俺は号泣した。 まるでずっと応援していた選手が初めて優勝した瞬間に立ち会った感覚だった。


 ◇ ◆ ◇ ◆


 エレンが魔王を倒して世界を救ってから随分と時が流れた。 エレンは世界を救ってから恋人であった姫様と結婚して王様となり国を栄え、それからも色々な事件が起こったがその度にエレンは周りの人達に支えられながら生きて来た。


 そうして今、エレンは沢山の人達に見守られながらベッドの中にいる。

 気が付けばエレンは俺よりもずっと年上のお爺さんになっていたのだ。 


 「父上。」


 そうエレンに呼びかけたのはエレンの息子でありこの国の現王様、【アレン】という名前である。

 他にもずっと隣を歩いて支えて来たくれた妻、そしてずっと一緒に旅をしていた仲間達、他にもエレンを慕っている国民達の声や城の従業員達もエレンの最後を見守っていた。


 「父上。 貴方はこの国・・いえ、この世界の大英雄だ。 私には勿体ない程立派な父です。 私はこれからも貴方の背中を追ってこの国をより平和で活気溢れる国にしていきます。」


 息子のその言葉聞いてエレンはニッコリと笑みを浮かべた。 エレンはもう声もろくに出ない程弱っていたのだ。 他にも周りにいた者達は1人1人エレンに声をかけた。


 ―――感謝の言葉。

 ―――別れの言葉。

 ―――約束の言葉。


 色々な人が色々な言葉をエレンに語り掛けた。

 そして最後に妻の言葉を聞いてエレンはゆっくりと起き上がった。 その様子を見てその場にいた全員は驚いて声が出なかった。 だって、エレンにはもう起き上がるちからさえ残っていないはずだからだ。 しかし、エレンは起き上がった。 その場にいる全員に聞かせたい事があると言って。


 「私は特別な人間ではない。 お前達と同じ普通の人間だ。 ただ、他人ひとよりも努力をして他人ひとよりも色々な経験をして、他人ひとよりも多くの人に支えられてここまで生きてきた何処にでもる普通の人間なんだよ。」


 そこからエレンは昔の話を始めた。 


 厳しい父がいた事。 優しい母がいた事。 初めて妻と出会った事。 仲間達との出会いの事。 家族が出来た時の事。 国の皆に支えられてきた事 


 エレンは自分の人生をまるで御伽噺の英雄譚のように語り始めた。 この話はこの先何百何千年と長い長い時を経ても語り継がれるだろう。

 そして、ついに今に至る話を終えてエレンの人生ものがたりは終えた・・かと思えた。


 「―――あぁ。 それとお前達には聞いてほしい。 私だけが知る【無名の英雄譚】の物語を。」


 その場の全員がまたも驚いた。 まさか世界を救った英雄が話す英雄の話があるねんて思ってもみなかったからだ。 そしてその驚いている中に俺もいた。


 (無名の英雄? そんな奴今までいたかな?)


 エレンの事は赤ん坊の頃から近くでずっと見て来た。 そんな俺にも知らない相手をエレンは何処で出会ったのだろうと疑問をもった。


 「その人の名前は私は知らない。 声も聴いた事もないし出会ったこともない。 誰も彼の事を知らないし本当に存在しているのかも今語っている私でさえ確証はない。 だけど私は知っているんだ。 誰よりもその人が私の事を見守って支えて来てくれたとという事実を。」

 

 そこからまた、エレンは語り始めた。 誰も知らない、自分も出会ったこともない英雄譚を。


 ―――その人は自分が赤ん坊の頃から自分を見守っていた事。

 ―――その人は自分が辛い時にいつもそばにいてくれた事。

 ―――その人は自分が何かと失敗しそうな時に知らせてくれていた事。

 ―――その人は自分の心が挫けそうな時にいつも声をかけてきてくれた事。

 ―――その人は自分が道を間違えそうな時にいつも止めてくれた事。


 その1つ1つの話を聞いて俺は自然と涙が出た。

 俺は何故かこの世界に幽霊となって立っていた。 何故かエレンから離れる事が出来なくて今迄ずっとエレンを見て来た。

 俺の声は誰にも聞こえない。 姿は見えない。 触れる事も出来ない。

 だから、俺の事を知る人はこの世界にいない。 俺の事を知る人間はこの世界に存在しないはずだった。


 だけど、何故かはわからない。 理屈を答えろと言われても答えられない。 

 しかし、誰にも見えず誰にも聞こえない言葉はたった1人には確かに届いていた。


 「これが、私だけが知る誰にも知られていない無名の英雄の物語だ。」


 すべての話を終えてエレンは満足そうに顔を上げた。 すると、エレンは驚いた表情で目を大きく開いたのだ。

 そして同じように俺も驚いた。 今迄なかったはずなのに、エレンは確かに俺と目を合わせていたのだ。

すると、すぐにエレンはニコリッと笑みを浮かべて一滴の涙が頬に流れて行った。


 「あぁ・・ようやく、ようやくアナタに会えた。」

 (え・・・?)

 

 エレンはゆっくりと手を前に差し伸べた。 触れる事は出来ないと分かっている。 しかし俺はエレンの手をとるような仕草でエレンの手を握った。

 

 「今までありがとう。 私だけが知る英雄えいゆう。」

 (今迄よく頑張ったな。 俺がよく知る英雄ヒーロー。)


 触れている感覚はない。 声が届いている保証もない。 だけど、俺とエレンは確かに会話をした。


 それが俺の最後の役割だったのか、俺の体は徐々に薄くなり、最後にはエレンが皆に見守られながら眠った最後を見届けて消えた。


 ◇ ◆ ◇ ◆


 「おーい。 田中。 お前こんな所で寝ていると風邪ひくぞ?」

 「・・・え?」


 目が覚めると目の前に俺の同僚が俺を見下ろす形で声をかけて来た。


 「ここは・・・?」

 「なんだ寝ぼけてんのか? ここはお前の仕事場ロッカールームである。 ったく、朝来てみたら電気ついてるしお前は倒れているから一瞬死んでんのかと思って焦ったぞ。」

 「え・・あっ。 すまん。」

 「分かればよろしい。」


 同僚はそう言って仕事着に着替え始めた。 因みに彼は俺と正反対の役である特戦隊ヒーローの1人だ。 来月には新しく始まる特戦隊ヒーローの主人公、レッドの仕事を手に入れている


 (・・・夢オチかよ。 我ながらこの歳で中二病くさいファンタジーな世界観だったな。)


 夢にしては妙にリアルだったなとまるで見終わった神アニメの感想みたいな事を考えて、俺は一旦家に帰る事にした。


 「あぁ! そういえばお前聞いた? 来月から新しく始まる特戦隊ヒーローにもう1つヒーロー枠を増やすからそのオーディションが始まる事。」

 「え! なにそれ! 聞いてない!!」


 この同僚とは昔からずっと知り合いの中で同僚が主人公枠を手に入れるまでこうやってよく情報を交換し合っていた。

 俺の反応を見て同僚がニヤリッと笑みを浮かべると、鞄から1枚の紙を手渡してきた。

 そこには【無名のヒーロー】と書かれた新しいヒーロー枠のオーディションが開始される知らせが書かれてあった。


 「何でも今回のそのヒーローは俺が演じるレッドだけが知る名前がないヒーロー何だけどさ。 いつもレッドやその仲間達がピンチの時に駆けつけて助ける言わば【ヒーローの英雄ヒーロー】って設定らしいぞ? お前が求めてる物とはちょっと違うと思うけど受けてみる価値はると思うぜ? ・・ってあれ? 田中?」


 俺は同僚の話を最後まで聞かずにロッカールームから飛び出してオーディション参加の電話をしていた。


 ◆ ◇ ◆ ◇


 1年後、ある張り紙の前で多くの子供達がそのポスターに夢中になって見ていた。

 それは去年から始まった特戦隊ヒーローに出てくるもう1人のヒーローが主人公のスピンオフ最新作エピソードの宣伝ポスターだった。

 なんでもそのヒーローが登場するたびに視聴率が上がり沢山の人のリクエストから作られたらしい。

 その中でも無名のヒーローが有名なセリフがある。 レッドやその仲間達がピンチの時、必ずと言っていい程助けに入って悪者にいうセリフがある。 それは宣伝ポスターにも大きく書かれたあった。






 『 人は誰もが知らない所で必ず他人ひとに助けられて生きている。 』





 そして、そのポスターの最後の出演欄の所にはこう書かれてある。


 出演者

 無名のヒーロー役    田中太郎。


 

 

最後まで読んで頂きありがとうございました。 


なんとなくフッと思いうかんだ作品だった為、短編にしては長くなってしまいましたが少しでも見て頂いた皆様に「面白い。」「楽しかった。」と思って頂けたら幸いです。


それでは最後まで読んで頂きありがとうございました。

どうかまた別の作品にも興味を持って頂いた時はよろしくお願い致します。

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