仲良くなるにはお茶会が必要
「……はぁ」
マズいと思いながらも何度目かの溜息を吐く。その度にビクリと体を震わすのは騎士団に所属する者達であり、いつもなら副団長がスケジュールの管理や柱の見回りについて意見を言う筈だ。
その副団長とはラウル・レーベル、24歳。
彼は団長のヤクルの言いつけを破った罰として1週間の自宅謹慎を言い渡されている。と、言うのも姉のイール・レーベルが殴り込みをするような形で執務室に現れ「弟は別に構わないけど、あの子達の邪魔したら容赦しないよ!!!」と言ってきたのだ。
弟のラウルはどうてもいいのか、と思わず周りがそう認識してしまったのは無理のない事。ヤクルだって本来ならそうはしたくないが、真面目なラウルの事だから恐らくは自分の行動は予想済み。
だから、彼の行動をこれ以上制限しようとは思わない。恐らくは異世界から来たと言う自分と同い年であろう2人の面倒を見る気でいるのも分かっているからだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
宰相の言う試験を行う為に、謹慎を終えた副団長のラウルと共に柱の見回りと魔物退治をしていた時だった。いつもなら柱に魔物が集まるいつもの光景がなく、妙な静けさがあった。
「……約1週間程前からこの状況が続いていますよね。やっぱり彼女が作用を与えた、と言う事でしょうか」
「こ、こらっ」
その言葉に反応し、チラッと見れば睨まれていると思われたのか周りに止められる。うっ、と思わず気まずくなり前を見ていれば隣ではラウルはクスリと笑っていた。
「な、なんだ……」
「いえ。……ゆきと麗奈の事、気になっているんでしょ?」
「……な、何でそう思うんだ」
途端に顔を赤くし周りを気にしたような態度にラウルは、その態度では無理なのでは……と思うも口には出さない。ヤクル自身、ここ数日何もしない訳ではなかったのだ。
自分が刃を向けたゆきと聞いた子に対し、謝罪をしようと試みたのだ。賊ではないとはいえ、どう見ても剣や身を護る装備すらなかった者に対していきなり剣を向けた。
王の間で会議はラーグルング国では普通の事。これはこの国の風習の様なものであり、王族として統治する者が共に働く騎士達、宰相、大臣などの上層部達を呼んでの報告会と言うの名の雑談に近かった。
その中にはきちんとした報告した内容も含むので、仕事半分、雑談が半分といった形になる。
報告も終わろうかと言った時、両サイドに並んでいたヤクル達が仕事に戻ろうとした時にそれは起きた。王の間の中央から妙な光が一瞬だけ満ちたかと思えば、次に目を開けた時には見た事もない服を着た2人組の少女。
宰相の報告から違う世界から来た事と、ユリウスと同じ黒い髪をした少女の麗奈には戦えるだけの力があると聞いたのだ。
(……じゃあ、最初に向けた時の子は……本当の事を言っていただけなのか)
ヤクルの質問に素直に答え、怯えながらも泣きそうになりながら答えてくれたこの名前はゆきと言っていた。だから、自分のした事が民間人に手を出したのと同じ事でありすぐに謝りに行こうとした。リーグとリーナがずっと傍にいる為にタイミングを逃し続けてきたのだ。
「……ラウルさんは、随分とあの2人と仲良しですね」
小声で言うのは周りに聞かれたくない為だ。普段は部下の前の為に呼び捨てにしているが、2人きりの時や相談にのって欲しい時にはさん付けで呼んでいる。
しかし、ヤクルは知らないのだろうがこの事は既に周知であり後ろを一瞬だけ見れば察しの良い部下達は既に数メートルは下がっている。
本人だけはこの事実を知らないでおり、どう伝えようかとラウルも考えるがこちらもタイミングを逃し続けているのだ。
「まぁ、団長もそれを分かってくれたのですから。……ゆきはあの時の事に関して怒ってもいませんよ。麗奈は謝らないのを許せないだけですけど」
「うっ………」
グサリ、と心に刺さったのだろう。
途端に青ざめるヤクル。麗奈が怒っているのは親友に対して謝罪もない点であり、それ以外に関しては仕事だから認めている部分のある。そう、ただ親友に謝らないと言う点に関しては譲れないだけである。
「どう仕返しをしようかと考えていますよ」
「なっ、それは本当か!?」
「……俺がそれとなく止めるように言っているので大丈夫ですよ」
「す、すまない……」
ほっと胸を撫で下ろす様子に思わずニコニコとしていると、ヤクルから質問が飛んできた。印象が変わったな、と。
「………」
ラウルは瞬きを数回し、キョトンとした表情をして「そう、ですか……?」と聞き返せばヤクルからは頷かれる。その回答が珍しいのか思わず後ろの下がっていた面々にも聞いてみたが同じ答えが返って来た。
「以前は少しだけ、関りにくい部分もありましたが……今の副団長の方が、接しやすいと言うか優しいと言いますか」
「あのお二人が来てから変わったのはベール団長も含みますしね。一番はリーグ団長でしょうか……年相応としていて、お姉さんが出来たのが嬉しい様に毎日頑張っていますし」
その分、副団長のリーナの負担がかなり多くなったが……と言う言葉は飲み込む。既に彼女達が来た事で影響を受けている者達も多くいるのは分かっていたが、そこに自分が含まれるとは思わなかったのだろう。
少しだけ考える素振りを見せつつも、何だか嬉しそうにしているラウルの様子にヤクルも同じような嬉しさが込み上げていたのは内緒だ。
そんな事がありつつも、魔物がいない事を確認し宰相に報告をしたその翌日。全てがひっくり返るような事が起きようとはこの時、誰も分からなかったのだから。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
宰相の言う試験を乗り越え、麗奈の父親達との再会を得た麗奈とゆき。その日の夜、魔道隊の総司令官との言える師団長のキールと氷の騎士ラウルが麗奈に誓いを立てた翌日。
2人を避ける為に城内に居るには遭遇率が高い。かといって、味方になると言ったベールがよくいる図書館には行けない。
何故ならベールは麗奈を構うと評して、衣服をプレゼントしてくるようになったのだ。
服はもちろん、何故だか麗奈の下着のサイズも知られておりその事に彼女が気付くのは大分後の事。ベールの趣味なのか分からないが、下着も普段着もフリルが多く麗奈には抵抗の強い服ばかり。
(……逃げ場がここしかないって言うのも……)
キールとラウルを避けつつ、ベールも避けないといけないとなると麗奈の行動範囲はかなり狭まる。ゆきと共同で使う部屋しかないと嘆いていた矢先……ヤクルから招待状が来たのだ。
「麗奈ちゃん、気分転換にはなると思うよ? それにその服も可愛しね」
「……い、言わないで」
ヤクルからの招待状では今までの謝罪も含めてのお茶会をするので、良ければ来て欲しいと言う内容のものだった。
ゆきはお茶会と言うワードが気に入ったのかテンションが上がっており、麗奈の場合は逃げられるなら何処でもいいと思ったのがいけなかった。
ゆきが読み上げた手紙の内容はあまり聞いておらず、単にお茶会と言うのだからゆっくり出来るのだろうと思っていた。そして、ヤクルが貴族であると言うのをこの時すっかり忘れていた自分に腹が立ったのだ。
「良かった。来ないかとハラハラしたんだ。……似合ってるな2人共」
「ありがとうござます!!!」
「……ありがとう、ございます……」
赤い髪に眩しい位の笑顔を向けてきたヤクルは、あの時に剣を向けたとは思えない程の好青年になっており別人との思った位に変わっていた。
しかし、服を褒められたら嬉しいものであり、ゆきはニコニコとお礼を言った。
髪を軽く結い服装もお茶会だからと言う事で、リーナに勧められた淡いピンク色のドレスを着た。ラウルの使用人で友達になったターニャや、サティ、ウルティエとも話す機会も増えた事でそれなりだがお茶会のマナーも学ぶ事が出来た。
一方の麗奈は恥ずかしそうに俯きながらも、何とかお礼を言えた事に心の中で小さくガッツポーズをしていた。髪はターニャにきっちりと洗われ整えられており、ドレスが必須だと言われた。
「そんなの持ってない!!」
そう言った時にサティに見つかった。ベールから会う度に衣服をプレゼントされ、着る機会なんて無いだろうと思いクローゼットに押し込んだドレスの数々を……。
そこからは問答無用でドレスを着せられ、最低限のマナーをとお茶会に呼ばれている14時までに叩き込まれた。
サティ達が選んだのは水色のドレスにスカートの部分に同じ色の薔薇が刺繍されたデザインであり、これを見付けたターニャには恨みすら覚えた程に。
ゆきに褒められようとも、ターニャ達に褒められてもどう表現して良いのか分からずに黙って頷き続けた。そんな反応すら機嫌を悪くする事もなく、微笑ましく見られる事に何だが居心地が悪くなる一方だった。
驚くのはこれだけでなく、屋敷へと向かおうとした時に迎えに来たのはヤクルの屋敷で働いている使用人達だった。
プロとは凄いもので2人が驚いている間に、馬車へと向かい瞬く間に目的地へと到着したのだ。
「ヤクル様、他にすることはありますか?」
「あぁ。もう大丈夫だから、そちらの仕事に戻ってくれ。用がある時にはまた呼ぶかもしれないが」
「かしこまりました」
頭を下げた使用人達は静かに扉を閉め、同時に扉の前に耳を澄ました。それも全員ニヤニヤしたままで、だ。
「いきなりで悪いな。時間が空いてなかったら日程をずらしても良かったんだけど」
「麗奈ちゃんも私も気分転換はしたかったから平気です。今日はお招き頂きありがとうございます」
綺麗にお辞儀するゆきに慌てて麗奈も見よう見真似で行う。そしたらヤクルがいきなり大笑いをしたのだ。
「ん?」と同時に思うも、首を上げる訳にはいかないのでそのままでいるとヤクルから頭を上げるようにと言われてしまった。
「かしこまられると俺が困るよ。今日はそういうのは抜きだから気楽にしてくれないと」
ゆきにエスコートをするヤクルに麗奈も付いて行こうとして、いつの間にか誰かに手を引かれている。誰かな? と思って隣を見れば、昨日誓いを立てた現場に上に連れてきた張本人のユリウスが当たり前のように居た。そして、麗奈をエスコートしており心臓が止まりそうになる。
「っ」
「えぇ!!! なんっ、何でここに!!!」
声が出ない麗奈の代わりに気付いたゆきが声を上げるも、すぐにヤクルの手に防がれ「悪い……少しだけ静かに、な」と小声で言われ思わずコクリ、コクリと反応を示す。
対してユリウスは麗奈の呆気に取られた表情にクツクツと笑い「お茶会、だろ?」と言いつつ椅子に座らせていく。麗奈の隣にはユリウスが座り、向かい合わせにゆきとヤクルが座る形になる。
「………」
ユリウスは向かい合わせで座り未だに行動を起こさないでいるヤクルに対して、静かに足蹴にして睨んだ。
目的を忘れるな、と言う意味で睨んでいればヤクル自身も気付いているであろうが口に出すには……勇気のいる事だ。
「………すまない、ゆき、麗奈。2人に対して俺は失礼な態度を取り続けた。今日のお茶会はそう言ったものも含んでいる。陛下は……いや、ユリウスはきっかけをくれたから証人として参加して貰ってるんだ」
「相談してきた癖によく言うよな」
「ユリウス!!!」
反射的に名を呼べば、ユリウスの方は「べー」と挑発的な態度。思わず追いかけようとするが、目的を忘れる訳にはいかないと心を平静に保ちつつ次に示したのは土下座だ。
その行動に思わずゆきも麗奈も「そ、そこまで!?」と慌てて止めに入るがヤクルは引く事なく頭を下げたままだ。
「ゆき。俺は……君に対して酷い事をしたんだ。心に深い傷が残ったと言われてもおかしくない位に……女性に刃を向けただけではない。俺は、君を斬ろうとしたんだ」
「あ、でも……誤解だって分かって貰えたし、私の傷はセクトさんに治して貰ったし。麗奈ちゃんに助けて貰えたしリーグ君とも知り合えたし」
「それは麗奈が試験をクリアしたからだ。それに、君はその間に騎士達だけでなく食道に働いている人達からの信頼も得ている。……麗奈にも色々と苦労を掛けたと思うし、眠れない日々があったのだって知っている」
そう言われチラッとユリウスを見れば笑顔で返された。
ヤクル自身、麗奈に眠気を誘いやすいハーブや薬草を渡そうと何度も試みたが何故かベールが必ずと言って良い程に傍
におり渡すタイミングがどんどん失われるのだ。
まずベールに見つかる時点でタダでは済まないのが分かる。
彼は興味のない事には反応を示さないが、麗奈が来てから妙なイタズラ心が芽生えたのかイジリまくり別の意味で会いたくないと思わせたのだ。
そう騎士から報告を聞かされ頭を抱えたし、麗奈に会うにはベールが居ない時を狙うべきだと考えた。
しかし、ヤクルが見回りの為に城に居ない時にはベールも同様に居ない。麗奈が図書館で居る所まで把握はしていないので、探し回り見付けた時にはベールもいる状態が多い。部屋に着く前にとも思うが、ベールが部屋まで送り届けているからそれも断念している。
そして謝罪をしたいと行動を起こしても、2人に対してのものは出来れば誰の目にも触れたくないと言う気持ちでいるヤクル。
そして相談したのが親友でもあるユリウスだ。
彼は言った。個人的に言いたいなら屋敷に呼んで、お茶会なりすればいいのでは? と。
そこでなら他の団長達が入れる隙は無く、リーグが仕事をしている間に済ませられるし、ベールの行動を気にしての事もなく周りの目を気にしない。
「——と、言う訳でお茶会を開いたんだ。だから、2人がかしこまる事もないし、マナーなんて要らないんだ。これは俺が謝罪できるようにと場を設けたに過ぎないんだから」
「「………」」
2人は互いに顔を見合わせた。恐らく2人からの回答が得られない限り、ヤクルは顔を上げる事もしないしユリウスはそれを見守る姿勢を貫いているのか口を挟んでこない。
この気まずい空気もこのままの状態となり、言葉を選ぼうと考える麗奈。しかしその前にゆきが先に口を開いていた。
「……私、本当は怖かったの」
ギクリとなるも当然の反応だと思いながら、ゆきの言葉を待つ。
自分はヤクルや麗奈のように魔物に戦う力はない事。麗奈が何かを隠していながら自分に対して相談もしない事、部屋をこっそり抜け出して昼過ぎまで部屋に戻らない事があった事。
そんな暴露をされた麗奈は冷や汗をかき、何故か後ろからユリウスに突き刺さるような視線に晒されている。
「……まだ、ヤクル様について全然分からないです。最初は怖い印象の人だけど……リーグ君が色々と構ってくれるし、ラウルさんやセクトさんもイールさんも協力的です。追い出されても仕方ないのに……」
だから、と言ってヤクルと同じ視線になるようにとしゃがみ込み「お願いがありますので顔を上げて下さい」とじっとされる。ぎこちないなく顔を上げれば――
「同い年の友達があまりいないから……友達になって下さい!!!」
「………えっ」
その間抜けた声にユリウスは思わず「ぷっ」と吹き出す。ヤクルはその声すら聞こえず考え込まれ「……友達」と小さく呟き、差し出された手を見つめてから数秒後、ガッシリと手を握った。
「俺も同い年の女性とは関わって来なかったから、付き合い方もよく分からないかも知れないが……俺で良いなら、喜んでなろう。友達に」
「はい!!!」
「………いいの、かな」
「本人達が良いならいいんだろ」
握手を交わす2人にそう思っていると、ヤクルは麗奈に向き直り「えっと、君は……もう怒ってないのか?」と聞かれ「ゆきが良いなら怒る理由ないし」と言えば同じく握手を交わされた。
「ならこれからなんて呼ぼうか」
「名前で平気だよ。ヤクル様」
「友達なら様は要らない。ユリウスもそれで良いよな?」
「俺は気にしないから好きにしてくれ」
「………へ、陛下にはまだ……」
言葉を濁すゆきに思わず麗奈は「ユリィ呼びに強制させられてるんだけど」と、言えば笑顔で「麗奈ちゃんは特別♪」と言い途端に不思議そうな表情になる。
「……何で?」
「俺に聞かれてもな……」
強制してきた人物に思わず聞き返せば、ユリウスも首を傾げる。ヤクルはやっと気を抜き「じゃ、改めてお茶会をするか」とやる気になられそのままゆきと麗奈はもてなしを受けた。
ずっと扉越しで聞いていた使用人達は嬉しそうな声が聞こえてくるヤクルや麗奈達に思わず静かに泣いた。ヤクルの元気がないのを使用人達は心配そうに見て、元気が付くようにと陰ながら応援していたのだ。
幼い頃から共に居た事で使用人達とは、家族同然の様な絆があり今日は食事を豪華にしようと楽しそうに仕事に戻る彼等。楽しそうにしている笑い声に安心し、仕事中でもニヤニヤが止まらない。
それを、庭師の仕事を終えた父親のワームは不思議そうに首を傾げ何があったのかと聞けば口を揃えてこう言った。
「坊ちゃんにお友達が出来ました♪」
その日の夕食は本当に豪華になり、ヤクルは思わず理由を聞くも「内緒です」と楽しそうに言われ母親と父親に視線を送るも……何故かニコニコ顔。
(……別にお茶会で失敗はなかったし、麗奈もここを避難場所に使いたいって言ったら別に構わないし………一体何のお祝い事だ)
疑問が尽きないヤクル。それを口には出さず、微笑ましく見ている使用人達。あ、と思い出したヤクルは翌日麗奈に改めて謝罪をしようと食堂で言おうと思い決行したら……とんでもない事に巻き込まれるなど夢にも思わないまま、その日は過ぎた。
ヤクルが食堂で謝った所為で、彼はリーナと共に麗奈のお父さんに怒られると言う事態に発展します。書いてみて何ですが、彼はタイミングばかりを良く見逃すなと……。
麗奈の避難場所がヤクルの屋敷に追加された事で、花の世話をするようになりやり方をヤクルから教わりゆきにも教え段々と遊びに行く日々が増えて行きます。そこに仕事の気晴らしに来る陛下のユリウスや、お姉ちゃんが大好きなリーグも来るので屋敷の使用人達は泣いて喜んでと忙しい日々を送る事になります。