魔物との戦い方⓶
「君達の事情は全て、イーナス宰相、キール師団長から聞いている。あと息子と妹からも聞いているから、一から話さなくて構わない」
「はい……」
ゆっくりと用意された物を口にする。
中身は紅茶ではなく、ゆきが最初に見ていた瓶の中身だ。常温で出ていたが、今は湯気が見えているので温かい飲み物としても出しているようだ。
「最初に入った時、興味深く見ていただろ。人によっては味に合わないかも知れないから、紅茶は用意してある。無理なら遠慮なく言ってくれて構わない」
「だ、大丈夫です……」
その指摘に驚き、思わずどもった返事をしてしまった。チラリと見るも別に気にした様子もない。一口含み、ほっとした。
リラックス効果からか、思った以上に自分は気疲れしているのかも……。そう思いながら、何度か口に含んでいるとフィナントが告げた。
何故、魔物と戦うと決めたのか。
「理由は聞いている。自衛をする為と言うのも分かる。だが、もう1度考えるんだ。……君の持つ魔法は、希少価値の高い――珍しい属性だ」
その言い方が、暗に魔物以外にも当てはまる。
彼の言いたいことを全ては分からない。だから、ゆきは精一杯の答えを言った。
「親友を助けたいんです。肩を並べて一緒に……。麗奈ちゃんに弱くないって伝えたいんです」
「……命のやり取りをするのには足りないな」
「!!」
「自衛の為、親友の為。それも良いだろう。目的を持つ者と持たない者とでは雲泥の差がある。それは取り組み方にしろ、学ぼうとする姿勢にしろ。君は怪我をするのは怖くないのか?」
「……」
「単なる怪我ではない。毒、火傷、痺れ。他にも様々な症状を我々にぶつける魔物もいる。魔族はもっと狡猾だ。――今回の場合、君の親友を攫う為だけに襲った。目的があったから済んだだけ」
最悪の場合、麗奈を残して全ての人間すら焼き払う。
そう言われているような気がした。
「魔王ランセが来たのは幸いだ。彼が来なければ、国民の何人かは確実に死んでいたからな」
「っ」
「君が相手をしようとしているのは、そういう存在だ。それでもなお、君は魔法を学びたいのか。希少な属性はそれだけで、魔物であれ同じ人間であれ狙われるんだぞ」
「それは……」
覚悟を決めて来た、と自問する。
イーナスにも確認をされ、その上で自分は戦う事を選択した。少し複雑そうな表情をしていたが、それでもゆき自身が決めた事なのだからと止めはしなかった。
「いや、いい。……責めている訳でもない。はぁ、きつい言い方をした」
見ればフィナントは深い溜め息を吐き、手を頭の上に置き何度か首を振っていた。
真面目である彼は騎士団を率いる立場にある。
だが、諸事情があるゆえにこの屋敷からは出ない。代わりに息子と妹を騎士団の所属にし、また兄であるベールには自分と同じ騎士団長と言う立場を与えた。
緊急時でない限りは、極力この屋敷からは出ないのだとヤクルから聞いていた。
屋敷の中は廊下がなく、扉を開ければ目的の部屋へと通じる。そして、ベールが言う夕方になるまで出られないと言う発言から外との隔絶を意味している。
そうまでして守らなければいけないものが、この屋敷にはある。
その理由をイーナスは知っているらしいが、ヤクル達は深くは聞かない。人それぞれ事情があり、何人かはフィナントの行動を理解している。
ヤクルの父からも、深く聞いてやるなと言われている。自分の代わりに、ベールとフィルを騎士団へと所属させ国の防衛を担う役割を与えられている。
(心配、してくれているんだよね)
自分達の事情を全て知っている事から、彼なりにゆきを心配しているのが分かる。言葉はきついが、よく誤解をされるとはベールから聞いていた。
この感じをゆきは身近に知っている。そう、麗奈の父親である誠一だ。
最近では娘の麗奈との接し方に迷いが生じていた。
陰陽師として生きないように、ワザと厳しく修行をし嫌われるようにしていた。九尾からはよく素直でないと言われては、誠一は何かと言い訳を繰り返している。
わだかまりという程に、険悪ではないがその微妙な距離感に誠一は戸惑いを覚え続けていた。
なんせ嫌われていると思われていたのに、麗奈は全然そんな事は思っていない事。
「ふふっ……」
「なんだね?」
「あ、いえ」
フィナントの真面目で、誰に対しても厳しい感じをつい誠一と被らせて見ていた。
思い出し笑いをしたゆきに、彼は不思議そうに聞いた。別にそれで機嫌が悪くなった、という訳でもない。
本当にただの疑問を口にしていただけだ。
「まあ、いい。まずはこれに魔力を注いでみてくれ」
そう言って渡されたのは、魔道隊でも使っていた水晶体だ。
まずは自衛が出来る位には魔法を身に付けてもらう。暫くはその方針でフィナントは教えてくれるのが分かり、ほっとした。
覚悟が足りないから帰れと言われないだけ、ゆきにとってはありがたい。
リッラクスし、気持ち的には随分とすっきりした。その状態で、ゆきはいつものように水晶体に魔力を注いだ。
「そのくらいで平気だ。変化を見なさい」
「はい」
手の平サイズの水晶体。
ゆきは魔力が注いだその瞬間、水晶体の中に白い光と炎が同じ位の大きさで輝いていた。
魔道隊では魔力を注いだら、自分の属性の色が分かる。
だから、そこでゆきが見たのはただの白い光が浮いているだけだった。
すると、その白い光と炎はお互いに合わさる様にして、重なり最終的に白い炎となって現れた。
魔道隊では見られなかった反応に思わず、フィナントへと視線を向けた。
「あ、あの、これは」
「ほう、どちらも平等に扱えるのか。本当に稀なものだな」
「……?」
よく分からないゆきに、フィナントは詳しく説明してくれた。
今見ているのは、操れる属性の割合を見ていたのだと言う。複数の属性を操れる者は少なく、その数によって割合がバラバラなのだ。
例えば、炎、水、風の3つを扱える者がいるとしよう。
本人的には平等に3つ力を扱えるのだと思っている。が、正しく把握していない場合に起こるのはガス欠だ。
その理由は、3つそれぞれの属性に当てられる魔力量が違うから。
実際は3つ平等に扱えるのではなく、炎だけは操れる総量が違う。もしくは、水か風か。
「自分の使える属性を把握するのと同時に、どの属性が多く魔力に割り当てられるのかを把握しないと大技を連発してすぐにガス欠になる。なんせ、自分では得意だと思っていた属性が実際には少なかった……なんて言うのも普通にある」
「では、この水晶体で見れるのは属性の割合なんですね」
「そうだ。君は見事に、その2つを均等に扱える。それが分かれば使える魔法の種類にも幅が利く」
ここまで平等に現れるのは本当に稀なのだとか。
それを「へぇ」と感動していると、ある人物が思い浮かんだ。
魔道隊の創設者であるキールだ。彼は魔道隊のトップを預かる身であり、魔法の知識は豊富な上にその種類も豊富だ。
つまり彼も相当な魔力量である。
しかも、彼はどの属性も平等に扱っている上に不得意なものはない、と感じられる。
「キールは規格外だ。見本なんかにするな。良いか、彼の場合は規格外な上に魔法にしか興味がない変人だ」
「……変人、ですか」
本人がいないとはいえ凄い言われようだ。
そう思わずにはいられないが、あるエピソードを思い出した。
魔力の操作を教わる中での事。
その日もゆきはいつものように、水晶体に魔力を注ぐ練習をしていた。一緒に見てくれる魔道隊の人は笑顔で対応をしていた。そこに突然現れたのはキールだ。
予定では彼は魔道隊に来る用事はない筈らしく、その場に居た魔道隊の面々は嫌な予感を覚えたのだと言う。
「ごめん、暇だから今から抜き打ちテストするね♪」
とてもいい笑顔でそう言い放ち、問答無用で行われた抜き打ちテスト。
副師団長という役職を押し付けられたレーグをも巻き込み、魔道隊の訓練場で行われてしまった。
結果として――キールの周りには、魔力を酷使して倒れている魔道隊。
まるで屍のようなその光景にゆきは止められなかった事を悔やんだ。しかも、キールはそれだけでは満足しないのか通信系統を担当する者、防御を担当する者を巻き込もうと動いた。
あぁ、終わった……。
レーグだけでなく、全ての人達が同じ事を思った時に奇跡は起きた。
「あのすみませ――えっ!? な、なんですかこの状況!!!」
「主ちゃん!! どうしたの、こっちに来るなんて珍しいね」
イーナスに渡された書類を持ってきた麗奈が現れたのだ。
レーグも含めた魔道隊の人達が倒れている状況に青ざめるも、実行したキールはとても嬉しそうに向かった。
書類を渡しただけでなく、これからセクトが柱の見回りをすると言うのだ。
騎士団だけでなく魔道隊からも何人か派遣するらしいと聞く。しかし、倒れている人達を見て困った様子でいる麗奈にキールは言った。
「だったら私が行くよ。今日の魔道隊は使い物にならないしね……。ついでに主ちゃんに色々と魔法を見せるよ。近くで見たいでしょ?」
「良いんですか!?」
ぱあっと明るくなる笑顔に、キールが嬉しそうに頷いた。
思わず全員で「お前の所為だ!!!」と言ってやりたい気持ちだったが、そんな気力すらでない。出来た事と言えば、全員でキールの事を睨んだ位だろうか。
麗奈と一緒に来ていたフリーゲは「お前はまた……」と、呆れたように言うもその言葉をキールは聞かない。
「治療はやっておくから行った行った。わりぃな嬢ちゃん。コイツの面倒は頼むわ」
「わ、私に務まるでしょうか……」
「酷いなフリーゲ。主ちゃんが暴走する訳ないでしょ」
「都合のいい解釈するんじゃねぇ!!! 全部、お前の所為だろうが!!!」
その後、魔道隊の代弁をするようにフリーゲが怒鳴るもキールは「主ちゃん、行こう行こう♪」と完全に無視。
その時の事を思い出し、いかにキールが規格外なのかを改めて思い出した。
確かに、彼のようにはなれない。なってはマズい気がするとすら思う。
「まぁ、今は前よりも暴走は少ないと聞く。彼をコントロール出来ているもう1人の異世界人。彼女は凄いな」
「あは、あははは……」
フィナントはそう評したが言えない。
暴走は減ったかも知れないが、確実に魔道隊への負担は大きくなった。そして、親友であるフリーゲにもその負担は確実に増えていったということを――。
いつにもましてイーナスからため息が聞こえるようになった。
その原因の殆どはキールの所為だと言うのも知っている。本当の事を告げるのが心苦しいゆきは、とりあえず笑って誤魔化すことにしたのだった。




