鈍感すぎる親友〔バレインタインデー〕
前話の続きもの。
「ただいまぁ~」
ゆきが朝霧家に帰ってくると決まって、式神達が慌ただしく駆け寄ってくる。
四角い体に短い手足の式神達は、パタパタと来てはゆきの周りをぺたっとくっつく。怨霊に乗っ取られた両親の影響か、ゆきはその怨霊に引き寄せやすい体質になっていた。
学校では麗奈が密かに目を光らせている。
ゆきにはお守りとして勾玉を身に付けて貰っているので、何かあればすぐに分かる。こうして式神達がくっついている間、悪い気が来てないかの確認と同時に浄化をしているのだ。
「ん。いつもありがとう」
しばらくすると式神達はすぐに離れていった。
浄化が終わり、いつものようにお礼をいう。彼女に感謝されるのは慣れているの筈なのに、恥ずかしがったり、短い手をパタパタしたりと嬉しさの表現が様々だ。
「おかえり。学校の帰りに買い物は済ませて来たから」
「ありがとう、麗奈ちゃん」
そこに水色のエプロンをした親友である麗奈が出迎える。
卒業を控えた彼女達は、学校に通う時間も午前中が多いのでこうして早く帰ってくる。しかし、いつもならゆきは麗奈と帰るが今日は先に帰って貰ったのだ。
その理由は――。
「はい、麗奈ちゃん。ハッピーバレインタイン♪」
本当なら朝に渡す気でいたが、2つある内の1つはハルヒから預かっているものだ。
それならまとめての方が麗奈も嬉しさが倍増だろうと考えた。ゆきが渡したのは、ハルヒから手渡されたピンク色のラッピングをされたもの。
もう1つは、ゆきが作ったブラウニー。
帰りはハルヒに送って貰っているので、この現場を麗奈に見られる訳にはいかない。なんせ内緒で行っているのだから。
「ありがとう……。朝でも渡せるのに」
「へへ、いいのいいの」
ちょっと顔を赤くする麗奈にゆきは満足気に微笑む。
ふと視線を感じて下を見ると、式神達が懇願するような感じで見上げている。
目はないのだが、手をパタパタと振っているので自分達も欲しいんのだと訴えているのが分かる。
「大丈夫だよ。式神ちゃん達の分もあるから」
「またお父さんに怒られるよ?」
ゆきの言葉に大喜びにはしゃぐも、麗奈の言葉に一気にしょげる。
落差が激しいが、彼等はゆきから貰えるだあろうチョコの方の大きく傾いた。その後も、ゆきの周りをグルグルと回り体を張って喜ぶを表現している。
胴上げをしたり、口をくわっと広げたりと大忙し。
麗奈はそれを見て呆れた上に「怒られても助けないからね」と言えば、一瞬ビクリと式神達は停止する。
自分達を作った誠一は、麗奈の父親で厳格な性格。
規律に厳しく、自分にも部下にも娘にも凄く厳しい。その怖さを知っているからか、ガタガタと体を震わせたり、自分達の体を寄り添ったりなどしている。
「もう、麗奈ちゃん。脅かすのはダメじゃない」
「だって事実だし」
そんな式神達の頭を撫でながら、ゆきは麗奈に文句を言う。しかし、麗奈は当たり前な事を言っている。どうにも式神に甘いゆきに疑問が湧いた。
「前から思ってたけど、ゆきは何で式神達に甘いの?」
「え、だって可愛いじゃん。プニプニな肌触りに、口はたまにくわっと大きくあけてるからご飯が欲しいんだな、とか表情も仕草も色々だよ? 好き嫌いしないし、何でも食べてくれるし。声は出せないけど、体全体で表現してくれるのが嬉しいしね」
褒める度に式神達は照れたり、体をくねらせたりとまるで恋をしている乙女のような反応。
麗奈とゆきが持っている荷物をじっと見ている辺り、彼等は分かっているのだ。
――これからおやつタイムなのだと。
「……はいはい。式神達の分もあるから、手を洗ってうがいをしてちゃんと席につくこと。今日はバレインタインデーだからチョコのホットケーキ。はちみつの代わりにチョコソースだし、いちごも安かったから一緒に添えたよ」
「わーい。ありがとう♪」
喜ぶゆきと式神達。
ハイタッチをしたり、胴上げを始めたりとこれまたテンションが高いなと。そんな事を麗奈が思いつつ皆で居間に移動を開始した。
(注意する割に、麗奈ちゃんだってちゃんと世話してるじゃん)
そう思ってもゆきは口には出さない。
甘やかしていると言いつつも、麗奈もゆきと同じだ。陰陽師の仕事をしている中で、自分の事を守ってくれる存在でもあるからだろう。
麗奈にとっては式神達は、家族の一員なのだ。
手洗いの必要もうがいも、行う必要な全くない。なのに、律儀なことをの言う麗奈もだが、言われた事を実行する式神達もどこか嬉しそうだ。
「ん~~。美味しい」
「それはどうも」
「式神ちゃん達も、麗奈ちゃんの絶品だよね?」
そう聞けば、彼等は高速で首を振った。
中には振り過ぎて、思い切り床に頭をぶつけたり仲間に当たったりなどの事故が発生している。それらを止めつつ、麗奈は式神の1つを頭の上に乗せもう1つを自分の膝の上へと乗せた。
ゆきは知っている。
麗奈は言わないだけで、式神達のプニプニした体つきは好きだ。なんだったら、今も彼等の顔を触ったりしていると顔が綻んでいるのが分かる。
彼等を抱きしめて寝ると凄く睡眠の質が良いように思う。
どんなに睡眠時間が短くても、学生と陰陽師と言う2重のわらじが成功しているのも地味に彼等のお陰である。
「え、まだ足りないの?」
何なら彼等はそれを分かっている、というか自覚あり。
もっと献上しろと言わんばかりに口を大きくあける。麗奈としてはこれ以上はマズいからと言うも、手足をバタバタと動かすという抗議に出た。
「それなら麗奈ちゃんにって、渡されたものでも食べる?」
ピクン、と動きが止まる。
式神達はゆきの方を見上げ、まるでくれるものだと決めつけている。一斉に手を差し出し、ちょいちょいと動かす。
くれくれ、と急かしているのが分かり麗奈は溜め息を吐いた。
「何でそんなに食い意地が張ってるの……」
「まぁまぁ。可愛いんだし多め目に見て上げて」
「やっぱり甘いよ。絶対、自分達の事を分かっててワザと可愛くしてる部分あるもの」
麗奈の鋭いツッコミに、流石の式神達がビクビクとなる。
ヤバい、バレてる!!
怒られる!!
ひそひそと声を上げないのに、そんな感じで動き回る式神達を見てゆきは「可愛いんだから許そうよ」と言っている。それに感動したのは当然で、式神達は一斉に頭を下げる始末。
「これじゃあ、甘える一方だよ」
「事実を言っただけだよ。それより、中身見ようよ。ちょっと楽しみなんだ」
ハルヒが半年も前から予約してこの日の為に購入した高級チョコレート。
一流のパティシエが作ることから、少しでも皆さんの手に届くようにとそれなりに手が出しやすい値段設定。
本場ベルギーで修行をしてきた事などが、テレビで報じられた効果もあり最初は整理券での販売をしていたがそれも追いつかない。だから、ネットワークでの予約制という手段を取った。
この時期での販売は1年の中でも一番の売り上げを誇っていると言っても過言ではない。
ゆきもスマホで何度か見た事はあったが、値段は確かに高い。だが、学生でも我慢すれば買えなくはない。ご褒美としてならいい値段。なにせチョコレートなのに、見た目はまるで宝石。チョコレートだと説明しても分からないだろう。
あれはもはや、食べ物を通り越して芸術作品。
それを食べられるのであれば、とちょっと興奮気味なゆき。だって、彼女は中身がなんであるかを知っている。対して麗奈は毎年バレインタインデーにくれるので、ちょっと不思議に感じていた。
渡されたピンクのラッピングを外していくと――可愛らしい見た目の四角い箱。
ピンクと赤が使われたバレインタインデーを意識したもの。高級なものは、中身だけでなく見た目にも楽しさを含んでいるのだとゆきは興奮した。
(麗奈ちゃん、早く、早く!!!)
麗奈の為に渡しているのに、すっかり自分の物のように嬉しそうにしている。
ゆきのそんな感情に式神達も、麗奈に急かす様にと動き回る。
「わあっ……」
「す、すごっ……!!!」
2人がそう言い目を輝かせるのは当然のこと。
1つ1つに仕切りがしているのは当たり前。チョコが挟まれたクッキーやルビーのような輝く見た目の丸いチョコレート。サファイアのような色もあれば、エメラルドのような色もある。
今回は宝石箱をイメージした中身のようだ。
毎年のバレインタインデーの限定品。
1年に1度限りのイベントというのもあってか、店側の気合を感じられる。
本当にチョコ?
こんな宝石のような見た目……アリ?
チラッと麗奈の方を見れば、彼女はその見た目に驚きつつも釘付けだ。
これをハルヒが渡せば、どこからどう見ても本命に見られるだろうに。最初のタイミング悪い……と、そう思わずにはいられない。
「た、食べるの……勿体ない、ね」
あまりの中身に麗奈がそう言えば、式神達は一斉にショックを受けた様にゴロンと転がっていく。
中には何で? と麗奈のエプロンを引っ張るものもいる。
食べたいんだという熱意を伝わり、麗奈も困る。
ここまでの見た目と中身。しかも相手は麗奈にと指名している時点で、分かるのだろう。その相手は麗奈に対して好いた感情を持っているのだと。
「それにしても、こんだけ高そうなのよく買えたね」
「んー。このロゴ、何処かで見たことあるかもだからあとで調べてみるね」
「ありがとう」
本当は全部知っているのだが、ハルヒの為にゆきは嘘をつく。
しかし、式神達は諦めたくないのか何度も麗奈にお願いしている。
「……数は多いけど。じゃ、じゃあ……1つだけ」
2段になっている箱型。
仕切りに入っているチョコレートは、見た目赤色だったり、青色だったりとコーティングがされている。
グラデーションが加わったものだから、明るいのにしつこくない。
味もだが、見た目にも楽しんでもらおうという意図が分かる。麗奈がじっくりと見ていると、両端に居た式神は「早く!!」とせがんでいる。
服が伸びるにも構わずに、グングンと引くのでそんなに食べたいのか……と麗奈は呆れる。その一方で、ゆきはその式神達の動きが面白いのかずっと笑顔だ。
ゆきは改めてハルヒの金銭感覚を恐れた。万単位なのが確実だが、値段を聞くのが恐ろしいなと思った。
彼はこれを3年間続けている。
物欲がなさすぎなのでは……?? と、ついそんな心配をしてしまう。
今度、どこかに出掛けて一般的な金銭感覚を知ってもらおう。高級なのは知っていても、多分、そんなに高くはないと彼の中では思っている可能性が高い。
(麗奈ちゃんもだけど、ハルヒも物欲がないもんね。……ま、お金は貯まるから良いとか言ってたけど。それ以外だと本当に、何を買っているんだろうか?)
内心でそう思うゆきと違い、麗奈はパクッとチョコを1つ食べる。
サファイアのような色のコーティングで、丸型。最初はコロコロと口の中で転がしていたが、カリッとした部分を噛んでみると――
「!!……お、おいしいっ。トロッとしたものが出てきて……キャ、キャラメルか。これ、絶対にデパートとかで売ってる感じのものじゃん」
そりゃあ、半年前に予約した特別製で高級チョコレート専門店。
高くて当たり前。美味しくて当たり前。1流のパティシエの腕、恐るべし……と、ゆきが内心でそう思いつつ、言いたくてしょうがなかった。
結局、1個だけと思いつつも2つ、3つ……と食べててはっとなる。
ゆきも思わず食べていた手を止めた。
あまりの美味しさに夕食の支度を忘れていた。1口で入る大きななのもあり、うっかりすればこのままパクパクと食べてしまう。
魔性な食べ物だと断言した麗奈は、あとの楽しみと思いまだ欲しい!! と訴える式神達を宥めて自分の部屋に持って帰る。
「お前達、また食べ物ばかり食べてたな!!!」
仕事から帰って来た誠一に怒られているのは式神達だ。
なんせ、口の周りにしっかりとチョコがついていた。
拭くのが勿体ないのか、いつでも思い出したいのかは分からないが。それを見て、仕事をしていないのだと怒られている。
それを居間から離れた和室で夕食を食べていたゆきと麗奈は、何だか可哀想に思えてきた。こっそりと見れば、確かにショックは受けているのだがどこか晴れ晴れとした感じ。
中にはえっへんと胸を張ったり、未だにチョコの魅力に取り憑かれたものいる。
それが、余計に誠一の怒りとなって怒鳴られているのだ。
多分、分かっていないのが彼等らしいなと思ってしまう辺り、麗奈もゆきも十分に甘やかしている。
「こんなに美味しいの初めてだな……。にしても、毎年くれるなんて律儀な人ね」
(律儀って言うか、本命なんだけどね……)
こそっと部屋を覗いていたゆきは思った。
ハルヒがもっと勇気をもって接すれば、麗奈とは幼馴染みだと気付いてくれたのではないか。幼い約束を果たそうとしているハルヒの涙ぐましい努力は分かるのだが、どうも本人を前にすると緊張し過ぎててダメらしい。
これはもっと気長に構えないといけないなと。
ともかく。卒業すれば、周りからとやかく言われることもない。制服と違い、私服でならそう簡単に麗奈とハルヒであることは分からない。
そう計画を立てつつ、2人の仲を深ませようとゆきは考える。
この時は、誰も思わなかった。
まさか自分達が、異世界に転移させられるなんて――。
ハルヒと再会した時には、麗奈に好きな人が出来るだなんて。
そんな予想外な事が続くとも知らないでいる彼女達は、星空を見ながらハルヒから貰ったプレゼントを堪能するのだった。




