彼女の為に〔バレインタインデー〕
「はぁ……。さむっ」
そう愚痴りながら自分の手を温めているのは土御門 ハルヒだ。
金髪に水色の瞳の青年。
高校3年生になり、もうすぐ高校卒業を控えている。だが、彼の気持ちは重い。雲息が怪しく、一雨きそうな感じに自然と憂鬱になる。
今日はバレインタインデー。
見た目がハーフというのもあり、一応彼女もいるのにと思うのにチョコをよく渡されるのだ。どう考えても義理なのに相手は「ハルヒ君に!!」、「ハルヒ様に!!」と熱が凄い。
運悪くこの日は学校だ。
卒業が近い彼等はそれほど学校に来なくてもいいが、ハルヒには来ないといけない理由がある。
『そんな気持ちでいると転ぶぞ』
「うるさい。それと、僕しか居ないからって話しかけるなって何度も言ってるよね?」
何度言えば気が済むと軽く睨むが、相手は気にした様子もない。
笑いながら『ないない』と断言した。
『あのな、私は幽霊に近いの。例え君の前を通り過ぎようが、ワザと邪魔をしようが周りからは不審がられない。逆にハルヒが変にリアクションをとれば……周りからおかしく映る』
そう言って、ハルヒが失敗した時の事を想像しているのかくつくつと笑う。
学校に登校するこの道には、確かに誰もいない。
殆どは朝練をしている部活が多い時間にハルヒは登校している。部活に所属していないので、こんなに朝早くから来る必要もないが、念の為だ。
彼の前には目の前で浮遊している男性がいる。
この時代の服装ではなく、もっと古い時代の――平安時代にも似た服を着ている黒髪の男。
同じ土御門の名を持つ、陰陽師の開祖。その死んだ人物は、死んでからも後の為に行動する為にと式神と言う強力な武器となって現れる。
名前を変えた今の彼は破軍と呼ばれる。
長年、扱えて来たものはいない土御門家の中でも夢物語として語られて来た。偉業を残してきたというのに、彼はイタズラを仕掛けて来る。
ハルヒからしたら迷惑極まりない存在だが、戦力としては強い。
実に面倒だ……。口には出さないまでも、不機嫌な顔は破軍に対してのもの。
だが、彼が居なかったら幼い自分は早くからダメになっていたのを思うとどうにも複雑。とはいえ、素直にお礼を言う気にはとてもなれない。
「あっ、ハルヒ様!!! 朝早いんですねぇ」
「……おはよう。こんなに寒いと学校も行きたくなくなるよね」
そんな彼に話しかけてきたのは、同学年でクラスメイト。
何故、彼の事を「ハルヒ様」などと呼んでいるのか。見た目の良さと学校での偽りの性格の為に、いつの間にかファンクラブが立ち上がっている。
こうした者達の扱いは慣れている。
自分の見た目にキャーキャー騒ぎ、勝手に盛り上がる。中学での苦い思い出として蘇るも、高校生になった今も同じものだなと面倒な気持ちが出て来る。
「ですよねぇ。あぁ、もうすぐ卒業かぁ……。そうなるとハルヒ様とも別れちゃいますね。てっきり進学かと思ったのに就職なんですね」
ショックを受けている様子から、高校を卒業しても纏わりつく気でいたのかと密かに(ウザッ……)と思ったのは内緒だ。
言葉には出さずとも、ハルヒの気持ちが分かるのか破軍はずっと笑っている。
涙が流れるまで笑い続けているのだが、この女子生徒は気付かない。
殆どの生徒は専門学校や大学の進学が多い。
しかし、ハルヒには進学と言う道は元からない。何故なら彼の職業は表立って言えないもの――怨霊退治をしている陰陽師だからだ。
霊感が強くなければ、目に見えない敵を倒せない。
その見えない敵は怨霊と呼ばれ、様々なことがらを引き寄せている。場合によって人の体を乗っ取り殺人事件を起こしたり、自殺をしたりと用途は様々。
しかし、霊感がただ強ければいいという訳でもない。
何の対策も無ければ、怨霊に狙われる。霊感が感じ取る力なら、それを術として引き出す力は霊力と呼ばれる。
ハルヒはその霊力を使い、怨霊を退治している。
彼が幼い頃からこれは続けて来ているので、学生生活と陰陽師との2重の生活。最初は辛いと感じたものも、慣れてくれば日課になる。
だから、ハルヒは既に手に職を持っていることになる。
ただその職業を表立って言えないのは理由がある。オカルトと同じように見られ、今ではSNSが発達している。
面白おかしく騒ぎ立てられれば、怨霊も引き寄せやすくなる。
陰陽師として成り立っている家が少なくなっている上に余計な力をさきたくない。そう言った本音もあり、彼の卒業後は就職と言う形を取っている。
「ハルヒ様、就職先はもう決まっているんですか?」
「うん。土御門家の本家に行ったら、全国を回りながら修行するんだ。だから戻ってくるのは相当先だし、10年くらいは来ないかもね」
「そんなぁ~」
よくもまぁこんだけ嘘を言えたなと思いつつ、ハルヒは適当に受け流す。
そんな話をしている内、学校に到着する。校門を通り、下駄箱で中履き用に履き替えた時に知っている人物が前を通り過ぎた。
「あ……」
声を掛けようとして、すぐに止めた。
彼女の邪魔をしてはいけない。
それでも声を掛けられない自分が腹立たしく思った。
通り過ぎた女子生徒は耳まできちんと切り揃えられた黒髪。吸い込まれそうな程の黒い瞳は、気だるげに見えるもそれすらも彼女の演技だと分かる。
「待ってよ麗奈ちゃん~」
「だから付いてこないで。……ほら彼氏さんと行けばいいでしょ」
「え、ちょっ……。お、おはよう」
「うん。おはよう」
そんな彼女の後ろから、茶色の髪にくっきりとした瞳の女子生徒が現れギョッとしたようにハルヒを見た。
慌てて挨拶をするも、視線は先に歩いて行ってしまった彼女――朝霧 麗奈とハルヒの2人を交互に見ていた。
「僕の事はいいよ。早く行ってあげて」
「うん。ありがとう!!」
満面の笑みでそう答えたのは朝霧 ゆき。
麗奈の後を追って行くのを見ながら自分も教室へと向かう。その一連の流れを見ていたクラスメイトは、次々と文句を言っていた。
「ほんと、感じ悪いよね」
「そうそう。ゆきちゃん、いくら一緒に住んでるからってあんな不愛想な奴と居て楽しいのかね」
「挨拶したって無視だし。マジで嫌な奴」
その批判の言葉は麗奈に対してものであり、ハルヒは小さく舌打ちをする。
何も知らない人から見れば麗奈の態度は酷いものだ。彼女の成績も、中の下であるのもあり悪口が加速している。
そんな中で、自分が味方になれないのが悔しい。
本当ならこんな悪口を言わせない。そう思ったが、結局はそれらを聞き流しながら教室へと向かう。
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「これでよしっと……」
それは偶然だった。
下校時刻になりなんとなしに校内を歩いていた時だった。
卒業を控えている為、殆どの3年生は部活動やアルバイトの為に来ている生徒は少ない。後輩とギリギリまで触れ合ったり、友達と他愛のない会話をして過ごす。
本当ならハルヒも学校に来なくてもいい。が、彼には――彼等にはここに来る理由がある。
それが結界の綻びがないかの確認だ。
ハルヒ達が通っている学校は、その昔に陰陽師家での古い術式が組み込まれている。怨霊が入って来ないようにしているがいつかは壊れる。
だから、壊れないようにまた綻びが出たらすぐに直せるように見回りをしている。朝早くから学校に来ているのも、行きと帰りと2回は見て回っているのだ。
麗奈もハルヒと同じ考えなのか、見回りをしながら術を強化していく。自分達が卒業したらしばらくは様子を見に行けない。
後悔しない為に、被害を出さない為にこうして動いている。
そう……誰からも見られることなく。学校の中で嫌われているのもワザとだ。1人でいることを不審がられない為。変な行動をとっても「アイツならやるな」と見られても良いように。
(れいちゃん……)
今朝の事を思い出し、またイライラが増す。
態度と噂だけで麗奈を判断し、ちゃんとしか評価を下さない者達。麗奈を庇いたいが、何故だか向こうには煙たがられている。
理由が思い浮かばないので、ハルヒは仕方なく見守っている。
そして、自分のカバンの中には麗奈に渡そうとしているチョコレートがある。高校1年の時、彼女との再会して渡そうとしたが――告白した時に彼女は寝ていた。
このままでは恥ずかしい思いをしてしまう。そう覚悟したハルヒだったが、ゆきが調子を合わせた事で何とか乗り切れた。
不幸中の幸いだったのは、チョコを出さなくて良かったことだった。
だからなのか、麗奈はその日を境にハルヒの当たりが強い。
親友を取られたと思われている気がする。多分、ハルヒの塩対応もここから来ている気がするんだと思っている。
何度か誤解を解こうとしても、聞く気がない上に避けて来ているので捕まらない。
こうしている内、ハルヒはゆきと付き合うなどと噂が広まり困った。訂正しようと試みるも、既に引き返せない所まできてしまった。
優しい事にゆきはハルヒの偽の恋人としてこの3年間、付き合うことになり申し訳なさが増した。そう言った事もあり、彼女とは良い親友関係を築けているのだ。
「あ、あのっ!!!」
「……何でしょうか?」
意を決して呼び止めたら麗奈は睨んできた。
ハルヒは1年間だけ、麗奈の家にお世話になった期間がある。その時は凄く仲が良く、お互いにまた会えるのを楽しみにしていた。
そして叶うなら――自分が麗奈をお嫁さんとして、プロポーズをしようと決めていた。
だが現実は厳しい。今の麗奈には、ハルヒはゆきと付き合っているんだと見られている。そこで告白をしようものなら、今度こそ完全に麗奈に嫌われる。
「えっと……。その」
「彼女さんならもうすぐきますよ。私といつも一緒って訳じゃないので」
「よ、良かったら一緒に帰らない?」
「すみません。この後用事があるので無理です。では」
「……」
そう言ってさっさと歩いていく麗奈。
見事な撃沈にハルヒはしょんぼりし、成り行きを見ていた破軍は大笑い。
『くっ、くはははは!!! お、おまっ……。全然、相手にされないな。はぁ、おっかしい。この3年の中では一番、会話したよな。あーそれにしても、ぷっ……くふふふっ!!!』
麗奈と話そうとすると緊張して口が渇く。
どうにか会話をしようにも難しい。だから、この3年の内まともに会話が成立していない。その部分は、しっかりと破軍に見られているので毎回笑いのネタにされている。
「うるさい!!!」
「ど、どうしたの」
破軍に向けて怒れば、戸惑ったようにハルヒに声を掛けて来る人物がいてギクリとなった。
恐る恐る振り返れば、ゆきが心配そうに見ていた。
「えと、大丈夫? それとも怨霊が居たの? 仕事の邪魔してたかな」
麗奈が陰陽師と言う仕事を知っているので、その辺の事情を知っている。
ハルヒにこそっと言うも、彼は首を振り「そうじゃない」といい下校することにした。
「……あの、ゆき。毎年で悪いんだけど」
「うん。麗奈ちゃんに渡せばいいんだよね? わっ、これって大行列で有名なチョコの専門店だよね。よく買えたね。確かあまりにも売れすぎてて、この時期のはネットでの予約制だけだっていうのに」
「別に。半年も前から予約してたから……。れいちゃんに渡したくて」
「あ!! 私のもあるんだ。良いの、貰って」
「色々と協力してくれているし、お礼だよ……」
麗奈に渡す筈だったバレインタインデー用に買ったチョコレート。
協力してくれているゆきの分も合わせて2つ。
テレビで宣伝された効果で、今では半年先……下手をすれば1年先もありえるという高級なものだ。怨霊を倒した数に合せて、土御門家から給料をもらう。が、彼は別に欲しいものはない。
溜まっていくお金の使い所として、バレインタインデーのチョコを渡そうと考えていた。もちろん麗奈に渡す為にだが……毎年失敗している。
麗奈用にはピンク色の包装でラッピングされたもの。
ゆきには水色の包装でラッピングされたものと渡したのだ。
「じゃ、今年も麗奈ちゃんに渡しておくね」
「ありがとう」
「またねぇ~」
朝霧家の近くまでゆきを送り届け、ハルヒはいつもの帰宅道へと戻る。卒業したら麗奈に今度こそ告白しよう。その時にはゆきを巻き込むのも良いだろう。
そんな思いで帰宅した翌日、ゆきから麗奈が喜んでいたのだと聞き心が満たされた。
「あんなに美味しいのは初めてだって。その時の麗奈ちゃん、すっごく幸せそうに食べてたよ」
「ん、それは良かった。予約した甲斐があったよ」
「ねぇねぇ、次に渡すのは決まってるの?」
「……ゆき。自分が食べたいからって頼むの、やめてくれない?」
「えへへ、バレたか♪ だって美味しかったんだもん」
残念だと言いながらも、まだ諦めていない様子。
それに警戒しつつも喜んでいるのだと聞いたら、にやついてしまう。
この時に強く思った。自分は麗奈の事がどうしようもなく好きなんだな、と。




