温かい人達、温かい言葉
「ありがとう、麗奈お姉ちゃん!!」
そう言って麗奈に飛びつくのは10歳前後の女の子。
ラーグルング国は周りを森林に囲まれ、精霊達に守護されて来た特別な国。そんな国に転移されてきたのは別に世界から来た麗奈とゆき。
そして、麗奈は宰相イーナスが用意した試験に合格した。
実力を認められた彼女は、親友のゆきと共にラーグルング国に滞在することになった。同時に、麗奈の家族である父親の誠一、母方の祖父である武彦、浄化師の裕二もこの世界に呼ばれる形で来たことで思わぬ再会をした。
そんなある日のこと。
麗奈は柱の様子を見る為に森林の中に足を踏み入れていた。聞こえて来た悲鳴に驚き、急いで向かえば魔物に怯えている女の子。
すぐに魔物を退治すれば恐怖で震えていた女の子は、倒した麗奈を見てポロポロと涙を更に零しながらも感謝の言葉を口にした。
「怖かったよね。もう大丈夫だよ」
「うんっ……!!」
『魔物の気配はもうないから安心だよ』
「ありがとう、おっきなお犬さん」
体長2メートル程の白い大きな犬は、麗奈の式神である風魔。通称――霊獣と呼ばれている。
彼は不安で一杯の女の子を元気づけている。
それこそ自分の体長を変え、小さな子犬になれば女子は嬉しそうに風魔を抱き上げた。
「大丈夫か!!」
「麗奈様……?」
「なんで麗奈が……?」
そこに駆け付けて来たのはヤクルが率いる騎士団だ。
魔力の乱れを感じ取った彼等が急いで現場に駆け付ければ、麗奈が女の子を慰めている場面に遭遇。その女の子は風魔を抱き上げて、ずっと嬉しそうにしている。
状況が分からなかったが、ラウルが見てすぐに察する。
「麗奈。また勝手に動いたな?」
「な、なんのこと……ですか?」
軽く睨んだラウルの言葉に、麗奈はギクリと肩を揺らす。視線を彷徨わせながらの回答なので、ラウルは溜め息を吐いた。
体が大きくまた圧が強いとされているラウル。その迫力に、麗奈の近くにいた女の子はビクついた。自分も怒られるのだと勘違いしている様子。
『大丈夫だよ。君じゃなくて主に怒ってるから』
「そう……なの?」
『うん』
「あ、あの」
勇気を振り絞り、女の子はラウルの元へと駆け寄る。
麗奈とラウルの間に立ち、「ごめんなさい」と頭を下げて謝った。
「友達と遊んでて、道が分からなくて……。でも、お姉ちゃんがいたから」
「違う違う。君を怒るんじゃなくて」
麗奈の事を庇っている様子でラウルも思わずたじろぐ。
その後、どうにか事情を分かってもらい女の子を送り届けることになった麗奈とラウル。残りの見回りはヤクル達で出来るからと、半ば強引だったが――。
2人が女の子を送っていけば、はぐれて心配になっていた友達と再会。一斉に泣きじゃくる子供達に、麗奈とラウルは慌てて宥めることになった。
「すみませんでした。ほら、騎士様と麗奈様に謝りなさい」
「うん♪ ありがとう麗奈お姉ちゃん、ラウル様」
「元気になって良かったです」
「またお菓子作りしようね」
「うん。楽しみにしてる!!!」
結局、夕方まで2人は子供達の相手をした。
泣きじゃくる子を宥める方法として2人は顔を見合わせ、即興でお菓子を作ることにした。クッキーなら材料はそんなに要らないし、一緒に作れば少しは場も和むだろうと思ったからだ。
成功した時には目を輝かせ、無心で頬張る子供達を見て2人は城にある食堂の雰囲気を思い出す。
麗奈達の食文化は、この世界よりも豊かであり種類も豊富。
それらの材料は、この世界のものでも十分に行える。
初めてのクッキーに大喜びな上、ラウルの世話好きな一面も覗かせたからか一気に好感度はうなぎのぼり。気付けば別れる最後の最後まで、ラウルと麗奈の元を離れない子供達。どうにか引き剥がそうとする親達も困り果てる。
今度、お菓子作りをしようと約束すれば楽しみに待っていると言われ元気よく手を振ってくれる。
姿が見えなくなるまで手を振り続き、風魔を抱き抱えた麗奈はラウルと城に戻る。
『うぅ~。元気なのは良いんだけど、加減ってものを知らないよね』
「ふふ、お疲れ様」
そう言いながら、風魔を頭を撫でれば元気を貰ったように尻尾を振る。実際は麗奈から送られる霊力で回復している。その様子にラウルも笑顔で見守っている。
「おかえりなさい!!」
正門を潜る前ではリーグが大きな声で出迎える。
リーナも笑顔で手を振り、正門を守っている騎士達からも「お帰りなさい」と言われる。リーグが麗奈に飛びつくように抱きつくとある異変に気付いた。
「どうしたの? どこか怪我でもしたの」
「え」
「だって泣いてるよ……?」
麗奈は恐る恐る自分の頬に触れる。
リーグの言うように涙が流れており、ラウルもリーナも慌てて「大丈夫か」と聞かれる。
「ご、ごめん。多分、嬉し涙……だよ」
「ん。お礼を言われたのが嬉しいんだね」
「そうだね。……あんなにはっきしたお礼、言われたのは初めてだったし」
そう答える麗奈にラウルは疑問が湧いたが、本人が何でもないと言うのでそれ状の追及は止めることにした。
リーナにもそう目配りをすれば、彼も黙って頷いたことで了承したのだと捉える。
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「分かった。報告ありがとうね、ラウル」
「いえ。イーナス宰相も大変ですね」
「ホントだよ。あのやる気のない奴をどうにかしてくれ」
イーナスの執務室で、今日の事を報告していたラウル。
彼の仕事部屋でもあり、応対室の役割もあるからか大きなソファーとテーブルがある。そのソファーには、キールが我が物顔で占領しお菓子を頬張っていた。
「あ、酷い言い方。悪いけど、こっちは彼に睨まれながら朝から夕方まで報告書を読んでるんだよ? 拘束し過ぎだよ」
「そうですか。俺の目にはどう見ても、くつろいでいる感じにしか見えないですが」
「実際、くつろいでたよ。いい神経してるよねぇ、ホント」
人に押し付けるのが上手いだけあって、キールは図太いねと嫌味を言うも本人は気にしていない。むしろ「でしょ!?」と何故か自慢げ。
その解答にラウルとイーナスがげんなりした。
「でも、主ちゃんが嬉し涙ねぇ。お礼を言われるのは当たり前なんじゃない? 魔物を倒しているし、子供達のお世話までしてるんだし」
「お前のやる気は麗奈ちゃん頼りかよ……」
睨むイーナスを無視し、キールは不思議そうに首を傾げた。
そこでラウルはゆきに聞いてみるとその原因はすぐに明らかになった。
「あぁ、怨霊と魔物の違い。私達の使う魔法と術の違い……か」
納得したキールとは対照的に、イーナスはしまったとばかりに顔をしかめた。
自分達は魔物と言う目に見える脅威があり、魔法で倒すことも出来る上に工夫次第では十分に街にあるものでも対処は可能だ。
それに加え麗奈達が対処している怨霊と呼ぶ存在は、感じ取る人間も倒せる力を持つ者も少数。しかも、不可思議な力を面白おかしく騒ぎ立てる輩もいる。
だからか今日のようにお礼を言われると、麗奈は慣れていないのか黙ったり嬉し涙を流すのだという。
「俺達の世界では魔物が実害を生んでいます。その所為で、住んでいる所を奪われたりしている人達もいる。だから戦える人は恐れられないし感謝もされる。麗奈達の方は逆に人と違う力を持っているのが理由で、遠ざけられたり恐れられるようなんです」
聞けば学校と呼ばれる所では麗奈は自ら1人になっていたのだという。
もし学校の中で怨霊に遭遇した場合、人がいると対処が出来ない上に化け物呼ばわりされる。そうした理由から陰陽師は、いつしか人に見られないように対処するのが当たり前になった。
もちろん、感謝されることもない。
そう言った部分も知っているからか、ゆきは必ず麗奈に感謝の言葉を忘れずに言っているのだという。
「……そんな状態でいきなり試験したら、そりゃあ警戒されるよねぇ」
「ここぞとばかりに攻撃するな」
ニヤニヤ顔のキールにバツ悪そうに顔を逸らすイーナス。
試験の内容も含め、警戒心が妙に強かった時の麗奈を思い出す。
周りになかなか頼ろうとしない理由の一端が見え、静かにため息を吐いた。知らない場所で何も手を打てないのなら周りに頼るだろうと思っていた。だというのに、お礼を言えば年相応に反応したり急に黙る瞬間がある。
(1人でやろうとする癖は……そこから来るのか)
その後のラウルの話では、陰陽師で1人で怨霊に対処するのも当たり前。
向こうが数を揃えてきた場合、その対応も大変になるが麗奈の場合は1人で全て片付けて来たのだという。
そうすることが多いと自然と、誰かに頼るという部分が欠落していくのも納得だ。同時にラウルが心配している理由も分かっている。
「ようは1人じゃないって分からせればいいんだろ?」
「陛下……。ゆき達まで」
「あ、君達……。ノックしないで勝手に聞かないでくれるかな」
見ればユリウス達が心配そうに中を覗いてた。
どう見ても見張っていた騎士が中に入れたのが分かるも、その2人はさっと顔を逸らす。怒られるのを覚悟で実行したのが分かり、怒るに怒れないなと思うイーナス。
「麗奈お姉ちゃん、1人で無理し過ぎるから心配だったんだ」
「でも理由は聞いた。そういう事なら、ユリウスの言うように頼れば良いって分かってもらうのが一番だろ」
「……ちょっと待って、どこから聞いてたの?」
イーナスの鋭い質問に、ユリウス達は一斉に顔を逸らす。
見ればキールはニヤニヤとしているので、中に入るように促したのも話しが聞こえるようにしたのも――全部、彼の仕業なのが分かる。
「主ちゃんは強情だから、こっちも手段なんか選んでいられないし♪」
「自慢げにいうな」
「理由が分かったのなら、まずは私達で麗奈さんに感謝の言葉を言いましょうか。私達が言えば、周りも習って言うだろうし」
ベールがそう提案し、隣ではセクトが「確かにな」と納得。
イールとフィルは小物などをプレゼントし、麗奈に可愛く着飾って貰おうと計画を立てる。その後も様々な意見がかわされ、それ等を少しずつ実行しようとしたのは良かったのだが――。
「ごめんなさい、イーナスさん。今日もお邪魔します」
「う、うん……」
1日ごとに実行したのが悪いのか、麗奈の拒否反応が凄かった。
確かに感謝されることに慣れていないと自覚している。だが、それでも前よりはマシだと感じていたのだ。
リーグは変わらず優しいし、ラウルの世話焼きな部分も前と比べると温かい。だが、それがベールやヤクルと続けば何かの陰謀かと別に意味で恐怖に陥った。
だからこうして、イーナスの執務室を避難場所に使っている。
戸惑いを通り越して、別の警戒心を生んでしまうのは全くの予想外。
「ふふっ。主ちゃん、面白すぎ……」
「え、なんです? キールさん、よく聞こえないんですが」
楽し気に言うキールに反応するも、彼は「面白い人を見てるだけ」と言われる。思わずイーナスの事かなと思いチラッと見ると、キールが限界だったのか大笑いをし始めた。
「ふはは、ごめんごめん。あまりの予想外に、提案した私もおかしくって……」
「どういう意味です?」
「麗奈ちゃんは知らなくて平気。このまま変わらないでねってこと」
「???」
よく分からないという麗奈に、キールがハマるのは当然の結果だ。
イーナスはいつか慣れてくれるだろうと希望を抱くが、これが叶うのかは未知数。
ただ、麗奈には知って欲しいのだ。
この国では誰も麗奈の事を嫌いにならない。感謝される方にも慣れて欲しい。
そう、密かな願いをイーナスは抱きつつ仕事を再開したのだった――。




