七夕での願い事
「きゅうび、そっちにとんだ!!!」
幼い顔立ちに、初めて着る服は凄く動きずらいもの。慣れていないからだろうが、普段と違って上手くいかない。陰陽師として働くのは、7歳になった麗奈だ。
朝霧という陰陽師家の中で特殊な術式を生み出してきた家。
朝霧家は街の管理を任されている程に力が強く、衰退していく陰陽師家の中で唯一生き残っていた。
『おうよ。任せろ、嬢ちゃん!!!』
そんな彼女の声に反応し、敵を捕捉しているのは赤毛の狐。麗奈の父親が契約している霊獣である九尾だ。9つの尾がそれぞれ雷を生み、敵である怨霊に対して放たれる。
「封陣結界!!!」
すぐに放たれたのは、怨霊と雷を包んだ結界だ。その中で雷が反射しダメージを蓄積させていった怨霊は段々とその力が弱まる。
最初は大きな風船のような黒い形だったが、今は結界と九尾の攻撃によりかなり小さくなっている。
「麗奈、今だ!!」
「は、はい……!!!」
陰陽師の師匠と慕っているのは、麗奈の父親だ。そして、彼女は心の中で父親の凄さに慕っている内、仕事に集中と切り替える。
「麗奈。まずは怨霊の周りに小さな結界を作るんだ。形はなんでもいい。自分が固めやすいイメージで良いんだ」
「う、うん……」
小さくなった怨霊は父親の誠一が作り出した結界で、暴れまくっている。九尾はそれを上空から見ており、万が一逃げた場合に追尾もしくは撃退が出来るようにと構えている。
今日は、母親の由佳里から初めて言われた討伐の練習。
今までは九尾の背に乗り、怨霊の特性を理解し対処する為にと学んできた。自分で結界の力を制御し始めた上に、式神を使っての攻撃方法も慣れて来た。
彼女はそこで、娘の麗奈にも怨霊退治をして良いだろうと考えた。
まだ1人でやるには時間がかかるが、そこは父親と九尾、そして修行を重ねている裕二がいるのだからと安心していた。
(まわりを……かこう、ように……)
自分の中で怨霊を逃がさない形となると、やっぱり四角い形だろうかと考える。丸でもイメージしやすいが、それだと上手くハマらなかったら逃げられる。だったら……と、麗奈の中で結界の形が定まる。
「けつ!!!」
四角い結界は、一瞬だけ怨霊の周りを囲み麗奈の言葉と共に砕け散る。中で捕まっていた怨霊は、そのまま消えることになり討伐は成功したのだろうかと不安げに父親を見る。
すると、赤毛の尻尾が麗奈の体をグルグル巻きにして引っ張り上げる。
『お疲れさん。出来てるから安心しろって!!』
自分の事の様に喜ぶのは九尾だ。段々と自分が討伐したんだという達成感がジワジワと迫り、気付いたらポロポロと涙をこぼしていた。
『え、え、え!?』
「う、う、うわああああんっ!!!」
『ちょっ、ちょっ!!! 待て待て、何でそうなる!!!』
喜んでいいのやらと下から見ていた誠一は、ほっとした表情であり傍に駆け寄った裕二も嬉しそうにしていた。
「良かったです。麗奈ちゃん、初めてで足が動かないと思ったんですけど」
「まっ、九尾がずっと最初から最後まで居るからな。それで緊張もしなくなったんだ」
「……やっぱり、凄いな。彼女は」
自分なんて、と裕二の表情は晴れない。
彼は初めて怨霊を相手にした時、足がすくんで動けなかった。両親を殺めた怨霊と重なり、一気に恐怖が勝った。だが、幼い麗奈はそんな自分よりも強い。
それが少しばかり悔しかった。
「安心しろ。お前は強くなる」
「!! あ、ありがとう、ございます……」
頭をグシャグシャに撫でられ、裕二は思わずはっとした。怨霊に殺されかけた自分を助けただけでなく、そのまま世話を見るとまで言った人達だ。心配を掛けないようにと今まで接していたが、誠一達はそれは気にするなと言って来ていた。
裕二の人生だから好きにする。それが、亡くなった両親の為でもあるんだから無理に関わらなくても良いんだと言われて目尻が熱くなる。
「いえ……。だとしても、何か役に立つ仕事を探します。それには早くこっちの現場に慣れないと」
正義感が強い彼は、警察官になるなり職業の幅はある。だが、この時に強く思ったのだ。自分もこんな温かい人達のような、守れるような人であろうと。
その数年後、彼は浄化師として立派にやっていくなどこの時の彼は思いもよらなかった。
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耳に聞こえて来る風の音に、ゆきはビクリと肩を震わした。
彼女も裕二と同じように、怨霊の所為で両親を殺された被害者。そして、彼と同じくこの朝霧家で世話になっている身だ。
「……」
ギュっと小さな手をきつく握りしめる。
暗くて誰もいない。こんな嫌な感じになるとどうしても、思い出してしまうのは両親の顔だ。怨霊に乗っ取られた為に、優しかった両親が変貌し娘を殺そうとしたのだ。
その時の顔と言葉は……幼いゆきに突き刺さるものばかりだ。
「ゆきちゃん。大丈夫?」
優しく聞かれた声に、思わずハッとゆきは目を見開いた。
彼女の目の前には、笑顔で膝をおりゆきの身長に合せるように話しかけてきた由佳里。
麗奈の母親であり、ゆきが襲われていた時の現場にかけつけてきた陰陽師家の当主でもある。
「あ、の……」
「うん」
「えっと」
言葉をかわそうとして、口を噤んでしまう。
怖がった事を言って、不安にさせたり面倒に思われたりと嫌な方向へと考えてしまう。そういう風に思っていた彼女は、思う様に言葉として発せない。
「怖かったよね。ごめんね、1人にさせて」
そう言って優しい手つきで頭を撫でて、庭へと連れて行く。するとそこに立っていたのは、白い着物を着た女子は笑顔を向けて来た。あれは知っているとゆきは心の中で繰り返す。
由香里のお父さんである、武彦の霊獣である清だ。九尾と同じ狐の姿より、こうして人間の姿での方が多い。
『ゆきちゃん。これを見るのだ!!!』
元気いっぱい明るくて、ゆきはとにかく楽しい気持ちになる。
そう言って持ち上げて来たのは、竹が数本。それを地面にさして術で固めれば、七夕の為の飾りが完成。ゆきに出されたのは、小さく切られた長方形の折り紙、それが数枚もあり、思わず首を傾げた。
「あ、の……これは」
「ん? ほら、今日は七夕っていう行事だから合わせようと思ってね。ほらほら、好きに願い事を書くんだよ」
『それを妾に渡してくれ。飛んで、取り付けて叶えるようにってお願いするんだ』
織姫と彦星。
そこから七夕と言う行事と由来を聞く。日本と外国とで意味が違ったりなど、初めて知ることが多くて理解しようとしても難しい。とにかく、と由佳里はコホンと改める。
短冊に切った折り紙に願い事を書き、人の手に届かない高さで清が取り付ける。人の身長で手が届くと願いが叶わないから、霊獣として空を飛ぶ彼女の出番だと力説された。
「ねがい……」
自分の願い、とは……。
望んでも良いのだろうかとチラリと由佳里を見る。彼女の方は、ゆきがどんな願いを書くのか気になるのかワクワクした気持ちで見ている。が、清が人の願いを見るのはダメだと通せんぼをしている。
「ただいまーー」
『戻ったぜぇ~』
「なんだ、誰も出迎えないのか……?」
そこに怨霊退治を終えて来た麗奈達が帰ってくる。ドタドタと探しく足音が聞こえ、ゆきは願いを書こうとした手を止める。
「なにしてるの?」
『麗奈ちゃんお帰りー』
『だああ、来るな!!! 今日は俺が一緒に寝るんだからな』
『うるさいぞ!!! 別に迎えるのは構わないだろうが』
帰った途端に麗奈の取り合いを始める九尾と清。それに構わず父親である誠一が麗奈の事を持ち上げ、ゆきの後ろ側へと座る。自然と逃げられなくなったゆきは、冷や汗がダラダラと流れていく。
「……」
「ん? どうしたんだ」
「ふふ、気にしないで。誠一さん、ナイスって話」
挟み撃ちをしていると気付かない誠一は、麗奈と共に首を傾げ折り紙の短冊に手を伸ばす。ふと、今日は七夕かとしみじみしたように言う。
「ほら、こういう行事は楽しんで良いんだし。私達の仕事は年中無休のようなものだから、羽を伸ばせる時には伸ばさないと」
「お母さん、これなに?」
短冊の折り紙を手に取り、近くにはペンもある。願い事を書けば届くよと告げると、キラキラとした目で母親を見つめ返す。
「なんでも?」
「うん。なんでも」
「じゃあ」
「でも言ったら意味がないから、短冊に書くの。良い? 絶対に教えたらダメだから」
「……はーい」
危うく言いかけた言葉を飲み込み、誠一から離れて願い事を書く。ゆきはその様子を見ながら、ふとある事を願いとして書いた。あとからきた裕二は、全員分にと麦茶を用意し配っていた。
「あぁ、七夕か。なんだか、忘れちゃいましたね」
「お兄ちゃん、願い書かないの?」
「え、あー……うん。もうそういう年でもないし」
困り顔の裕二にキョトンと返す麗奈。やがて願い事を書き終えた2人は満足気であり、共に見えないように清に渡す。その際、彼女は2人の願いを見て微笑んだ。
麗奈の願いは、ゆきと友達になること。
ゆきの願いは、麗奈と友達になること。
むふふ、と1人楽しんでいる清に麗奈は早く付けるようにと急かす。九尾が『お前、気持ち悪いぞ』と言ったのが地雷になり、2人の喧嘩は激化した。
イベント毎間に合わないなぁ。次に生かさないと……( ;∀;)