リーグからのプレゼント。楽しい日常
リーグがそっと伺う。
目標は変わらずの歩幅で歩き、こちらに気付いた様子はない。だけども、と思う。
これをバレる訳にはいかない。だってこれは――。
「ちょっ、ちょっと、リーグ君」
小声で呼ぶのは麗奈だ。
ラーグルング国の城内、その廊下は常に清掃をする人、見張りをする者とで行き来をしている。2人が隠れているのも、小声で話をしているのも分かるので周りはクスクスと笑いながらも邪魔はしないで道を譲っている。
それが麗奈にとっては恥ずかしい限りなのだが、リーグはキョトンと首を傾げた。だが、次には笑顔でこう答えた。
「大丈夫だよ、麗奈お姉ちゃん。バレてないって♪」
そうではない。きっちりとバレているんだけども、と言いたいのだが周りが微笑ましくも見守る姿勢を貫かれている。
うぅ、と唸りながら顔が赤くなっていく自覚があり俯く。
「あ、お姉ちゃん。あとを見失っちゃう。ほら、行こう行こう♪」
「う……はい」
ここに居てはこの空気に耐えられない。
そう判断した彼女は、恥ずかしい気持ちになりながらも急いで駆け抜ける。
彼等が標的としているのは、ユリウスただ1人。行動を観察しつつ、彼はいつプレゼントを渡そうかとそのタイミングを見極めていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ユリィの好きな、事?」
「うん」
嬉しそうに頷くのはリーグ。
彼は麗奈とゆきとよく行動をしている。その姿は、城内だけでも多くなり周りからは微笑ましいとばかりの視線が集まる。
そんな彼はユリウスにお礼がしたいなと言い、その相談を麗奈とゆきにする。そんな彼女達の周りには、いつものメンバーの様にラウルとヤクル、リーナの3人がいる。
「僕、麗奈お姉ちゃんにお菓子作り教わってるでしょ? 今までのお礼をしたくてと思ったんだけど……クッキーと何か別に送りたいなぁって」
「あぁ、だからユリィに好きな事とかを聞いてるんだ」
そう言いながら、ヤクルとリーナに視線を向ける。
2人はユリウスと幼馴染みだったと記憶をしており、リーグに見てみる。
何で2人に聞かないのか。
そう、小声で聞く。ゆきも納得したように頷き、リーグの反応をみる。チラッと2人を見たあとでむすっとした表情になる。
「幼馴染み情報だと、つまらない……」
「「っ……!!!」」
しっかりと小声で言ったにも関わらず、その2人の表情が固まっていた。無表情であり、声をかけるのが難しい。麗奈とゆきも、なんとも言えない表情をしラウルも反応に困る。
スッ、と立ち上がるのはヤクルとリーナの2人。
そのまま立ち上がったかと思ったら、無言のまま走り出していってしまった。
その途中で、セクトが声をかけるも派手な音が聞こえてきた。ラウルは自分の兄が犠牲になったのだと思い、何事もなく3人に紅茶を入れようと準備を始めていってしまう。
「リーグ君、あとでリーナに謝ってね」
「え」
「ヤクルにもだよ」
「え、あ……はい」
その理由を聞こうとしたが、2人からの無言の圧力で押し黙る。
何かおかしな事を言っただろうかと考えながら、いつの間にかヤクルとリーナが居なくなっている事に最後まで気付かないままとなった。
あれ以降、食堂に通い仕事が終わった時間から夜遅くまで手作りクッキーを作っていた。麗奈に教わりながら、時に食堂の人達に教わり自分1人でラッピングもする。
だけど、初めての事ばかりで疲れて来たのかいつの間にか寝てしまっている時もあった。
そして、気付けば誰かが羽毛ふとんを掛けている日が続く。
眠そうにしながらも、もう少しとばかりで続けているとそのラッピング用のリボン、袋がない事に気付く。翌日、慌てて買いに行けばフィルも買い物をしている場面に出くわした。
「なら一緒に選ぼうか」
確かに、とリーグは思った。
自分のセンスよりは、女性目線で選んだ方が良いだろう。そう思ったら「うん!!」と頷き、2人で様々なお店に入り夕方になるまで続けた。
「今日は本当にありがとう♪」
「私も久々に楽しかったし、リーグが喜んでいるのも嬉しいしね」
「えへへっ。お姉ちゃん達もここに慣れて来たし、もっと楽しい事が続くと良いね」
「うん。どう? プレゼントは順調なの?」
「形はどうにかなった、かな」
「周りから聞いてるよ。ここ最近、頑張ってるって」
「うっ……リーナさんに聞いたの?」
恥ずかしくて俯いているとフィルは、リーナだけでなく麗奈達からも少しだけど話を聞いているのだと言う。いつの間にか噂になっている。
困ったなと思う気持ちと嬉しい気持ちとで、ニヤニヤとしてしまう。
「皆、結構明るくなったし……麗奈達のお陰だね」
「うん。それは思う!!!」
2人で話しているとトースネが手を振るのが見えた。リーグがどうしたのかと聞けば、フィルも良ければ夕食はどうかというものだ。
「お邪魔して良いのですか?」
「良いもなにも、この子が楽しそうにしているんだもの。ここで別れるのは勿体ないとは思わない?」
「じゃあ……お邪魔します」
「やった!!!」
少しだけ迷ったがフィルはすぐに了承した。その横ではリーグが嬉しそうにしており、トースネと手を繋いで歩いている。
共に夕食をとり、3人で談笑をする。仕事を終えたファウストが珍しがって、4人での話も弾んでいく。
もう夜遅くなったと思い、フィルが帰ろうとする。
「待って、フィルお姉さん。送っていく」
「平気よ」
「ダメだって!! 僕が送りたいの!!!」
「……。分かったわ。じゃあお願いね」
頑なに自分が送ると言うリーグに負けて、フィルは再度お礼を言って屋敷へと帰っていく。その途中、風魔に乗っている麗奈を見かけた。夜遅くでも柱の様子を見に行くのだ。
思わずこんな遅くに……とも思い、ユリウスが麗奈に怒っている場面を思い出す。
麗奈としては何が起きてもいい様に、いつでも対処できるようにと見回っている。だけど、ユリウスから言わせればそう言うのも含めてゆっくり休めと言う意見。
どちらの意見も分からなくはないが、麗奈が譲る気がないのようなのだ。
こればかりは、父親の誠一も祖父の武彦も「性分、だな」の一言で片づけられてしまった。裕二に関しては「麗奈さんですから……」とこちらも諦めモード。
親友のゆきもずっとやってきた事だから、体が変に慣れているのも原因かもと言っていた。
2人がそのまま意見を譲る訳もなく、麗奈はこうして隠れながらでも柱を見に行っているのだと言う。リーグが心配するのも分かるが、麗奈達の生活リズムからするとこれからが仕事なのだという。
「陰陽師の仕事って、どうも夜中に行う事が多いらしくて……。確か夕方までは、学校って言う施設で勉強しているって言ったね」
「その学校も卒業しているから……時間を上手く扱えないのかもね」
今までの生活リズムを一気に変える事は出来ない。
かといって、前と同じではなく徐々に変えつつあるのだと言う。夜中に目が冴えてしまうのは、職業柄であるからと戸惑いも覚えている。
「頼らないって訳じゃないけど、お姉ちゃんが倒れないか心配」
「その為には陛下にはキッチリ見張って貰わないとね。じゃあ――」
そこである事をリーグに提案する。
耳打ちされた内容に、リーグは頷きながら「それならいいかも!!!」とやる気が十分。
その翌日。
ユリウスの部屋にこそっと入ったリーグは、お礼も込めて手作りのクッキーと手紙を置いた。自分が初めて作った物である事、今の生活が充実しているという点を書き記した内容の手紙。
あと別紙には、麗奈が夜遅くに柱に見回りをしているからと見張って欲しいと言うお願いも書いた。陛下にも麗奈達にも無理がにないようにと書き、これからもよろしくという在り来たりな内容。
「……へぇ、彼がそんな事をね」
起きたユリウスがその内容に驚きつつ、さっそくとばかりにクッキーを食べる。少し硬めだが、いずれは上達するという意気込みも書いており次回を楽しみにしておくことにした。
その事をイーナスに言えば、彼は驚きつつも麗奈の行動をどうしようかと悩み始める。
対策としてキールを自由にさせようと思ったのだ。
彼は麗奈に忠誠を誓っており、また彼女の事をからかうのが日課になりつつある。彼女達のお陰で、変わりつつある人物達は多いのだ。
「ちょっ!!! キールさん、なんか今日はいつもよりしつこくないですか!!!」
「そうかな? 私としては主ちゃんと過ごすのが楽しいんだけど」
「あ、麗奈さん。次の――」
「きゃああああ、要らないですよベールさん!!! 今、そんな事していられないので」
麗奈を追い掛け回すキールは見慣れており、ベールが際どい服を渡すのも慣れつつあった。
それとなくフォローするかと思ったユリウスは、ちょっとだけ楽しい気持ちに駆られているのも事実だ。リーグがその騒ぎを聞きつけて防ぎに掛かるのも、誰かが注意するのも日常になりつつある。
こうした日常を大事にしたいと思い、自身にある呪いをどうにかしようと思う気持ちも一層強く増す。まだ諦めるには早い。
毎日が楽しく、皆で笑い合える日が来るのを思いながらユリウスはその輪の中に入っていった。