魔王と花見
第23話までの、ちょっとした休憩場面です。
ランセが麗奈とユリウスの呪いを解いてからの事。
「お礼が……したい?」
「はい。ダメ、でしょうか?」
イーナスが全般的に、麗奈達を見ている事が周知されてから随分と経った。そうしている内、ラーグルング国に魔物の大軍が押し寄せて来た。
狙いは試験の時に現れたキメラを、麗奈が倒した事によるもの。
あの時のキメラは、全てが予想を超えていた。
魔法が効きずらい事。
中級クラスの魔物が、急激な成長を見せたキメラ。
麗奈に憑依しようよした魔族の存在。
戻って来たキールはこれらの現象から、彼女が魔王に狙われている可能性を示唆し関わった者達は一層の警戒を務めた。
そんな中で起こってしまった、魔物の襲撃。
今まで柱の見回りをしていた麗奈だけでなく、魔法を扱えるようになったゆきも手伝おうとした。が、すぐにそれはダメだとストップと言われる。
狙いが麗奈なら、ゆきも安全に守りたい。可能性がある麗奈をすぐにでも城へと戻そうとする。そんな時、魔族に連れ去られそうになる麗奈を助け出したのは魔王だと言ったランセ。
(呪いの事も含めて、助けて貰ったからと思ったけど……ダメっぽい?)
返答に困ったのか、イーナスは考え込む。
危ない所を助けて貰ったのはこれで2度目。大軍の魔物の襲撃の影に隠れて、連れ去られそうになっただけじゃない。その後、襲撃した魔族により麗奈は呪いによって意識を奪われていた。
薬師長を務めるフリーゲが持つ、霊薬や秘境にしか生えないような薬草を使い麗奈とユリウスに試した。
ラーグルング国の王族であるユリウスも、その身に呪いを宿したまま過ごしていた。麗奈の呪いに触発されるようにして、彼の中に潜んでいた力が表に現れ蝕まれた。
意識がない2人の治療を、フリーゲがどうにかして救おうとするも。どんな魔法も、薬も効かず経過は変わらない。ならば、とイーナスは考えた。
呪いの力は、ユリウスが扱う闇の魔法に準ずる。
その力に詳しいランセに頼るほかないと思い、頭を下げてまでお願いをした。
「協力すると言いたいが……その意味は分かってるの?」
思いもよらない言葉だった。
予想を超えた返答だ。何で彼がこちらを助けるのか理由が分からないが、力は本物だ。
苦労した魔族の相手を、彼を退けるだけでなく破壊した。だが、彼から言わせれば逃げられたらしい。その後は、ラーグルング国の国境付近を1人で守っている状況が続いている。
「……危険な人ではないと思うんだ」
歯切れが悪いのは、もう1つ原因があった。
イーナスは以前、ランセと仲良くしていたのだと聞いた。もちろん、キールから告げられた。
だが、その記憶がない。
むしろ8年前の事がかなりあやふやになっている。それもこれも、ユリウスの兄であるヘルスが悪いのだ。
彼の賭けた魔法の所為で、イーナス達はその時の記憶が曖昧な上でに思い出そうとすると頭痛がするのだ。無理に思い出そうとすれば、頭が焼けるのではと思う位に高熱が出る。
そして……気付くと必ずベッドの上だ。
フリーゲが丁寧に処置をし、彼が働く仕事場は研究も出来る上に怪我を負った騎士達を治療できる位の広さはある。
安静にするためにだってベッドはあり、イーナスの様に無理に思い出そうとすると、上手く頭と体が働かないのだ。
あれが続けるのは危険だと、フリーゲに言われれば命を優先して、変に思い出そうとはしない。厄介な魔法を掛けたなと恨みを込めるように、何度も天井を睨んだ。
「ありがとうございます。桜が完全に散っちゃう前にと、思って聞いたので安心です」
では、と執務室を出ようとする麗奈を呼び止める。
これからどこに行くのか、と一応居場所を把握しようと聞く。厨房である物を作ると言って、急いで出て行った。
その途中でラウルを誘う声が聞こえたので、彼も交えての事なら平気だろうと思った。
麗奈に忠誠を誓ったラウルなら、護衛にもなるしストッパーとしての役割もある。キールよりも安心できると思い、仕事をしようと書類を睨む。
未だにキールからの報告書が来ないのが、気がかりだと思いつつポン、ポン、判子を押す作業へと戻っていった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
《バウ、バウ♪》
いつものように防衛をしている時だった。
ランセが契約している精霊のガロウが妙にソワソワし始め、しまいには尻尾を振って落ち着きがない。
もう1つ契約している黒騎士からは《大人しく、しろ》と注意するも興奮したようにゴロゴロと転がる始末だ。
「……一体、どうしたんだ」
今までこんな反応はなかった。
ガロウが気に入った人物はそんなに多くない筈だ。一体誰が……と考えていると急にガロウが影の中に入った。
影を通じて特定の人物の所に行く事がある。
それはランセを通じての時もあるし、ガロウが勝手に付けた印として行き来する事もある。
《ガウーー♪》
「まっ、きゃあああああっ!!!」
『止めろってばーー!!!』
意外にもランセの近くでそれは起きていた。
悲鳴が聞こえすぐに向かう。すると、体半分ほど茂みから出ながらも必死で何を掲げている人物が目に入る。
その上にガロウが乗り、白い犬がずっと『止めろって。邪魔なの!!!』と抗議しながら押し出そうとしている。
だけど、拮抗しているのだろうか勝負がついていない。
「う、あ、危ない……」
「もう何をしているの」
「っ、あ、えっと……」
マズいとばかりに顔を上げたのは、ランセが助けた人物だ。
お願いされたイーナスにより実行し、無事なのは確認済み。今も元気でいるのが分かり、良かったと感じつつガロウを退かせる。
《ガウ、ガウ~~》
『行かせるかって、の!!!』
少し離れた場所では、ガロウと風魔が睨み合う。麗奈を気に入っているガロウは、触れ合いを優先しようとさっきのようにオーバーに動く。一方、麗奈が契約した風魔は行かせないとばかりに邪魔をしている。
動物に好かれやすいことから、自分の居場所を奪われるのを阻止したいとさっき聞いた。今も、風魔と睨み合いながらも影で移動しようとすると結界が張られる。
そこまでするのか、とランセが思って麗奈の方へと視線を戻す。
(彼女以外に……気配はなし、か)
護衛でも居るのだろうと思ったが、意外に誰もいない。
何故だと思っていると、麗奈から聞かれたのだ。防衛は大変じゃないのか、と。
「そんなに大変じゃないよ。魔物の襲撃で、魔法隊や騎士団は復興作業に負われているし、きちんとした休みも取れてないでしょ」
その負担を少しでも減らせるのなら、広い土地だろうと防衛は出来る。
気配を辿り、魔力を辿れる索敵をするのだが、ランセはその広さが圧倒的だ。
それは、さっきのガロウが移動したように影を使っているからだ。
影を広げ、森の影も含めて範囲を広げる。そこに反応を示すのは暮らしている動物達だ。
それは殆どが微量の魔力を持っている。人間はそれよりも少し多い。魔物と魔族の気配は、魔力を感じると同時に淀みを感知する。
その大きさで魔物か魔族かを判断している。
ランセ1人ではそんな事は出来ない。ガロウと黒騎士という精霊がいてこその防衛なのだ。
「ちゃんと寝れています?」
「平気だよ。睡眠が大事なのは魔族も人間も変わらないよ。君の方も平気なの?
呪いを解いてすぐに動くだなんて」
フリーゲに怒られるのではと聞くと、麗奈はにんまりと笑った。
彼は最近になって麗奈に甘い傾向を見せている。それは周りから見ると微弱だが、麗奈を相手にしている時の彼は……随分と笑顔なのだとか。
些細な変化を分かっているのは、フリーゲと共に働いている人達だけだ。騎士団や魔法隊には分からず、恐らくキールも気付いていない。
「ちゃんと許可を貰いましたよ。むしろ体を動かして、少しでも早く馴染むようにしろって。変化があれば、些細な事でもすぐに診るからと言うことです」
「……本当に甘いんだね」
「えっ?」
何の話だろうと首を傾げる麗奈に、ランセはそっと呟く。視線を麗奈から少し外せば、彼女の手には大きな葉で包まれた何かがあった。
どうしても気になり、それはと控えめに言えば麗奈は「あ」と表情が固まった。
「……」
「あの……」
そのまま固まりながらも、ランセは呼び続ける。
しつこくというよりは間を見て、相手の反応を見ながら声を掛けた。ようやく落ち着いた時には、麗奈は思い切ってランセの隣に座る。
「あの、これを……どうぞ!!!」
目の前に出されたのは、ランセが気にしていた物体だ。
その後ろでは、未だにガロウと風魔の争いが聞こえている。困ったように黒騎士を見るも、逆に興味を示したように近付いて来た。
《これは、一体……》
「ちらしです。酢に近いものをご飯と混ぜて、野菜も多めに入れたんです。リーグ君達と花見をした時に出した物と同じなので、味は保証できますよ」
「……えと、なんで持って来てくれたの?」
「ランセさんにお礼が言いたいのと、花見をしたいからです!!!」
魔物の襲撃があったが、周囲の被害は少ない。
その証拠に、前に花見をした時に咲いている桜が今も綺麗にある。飲み物を用意したりと、準備がよくこれは食べる気かと思い受け取る。
「ワザワザ、私なんかを探してきたの?」
「なんかじゃないです。命の恩人です!! イーナスさんから聞いてますよ。えっと……魔王、さん。ですよね」
「名前で良いよ。魔王さんって言われると……気が抜けるし」
ふふっと笑みを零すランセに、麗奈は気付かされるように顔を伏せ謝罪を言う。そのちらしを受け取り、大事に包まれた葉をどかす。
おにぎりとして握られており、野菜と一緒にご飯が混ぜられた栄養が良さそうなもの。酢、と言うのがどういった味なのかは想像出来ない。1度花見の時に出されているのなら平気か、そう思ってランセはパクリと食べる。
「……美味しい」
少し酸っぱい風味のご飯だが、別に嫌いではない。
ちょっと不思議な味だなと思いつつも、止まらなくなって夢中で食べる。初めての味だからか、気付けばあっという間になくなった。
「……」
「あっ……」
そこで気付く。
量はそこそこあった。もしかして、一緒に食べるつもりだったのかと気付いてぎこちなく視線を合わせる。
でも、思っていた反応と違っていた。凄く、嬉しそうのしていたのだ。自分の事の様に喜んでいるのを見て、夢中で食べていた事が恥ずかしくなった。
わざとらしく、咳払いをしていると可笑しいのか笑っている。
「あ、ありがとう……。お陰でお腹も満たされたし、引き続き防衛をするよ」
「喜んで貰えて良かったです。あの、良ければ……お茶も飲みませんか? 花見をしながらでも、防衛出来るように手伝いますから」
「……ま、まぁ、出来ない事はないよ。でも、怖くないの? 麗奈さんを襲った魔族と同類だよ?」
「助けてくれたランセさんを、怖いだなんて思いません。見捨てることだって出来るのに、そうしなかったんです。優しい人ですよ」
「優……しい、か。初めて言われたよ」
不思議な響きだと思いつつ、妙にしっくりくる。
そうしている間に、麗奈から出されたのは水筒に入ったお茶だ。
(あ、これと一緒に食べれば……もっと美味しいのか)
「ランセさん。改めて、ありがとうございます。あの、ちょっとしたお礼しか出来ませんが……これからお昼、一緒に食べませんか?」
「別に気にしなくて良いのに。……まぁ、この桜が完全に散るまでなら喜んで相手をするよ」
「じゃあ、次はデザートを持ってきますね」
こうしてゆっくりとランセとの花見を楽しんだ麗奈は、桜が全て散るその時まで共に食事をするようになった。