お花見を楽しもう〔夜の部〕⓶
何故だ。
そう頭の中で占め、自分の行動を思い返す。
「へへ、良い匂い……。花の、匂い……」
「何で酔ってるんだ」
ヤクルにべったりとしているのはゆきだ。飲み物は別にしていると聞いているのに、だ。
そう思っていると酔っているゆきは、更に密着しコテンとそのまま眠る様にして目を閉じる。
「ちょっ……」
「すぅ……すぅ……」
「寝ちゃったね」
つんつん、とゆきの頬を触るのは見回りをしていた筈のリーグ達だ。
乾杯してすぐの事。
いつもならゆっくりと飲むようにしている2人が、祝いのムードに飲まれてぐいっと豪快に飲み干した。
中身はただジュース。
そう思っていたら、見事に外れを引いたのだ。
「このままですと、風邪を引きかねません。寝かさないと」
「……だな」
離れないし、と口には出さないが仕方がない。
一方で麗奈の方を見ると特に変化はない。今も、ベール達と楽し気に話している。
お酒に強いのだろう。
そう思ったヤクルは、裕二と共に部屋に戻り寝かせに行く。そこに清も心配だからと付いて行ったので、助かったと内心で思ったのは内緒だ。
「麗奈さん。平気ですか?」
「ふえ? あ、お酒注ぎますね」
「あ、すみません」
そう言いつつ、特に変化が無いよう見える。
実は密かに中身を変えたのはベールの仕業だ。ただ、度数は少なめでよわいもの。
ゆきは見事に当たり、顔を赤らめたまま迎えに来たヤクルに抱き着いていた。
あわよくば、と思って仕掛けたが麗奈はそうはいかなかった様子。それを見て、ふむと考える。
(流石、麗奈さん。上手くいかないですね)
「おい。変な事考えてないだろうな」
昼間、イールによってかなり奥地まで流された2人は急いで戻り代わりの服を着てここに来た。フィルからすれば、そのまま参加しないでくれる方が助かると言われてしまう。
セクト側からすれば、被害を被った上に巻き込まれただけなのに。
「味方、いないのかよ」
「日頃からの態度が、悪いんだろう」
呆れたように言ったのは弟のラウルだ。
夜の部として、セクト達が参加する代わりに昼に花見をしたラウルは見回りをしている。
普段から真面目に仕事をしていないだけに、誤解があると言いたいが今まで変わらなかった。これは報いか、と思い素直に受ける事にした。
「何の事ですか?」
「お前、嬢ちゃんの事を屋敷に連れ帰る気だろ」
「何でそんな事をするんです」
「興味が湧いたから、ってのが俺の予想」
やる気がないように映るのは、セクトだけではない。ベールもつい最近まではそうだった。が、興味を惹かれる存在が現れたのも事実だ。
だかこそ、なのかベールは今も楽し気にしている。
「ふふっ、楽しいのは事実ですが……。本当に、それだけですよ。もし寝てしまったら、屋敷にでもって思ってます」
「マジかよ」
「ベールさん~~」
そこにフラつきながらも、歩いてくるのは麗奈だ。
前のめりになりそのまま倒れるかと思った、その寸前でキールが麗奈を受け止める。
「良いよ、私が代わりにやるから」
「ん、でも……」
トロン、としたように目が閉じかける。寝ないようにとゴシゴシと目をこするも、すぐにカクンと眠ってしまった。
「ちょっとだけ、ここで待っててね」
そう言って麗奈を運んだのは、桜の木の根元。元々明るくしていたのもあり、何かあればすぐに分かる。
そっと麗奈に上着を被せ、可愛い寝顔を見ながらすぐに立ち上がる。
「君とはどこかで決着を付けないと、って思ったんだよ。いい加減、主ちゃんに付きまとうの止めなよ」
「興味が尽きない人の事をつけて、何が悪いんです」
「サラッと認めんなよ……」
それ、ストーカーと言いかけて止める。
以前それを言って、2人から酷い目に合った事のある。下手をすれば命の危険もあるから、と察したセクトは逃げる。
その後、不毛な争いが起きたのはある意味では予想通りだったのかも知れない。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「それで、俺なのか……」
見回りをしているのは何も騎士達だけではない。ユリウスもやっていたのだ。例え王族であろうと、国民の生活を知らないと現状を把握できない。ただ、机に向かっているだけではいけないのだ。
そう教わったのは、何よりも自身の父親だ。
「悪いが、こっちは倒れてる人達の介抱が先だ。人手が足りないからな」
「まぁ……これじゃあ、な」
グルリと周りを見る。
未だに桜に木にはライトが当てられ、綺麗な色として輝いている。それは良いとして、何でその近くで倒れている人が多いのか、と言うのが疑問だ。
(お酒、だよな)
テンションが上がり、久々のお酒と言うのもあっての効果。陽気になり、ある分だけのお酒を飲み酔って眠る。殆ど……倒れる屍のような現場に、顔が思わずひきつった。
「麗奈。起きれるか、麗奈」
「ん~~?」
根元で寝ている麗奈を強く起こす。ゆっくりと開けられる黒い瞳は、ユリウスだけを映している。
それが、妙に……ドキリとなりさっと顔を逸らす。
(な、なんだ……。この、気持ち……)
「ユリィ~~」
「うわわっ」
ポスン、と嬉しそうに飛び込む麗奈を慌てて受け止める。
香ったお酒の匂いは柑橘系のものだ。それよりも、とユリウスは心を落ち着かせるのに必死だ。
(良い香り、じゃない……!!! 何考えてるんだ、俺は!!!)
首を振り、邪念を振り払う。
長時間、居る訳にはいかないと思いさっさと移動しようと抱き上げる。お酒に酔っている所為だろう。ぎゅっと、普段ではしない行動をする麗奈に不意にドキリとなる。
「んふふ、ユリィの匂い。良いなぁ」
「っ……。じゃ、じゃあ誠一さん!!! 部屋に、送り届けて来ます」
「妙な事をしたらタダじゃ置かない、とだけ言っておくぞ」
「もちろんです!!!」
ここに留まると妙な事を考えてしまう。
麗奈は酔っているだけ。頭ではそう繰り返しているが、その間も麗奈はユリィと何度も名前を呼んでいる。
「よ、よし。着いた……!!!」
魔物を相手にしているよりも、疲れたように思う。それは気のせいはないと思いつつ、急いで部屋に入りベッドへと移動する。
「ん。あれ……ここって」
麗奈とゆきが共同で使っている部屋に着いた筈だ。だが、周りを見れば馴染みのある場所だと気付き、さらに顔を青ざめた。
「やっべ、俺の部屋……!!!」
すぐに引き返そう。
そう思ったが、麗奈は既に自分の物のように包まってしまい頭を抱えた。
「麗奈。悪い、ちょっとだけ起きてくれ」
「ん~~」
嫌だ、と意思を示す様にさらに丸まった。
「やっ!!」
「……」
思わず可愛い、と言いかけて慌てて口を押さえる。
なんというか、今の麗奈は酔っているのもあってか色香がある。甘える様なイメージもないだけに、こうも破壊力があるのだと実感させられる。
「仕方、ないな……」
ふっと力を抜き、すぐ傍に移動する。
見れば可愛らしい寝顔が目の前に晒されている。何とも無防備に、無邪気にしている。
「好きに使っていいが、暴れるなよ?」
サラサラとした髪を触る。女性の髪はフワリとしているなと、そう思いながら触るのが癖になりそうになる。すると、コロンと向きを変え気付けば手を握られている。
「……」
「ユ、リィ……」
普段では聞かない甘える声。妙に頭がぐらつくのは、何故なのかと思いながらすっと開けられる。
「あ、おき――」
「す、き……」
起きたんだ、と言えなかった。その後に聞こえた言葉に、ユリウスは固まり顔を赤く染めるも麗奈は再び目を閉じる。
「っ……。ふ、不意打ち、かよ……!!!」
ペースを乱される。瞬時にそう悟ったユリウスは、ソファーへと移動しバクバクと心臓が鳴る音を抑える。
初めて、だった。
面と向かって言われた事もあり、破壊力は凄まじい。
「なんだよ、もう……」
この熱はなんだろう。
いつの間にか、自分も酔っているのではないか。酔った女性は魅力的、と言うが見事に刺さった気がする。
「……良いのか。好きで、いてくれる……のか」
ポツリと言った言葉は誰に向けられたものか。
麗奈になのか。自分自身なのかと迷いながら、急いで寝ようと目を瞑る。
だが、どうしても……麗奈に言われた言葉が、頭の中を占めて上手く眠れない。
「ったく、責任……取れよな」
ペースを乱された事もだし、こうも振り回されるとは思わなかった。
初めての感覚は、自分が恋をしても良いのかと問いたくなる。
「離す気は……ないからな」
向こうが振り回すのなら、こっちだってと思い決意を固める。そう思えば、妙に居心地がよく自然と目が閉じていく。
恋に落ちた瞬間は人により様々である。
ユリウスの場合は、それが花見のお陰とも言えるだけの事だということだ。例えお酒に酔って気付かずとも、彼だけが知っている彼女の一面。
それを知ることが出来ただけでも、収穫として良かったと言えるのだろう。