お花見を楽しもう〔夜の部〕⓵
「花見なんて聞いた事も無かったな」
「なんですか、いきなり」
麗奈達が来てから色々とあったが、基本的にここの人達は優しい。騎士団の人達は、疑問があるも団長命令には従う。そして、彼等は実際にではなくとも試験での麗奈の実力を見て納得せざる負えなかった。
上級クラスの魔物を相手に、一歩も引かずに戦った姿。
異世界から来た彼女達は、一見すれば争いなんて知らないと思っていたのだ。映像を見せられるまで、誰もがそう思っていた。
騎士の中でも、魔物相手にするのをためらう時はある。自分よりも大きな体格を相手にする時、どう戦うかと止まる時がある。だが、麗奈はどうだろうか。
一瞬だけ怯んだ。
だが、次の瞬間にはキメラを相手に戦い抜いた。魔法とは違う力を使い、王族以外で起動させる力を持った者。
「嬢ちゃん、すげーよなぁ」
「さっきから何の話をしているんですか」
呆れた口調で言うには4騎士の1人であるベール。そして、彼と行動を共にしているのは同じく4騎士の1人であるセクト。家同士の付き合いもあり、酒を楽しむ仲でもある為に仲が良いのは周知の事。
「いや、俺達はただの綺麗な花ぐらいにしか思わなかったのに、嬢ちゃん達は季節ごとに楽しむ事が出来るんだろ? そう言う息抜きも、時には大事だよな」
「まあ……。リーグの喜びようを見れば、一番分かりやすいですしね」
「確かに。あれが普通の反応だよな」
最年少の騎士団長であるリーグ。
15歳でありながら、彼が務められている理由は魔力量が多いからだ。幼くとも、保有する魔力量の多さが団長として選ばれる基準。比較的、この国は魔力が多い者が多い。
王族であるユリウスもだが、貴族家としているセクト達もまた例外ではない。つい最近、戻って来たキールも同様に貴族でありながら魔力が多く多彩な魔法を扱う変人とも呼ばれている。
「ま、私達の前では子供らしさなんて無かったんですから。麗奈さん達と過ごして本来の彼らしさが、前面に出てきたに過ぎないですよ」
「でも、変わり過ぎじゃね?」
いつもは何かと突っかかるし、突拍子もない事をする。
そう言えば、ベールは笑って「甘えてるだけ」の一言で納得させられる。
「あぁ、麗奈さんに合う下着も探さないと」
「……お前、それ止めろよ」
変わったのはリーグだけではない。ベールも変わり、無関心に近かった弟のラウルも麗奈とゆきと過ごす様になり変わった。
正し、目の前の男は……別に意味で変わり過ぎた。
「え、だって自分で服を選ぶセンスはないって言ってますし」
「そんなもん、同姓で直せるだろって話」
「それでは関わる機会を失うんですけど!!!」
「別の所で探せよ!!!」
ヒュン、と2人の間に風が刃となって斬り裂かれる。
地面はその跡を示す様に、抉れた事で斬られた痕がくっきりと残っている。ゆっくりと放った相手を見れば――弓矢を構え、更には周囲に風を呼んでいるフィルが居た。
「変態同士、仲がよろしいようで」
ニコリ、と。普段では笑顔を見せない相手が見せると、迫力は凄まじいものだ。セクトは背筋に悪寒を走るのを覚え、ベールはさりげなく風を呼びよせる。
「滅びろ!!!」
放たれた矢は、風を纏う。更に速度を上げて放たれたそれを、ベールは軌道を変えた。
フィルはベールの妹である為に、扱う魔法は同じ系統だ。軌道を変えるのも、風を扱える彼からすれば軽いもの。
そう、その筈だった。
「うおっ!?」
「うわっ」
気が緩んだ隙に、真上から水を掛けられる。それも、全身がびしょ濡れになる位に。
「ちょ、俺までやることないだろ!!!」
「ごめん。ワザとだ」
「イール……」
青い髪に、水色の瞳。
スラリとした長い脚と綺麗な体のライン。ひとたび見れば、誰もが羨む様な容姿を持つのはセクトの妹であるイールだ。
ただし、彼女は凄く怒っている。
「あの子達に近付くんじゃないよ。変態が移るからね」
「俺は関係な――」
抵抗空しく、2人はイールが作り出す波により流される。
抗議すらまともに言えないまま、容赦のないやりとり。普通は1人でそれだけの規模の魔法を扱う事は出来ない。
数人掛かりで行う魔法を1人で扱える。
それも、この国の団長クラスになる基準の1つだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
『いやぁ~~酒、上手いなぁ~~』
「夜桜を異世界で見るなんて、貴重な体験だな」
その夜、夜桜をする為にとキールは麗奈に教えられた通りに桜の周囲に光を灯す。
野球玉くらいの大きさ。そのサイズに合わせた光を生み出し、桜だけでなくその周囲も合わせるとなるとその数はおよそ数百。
それを保ち続けられる力と技術。苦もなく行っているキールの凄さが分かる。
「やっぱり只者じゃないな、キール君は」
「いえいえ。私なんて、まだまだですよ」
『謙虚もそこまでくれば、皮肉だぞ』
ほのかに顔が紅い九尾は、完全に酔っている。
宰相のイーナスが持ってきたお酒は、度数が高いものもあるが弱いのもある。九尾は確認もせずに、試しに飲めば見事に度数が高い物に当たった。
「皮肉ねぇ……。ま、本当にまだま――」
『嬢ちゃーーん!!!』
テンションが上がる九尾は、夜桜を見に来た麗奈に突撃をしてそのまま押し倒す。スリスリと甘えれば、ゴツンと拳骨を食らう羽目になった。
「やりすぎだ、バカ」
『う、ぐぐっ……いてぇ』
「平気ですか、麗奈さん」
起き上がらせるのは裕二だ。麗奈達の兄的な存在であり、彼は麗奈と共に怨霊を退治している仲間なのだ。
いきなりの事に目を回す麗奈は「な、なんとか」と答えるのが精一杯。
落ち着いた所で、再び桜を見る。
昼の時とは違い、今は真っ暗な中でこの木だけが光り輝いている。
大木の周りに一定の間隔で、光の玉が淡く光る。裏側が紫色というのもあるからか、少しだけ藤の花にも似た幻想的な雰囲気。
「……綺麗、ですね」
「喜んでもらえて良かったよ、主ちゃん」
「無理を言ってすみません」
日本の風習、ともいえる事。まさかここで実現できるとは思わず、誠一達も思いを馳せるように桜を見上げる。
夜の部でもちらし寿司を出したが、その量は少なめにしている。
参加している殆どは大人と言うのもあり、メインをお酒にしているのだ。その証拠に、薬師として働いているフリーゲも桜を見ながらお酒を飲んでいる。
「こういう楽しみ方もあるのか。……ま、こうしてのんびりするのも悪くないな」
「フリーゲさん。飲み過ぎはダメですよ」
「いやいや。宰相に言われたくないわ」
「……イーナスさん、お酒に強いんですか?」
会話の流れ的にお酒の話になり、麗奈は興味もあって何となく聞いてみる。そこに、ゆきを連れて来た武彦も合流した。その隣には彼が契約している清もおり、いつもと違い女性の姿に変身しての登場だ。
『妾が特別に、お酒を注ぐぞ♪』
「お、おう……。それじゃあ、お願いするかな」
「じゃあ、乾杯しましょうよ!!」
ゆきと麗奈用に飲み物を用意し、集まっている面々で乾杯を始めた。
「じゃ、改めて。麗奈ちゃん達と言う仲間を得られた事を祝って――乾杯!!!」
イーナスの掛け声で、それぞれでお酒を楽しむ。
勢いよく飲んだ中で、麗奈とゆきはこの雰囲気を楽しんでいる。ぐっと煽る様に飲み物を飲み干して――彼女達に異変が起ころうとは、この時は誰も思わないでいた。