お花見を楽しもう〔昼の部〕⓶
「どうしてくれるんですか、麗奈」
「ごめん、なさい……」
恨めしそうに言うのは副団長のリーナ。
彼は興味があれば、手を出すリーグの性格を十分に理解していた。だからこそ、異世界から来た麗奈達と話すのは少し怖いのだ。
新たな知識を吸収するのは、良い。
だが、時には突拍子もない事を言い出す。それが、リーグ団長だ。
「……でも、あんなに期待されたら」
「風魔とダブルコンボですからね。とは言え、準備なんてすぐには出来ないでしょう?」
「簡単な物なら、出来なくてもないけど……」
「………」
そこで再び、リーナは麗奈を睨む。
ここで出来ないと言ってくれれば、助かるのだ。だが、麗奈は言ってしまった。簡単な物なら、と。
「期待させた以上、責任を持って麗奈が実行してくださいね?」
「は、はーい」
『わぷっ、リーグ酷い!!!』
一方、2人から離れた所では子供姿に変化した風魔が、リーグに桜の花びらを掛けられている。
風の魔法を器用に使い、上手く風魔の上に落とすのだ。
軽く埋もれているが、すぐに起き上がり同じようにやり返す。これを続けてもう10分ほどは経っているのだが、一向に止む気配がない。
「……気に入ってしまいましたね」
「ごめんなさい」
「仕事をないがしろにしないだけ、良いとしますが……。ユリウスには話を通した方が良いですよ?」
「そ、そうしまーす……」
風魔にリーグと共に居るようにお願いすれば、彼は二つ返事で了承した。リーナは遊んでいる団長を連れて、早めに見回りを開始する。
ユリウス・アクリス。
麗奈とゆきと同じ18歳であり、この国の王族だ。
見た目は黒髪、紅い色の瞳。
独特な雰囲気であるのに、本人はかなりフレンドリーに接している。彼のこういった性格もあるからか、高圧的なイメージであった貴族の印象はガラリと変わる。
王族に忠誠を誓っているのは、防衛を任されている4騎士の面々。
彼等は騎士であると同時に貴族でもある。だが、誰もそれを前面には出していない。
例としてリーグはラーグルング国の外から来たと自分から言っていた。
詳しい経緯は分からないが、彼を育てている人はリーグを養子として引き受け同時に剣を教えた人。
魔法は独学であり、同じ風の力を使えるベール団長が居るのだが……何故か彼から学ぼうとはしない。
「なんか……嫌だ」
理由を聞いてみればそう返され、黙ってしまった。
魔法の事はよく分からない麗奈が、アドバイスを出せる筈もなくこの話題は避ける事にしたのだ。
「ユリィに話を通す……か」
「俺がなんだって?」
「うわっ!?」
驚いた拍子に、倒れそうになる。地面に倒れる事もなく無事なのは、ユリウスが麗奈を助けたからだ。自分の方へと寄せ、何してるんだと言いたげな目で訴えている。
「うぅ、ごめん……」
「リーナから連絡を受けて来たんだけど、どうしたんだ?」
「え、そんなの」
聞いていない、と言葉を続けようとしてリーナに確認を取ろうとした。が、その本人は既に居ない状態であり思わずキョロキョロと探す。
「あぁ、リーナだったらリーグと見回りだよ。詳しくは麗奈に聞いてって言われたんだけど……困った事でもあるのか?」
「あ。うん……そのー、ご協力をと思いまして」
そこで経緯を話した。
こちらでも自分達と似た桜の木がある事。リーグに何気なく言えば、彼と風魔が目を輝かせた事で了承してしまった事。今更、無理と言うにはあまりにも可哀想だからと小規模で花見をしようと思っていたのだ、と。
「花見、ね」
「……部外者の私達が勝手にするのもおかしいけど、さ。でも、リーグ君が凄く嬉しそうにしているから……つい」
「良いんじゃないか、それ」
「へっ?」
見ればユリウスは、とても楽し気に笑っておりその花見というのを自分も楽しみたいと言ったのだ。
ポカン、と口を開けた麗奈は思わず「いいの?」と聞いてしまう程に。
「まずは俺達で試して、好評なら国民にも試すイベントとして良いかなって思ったんだよ。その、夜桜だっけ? 夜にだけ咲く花じゃなくて、ワザワザ光を照らすなんて面白そうじゃんか」
ニッ、と笑みを見せ「まずは実験だろ」とこの話にノリノリだ。
その後、食堂へと移動すれば夕食の準備をしている人達に交じってゆきがいる。2人に気付いたゆきも、経緯を話し「あ、良いね」とウキウキしている。
「じゃあ、ちらし寿司を作るのはどうかな? 全員で分け合えるし、色んな具材を混ぜられて良いと思うんだけど」
「……それはどんな料理なんだい?」
3人で話している内容は、当然ながら食堂で準備をしている人達に伝わっている。小声で話そうと、通りながら聞いた人がその都度伝えているので意味を成しておらず、どうせならと巻き込むことにした。
「たまには派手にするのも面白そうだね♪ それじゃあ、ゆきちゃん材料を言ってくれ。レシピがあるなら作るよ」
「本当ですか!?」
「騎士様達に守って貰ってるんだ。労う意味でも、こういうのはあってもいいと思うだよ。どうですかね、陛下」
「あぁ。俺も同じ事を思ってたんだ。ついで、昼と夜と楽しみ方があるらしいんだよ」
そこからはとんとん拍子で、話しが進んでいった。
麗奈の予想に反して、昼と夜という風に分ける上で4騎士も参加自由としたのだ。
お酒を楽しみたい方は、夜に参加する。昼はお酒を飲まない方と分けた上でイベントを始める。意外にもイーナスからはやっても良いとなり、キールは面白そうだからと夜の方に参加すると言った。
夜桜をするには、その桜の木に明かりを照す必要がある。
キールはそれをしたいと言い、どんな風にするのが良いのかとさっそく麗奈に相談をしていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
周りの協力もあり、花見を実行したのは翌日だ。
そして、麗奈が見た桜の木はあの場所だけでなく他にもいくつかあると知りその場所へと向かう。
それはまさかの東の森。迷いの森とも言われているこの場所ではあるが、その桜の木は麗奈が見たのよりもかなり大きかった。
「うわーー、大きい!!!」
『綺麗!!!』
はしゃぐのはリーグと風魔だ。
風に乗って散る桜吹雪は、綺麗に映えている。そして参加しているのは、リーグの所属している騎士団とヤクルの所属している騎士団の2つ。残りの2つは、夜の部に参加すると言い代わりに見回りを強化している。
「ちらし寿司の、かんせーーい!!!」
ゆきと清が作ったちらし寿司。
食材も近いものを使い、なるべく知っている味に近付けた。その事に満足したのは、清は嬉しそうに尻尾を振っている。
『ふふん、自信作だぞ。食べて驚け、喜べ!!!』
『僕も食べたい』
『ダメだ。我慢しろ、風魔』
『そんなっ……!?』
魂が抜けた様に、コテンと倒れる風魔に九尾は仕方ないとばかりに奥へと連れて行く。ここに集まっているのは、彼女達だけでなく食堂の人達もおり、それぞれで食べていた。
「はい、リーグ君。これも食べて」
「んん?」
既に頬一杯にちらし寿司を詰め込んでいるリーグに、麗奈が渡したのは桜の花びらの形をした饅頭だ。和菓子が得意な清と共に作った物であり、料理が不得意な麗奈が出来る事。
お菓子の作るジャンルは、和風も洋風も平気なため和風に合せた。
饅頭に必要な餡子も、ここでは近い物で代用できるし味見もした。場所は違えど、自信作だからと小さなお皿に乗せられた饅頭。
「ありがとう。なんかごめんね……。僕、こういう楽しい事知らなかったから嬉しいんだ。お姉ちゃん達も楽しんでる?」
「うん。まさかこっちで桜を見るとは思わなかったけど……。リーグ君が楽しいならそれで良いんだ」
「リーグ君、食べてる? おかわりあるよ」
別皿に盛りつけたちらし寿司。
目を輝かせるリーグは、まだ食べれるのだろう。ゆきと合わせて3人で、桜を見ながらの食事。
外で食べているからだろうが、凄く美味しく感じる。
「……」
誰かとこうして共に食事をする。
それは、リーグには不思議な感覚なのだ。いつもはリーナ達と食べている。なのに、彼女達と食べていると何倍にも美味しく感じる。
これは……何でだろう。
ふと、そう思ったリーグは食べるのを止める。
「リーグ君?」
「味、あわなかった?」
心配そうに自分を見るのは、ゆきと麗奈だ。
少しモヤモヤとした気持ちがあったのに、その原因はすぐに思いついた。
(そうか……。僕、楽しいんだ)
ユリウスとリーナ達と居ても楽しい。それは今も変わらない。でも、心の底から楽しいと思った事はもしかしたら、なかったのだろう。
剣を学び、魔法を独学で学び続け必死になっていたのは、陛下であるユリウスの為であり役に立ちたいからだ。
「ううん。本当に、本当に……楽しいだけなんだ!!!」
心配している2人にそう答える。それはリーグの本心だ。
生きるのに必死だったリーグは、心から安らげる事が出来るのだ。優しくしてくれる人達も多いこの国は、本当に珍しい。
運が良いのだ、自分は。
「これからも、よろしくね。お姉ちゃん達!!!」
「うん、よろしくね」
「リーグ君の無茶ぶりは、面白いからじゃんじゃん出して良いからね」
「やった!!!」
「ゆき。それは止めて下さい」
副団長のリーナが止めに入る。密かに聞かれていた事に非難を浴びるも、それよりも暴走しないかとハラハラさせられる。止める所か、広げようとするとは思わなかった。
リーナは、団長以外にもゆきに対しても目を光らせないといけなくなった。
同情したヤクルとユリウスが、彼の肩に手を置く。
「頑張れ」と慰めにもならない言葉を告げるのだった。