お花見を楽しもう〔昼の部〕⓵
麗奈とゆきがラーグルング国に来てからは、怒涛ともいえる日々を送っていた。まずは麗奈に課題として出された2週間後に行われた試験。実行したのは、国の宰相であるイーナスだ。
そして、危険性があると言われても実行すると言ったのは異世界から来た麗奈だ。
彼女は自分の居る世界では珍しい力を有していた。目に見えない相手――怨霊退治を行っている陰陽師だ。ただ、彼女はこの力を隠して今まで生活を行っていた。珍しい力は彼女達の世界で、晒す訳にはいかないという昔からの決まりがある。
怨霊達が活動するのは決まって夜。
それらを退治する陰陽師達も、自然と夜中に行うようになり人払いと言う結界を開発し使うようになった。これがなければ、見回りに来た警察官に職務質問をされるだろう。
力の持った者は大人であれ、子供であれ関係なく等しく退治していたのだから。
「今日で……そろそろ1カ月位になるんだね」
そう呟くのはラーグルング国でも、陰陽師としての力を発揮している麗奈だ。彼女は自分と契約を交わした霊獣と呼ばれる相棒――風魔と共に空を駆けていた。
心地いい風が流れる。
風魔の見た目は大きな犬だ。全長5メートルという大型ではあるが、本人に言わせれば子供姿から青年姿にも変化できるように訓練しているのだ。思わず、出来るものなんだと言いそうになったのを我慢した。
今も訓練しているんだぁ~、と嬉しそうに話す風魔の機嫌を気遣っての事。
『そうなんだね。……最初から居なくてごめん。最初から居たら主の事、もっと助けられるのに』
「気にしないで。今、助かってるから」
『甘いよ、主……。でも、そう言う所も好き~~』
甘えた声を出す風魔の尻尾は大きく揺れる。
背に乗っている麗奈は、優しく頭を撫でれば『ありがとう♪』とお礼を言われ、笑顔になる。そんな彼等は、今日もラーグルング国の柱を見回っている。
この国の防衛の要たる柱。
普通の人には見えないそれらを、見る事が出来るのは魔法を扱える者達だ。それと、陰陽師としての力を扱える麗奈達。何故、異世界から来た彼等が見えるのかと言う謎は分かっていない。
8年ぶりに戻って来たこの国の師団長であるキール・レグネス。
彼も前にこの国に来たのが麗奈の母親である事を例に挙げている為に、この柱は彼女達と何か深い関りがあるのではないかと、意見を述べる。
(お母さんも、この世界で……この国の人達と関わったんだよね)
10年前に仕事だからと別れ、その2年後には亡くなったと知らされた母親。その間の行動は分からずにいたが、この空白の時間を母はこの世界で過ごしたのだろう。
「リーグ君もだけど、ここの人達って本当に優しいよね」
『貴族って説明されても、嘘じゃない? って思う位に、お人好しだよね~』
自分達の居る世界とは違うであろう異世界。
なのに、ここに居る人達は彼女達を受け入れただけではなく好意的だ。イーナスが設けた試験も、単に麗奈の力を見たいというだけのもの。
まぁ、命の危険はあったが……。
彼から合格点を言い渡された上に、反応がなかった柱に影響を及ぼした。今まで管理をしてきたのは、この国の王族だ。定期的に魔力を渡すという行為をし、今日まで保たれてきた。
そこへ王族以外でも影響を及ぼせる存在が現れたのだ。
麗奈が柱に触れてからは、魔力を定期的に渡すのは変わらないがその量は格段に減った。
今まで柱に渡す魔力だけで疲れていたユリウスからすれば、助かっている部分が大きい。
そういった理由から、麗奈が風魔とその柱を見て回り変化があればイーナスに報告すると言う仕事をしている。
「風魔。ちょっと、あそこの大木に寄って貰っても良い?」
『はーい』
器用に方向転換をし、彼女達が向かった先には大木があった。
ラーグルング国は東西南北に柱がある上、その周囲には森が広がっている。その中で、城下町と城との間にある大木に見覚えがあった。
まさか、と最初は思ったがこの時期と考えれば不思議な事ではない。
異世界とは言え、自分達の居る世界と何処かしら似ている事が多い。食文化も日本と似ている。
だからこそ……麗奈が強く惹かれるものが、そこにはあった。
「……凄い。桜の木なんだ」
桜の花びらはピンク色だ。
見た目はピンク色でも、その花びらの裏側は薄い紫色だ。だが、見た目はどう見ても馴染みのある桜の木そのもの。
風にヒラヒラと乗って落ちる花びら。
その1つが風魔の花の上に乗る。気になったのかすぐに子供の姿になって、その花びらを手に取り『綺麗~~』と喜んでいる。
「異世界で桜の木、か。……ホント、凄い」
「あ、麗奈お姉ちゃんだ。おーい!!!」
彼女の姿を見付け、大喜びで来るのは騎士団長のリーグだ。
この世界での成人年齢である15歳になったと同時、騎士団長としてその任を任された人物。
緑色の髪に、同様の瞳の色。
騎士服は緑色を基調とし、立派な騎士だ。その副団長であるリーナも彼のサポートをする為にと、日々大変な目に合っている。
「見回りお疲れ様~。どうしたの、こんな所で」
「あ、うん。こんな所に桜の木があるなんて思わなくて、驚いてたんだ」
「さ、くら……の、木?」
首を傾げ、麗奈の言葉を1つ1つ繰り返す。
その間に彼等の間には、ヒラヒラと花びらが舞い思わず手に取る。
「……」
ピンク色の花びらに、その裏側は紫色。
そう言えばよく見ていなかったな、と思いリーグはじっと見る。
「これを見ると花見を思い出すなぁ」
「はな、み……?」
「うん。桜の木の下とかで、皆で集まってワイワイ騒ぐの。あぁ、夜桜とかも良いね。この木をライトアップすると、また印象が変わるんだよ」
「……何で騒ぐの?」
「こういう感じで、落ちる花びらを見て皆で楽しく過ごすの。こういうのを、花見って言うんだけど……知らない?」
フルフルと首を振れば、リーナはマズいとばかりにリーグを連れて行こうとする。が、一足遅かった。
「花見、今からでも出来る?」
「急には無理かな。……まぁ、少し時間をくれれば軽くならゆきに頼んで出来なくもない、かな。私も、それ用にお菓子を作ろかなって思ってて……」
言いながら、視線を感じる。
見れば既にリーグと風魔が、目をキラキラさせて見ていた。
物凄く、期待している目。
あっ、と思った時にリーナを見ても「やってくれたましたね」と、怖い笑顔で返される。話題を変えようとしても、もう遅い。
2人にはさまれた麗奈は、頭を抱えながらも覚悟を決めた。
そう。この国で、自分達がしている花見を実行しよう。
こんなに期待された目で見られれば、誰だって断ろうなどとは出来ないのだから……。