価値観が違うけど、面白い
師団長、キール視点です。
「主ちゃん、話があるから執務室に来てだってさ。イーナスが待ってるよ」
苦手な書類整理やその処理を終え、既に疲れ切っていた私は頼まれた伝言を主ちゃんに伝える。すると、彼女は――。
「……」
あれ?
何故か無反応だな。不思議に思って近付くと、何でかガタガタと体が震えている。よく見れば顔が真っ青だし、涙目だ。
今日も彼女は、親友のゆきちゃんと共に食堂に来ている。こことは違う世界では、よくお菓子を作っていたと聞いた。そうしたら、最年少のリーグが目を輝かせて「食べたい!!!」と懇願した。
年下に甘い主ちゃんは、もちろん断る理由もないからと食堂に来てはお菓子を振る舞っている。
そして、それが騎士団だけでなく魔法隊の人達にまで浸透。今では彼等も交じって主ちゃんの作るお菓子に興味津々だ。
場所は食堂だ。
談話もしているし、以前と比べれば彼等も明るくなったとユリウスから聞いている。
そして、彼等は震えている主ちゃんを心配し遠巻きだけどじっと見守っている。
「麗奈お姉ちゃん、今日は何のお菓子なの?」
無論、そんな空気何て読まないのはリーグだ。
今日も、柱に引き寄せられた魔物を狩って来たのだろう。と言うか、彼の騎士団の当番だから良いのか。
未だに震える主ちゃんの様子に、リーグもただ事じゃないと思ったんだろう。近くにいる私を睨んでいる。
「なにを言ったの?」
「誤解だよ。イーナスの伝言を伝えたに過ぎないって」
「あ、あわわわっ」
潔白だと言っていると、主ちゃんが頭を抱えてしゃがみ込んだ。
そこに来たのは親友であるフリーゲだ。コーヒーが気に入ったのか、今ではマイカップを持ち出すのも見慣れた。
恐らく最初から見ていたのだろう。
主ちゃんと同じようにしゃがみ込んで、肩に手をポンと置く。労わる様な表情をし「頑張れ」と止めにも近い言葉を言った。
「う、うぅ……。わ、私、何かおかしな事……したのでしょうか」
涙目で訴える内容に思わず首を傾げた。
とてつもない勘違いをしていると思いつつ、嫌がる主ちゃんを無理に連れて行く。
嫌だと言うのを綺麗に無視すれば、リーグが「僕も行く!!」と付いてくる。何でかフリーゲも一緒で思わず、足が止まる。
「何で来るのさ」
「ただの見学だ」
ニヤニヤした表情されても信用できない。
恐らく全部分かってての事だろう。主ちゃんの勘違いがかなり見当違う過ぎてて笑うしかないんだけど……。
まぁ、良いかと思いつつ皆で執務室へと向かった。
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「悪いね。ワザワザ来て貰って」
「……」
「あの、麗奈ちゃん……?」
イーナスの執務室について早々に、主ちゃんはリーグの事を抱きしめながら聞く態勢に。笑いを堪えているフリーゲを小突きつつ、共に見守る。離れていてもそこは親友。
すぐに察したのに、肩が震えているから当分は笑い地獄だろうなと思いながら紅茶を飲む。
「あの、何か……マズい事、しましたか?」
「え」
「だって……呼び出し、したから……」
真っ青になりながら、リーグを抱きしめている姿を見て思う。
怒られる事が分かりながらも、聞く小さな子供。お気に入りのぬいぐるみを抱きしめて少しでも頑張ろうとする姿。
頭を抱えているのはイーナスだ。
しかも小声で「なんでそうなるの……」と言っている辺り、主ちゃんの勘違いがどんなものか分かったのだろう。既に隣でフリーゲが限界に達している。
「呼び出しと言うより、私から渡す物があるんだよ」
「わ、渡す……物?」
既に声が震えている。
怯えているのは、既に主ちゃんの中で完結しているからだ。
呼び出し=説教。
多分、そんな感じに思われている。でも、イーナスが呼び出したのはそう言う理由じゃない。引き出しから取り出したのは封筒だ。
手に持っているのは1つだけじゃない。2つもある。
「はい。1カ月、ご苦労様」
「へっ……?」
「あ、もうそんなに経つんだ」
キョトンとする主ちゃんと違い、リーグは思い当たる節があるからかすぐに反応した。嬉しそうにそれを受け取り「何買おうかな~」と、呑気に考えている。
「……あ、の。これは」
「ん? 給料だよ。今日は給料日なんだから、働いてる人に渡すのは普通でしょ?」
「給、料日……?」
「うん。給料日だよ。まぁ、報酬と思って受け取ってくれると嬉しいな」
「……」
「お姉ちゃんの初お給料ってことだね!!! ねぇ、ねぇ。何か買う? それとも貯める?」
興味津々と滲みだしたリーグに主ちゃんは、未だに事態が掴めないのかじっと渡された封筒を見る。呆けた様に中身を見て、状況を把握しようと努めている。
成り行きを黙って見ている事、数秒。
貰って、良いのかとぼそぼそと言う主ちゃんに私達が驚いて時が止まる。
「わ、わわわわ、私、怒られないんです?」
「何でそうなるのか分からないんだけど、怒ることなんてないからね?」
「わ、わわわわわ、私なんかが、居候の身の、私が!!!」
「……居候? 私から言わせれば雇っていると思っているんだけど」
「ふえぅ!?」
ビクッとした動きが可愛いなと思いつつ、リーグもビックリしている。隣に移動していたのに、すぐにぎゅっと抱きしめている。頭をポンポンと撫でているから、大丈夫だと言いたいのだろう。
なんとも微笑ましい光景に私はつい笑う。
フリーゲが笑い過ぎてひぃひぃ言っているけど、無視する。
「だって、この国の柱を正常に戻したのは麗奈ちゃんだよ? そうでなくても、国の防衛に関わる事を知っている。国の秘密を知っている君達を早々に逃がすとでも?」
「……見張り、じゃなくて?」
「え、僕はそんなつもりないよ。麗奈お姉ちゃんの事、好きだから一緒に居て欲しいのに……違うの?」
「うぐっ……」
計算なのかなんなのか。自分のあざとさを容赦なく使うリーグが、自分の事をよく分かっていると感心する。
自分達を助けてくれた恩人から言われて、出ていくとは言わない。
主ちゃん達がここに居るのだって、逃がさないというよりはお願いしている訳だし。彼女達は頼る所もないから、この城の空き部屋を自由に使って良い様にしているし、広い浴場も含めて使っている。
「……じゃ、じゃあ、お返しします」
「は?」
ん? 返すって、今渡された給料袋を?
イーナスが驚いている内、主ちゃんは理由を言っていく。
「だって、ゆきと共同で使っている部屋代に今までの服とか……。あ、そうだ。ベールさんが買って来る物も含めると、全然足りないんです!!! お金どうしようかと思ってたので助かったんです。これで、返せますよね?」
力説する主ちゃんには申し訳ないけど、その給料をそのまま戻しても足りないと思うんだよね。
それよりも、貢献している部分が大きいからって事で渡してるんだけども。そう言うのも分かっていない様子だ。もう、フリーゲがずっと笑っているのにそれを気にする余裕はない。
「……」
現にイーナスがうな垂れている。
予想していた反応とは違い過ぎて、主ちゃんの感覚が違い過ぎてて衝撃を受けているんだろう。
リーグも違うと言う様に頭を横に振っている。
「主ちゃん。それは君のお金として使って良いんだよ」
「……そう、なんですか?」
「まぁ、私が言うのもなんだけど……。皆はもう一員として、見ているんだけど違うかな?」
「……一員……」
「お金を貯めていずれここを出て行くにしても、何もないのは辛いからね。一応、ここに籍を置いておけば帰る場所はあるわけだし」
「帰る、場所……」
ここを第2の故郷として使えば良いし、貰える物は何でも貰えば良い。
私が居ない間も、屋敷は綺麗に保たれていたしラウルの使用人であるターニャ達が清掃しているのだろうと、予想はつく。あとでお礼を行こうと考えつつ、チラリと主ちゃんを見る。
「……」
未だに給料袋を見て、考え込んでいる。
ふと、顔を上げてイーナスにお礼を言えば彼は笑顔を返す。
「じゃあ、遠慮なくいただきます」
「うん。これからお願いする事も多いけど、よろしくね」
「はい。私でお役に立てるなら!!!」
リーグが美味しいものを食べに行こうと主ちゃんを誘い、連れ出していった。出ていく2人を視線で追いながら、ほっとしたように息を吐く。
「お疲れ様」
「まさか、給料を渡すのにこんなに疲れるものだとは……知らなかったな」
「いやいや、あれは嬢ちゃんの価値観が違うんだよ!!!」
復活したフリーゲがイーナスに噛みつくように、文句を言っている。
私は紅茶を飲みつつ、ゆきちゃんが作ったと聞いているマフィンを食べて無言で言い合う2人を見る。
(これで、主ちゃんもここに慣れてくれると良いな)
後日。
好きな服なり、食器といった生活必需品を買ったのだろうかと思い主ちゃんに聞くと笑顔で「手を付けてません」と言った。
「……服とかは?」
「下着類は……まぁ、あ、ありますし。服は魔法隊の制服を貰いましたし、当分はそれで平気です」
「宝石とか、装飾品とか買わなかったの?」
「自分には似合わないので、付ける気はないですし。戦闘になると邪魔になるので全然、必要ないです!!!」
「そ、そう……」
脱力する私に、主ちゃんは不思議そうな顔をしている。
ターニャ達を見ると「服を着せようとすると、逃げるんです」と悔しそうに言っている。
今日も魔物を狩るのに防衛をしてる主ちゃん。少しは戦いから離れても良いのではないかと思う。イーナスだって休みは必要だと言っているのに……分かっていない様子だ。
だが、不思議な事がある。
自炊することが多くなった私が、城下町に向かえば子供達に囲まれている主ちゃんを見かけた。耳を澄ませば「ヒーローのお姉ちゃん」と呼ばれている。
「いつもありがとう!!!」
「ここを守ってくれてありがとう♪」
「お姉ちゃん、陛下のこと好き? あのね、あのね、最近陛下すごく優しいの!!!」
「え、あ、の……そ、そういうのは、もう少し小さい声で」
「なんで~~」
「陛下、カッコいいよ? 好きなんでしょ?」
「でしょ? でしょ?」
「うぅ、あ……それは……」
顔を真っ赤にして返答に困っている。
子供達の母親だけでなく、ここに住んでいる人達は既に主ちゃんの事を認めているし慕っている。
まぁ、2人の告白を実況したからちょっとだけ反省はする。そう、ちょっとだけ。
「お姉ちゃん、おしゃれ教える~~」
「陛下に嫌われちゃうよ」
「あのね、あのお店はよくお母さんが行くんだよ。それでね――」
……どうやら、私達が心配する必要はないようだ。
ターニャ達も頑張っているようだけど、主ちゃんは子供達に連れられてお店に入っていくのが見える。
皆でおしゃれを教えようと動いているのが微笑ましい。
彼女達がここに来て本当に良かった。
ラーグルング国が、前以上に明るくなった。ここに暮らしている人達が笑顔でいるし、ユリウスに対しても前よりは距離が近くなった。
気付かない内に、国の雰囲気が明るくなっている。きっと、主ちゃんが知る事はないかも知れないしね……。