麗奈とイーナス
それはベールの屋敷からラウルに助け出された次の日。
朝早く起きた麗奈はいつものように、風魔と柱を見て周り終え朝食を食べ終わり、今日はどうしようかと食堂を出た時。衛兵から言われたのだ。
イーナス宰相が自分を探しているので、執務室に来て欲しいのだと。
「突然で悪いね、麗奈ちゃん」
「いえ……大丈夫です」
ぎこちなく答える麗奈にイーナスは気にした様子もなく、クスリと笑った後で彼女に数枚の報告書を渡す。その途端に顔が真っ青になり「な、何かしましたか?」と声を震わせていた。
「私が設けた試験から丁度2週間は過ぎたし……キールとラウルから逃げ切れないだろうと諦めてたようだし。2人から逃げるならまだいいけど、流石にベールからは逃れられないよね?」
「…………」
麗奈の行動が何時どこでイーナスに伝わっているのか、と思いじっと見るも彼はニコニコとした表情を崩さない。ゆきと話した時なのか、ユリウスと話した時なのか、ヤクルとの仲良くなれたからと話をした時なのか………もしくはその全てなのかと考えていると――
「麗奈ちゃんが想像した人物達からは全部聞いてるよ。君も大変だよね」
と、同情するような視線を向けられた。
はぁ、と思い溜め息を静かにソファーに座りうな垂れた。
「……あの、何処まで知ってます?」
「色々とね」
「………」
「麗奈ちゃんとゆきちゃんがヤクルの屋敷に招待された時とか、服をプレゼントしてくるベールから逃げる為にセクトに相談して、返り討ちにあったりとか……ラウルが連れ帰る時にピンクのドレスを着てたとか……ね」
今までの事を思い出して顔に熱が集まる。「うぅ~」と唸り手で顔を覆い恥ずかしそうにしている麗奈。イーナスは用意した紅茶を運び「隣、良い?」と聞けばコクコクと頷いた。
「……全部、筒抜けなんですね」
「筒抜けって言うか……皆、嬉しそうに報告するからね。2人が来てから毎日が楽しいんだって、騎士団の人達や薬師の人達からも聞くし」
どうやら城内での行動を咎めるものではないのだと思い、出された紅茶を一口飲み「ん、美味しいです」と喜んでいる。そんな麗奈の反応にイーナスも優しい笑みをした後で謝罪をした。
「えっ、と………」
「ラウルの言うように早急すぎたのは反省しているよ。……キールが来れたか良かったし、ラウルが用意していた守り石であの場所にも駆け付けられた」
魔物が進化する場面もあるが、キメラが進化した時の禍々しい魔力はイーナスも感じ取れた。上級クラスの魔物も時たま来るが、本当に時々であり魔法が効きにくいと言う事もない。
「魔王が狙っている可能性がある」
キールが戻ってその日の夕方。国に入れなかったキールは旅をしながら、戻れる機会を伺っていたと言う。そして、魔物の活発化が8年前の状況と被る事から彼は予想した。
2人の魔王と対峙して、片方は封印しもう片方は逃げられた。
その逃げられた方の魔王が何かしらの理由で、麗奈を狙っていると言う可能性を導いた事。
「………」
「イーナス、さん?」
突然、黙ったイーナスに思わず麗奈は声を掛けた。
それにハッとし、何でもないと告げれば麗奈も申し訳なさそうに彼に謝ったのだ。
「ラウルさんから少ししか聞いてないですけど……私、元暗殺者だって聞いて怖くて、試験を設けたあの時も……処分するつもりで行ったんだと思って」
「その可能性はあったと、認識していいよ」
「……でも、それなら最初から追い出せば良かった訳で」
「自分で処理した方が良いって言うのは本当だしね。でも、ユリウスが止めるように言って来たら試験って言う形で実力を見るようにしたんだ」
「……ユリィ、が?」
魔法を知らない時点でユリウスはゆきと麗奈が、自分達の居る世界とは別世界から来た者であり、伝承として語り継がれている者と同じ。すぐに保護すべきと進言した。
それを渋る理由はイーナスにはないが、黙らせるとなると大臣達、騎士団、魔道隊の人達に納得してもらう理由を用意する必要があると考えた。
理由は無理矢理だか、イーナス自身も麗奈の力には興味を示した訳なので丁度良いと考えた。
(ラウルから聞いた、ね)
見張りと世話を頼んだのは自分なのだから、仕方ないがラウルは麗奈を庇う率がユリウスと同様な事に驚きを隠せないでいる。あれ以来、何かと麗奈とゆきを庇うようになり、周りはその変化に驚いた。
リーグは最初から仕掛けていた様子。
ベールの変化にも驚いたが、以前のようなピリピリした雰囲気から柔らかくなった城内。そこで働く者達にもそれなりに心の余裕が生まれているのも事実。
「……そろそろ騎士団の特徴も掴めたから、どんな感じに見えるのか書いて貰おうと思ってね」
「つまりは宿題ですね」
学校みたいだ、とがっかりした様子はなく普通に取り組む姿勢だ。ゆきも似たような反応だったのを思い出したイーナスは思わず聞いた。
──課題は好きなの?、と。
「好き、と言うよりは慣れてますね。学校も……えっと、皆同じ服を着て学ぶ施設があるんですれど──」
最初にこの世界に来た時のゆきの格好を思い出す。
チェック柄のスカートに青いブレザー。その左胸には何かの模様が描かれた、見慣れない印。白いワイシャツが見え、明らかに自分達の服とは違う物だな、と思った。
そうしている間に、学校と言う学び場で出される課題はそれなりに多い事。レポート提出も当たり前なので、ゆきと麗奈にとって苦ではないと説明すれば……何故かイーナスから良い子、良い子と撫でられた。
「……えっと……イーナス、さん?」
戸惑い気味に聞く麗奈だか、イーナスはレポート提出をしてくれるだけでも嬉しい理由がある。それは提出期限を設けても、守らない人達がいるからだ。
「……うん、君達は偉い。ホント偉い」
「は、はぁ……」
首を傾げ不思議そうに見る麗奈。
出さない人物は分かっている、と小さく呟き麗奈に教える。
リーグ騎士団長、セクト騎士団長、ベール騎士団長の3名である。4騎士の内、半分以上出さないとはどう言う事だとイーナスが怒れば──
「面倒くさい」
「同じく!!」
「書いてたんですが、何処かに置いてきました」
その答えにイーナスがキレたのは仕方の無いことであり、3人を正座させて説教をしたのはつい最近の事と言いたいが……殆ど通例になっているので新鮮味なんてない。
リーグの面倒くさいに、乗っかるセクトも大人としてどうなんだと思うがベールの何処かに置いてきた発言にもどうなのだ、と。イーナスは諦めたが、全く反省しない連中にはどうしてやろうかと本気で考え始めていた。
そこで考えたのが、ゆきから見た騎士団の印象と気付いた点を書いて貰うと言うレポート提出。それには麗奈の協力も必要なのだ。
「戦いに身を置いている麗奈ちゃんの意見と、戦いからは一歩引いたゆきちゃんとの意見を聞いて悪い部分を直す。私は常に彼等を見ているから、意外に知らない点もあるかなって思って協力をお願いしたくて」
別に書いたからって処分しないから、と言えば麗奈からは「本当の目的は何ですか?」と聞かれ驚いて固まった。
「えっと、イーナスさんの雰囲気が……懲らしめようと言うのが滲み出てて他に狙いがあるかなと思ってて。……違います?」
「いや、合ってるよ……」
雰囲気から察した麗奈が凄いのか、自分が隠しきれない程にイライラがバレているのかと考えてしまう。そう言えば、とイーナスは思い出した事がある。
「目の下に凄い隈が出来てるぞ、イーナス。最近、寝れていないのか?」
ユリウスから心配され、思わず平気だと言ったが思っていたよりも自分は重症なのだなと溜息を吐く。
「あ、あの、お父さんも反省させる為に悪い点を抜き出して徹底的にやるから……そんな感じなのかな、と」
段々と声が小さくなる。恐らく溜息を吐いた事で怒らせたのだと思われたらしい。「違う」と言い改めて麗奈にお願いを申し出た。
「4騎士の事を観察して、感じた事なら何でもいい。悪い部分も良い部分も書いて私の所に持って来て欲しい。期限は設けないから大丈夫。麗奈ちゃんのペースでやって良いから」
「何処まで出来るか分かりませんが、頑張ります!!!」
「うん、お願いね」
こうして麗奈は各騎士団の元へと出向く事になった。
その日の午後、さっそくとばかりにヤクルが団長を勤めている騎士団へと向かった。いきなりだと怪しまれると思い、手土産としてお菓子を幾つか作ってから行こうと考え、その準備に取り掛かった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
クッキーなら片手が空くだけで済むし、量が多いから他の人達に持って行っても怪しまれない。現にラウルから笑顔で「悪いな。頂く」と言えば周りはどよめき、思わず手を引っ込めようとして、離さないとばかりに握られる。
「あの……」
「迷惑じゃないから気にするな。団長なら奥の部屋で書類をまとめている最中だ。あとで2人分の紅茶を用意するから、ゆっくりしていてくれ」
──団長に用だろ?
含む言葉がそう聞こえ、驚いて頷いた。察しが良いとは思っていたが、ここまでとは……と年上は包容力あるなぁと感動していたら、
「麗奈は俺の主だ。これからも頼ってくれ」
ザワッ、となるのに気を取られそうになるがキラキラしたような笑顔で言われ、思わず下を向いて首を縦に振った。
そうしなければ、直視できないのをバレたくなく気持ちが分かってしまうから。そしてその行動で、周りは更なるどよめきになっているとは知らない麗奈。
「っ、副団長が、笑った……!!」
「キラキラ、してる……だと!!!」
「あ、やべっ、キュンとした」
「おいおい……」
「あ、あんな副団長……俺、見た事ない……」
まるでイベントが始まったかのような騒ぎように、麗奈の顔はすぐに赤くなる。その空気に耐えきれなくて思わず逃げた。ラウルは聞こえているのか分からないが、それを確認する勇気は麗奈にはない。
「何であんなに慌てたんだ……」
周りの声は聞こえず、慌てた様子の麗奈を気にする副団長。
その日を境に麗奈が訪ねてた際は、かなりの待遇と今まで見た事ない副団長の一面を引き出したとして、崇められるなどこの時誰が思っただろうか。
「………」
ダッシュして、ノックもせずに中に入った。
最初は驚いた様子のヤクルだったが、相手が麗奈だと分かるとすぐにソファーへと促した。落ち着きを取り戻した麗奈は、机へと視線を向け、既にまとめていたのか積まれた書類を見て(あれ……?)と思い聞いた。
──書類整理、終わった……の?
その時の顔は見えないから分からないが、途端に顔を逸らしたヤクルの態度から察してしまった。終えた後だと分かり、思わず睨んだ麗奈に困った様子で「睨むな。そんなガッカリされてもな」と言われるが麗奈には関係ない。
「だ、だってぇ~~~~」
凄い落ち込みようの麗奈に思わずヤクルはクスリと笑う。
お茶会をするようになって少しだが、麗奈は前と比べて感情が素直な点に戦闘用と使い分けているのだと改めて感じた。
「………」
もう一度チラリと麗奈の事を見る。
今は落ち込み過ぎて「どうしよう……このままだと……」と、何か必死で考え込んでいる様子。しかも「課題……イーナスさんとの約束もあるのに……」と悪い事をしていないのに、何故か自分が地雷を踏んだような感覚にさせられる。
麗奈を斬ろうとしたあの時、彼女の目は間違いなく自分を敵として捉えておりいたが何処まで行うつもりだったのかとふと思った。
「陰陽師は基本的に防御の術が多いが攻撃が出来ない訳ではない。攻撃に転用している場合でも、札を用いるからな。……まぁ、どちらにせよ札を用いての攻撃と防御が基本だな」
麗奈の父親の誠一から聞いた話。
陰陽術と自分達の扱う魔法との違いを説明され、最初に対峙した時の麗奈の様子を思い出す。
あの時、雷で気絶にまで追い込み剣を構えていたヤクルを敵として認識していた時……彼女は札を持った様子ではなかったな、と。
(……結界で閉じ込める気だったか)
札を使わずに行う方法として結界と呼ばれる防御の術がある。
魔法での防御は自分の周囲を守る、限られた人数を守るなど範囲が狭いもの。結界は任意で空間ごと留める術らしく使い方に幅を生むと言う。
剣を振られる前に閉じ込めれば、少しながらも隙が出来る。その間に麗奈はゆきを連れ出す気だったのだろうかと考えていると……麗奈がいつの間にか目の前に来ておりずっとふくれっ面なままだ。
「………なんだ」
「人の話聞いてないでしょ?」
「あぁ。考え事していたからな、悪い」
「むぅ、そうハッキリ言われると……」
もっと反撃を喰らうかと思い覚悟したが、麗奈はそれきり黙り「仕事早すぎ」と文句を言って来た。
「早いもなにも、いつもと変わらないんだがな」
「団長ってもっと事務作業あると思ってた。ベールさんが意外に多いって聞いていたから」
「………基本的にあの人の言葉は信じない方が良いぞ」
「えっ」
時が止まったように瞬きを繰り返され「……そう、なの?」と首を傾げながら聞けばヤクルは無言で首を縦に振った。
ベールは今の団長と言う中で最年長。
攻撃範囲の広い風の魔法をワザと荒く作り替える事で、一振りで暴風が起きたかと思う程のものが襲い掛かる事から彼は【暴風の騎士】と呼ばれるようになったと話す。
そう呼ばれるようになったからなのか、彼の行動は変わりフラフラと風のように何処かに消えては発言に嘘が混じるようになったと言う。
「あの人の行動に一貫性はない。だが、その力は本物だと俺は思う」
「……ヤクルはベールさんの事、憧れているの?」
「あぁ、実力だけ見ればな」
あとは尊敬はしないな、とはっきりと言うヤクルに思わず「へ、へぇ……」と苦笑いをする。だからなのか、基本的に団長がやらないといけない仕事は全てヤクルに背負わされていると言う。
「………断らないの?」
「断っても寄越してくるんだからやるしかないだろ……」
(嫌がらないから……ではなくて?)
本気で断ればベールも仕事は寄越さないはず、と信じたい。
つまりはヤクルも嫌な表情をしながらも、やってしまうのが原因ではないのかと麗奈は思った。やってしまえば、次もその次もやってくれると思われても仕方ない。だってやってくれるんだから……、とベールなら言いそうだなと思い途端に遠い目をした。
「大変だね。ヤクル」
「これでも前よりはマシだ」
この頃のベールはやっているから不思議だ、と言い「いつから変わったのか」と聞けば「麗奈とゆきが来てからだな」と即答された。
「……私、何もしてないよ?」
「ベールさんにとってはそれが良かったんじゃないか? 麗奈は動きが小動物みたいだから、見ていて楽しいんだろう」
「……なにそれ」
バカにされている気分で睨めばちょうどラウルが2人にと紅茶を用意し、執務室へと入っていた。中に入ればヤクルは麗奈に睨まれている状態であり、あとから来た騎士の1人が緊張した面持ちで「な、何が……」と困惑気味でラウルに聞いて来た。
「ははっ、睨んでもダメだ。多分、そう言う行動がベールさんに気に入られた要因だと思うぞ」
「そ、そんなおかしな事はしてないよ!!!」
「どうだかな……」
「なっ!!! 何でヤクルにそこまで言われないといけないの!!! 早く仕事してよ、もう!!!!!」
「だから今日の分はとっくに終わっている。見回りを終えたら増えてるかも知れないが……そんなに仕事してるのを見たいのなら夕方以降に来てくれ」
「ん、たーんまり残しといて!!!」
「安心しろ、すぐに終わらせる」
だから、意地悪!!!! と、大声を上げて抗議する麗奈に面白そうに反抗するヤクル。楽しそうな様子で麗奈と口喧嘩をする様子に思わずラウルは笑いをこらえ、もう1人は「こ、こんな団長も初めて……です」と信じられないような表情で見ていた。
・ヤクルは仕事が早い。ベールさんの分もたまにやっていると聞いた。でも、意地悪で酷いと思った。
・雰囲気はキリッとしていて、気が張った感じ。でも、その中でも皆さんが優しいからオンとオフの切り替えがあっていつまで居ても飽きない。
・炎を扱うヤクルと氷を扱うラウルさんとのコンビがカッコいい。
バラバラに見えて互いにフォローできる距離を保っているから凄い。他の騎士さん達もそれらに合せての動きをするから見ていて安心できる。
また、様子を見に行こうと思う。
あと守ってもらうのがこんなに嬉しいとは思わなかった。
以上が麗奈が抱いたヤクルの印象と仕事場の雰囲気である。
日が沈むにはまだ時間に余裕があるからと考えた麗奈は、次の目的地にとセクトの居る隊舎へと向かった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
時間にして午後3時半頃。
ちょっと居るつもりが、ヤクルの所で時間を取られ急いでセクトの所へと向かう。
各騎士団の隊舎は執務室、事務室、資料室が完備されている為建物の見た目は塔のような造りになっている。各騎士団の訓練は別に作られた訓練場があり、そこには陛下のユリウス、宰相のイーナスも普通に出入りしている。
これには初め麗奈とゆきも驚き思わず良いのかと思った。が、2人は──
「いざって時に動けないのは困るからな」
「ストレス発散の為♪」
真面目に答えるユリウスと、サラリと毒を吐くイーナス。深く聞かないようにし、たまに行くと言われた訓練場に麗奈は着いた。先に隊舎に着き、セクトが居ないかを確認したら訓練場に居ると聞き即刻で向かった。
「セクトさん!!!」
「ん? どうした嬢ちゃん」
セクトの周りには倒れている騎士がちらほらおり叩きのめされたのが分かる。その隣にはベールが居て、思わずピタリと足が止まる。
「あ、いえ……やっぱりなんでも」
「麗奈さん、会いに来てくれたんですね!!!」
「ち、ちがっ、きゃあああっ!!!」
颯爽と麗奈に抱き付くベールにセクトは「んで、どうした?」と気にした様子もない。ぐぐっと押し返そうとも、ベールは離れないとばかりに力を込めてる。
「離れろ、変態!!!」
ベールの顔面に思い切り蹴り飛ばす。
ビックリした麗奈の前にはいつの間にかキールがおり、既に雷と水を作りベールへと攻撃対象と定める。
「主ちゃんが城の中を探検してるみたいで、見守ってたけど……ベール、君は自重しないよね」
「貴方は見守りじゃなくてストーカー」
途端に落雷が落ち、暴風ともとれる事が起きた。
キールの冷たく突き刺さるような目を、平然とベールは受け流し既に大剣を持ち戦闘態勢へと移行される。
「貴方は麗奈さんと会ったばかりだと言うのに、いきなり主持ちだなんて……貴方だって十分な変態ですよ?」
「君には言われたくないね……」
「「ふ、ふふふっ………」」
寒気がするような笑いが起き、倒れていた者達はすぐにでも動きたいと思うもセクトが徹底的に叩きのめされた為に、それらが叶う筈もない。
(あぁ、俺等……死ぬわ……)
そう思ったのを最後に訓練場が閃光に包まれた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「………で、何でこうなったか説明出来るんだよね?」
「凄いな、こんなに半壊した所初めて見たぞ」
「ユリウス、褒めなくていい。図に乗る」
「だとよ。見ての通り不機嫌だから、素直に答えないと雷が文字通り飛んでくるからな? ベール、キール」
「「…………」」
言葉は明るくともブリザードの様に突き刺さるような視線と雰囲気に、思わず倒れていた騎士達を介抱していた薬師と魔道隊の治癒魔法専用部隊達はビクリと体を震わし仕事を続けて良いのか……と思わず薬師長のフリーゲに視線を集めた。
「おう、気にするな。自分達の仕事をすればいいから。俺達になんかに怒ってない怒ってない」
ケラケラと笑いながらも指示を飛ばすフリーゲに、周りはほっとしたように仕事を開始した。そして、同時にチラチラと怒られているであろうベールとキールに対して視線が集まっている。
普段から完璧に仕事をこなすベールと魔法に関して天才的、新人を実践レベルにまで育て上げるスパルタであると言うキール。滅多に怒られないであろう2人は……半壊した訓練場だった場所の中心部分で正座を強制的にさせられていた。
正座する2人は目の前で怒っているイーナスとユリウスに対して視線を交わす事無く、互いにそっぽを向いたまま。その隣ではフリーゲがニヤニヤと楽しそうにしているが、正直この空気で楽しそうにしている彼の神経が謎だ。
「キールがしつこいから」
「君が主ちゃんに構うからだよ」
「………それが、理由?」
ユリウスが呆れたようにそう言った途端にキッと睨むイーナス。
「下らない事で壊すな!!!」
本日、何度目かの雷がベールとキールに降り注ぐ。
耐えきれなくなったフリーゲが爆笑する中、ユリウスは周りに指示を出し説教係をイーナスに任せて共に退散。報告書を上げるまで見回りと麗奈の接触を禁止された2人の悲痛な叫び声が上がったが、気のせいだと蓋をして執務室へと戻る。
一方、今までの経験と勘で麗奈を連れ去っていたセクトは難を逃れた。仕事している風景を見たいと言うお願いに快く引き受け隊舎へと、急げばラウルの姉にあたりセクトには妹のイールが笑顔で迎え入れた。
「麗奈、そんなバカ兄はほっといて話をしよ」
「あ、イールさん。いえ、セクトさんに用が……」
そのままズルズルと麗奈を連れ去られ、セクトは一瞬ポカンとしたが戻って来た時に終わらせようか、といつも使わない頭をフル活用し書類整理を終えれば麗奈には「あっーーやられた!!!」と、ショックを受けられてしまう。
明日、来るか?と聞けば即座に「行きます!!!」と答え、クッキーを渡されそのまま別れた。
「おっ、ラウルのしか食べてなかったが嬢ちゃんのも上手い♪……仕事した報酬としちゃあ……うん、悪くないな」
弟のラウルはイールにより色々と仕込まれてきた。
料理、裁縫、お菓子作りと、果てまでカバン作りや小物作りまで行わせ「お前、嫁に行くのか?ってか、何処までやらせる気だよ……」と本気で心配した。
姉に、しかも年上には逆らわないラウルは言われるままに行う。出来ないならイールも諦めがつくが……予想を外しに外しまくりマスターする弟には驚きを隠せなかった。
「……嬢ちゃんもお菓子作りが得意なら、話が合いそうだな。たまには真剣にやるのも、悪くはないな」
麗奈に仕える騎士としてラウルが既に実行していたのには、驚かされたが彼女ならラウルと波長が合うようだしとちょっと楽しくなかったセクトは気分が良いまま、朝を迎えた。
宰相に書類を届ければ「え…」と普段では見せない戸惑いの表情で受け取り、信じられないとばかりに目を見開かれた。
「……今日、嵐が来るんじゃない。うわ、こわっ……」
「どういう意味だよ、それは!!!」
宰相の執務室からは、普段聞かないようなセクトの怒声に見張りをしていた衛兵はギョッとした感じでその怒声が止むのを待つのだった。