厄災と呼ばれた狐
──何故だ、何故だ!!
頭の中を占めるのは疑問と焦りと、どうしてこうなったんだと言う状況の数々。自分を囲むようにして同じ白の狩り衣をし、手を組み何かの呪文のような言葉を発する連中に対して睨むが、今の力の無くなった自分はこうでしか反撃が出来ない。
「赤毛の狐に尾が9本……間違いない、お前は九尾だな」
体中を紙の鎖が縛り付け、地面へと組み敷くようにして動きを封じる。その声に、その髪に、瞳に……しっかりと目に焼き付け憎々し気に睨み付け怒声を発する。
「お前等、陰陽師がノロノロしてるから!!! その糧でてめーらが飯食ってんのは知ってるからな!!!」
殺気を込めた目で相手を睨み付けるのは厄災と認定された九尾だ。体長およそ20メートル前後だった狐は霊力を奪い、今では体のみなら1メートル前後まで縮まっており、尾を合わせればもっと大きく見えるだろう。
しかし、九尾は体が動かない。
自分の中に押し止めていた霊力は全て鎖に吸い取られ体を小さくさせられたかと思えば封じる為にさらに札が追加されていく。
陰陽師。
占いや天候を知り、彼等を庇護する者達には莫大な資金源と報酬がある。それらは平安の時代から脈々と受け継がれ発展させてきた。
安倍清明、芦屋堂満と言った陰陽術を発展させてきた人物。
彼等が死んでも、世を陰ながら統べるのは陰陽師の者達とすら神格化され言われていた。だから、彼等を守るのはお金がある貴族達であり、時代が変わろうとも武家、大名、将軍家と様々な形で資金援助がある。
平安時代で発展させてきたのは妖怪と呼ばれる者達のお陰でもある。
目に見えない彼等は人の不幸を喰らい、餓死で苦しく死にたいと願えば魂を喰らう。そして、それ等は呪いと言う強い恨みや怨念により人を不幸にし、人の命を奪える力を生んでしまっていた。
それらを自分の力にし、巨大な力を持った妖怪を陰陽師と間では”厄災”と呼ばれるようになった。目に見えない彼等を対処し、時には嵐を呼ぶような災害クラスの力を振るう妖怪。
それを封じるのも陰陽師の仕事でありながら、彼等を退治し術の発展へと高みを登らせると言う皮肉の様な連鎖。その事を自虐的な笑みで、自分の事を憎々し気に睨む九尾に向ける。
「私を殺したいだろうな。……お前はここで倒れ、2度と姿を現す様な事はない。お前は罪を犯し過ぎた」
「罪だと!? よく言えるな!!! 俺に呪いを付与させて、人に不幸をまき散らして欲しいと願ったのはてめーら陰陽師だろうが!!! 自分だけが被害者面すんなよな!!!」
彼は元は生まれたばかりの小狐だった。しかし、親も共に生まれてきた小狐達も突然襲われた。妖怪は負の感情を糧にする存在で特に力を得るのに恨みや妬みはいいものだ。
何も人間に限定されてなどいない。生き物ならなんでもいいのだ。話せなくとも感情を現す声を、鳴き声を持っているなら動物でも赤子でも都合がいい。
妖怪は自分が力を得る為なら何でもする。動物を襲い、子供を襲い、時には病を撒き散らす。九尾と呼ばれるようになったのは人間が勝手に付けた名前だ。
「俺は恨みや妬みばかり言う人間共に罰を下しただけだ。悪いとは思わない。それもこれも、さっさと殺さないお前達が悪いんだろうが!!!」
彼はたまたま生き残り、妖怪達に自身の体を乗っ取られた哀れな小狐。乗っ取られてそのまま耐えきれなくなり亡くなるなら、まだ良かったのだがこの狐は自我を保ち生き延びてしまった。
代償に、頭の中に響く罵詈雑言、非難中傷の数々。自分に向けられたものではなく、妖怪達が見聞きしてきたものがそのまま狐の頭に再生し続けられる。
逃れる為に始めに人を殺した。
妖怪は人には見えない。霊力を用いる陰陽師でなければ対処が出来ないが、狐を依り代にした事で人間達の目に触れられる。だから、最初に襲った人間は自分をただの小狐だと油断し──死んだ。
そしたら少しだけ頭の中に響いた声が静まった。良かったと思うのも束の間で、また嫌な感情が言葉が突き刺さる。逃れる為に人を、動物達を襲い続けていたらいつの間にか尾が増えていた。
尾が増えれば力が増し、頭の中に響く声はなくなっていた。そうして彼は尾を増やし9本となり、人に厄災を振りまく九尾と呼ばれた。
「哀れな狐。……安らかに眠れ」
瞬間、首を斬られた。
綺麗な一閃。刀を手にし佇む姿は月夜に照らされる光により、鮮明にしかし妖艶に写る。九尾はあっさりと首を斬られ、意識が無くなるその瞬間までに男の特徴を目に焼き付ける。
力を上げ不幸を撒き散らす九尾に刀も矢も効かない。効くのは霊力を用いた術のみである。しかし、この刀は霊力を纏った新しい力。
九尾が大きくなるにつれて、優れた陰陽師が討伐してきたが失敗し敗北を繰り返した。次に対したら尾が増えていた。なんて話はよく聞かれ、対策をする間に尾が増えていき止まる事を知らない。
ようやく止まったのは尾が9本になった時。
今、この瞬間、厄災と呼ばれてきた九尾の最後は霊力を纏った刀により絶命した。
この功績により、彼は安倍と言う名から土御門とへと変えた。新たな時代の幕開け、新たな術を生み出し後世にまで名を轟かせた男の名は──土御門 行彦と名乗った。
後に破軍となり、九尾に再会するなどこの時の彼も、倒された九尾も思わなかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
『ぬっ……』
意識がはっきりしてくる。ぼやけていた視界がハッキリとしてきた。目の前には黒髪の緊張した表情で自分を見ているであろう10代後半の青年。
彼は自分を殺した相手とは違う。同じ黒髪、黒い瞳だが服装が違っていた。あの時、手にした刀はなく狩衣も違っていた。水色のズボンに白い上着にアレンジされた着物。
「赤毛の狐……?尾が9本も」
「ほぅ、九尾か。珍しい上に強い奴を引き当てたな、誠一」
父親に褒められた事で少しだけ頬を染めた相手。そこから自分が何百年も前に倒され九尾であり、今は陰陽師を名乗るのが秘密である事、時代がかなり変わっている事を理解した。
説明されたのではなく、契約した時に全て情報として流れ込み自然と理解した。自分を倒したのが安倍から土御門と変わっている事、陰陽師協会により管理されるようになった事。
妖怪は名を変え、怨霊となっていた事。
厄災と恐れられた九尾が霊獣として新たに生を受けた事。
陰陽師家の当主にのみ許された契約が、今、目の前に居る青年であり自分が仕えると言う事。
全て分かったが、簡単には割り切れない。
自分が殺された瞬間からどんなに時が経ったとしても、あの時の屈辱は決して忘れないのだから。
そんな九尾はなんだかんだと思いつつ、主である誠一の言う事は聞いた。理由は簡単だ。土御門でないなら何でも良いからだ。
そうして幾月、年が経ち誠一が同じ陰陽師家の人間と結婚するという話題が上がった。朝霧家と言う元は巫女の家系にして、龍神の加護を受け陰陽師として活動した特徴な家。
その家の当主である女性からの猛烈なアプローチにより、逃げるのに疲れ折れた誠一が後にとんでもない家に嫁ぐと分かったのは結婚する時に聞いた苗字で、だ。
相手の女性は急に現れ、どうやら学生時代の誠一の事を知っていたようで憧れからずっと陰ながら見守ってきたと言う。しかし、自分と同じ陰陽師家の当主であると分かってからの彼女の行動は凄まじく、あれよあれよという間に結婚し婿として誠一を選び彼以外に結婚する気はないとまで言ってきた。
「ふふっ、この子が生まれたらまた賑やかになるわね」
気付けばその女性との間に子供が出来たと言う。
女スゲーな、と思ったのは九尾と誠一であり口には出さない。そして九尾が驚いたのは同じ霊獣としてこの世に生を受けたのが、自分の力を分けた狐の清が居た事。
始めは知らなくて、朝霧家に来てから間もなく散策していたらいきなり『バカ狐ー!!!』と言ってドロップキックを喰らった。
聞けば彼女も陰陽師に倒され九尾と同じように、霊獣としてこの世に生まれ契約した主に仕えていると言う。
『……女の子、か』
毎朝、清から逃げる為に屋根に座り朝日を見る。
今でも自分が人を殺した感覚は忘れておらず、また自分を倒した奴の顔を忘れてはいない。死んだとは言え、人殺しであることには変わりない。
そんな自分が、主の子供を素直に喜べるかは分からない。
そんなある日。
麗奈と名付けた女の子が生まれた。
10月15日に生まれ、その日の月が綺麗でとても印象的な日だと記憶している。
「あぅ、あぅ」
『良いから来んな!!!』
「うぅー、うあ」
『わっかんねーよ!!!』
麗奈が生まれて1年程。子守に近い事をされている九尾は困り果てていた。尾が珍しいのか、赤色が珍しいのか分からないが、強い霊力で無ければ姿が見えない筈の霊獣が、麗奈にはハッキリと見えており嬉しそうにはしゃいでいたのだ。
「……もう、見えるのか」
「才能あるわよー。まっ、私と誠一さんとの子供なんだがら、当たり前よ!!!」
「そう、言うのは……外で言うな」
恥ずかしそうに俯く誠一が嬉しいのか、由香里はふふっと意地悪な笑みを浮かべている。清は麗奈にメロメロでありハートを飛ばし『妾にも笑ってー』と言えば言葉が分かるのか、嬉しそうにする麗奈に心を打たれる、と言う1幕が日課になっていた。
九尾は麗奈には近付かずにいたのに、向こうから追ってくる。だからその度に尾で払いすぐに空へと逃げる。霊力を強く受け継いだと言っても子供で人間。霊獣になって空を飛ぶなんて未知の体験が出来るとは思わずに、最初はビビりながらだったが慣れればすぐだ。
主の誠一の小言から逃れる方法に用いるのにプラスして麗奈から、逃げる為にも用いるようになり空に居る九尾を眺めその場から動かない麗奈をよく見かける。
そして、清に追いかけ回されるのが一連の流れとなる。
「うぅー、うぅーう、びー」
ママとパパと認識するのも早く、祖父の武彦はそんな麗奈にデレデレだ。霊獣の清は白い毛並みの美しい狐だが、孫の麗奈と触れたくて子供の姿に変化した。
元々、人に化け悪行の限りを尽くし男を手玉に取ってきた彼女にとっては造作もない事。
『麗奈ちゃん。き・よ、と呼んでくれ』
「きー、よー」
『っ、主様、持ち帰りたい!!!』
「ダメだ。我慢しなさい」
「じーじー」
「……ダメか、由香里」
「お父さん折れるの早すぎ」
「『ダメ?』」
「ダメです。清、私に子供の姿でねだっても無駄だからね」
『うぅ、主様の娘が冷たい』
「そんな子に育ててないんだがな……」
「うぅー」
今日も空に上がり麗奈達を見ている九尾。ふんっと鼻で笑い清のデレデレぶりに『ガキはガキだだろうが』と無視を決め込む。途端、何かに引きずられるように地面に叩きつけられ『誰だ!!!』と起き上がれば、そこには目が笑っていない誠一が立っていた。
「九尾。何で娘の所に行かない」
『っ、主人には関係ないだろう!!!』
「……過去の事で引っかかる事があるのか」
思わず息を飲んだ。避け続けてきたのは、自分が今まで何百人、何千人のも人間を殺してきた事。それが時々、悪夢のように繰り返され無意識に具現化している事も含んでいる。
『か、んけい……ない』
「……ほら、九尾だぞ。麗奈」
『話を聞けよ!!!』
「あぅ、うぅ~~」
麗奈を放り投げるような動作で九尾に向ければ、後ろから由佳里達の殺気とも取れる視線にビクリとなるも何事も無かったようにその場から立ち去っていく。九尾は慌てて尾をクッション代わりにし、自分の元へと引き寄せた。
怖がらせたか? 余計に泣くんじゃないか
九尾の内心は恐ろしい物に触れるような感じ。ゴクリ、と唾を飲み込む音が聞こえる位に自分は子供に触れるのが恐ろしいんだと改めて思わされる。覗き込めば、ニコニコと「うぅ、うあっ、あっ!!!」と嬉しそうに楽しんでいる麗奈を見て一気に脱力。
心配し過ぎだったのは分かっているが、自分が殺した中には麗奈の様な生まれて間もない者も含み、未だに頭の中でその時の光景が目に浮かんでくる。だから、霊獣として2度目の生を受けたとしても九尾は信じられない話であり、罪が消える事のない見えない重みに潰されそうになった。
『だから、子供は嫌いだ……』
その夜、九尾は珍しく月が良く見える場所で佇んでいた。
あの後、ずっと九尾から離れない麗奈に困り清に助けを求める視線を送るも『……次はぶっ飛ばす!!!』と訳の分からない宣言をされてそのまま消えた。
母親の由佳里に視線を向ければ「気に入ると離れないから無理よ」と言われ、麗奈が九尾の背に乗り嬉しそうに頬をスリスリとしていた。
『あぁ~~疲れた。ったく、何であのガキは俺なんかに構うかな……調子狂う』
舌打ちしムカムカする気持ちもあるのに、妙にスッキリした気分なのも気になる。主人の負担にならないように姿を消そうとした時、最後に麗奈の寝顔でも見るかとベビーベットへと向かった。
スヤスヤと気持よさそうに寝ている麗奈にひょいと顔を見て、妙な安心感と癒しが来て思わずブンブンと首を振る。
『……感化されるな。俺は、俺なんかは……触れたらいけないんだよ。こんな人殺しの狐なんかに』
これ以上見ると自分の心が落ち着かなくなる。そう感じた九尾はすぐに立ち去ろうとして、ぎゅっと尾を掴まれる感触に思わずギョッとなる。静かに様子を見に行けば離す気配のない麗奈にどうしたもんかと悩ませる。
『チッ、今日だけだぞ』
そう言って九尾は姿を変える。
赤茶色の長髪に黒い浴衣、茶色の瞳を持った男性が立っていた。おしりの部分からは8本の尾が動き、内1本は麗奈にガッチリと掴まれているのでイラっとなる。
しかし、ここで風邪を引かせたら由佳里を怒らせ、誠一の怒りを買うのは目に見えている。しっかりと麗奈を抱き抱え、寒くならないようにと布団をかけて地べたに寝た。
せめてベット代わりにと残りの尾を使ったら、嬉しそうにした麗奈の表情にちょっとだけ恥ずかしい気持ちになる。
その日から九尾は悪夢を見る事は無くなった。ウジウジと悩んでいた自分がおかしいなと思うも、麗奈と昼寝もするようになり最短記録で清以上に絆を深め更に彼女を怒らせる要因になった。
頭に響く嫌な声も、殺せと言う声も全く聞こえなくなる。それがどんなに嬉しい事なのか幼い麗奈は知らないし、教える気も九尾にはない。表現するなら行動でと思い、毎日しつこく居る様になった。
人間が成長するのは早い。見ていて嬉しくもあり悪い虫がつかないようにと睨みを効かせてきた。その褒美として、着替えを覗く位は許して欲しいもんだと九尾自身は思う。
だから、今日も行動を起こす。
『(お、今日は花柄か♪)』
「九尾のバカーーーーー!!!!!!」
顔を真っ赤にして反撃とばかりに術を行使するまでに成長した麗奈。
人間を嫌い、自分を嫌いになり心が荒んだ気持になる。そんな自分の心の闇を払ってくれた彼女に悲しい思いはさせられない。
そんなことした奴は俺はやり返してやる、と。
「出て行けーーーーー!!!」
その前に自分が麗奈から逃げ切るのが先だなと、笑みを零した九尾は今日も麗奈に追いかけまわされるのであった。
九尾が麗奈に救われた事と、土御門家が嫌いな理由となります。