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 家に連れ帰るとリョウはミリアをパジャマに着替えさせベッドに寝かしつけると、さて、飛び降りぬよう監視が大事と、ベッド脇に胡坐をかいてミリアを厳しく見据えた。

 「なぁに?」その厳しい眼差しに、ミリアは居心地悪そうにリョウを見上げる。

 「お前が異常行動に出たら、大変だかんな。見ててやんねえと。先生もそう言ってたじゃねえか。」

 「だいじょうぶ。」力無く答える。

 「大丈夫じゃねえよ、さっきの薬がヤベエっつう話だかんな。今日と明日は、俺はこうしてる。」

 「ミリア、イジョウじゃないから、だいじょうぶ。」

 「大丈夫かどうかは見てなきゃわかんねえ。俺はここに居座るかんな。」

 と言ってはみたものの、風呂も便所も行かずこうしているのか、そもそも飯はどうするのだ。自分はともかくとしても、ミリアに何か体に良いものを食べさせなければならないではないか。そのためには買い物も料理も必要だ。そう思い、急にリョウは気弱になった。

 「とは言ってもなあ……。」

 「リョウこのまんまじゃ、なんもできない。」

 「……じゃあ、大丈夫かどうか確認してからだ。」

 「かくにん?」

 「頭おかしくなってねえか確認する。そうだな。お前、掛け算九九言ってみろ。そうだな、二の段。」

 妙なことになったとミリアは泣きそうな顔つきになったが、それでもこのままリョウを鎮座させておくわけにはいかぬと、妙な節を付けて暗唱した。

「にーちがに。ににんがし。にさんがはち。……」

 「はち?」

 「にしんがはち。あれ、またはちだ。」

 「ダメじゃねえか! お前、頭おかしくなってんのか?」

 「ち、違うもん。ミリア、元々二の段苦手なの。」

 「わかった。じゃあ三の段だ。」

 「さんいちがさん。さんにがろく。さざんがきゅ。さんしじゅうはち。さんごじゅうご。」

 「減ってるじゃねえか!」

 ミリアは泣き出しそうになる。

 「ミリア、元々算数苦手なのよう!」

 「じゃあ、何なら出来んだ。」

 「かんじ。」

 「漢字か。……じゃあ、ここに黒崎って書いてみろ。」

 ミリアは大人しく枕の隣に指を出し、空中に黒崎、と書いた。

 「……大丈夫そうだな。」

 「うん。」

 「じゃあ、絶対ベッドから出ねえでいろよ。ちっと買い物してくっから。何食いたい?」

 「……何も食べたくない。」

 「ダメじゃねえか。そんなんじゃ! ……わかった。ポカリだろ。粥だろ、それから腹にいいから、ヨーグルト、ビタミンも必要だから蜜柑だな。後は……、」

 「あ、ミリア、ぷりん食べたい。」

 「よっしプリンだな。」

 その時携帯が鳴った。

 「……もしもし。」

 「おお、リョウか。ミリアはどうだ。」

 「シュンか。大変だ。インフルエンザなんつうもんにやられちまってな。」

 「マジで。」

 「マジも大マジだ。しかもな薬がヤベエんだ。異常行動カマす可能性があるらしくってな。一秒も目を離しちゃなんねえんだ。」

 「おお、話には聞くな。姉貴ん所もガキがインフルエンザかかって、んなこと言ってた。何でも部屋から飛び降りたりすることがあるらしいぞ。」

「そうなんだ。だから頭おかしくなってねえか、今掛け算言わせてたんだけど、こいつ元から算数できねえから、わかんなくってよお。」

「お前、熱出てる子どもに掛け算やらせんなよ。大人しく寝かせとけ。……で、何か必要なもの、あるか? 買ってってやるよ。」

 「おおおお!」リョウの雄叫びにミリアはぎくりと身を震わせた。「マジか。そしたらな、とりあえず俺んち来てくれねえか? 俺バイクミリアの小学校に置きっ放しなんだよ。それ取りに行きたくてよお、それから買い物も俺が行くから、その間ちっと留守頼まれてくんねえか。」

 「おお、いいぞいいぞ。」

 「ミリアが飛び降りなんざしねえように、しっかりバッチリ見張ってといてくれ。そうだな、正味一時間ぐれえ。」

 「ああ、いいよいいよ。じゃ今から行くから、待っててくれ。ミリアから目を離すなよ。」

 「おお、ありがてえ。」リョウは安心した笑みを浮かべて、再びどっかとベッド脇に座り込んだ。

 「シュンが、来てくれるとよ。持つべきものはバンドのメンバーだよなあ。ふふふふん。」

 ミリアはしんどそうに目を閉じている。

 「何か、……他に欲しいモンはあるか? してほしいことでも、何でもいい。」

 「何もない。」

 リョウは少々落胆したような顔つきで、ミリアの顔を覗き込む。

 「リョウ、ギターとか作曲してていいよ。ミリアだいじょうぶだから。」

 「そうか。」半信半疑ぐらいに眉根を寄せる。

 「本当に、だいじょうぶ。ミリア、絶対飛び降りないから。」

 「わかった。」リョウは立ち上がると、どこからか小さな鈴のキーホルダーを持ってきた。「じゃあな、ちっとばっかしパソコン向かってっから、もし俺を呼びたかったこれを鳴らせ。」

 「うん。」ミリアは大人しく布団の中から手を出すと、冷たく感じる鈴を握り、枕の隣に置いた。「わかった。」

 リョウは幾分安堵したようにパソコンデスクに向かい、何やら曲作りに入る。リョウはいつだって何かの作曲中なのだ。食事中でも、寝ていても、突然思いついただのひらめいただの言って、パソコンに向き合う時がある。

 ミリアはその背をしばらく眺めていたが、はたと思いついたように鈴を持ちちりちりと鳴らした。

 もうか? とリョウは驚きながらも慌てて振り返る。

 「どうした。」

 「おといれ、行ってもいい?」

 「あ、ああ。一人で行けんのか。」

 「行ける。」

 ミリアはゆっくり立ち上がると、そのままトイレに向かう。その時であった。ドアを勢いよく連打する音が聞こえたのは。

 「おーい、リョウ、ミリア。俺だ、俺俺。」

 「ピンポン鳴らせよ、あんだから。」

 リョウがドアを開けるなり、シュンが無遠慮に乗り込んできた。

 「いやあ、大丈夫か。来てやったぞ。ミリアも、けったいな病気貰ってきだもんだよなあ。」

 「けったいってなあに。」真っ赤な顔をしながらミリアがトイレから出て来る。

 「けったいっつうのは、厄介で珍妙でそれからちっと面白ぇってことだ。」

 ミリアは頭を抱えてベッドに潜り込む。「面白くない。」

 「とりあえずこれ、ポカリな。これは熱の時には最強だかんな。二日酔いにも効く。実証済みだ。そしたらリョウ、お前バイク取りに行っていいぞ。」

 「おお、ミリア悪いが小学校にバイク取りに行って、それからちーっと買い物行ってくるから、シュンと留守番しててな。」

 「うん。」

 リョウは心配そうな顔をしながらも、いそいそと外へ出ていく。階下へ降りていく足音を聞きながら、ミリアはくしゅん、と一つくしゃみをしてベッドに入り、そっと目を閉じた。

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