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 「O小学校の生徒さん、何人かインフルエンザでこちら見えていますよ。急に熱が上がったとすると、その可能性は高いですね。今から検査をしましょう。」という流れで、ミリアは別室に連れていかれ、若い看護師の前に座らされた。

 「お注射?」

 「お注射じゃないわよ。鼻からね、この棒を入れて検査しますからね、ゆーくり、息をしていてね。」

 ミリアは完全におびえながら背筋を伸ばす、というよりは目の前に差し出された棒から逃れようと仰け反った。

 「なんだよ、そんぐれえ。」恐怖に加えリョウに侮蔑され、ミリアの目はじんわりと滲んで来る。

 「大丈夫ですよ、全然痛くないですからね。こちょこちょって、するだけだからね。」と言って看護師はミリアの鼻の孔に何やら棒を差し込んでいく。

 「あ、あ、あ、ああああ!」

 「何だよ、クールでかっけえんじゃなかったのかよ。」

 リョウの叱咤にミリアはハッとなった。後は目を見開き、鼻を滑稽なぐらい蠢させていている以外には、一切の無言で通したのである。

 「凄ぇな。」それは名前の由来のことなのか、ミリアの精神力のことなのかはわからない。

 ミリアは鼻をすすり、すすり、看護師の言葉を待った。

 「はい、じゃあこれを検査に回しますからね。ここ出た所に座って待っていてくださいね。」

 「はい。」ミリアは鼻を抑えたまま泣き顔をリョウの横腹に押し付け、再び悲しみに耐えた。


 「頭、痛いか?」

 「うん。」

 「検査、頑張ったな。」

 「うん。」

 「あと、どこ痛い?」

 「ここ、」と膝を指し、「ここ」と背を指し、「あと、……いっぱい。」と答える。相当熱が高いのだろうと思いつつ、「そんなに痛ぇのか。……なのに泣かねえで、偉いな。」と労わってやる。

 「何せ、ミリアはクールでかっけえからな。」

 ミリアはリョウの顔を見上げる。

 「リョウは、どういう意味?」

 「俺か?」――無論そんなことは知るはずがない。母という人の顔はおろか、名さえ知らないのである。父は自分に暴力を振るい、精神的にも殺した。

 「亮司ってのはな、『リョウ』が明るいって意味で、『ジ』が司るって意味らしいぞ。」いつの日かミリアと同じく、名前の由来を小学校で宿題として課され、そんなものを聞く相手もいないものだから自分で放課後の図書室に行き、調べたことを遠い記憶として思い出す。

 「つかさどる、って何?」

 「そりゃあな、リーダーで偉ぇってことだろ。」

 「あ、ほんとだ。」

 「何が。」

 「リョウはバンドのリーダーだもん。」

 「ああ、たしかに。」

 リョウはふとレコーディングのことを思い出し、腰ポケットから携帯を取り出す。幾つかのメッセージが入っているのにその時気付いた。

 《ベース録り完了 ミリアの調子はどうだ?》

 《明日無理そうだったら、明日勝手にドラム録っとくわ》

 《もし難癖付けときてえことがあれば、今日中に連絡くれ》

 「だいじょうぶ?」

 「あ、ああ。」

 「黒崎ミリアさーん」看護師に呼ばれ、ミリアは赤い顔を上げた。「結果が出ましたので、診察室にどうぞ。」

 ミリアはリョウに抱きかかえられるようにして、再び診察室に戻る。

 「結果が出ましたよ。インフルエンザB型ですね。今日から一週間、学校はお休みです。」

 ミリアは目の前の白髪頭の医師の言葉に目を瞬かせる。

 「よく効くお薬を出しておきますので、これを呑んでゆっくり休んで下さい。ただちょっと注意点がありまして……。」

 「何ですか?」リョウは眉根を寄せて進み出た。

 「こちらですね、まだはっきりとした因果関係は証明されていないのですが、子どもが異常行動に出るというデータが、稀にですが、あるんです。ですから、今日、明日にかけては目を離さず見ておいて貰えますか?」

 「異常行動?」

 「そうです。二階の部屋から飛び降りてしまったり、外に出て行ってしまったり。」

 「え。」

 「ちなみにお住まいは……?」

 「二階建てのアパートです。」

 「二階、……となると飛び降りてしまえば下手をすると、命にかかわる可能性がありますね。」

 「大丈夫です。」リョウは早速明日のレコーディングを頭から追い遣り、「一秒だって目を離しませんから。」と低く発した。

 ミリアは不思議そうに目を瞬かせていた。

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