第2話 婚約者なんていたんですか?
先ほどぶちのめしたならず者からせしめたお金を手に、私はホクホク顔で帰路に着いた。
お金はやっぱり大切だ。ユノは令嬢ではあるけれど個人的に使えるお金はそう多くはなかった。
但し親はドレスだの化粧品だの必要のないものは無条件に買ってくれた。こんなもの何の役に立つのだろうか?
「ただいまーっと」
豪華な門を足で蹴破ると、使用人たちが目をまあるくしてこちらを見ていた。
あれ? 私何か変なことしたかな……。
「は、はしたないですよお嬢様!! 足でドアを開けるなんて! 」
メイドのルキがこめかみに青筋立てて怒る。いけない、前世の記憶が蘇ったせいで癖が出てしまった。
ごめんごめん、と口だけの謝罪をしつつぺろっと舌を出してお道化て見せる。
「で、今日のご飯何? 私もうお腹ペコペコで」
でもすぐに食欲に負けてしまう、それが私なのだ。
「何を呑気にしているのですか!? 今日はユリウス様が見えているのですよ、急いでめかし込まなければ」
ユリウス……。
「……誰だっけ? 」
卒倒しかけるルキを慌てて支える。
「一体どうしてしまったのですかお嬢様……何か悪いものでも食べたのですか? あぁこのルキ、悪い夢を見ているようです」
「悪いものを食べたというか思い出したというか……」
前世の記憶が戻りましたー。えへへ☆ なんて言っても通じないだろうし、更に頭がおかしい奴だと思われるんだろうな……。とてもじゃないが打ち明けられない。
「一体何の騒ぎです!? 」
ルキの怒鳴り声と物音を聞きつけて飛び込んできたのは恐ろしく顔立ちの整った青年だった。ミルクティー色の短髪に鳶色の瞳が良く映える。服装もまさに物語に出て来るような王子様といったかんじだ。ただしその白くて細い腕、華奢な体にあまり筋力は期待できそうになかった。
ああいけない、直ぐに人の戦闘力を見積もってしまう癖が……。
「ははは、すいません。うるさくして」
誰だか分かんないけど取りあえず場を収めるために謝る私。
「ってユノじゃないか、もうこっちは長い間待っているんだ。いい加減にしてくれないか」
私の顔を見た青年は途端に眉を顰める。もしかしなくても怒っているようだった。
いい加減?? 待つ???
何のことか分からず、私は首をかしげる。
「ええっと、どなたでしたっけ? 」
「は? 」
はいやってしまった。私は最大級の地雷を踏んだようだ。
「ユリウス様申し訳ありません!!! 何だか今日はユノ様に熱があるみたいで」
復活したルキが私と青年の間に割って入る。
そうか、この青年がユリウスさんか。いや悪気はないのだが、雪路としての記憶が復活した影響か、どうもユノとしての記憶がおぼろげになってしまったみたいだ。
「いや私熱なん「だから日を改めて頂けないでしょうか? 」
熱なんてないよ、と言おうとしたのだが、ルキに途中で遮られてしまった。
「なるほど、そういうことでしたか……。それでは日を改めてお伺いすることにしましょう。私にとってもあなたにとっても大事なことですからね」
大事なこと? 何だろう……タイマンする約束でもしていたのだろうか。私はこそっとルキに尋ねる。
「大事なことって、何でしたっけ? 」
「は? 」
はい、本日二回目の「は? 」頂きましたー。
般若の顔になったルキにがくがくと揺さぶられる。
「今日はユノ様とユリウス様が婚約の儀を取り交わす日でしょう? そんな大事なことも忘れてしまわれたのですか!? 」
「ここここここ婚約!? 」
「そうです! ロイマン家長男であるユリウス様と結ばれるなんて……ああなんてユノ様は幸運な女性なのでしょう」
じょーだんじゃない。結婚なんてしたら私は自由気ままに動けなくなるではないか!
ここはもうあれしかない、ユリウスにはなんとしてでも婚約を破棄して頂きたい。
というか、私が破棄しちゃダメなの? と、ふと思いついた考えはルキの次の言葉によって粉々に打ち砕かれた。
「この結婚が失敗すればルーンベルグ家とロイマン家の関係は悪化する一方です。ユノ様分かってますか? もしかしたら戦いに発展したっておかしくはないのですよ」
戦い!? おっと危ないうっかり良い笑顔をしてしまった。
とりあえず結婚しないと私の家族とユリウスの家族の仲が悪くなるということだろうか? ふむ、つまり前世でいうご近所トラブルというやつか。あれは確かに面倒だったな、玄関にゴミを捨てられたり家の壁に落書きされたり……。
やはりここはユリウスから破棄して貰うのが一番良さそうだ。
「そうでしたそうでした。申し訳ありません、熱で意識が朦朧としていまして……」
「今日はこれで失礼します。ゆっくり休んでくださいね」
出ていくユリウスの背中を見つめながら、私の粗末な脳みそは婚約破棄されるまでのシナリオを考え始めていた。
あ!
そして思い出した。これは乙女ゲームの世界であることを。
「主人公マリーにユリウスは惚れる……そうすると私は捨てられる!! 」
完璧な筋書きだ。学園にさえ入ってしまえばもう後はこっちのものである。
私は一人密かに笑みを浮かべた。