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陸軍地位向上委員会11 国軍砲兵斯ク戦エリ 南方作戦編

というわけで半年振りの陸軍地位向上委員会です。

神楽「お久しぶり!」

深海「前の投稿は8月だね…」

荻原「凄く間が空いてしまいましたね」

深海「一応、これを書いているのが12月19日なんだけど、投稿時には何時になっていることやら。それより荻原さん、日韓大戦の本編再登場おめでとう」

荻原「そちらこそ。第2部じゃ、まるまる放置なんて酷いですよ」

神楽「はいはい!それより国軍砲兵の戦歴、いよいよ始まるよ!」




―南方作戦と国軍砲兵―

深海「さて1941年12月8日、ハワイの真珠湾攻撃とともに太平洋戦争が始まった…」

荻原「歴史の授業でやりました!」

深海「…というのは真っ赤な嘘!」

荻原「えっ?」

神楽「実は陸軍のマレー半島への上陸の方が真珠湾攻撃より1時間ほど早い。まぁ相手はイギリスだから、対米戦の開戦ってのは真珠湾攻撃で良いのだけど」

深海「ちなみに、真珠湾は攻撃前に宣戦布告が通告されなかったのが問題視されるけど、マレー半島上陸でもイギリスに宣戦布告なんてしていないのよね。イギリスは別にリメンバーマラヤ!なんて言ったりしないけど」

神楽「そして陸軍はマレー上陸を皮切りに、英領マレー、シンガポール、香港、フィリピン、インドネシアと破竹の勢いで占領地を広げていく」

深海「真珠湾やマレー沖海戦の影に隠れがちだけどね。だけどマレー作戦は55日間で1100キロを進撃した、史上稀の見る大戦果だったんだ」

神楽「南方作戦の陸軍について、自転車による銀輪部隊や島田戦車隊の夜襲攻撃、空の神兵と称えられた空挺部隊などが有名だけど、砲兵もしっかりと活躍をしていた」

深海「マレー電撃戦のような機動戦では機械化の遅れた日本軍砲兵の活躍の場は少ないが、南方作戦では頑強な要塞を制圧する必要が何度かあった」

神楽「香港、シンガポール、そしてフィリピンのコレヒドール要塞。そうした攻城戦では砲兵隊が重要な役割を果たした」

深海「最初の戦場は香港だ。この戦いで日本軍は陸軍最強の砲兵部隊を投入した。それが第一砲兵隊だ。その戦力は大口径榴弾砲に大型カノン砲、それに旧式の臼砲を合わせて60門。それだけ重砲をかき集めたんだ」

神楽「これに香港攻略部隊の主力である第38師団は元の師団砲兵、さらに他の師団から配属された砲兵隊、合わせて69門の山砲を持っていた」

荻原「合計129門ですね」

深海「それに連隊砲や大隊砲などの歩兵砲が加わる。香港攻略部隊は1個師団と増援の1個歩兵連隊ほどだ。それに対する支援だと考えるとかなり重厚なものと言えるだろう」

神楽「独ソ戦後半のソ連軍だと厚いところでは戦線1km当たり150門ぐらいの密度だったらしいけどね」

荻原「圧倒的ですね」

深海「ソ連を持ち出すのは卑怯じゃね?」

神楽「まぁ数そのものではアメリカやソ連には敵わないのは事実だ。が、帝國陸軍も可能なら火力を前面に出して攻撃をするってことだよ」

深海「第一砲兵隊は緒戦、部隊が揃わないうちから戦闘に参加し、戦闘を通じて火力を発揮していた」

神楽「日本軍は水源を確保してイギリス軍への給水を断つことができたこともあって、イギリス軍が半年はもたせるつもりだった香港をわずか18日で攻略」

荻原「大勝利ですね」




―シンガポール攻略と国軍砲兵―

深海「続いて砲兵部隊の活躍の場はシンガポール攻略作戦だ。シンガポールはイギリスが東洋一と謳った大要塞だ」

神楽「対して日本軍は第25軍の3個師団、近衛師団、第5師団、第18師団をもって臨んだ。このうち近衛と第5師団は当時の日本陸軍に3つしかない機械化師団のうち2つだ」

深海「そして、それらの3個師団の師団砲兵と、配属された重砲兵の兵力がこれだ」

神楽「師団砲兵が102門。野戦重砲兵や重砲兵から成る独立砲兵が76門。合計178門」

深海「無論、それとは別に歩兵連隊には連隊砲、大隊砲、速射砲などが配備されていた筈だ」

神楽「これらの火砲がシンガポール要塞に向けて激しい砲撃を行っている。爆撃とあわせて、その様子は第一次世界大戦の激しい戦闘に例えられるほどに」

深海「シンガポールのイギリス軍は2週間ほどで降伏しているが、その原因も日本軍の重砲の威力に司令官夫人が驚いた結果とも言われている」

神楽「まぁ、弾薬を使い尽くしかけていて、これ以上戦闘が続いたらどうしましょうか?って状況だったらしいけどね」

荻原「そこらへんは日本軍ですね」

深海「この戦いでは九八式臼砲が始めて投入され、重砲が通り抜けられない密林の中で使われて効果を発揮したそうな」




―コレヒドール要塞攻略と国軍砲兵―

神楽「そして緒戦において最大の火力戦が繰り広げられたフィリピン」

深海「フィリピン戦というと、台南海軍航空隊が大戦果をあげた航空戦が有名だね」

神楽「陸軍はフィリピン占領の為に第14軍を派遣した。2個師団と1個旅団を中心とする部隊で、12月22日に主力部隊がルソン島へ上陸を開始する。そして翌年1月2日には首都マニラを占領した」

荻原「こちらも素早い進撃ですね」

深海「アメリカ軍はマニラを放棄してバターン半島、そしてコレヒドール要塞に立て篭もった。そこに篭って本土から救援を待つというのが在比米軍の戦略だったが、日本軍は単なる敗残兵だと思って放っておいた」

神楽「そうした甘い考えはすぐに叩き潰されることになる。バターン半島での抵抗をアメリカはさかんに宣伝するので、外交上の必要もあり日本軍はバターン半島とコレヒドール要塞の攻略を試みた」

深海「しかしアメリカ軍は果敢に戦い、攻め込んだ日本軍は大損害を負って作戦は失敗してしまう。これが第一次バターン戦の有様だ。敗残兵だと思って、二線級の第65旅団にろくな支援も与えず攻撃されたのが失敗の原因だ」

荻原「敵を舐めてかかっていたんですね」

神楽「そんな様では何時までたってもバターン半島を占領できないし、アメリカはますますプロパガンダを強める。さらに言えば中国やソ連との戦いに備えている陸軍にとってフィリピンにこれ以上、釘付けにされるというのは拙い事態だ」

深海「というわけで、陸軍はそれまで敵を舐めてかかっていたことを反省し、第14軍に増援部隊を送り込む。第四師団を中心に、航空隊の重爆部隊、そして重砲部隊だ」

神楽「重砲部隊は香港攻略の立役者第1砲兵隊が送り込まれた。その戦力は重砲96門!」

荻原「香港の時は60門でしたから、格段にパワーアップしていますね!」

深海「というか、実は香港の時とは配下の部隊ががらりと変わっているんだよ。香港と同じ陣容なのは司令部と重砲兵第1連隊、独立臼砲第2大隊くらい」

荻原「どうしてですか?」

神楽「当時の陸軍にとって重砲は貴重だったからね。1つの戦いが終わると、重砲部隊はバラバラになって、あちこちの戦場で使いまわしているのさ」

深海「涙ぐましい努力だろう?それらの重砲に加え師団砲兵の84門が加わって合計180門。それに陸海の航空隊の支援も加わる。おそらく、これが日本軍における史上最大規模の火力戦だろう」

神楽「そして1942年3月24日の航空隊の攻撃から始まり、地上部隊は4月3日より総攻撃を開始した。第二次バターン戦の始まりだ」

深海「砲兵は終始、絶大な火力を発揮し歩兵部隊の前進を支援した」

神楽「そして9日にはバターン半島の米軍司令官が降伏し、11日までに抵抗は終了した」

荻原「第一次戦の苦戦が嘘みたいですね」

深海「そして舞台はコレヒドール要塞に移る。バターン半島の先、マニラ湾の入り口に浮かぶコレヒドール島にあるアメリカの要塞だ」

神楽「砲兵隊は13日より対岸から要塞に砲撃を開始した。4月のうちに要塞砲をほぼ制圧した」

深海「そして5月5日には、いよいよコレヒドール島へ陸軍部隊が上陸を開始して、要塞への攻撃が始まった。作戦は見事に成功し、翌日には司令官が降伏する」

荻原「こちらも最後は呆気なく終わりましたね」

深海「日本陸軍も大砲と弾薬がある場所なら、しっかり火力を前面にしての戦闘をする。それが今回、言いたかったことだ」


神楽「余談だけど、第二次バターン戦には九七式戦車チハ改が初めて実戦に投入された戦いでもある」

深海「チハ改は短砲身57ミリ砲を初速の高い長砲身47ミリ砲に換装した新型で、対戦車戦闘能力を強化したものだ。防御力は変わらないが、攻撃力についてはアメリカ軍のM3軽戦車あたりに対抗できる能力は持っていた」

神楽「そのM3軽戦車に対抗する為に急遽、バターンに持ち込まれたわけだけど、結局のところ、M3と交戦する機会はなかったようだ。その後、アメリカ軍はより強力なM4中戦車を投入して圧倒されるわけだ」

深海「バターンでM3あたりに何かしら戦果を挙げていたら、陸軍戦車隊への評価も多少変わっていたのかねぇ?」

神楽「変わらないんじゃない」

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