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神楽先生と編制を学ぼう コラムその2

―数字への拘り―

神楽「前回、連隊は陸軍将兵の伝統と団結の基幹だと説明したね」

深海「陸軍将兵は自分の所属する原隊への帰属意識は強い。今回はそれを如実に示すエピソードを紹介するよ」

荻原「数字ですか。それって部隊番号のことですか?」

神楽「えぇ。第○師団とか、第○○連隊とか、陸軍部隊に数字は欠かせない」

深海「それ故に所属する将兵にとっては、単なる数字以上のものがある。部隊番号こそ部隊の伝統と団結を背負うものなんだ」

神楽「たとえば陸上自衛隊の第11戦車大隊は旧軍の戦車第11連隊の伝統を受け継いでいる」

深海「戦車第11連隊は太平洋戦争末期に千島列島の占守島に布陣し、侵攻してきたソ連軍部隊相手に奮戦した部隊で、“士魂”という言葉を部隊の愛称として使っていた」

神楽「第11戦車大隊はそれも受け継いで“士魂戦車大隊”を名乗っている。所属する自衛官にとってはそれを受け継ぐことは大変名誉なことなのでしょうね」

深海「今回はそうした“数字”と“兵士”の繋がりを示すいくつかの事例を紹介しようとおもう」



1.アメリカ陸軍第7騎兵連隊の例

神楽「第7騎兵連隊第1大隊はベトナム戦争では世界初のヘリコプター機動部隊である第1騎兵師団の所属部隊としてベトナム戦争に従軍し、イア・ドラン渓谷の戦いを戦っている。で、第1大隊は、実際にはヘリコプター機動作戦を実証するための実験部隊である第11空中突撃師団の第23歩兵連隊第2大隊として編制されたの。それがベトナム派遣にあわせて改編されたの」

深海「第1騎兵師団も、第7騎兵連隊も、アメリカ陸軍史にその名を残す伝統ある部隊だ。最初に師団の方が改名された」

神楽「第1騎兵師団は第二次世界大戦中には太平洋戦線を戦い、終戦後には日本の占領任務に参加。朝鮮戦争では韓国に派遣され、休戦後も韓国に駐留していた。それがベトナム戦争の頃になって一旦解隊されて、代わりに第11空中突撃師団が第1騎兵師団に改名された。そして師団の改名を聞いた師団第3旅団の指揮官が配下の部隊にも同じように伝統ある部隊の名を引き継がせようと考えたんだ」

荻原「それで第7騎兵連隊ですか。有名な部隊なんですか?」

深海「有名なのはリトルビッグホーンの戦いだね。カスター将軍率いる第7騎兵隊がインディアン連合軍に大敗した戦いだ」

神楽「負け戦であるが、アメリカ陸軍史においては重要な戦いだ。そして、歴史ある部隊である第7騎兵隊には多くの伝統がある。それが連隊歌“ゲイリー・オーウェン”だ」

深海「“ゲイリー・オーウェン”は連隊旗にも刻まれているし、隊内の掛け声にもなっている。そうした伝統を新生第7騎兵連隊第1大隊も引き継いだ」

神楽「こうして伝統の継承を兵士達は歓迎した。伝統の部隊の名を引き継ぐことで将兵の士気と団結が高まったんだ」



2.アメリカ陸軍第442歩兵連隊第100大隊の例

深海「第7騎兵連隊は過去の伝統ある部隊の名を引き継いだ例だけど、今度は逆に部隊の伝統を守るために改名を拒否した事例だ」

神楽「日系人部隊として知られる第442連隊戦闘団は配下の歩兵大隊の番号が、第100大隊、第2大隊、第3大隊と変則的になっていた」

荻原「変ですね」

深海「元々、第100歩兵大隊は連隊に属さない独立大隊だったんだ。後に編制された第442連隊戦闘団に先駆けて欧州戦線に派遣され、多大な戦果を収めた」

神楽「そして第442連隊戦闘団も第100歩兵大隊に続いて欧州に派遣された。この時、第442連隊はアメリカ本土に第1大隊を訓練部隊として残していた。つまり1個大隊を欠いていたんだ」

深海「本土に残った第1大隊は第171歩兵大隊に改名されている。そこで第100歩兵大隊を第442連隊の第1大隊として編入することになったんだ」

神楽「普通なら第100大隊は第442連隊第1大隊に改名することになるんだけれども…」

深海「これまでの第100大隊の勇戦に報いるために、特別に第100歩兵大隊という部隊番号を名乗り続けることが認められたんだ」

荻原「なるほど」

神楽「現在もハワイ州兵の部隊として第442歩兵連隊第100大隊は存続している。第100大隊の激戦の記憶を部隊番号の形で後世に継承しているのね」



3.韓国陸軍第15歩兵連隊の例

深海「これも第100歩兵大隊と似た例だね。韓国陸軍第15歩兵連隊は朝鮮戦争中、韓国陸軍第1師団の一員として戦った」

神楽「元々、韓国陸軍第1師団は第11、12、13歩兵連隊の3個連隊から編制されていた。しかし朝鮮戦争緒戦で大打撃を蒙ってしまったの」

深海「そこで増援部隊として派遣された第15歩兵連隊と特に損害が大きかった第13歩兵連隊を合併することになったんだ」

神楽「部隊番号は第13歩兵連隊になった。第1師団所属の連隊は本来、第13歩兵連隊だからね」

深海「納得いかないのは現場の将兵だった。連隊長をはじめ部隊の過半を超える将兵が元々第15歩兵連隊の兵士だったからな。第13歩兵連隊を名乗るには抵抗があった」

神楽「そこで連隊長は師団長に第15歩兵連隊への改名を直談判したの」

深海「師団長はそれによって戦力が発揮されるならと考え、提案を受け入れた。それから第15歩兵連隊として戦うことになる」

神楽「いつ死ぬかも分からない戦場で戦う将兵にとって、部隊番号はまさに“心の拠り所”だったのね」

荻原「たかが番号、されど番号なんですね」



4.仏陸軍の例

深海「こうした例を見れば、軍人達がどうして軍縮に反対するか、その心情が理解できると思う」

神楽「勿論、実際的な戦力、抑止力、影響力、さらには高級将校のポストといった実害への危機感というのもあるのでしょうけど、部隊番号が消失することへの抵抗という要素も決して無視できない筈」

深海「1つの部隊が消えるということは、1つの伝統と歴史が消失することになるからね」

荻原「アメリカ陸軍の独特な部隊命名法もそれを守るのが目的ですからね」

神楽「そう。そういう風に部隊の歴史と伝統を少しでも後世に残していこうと各国軍とも様々な努力をしている。特に冷戦終結以後、大規模な軍縮が進められようになったから尚更だ」

深海「たとえばフランス陸軍部隊の戦車部隊がその例として挙げられるだろう。フランス陸軍では冷戦終結後、多くの戦車部隊が統合された」

神楽「普通、2つの部隊が1つに合併されたら、どちらかの名前を継承するのが普通よね?たとえば第1連隊と第8連隊が合併したら、第1か第8のどちらかを名乗るもの」

深海「ところがフランス陸軍は両方の名を継承することにした。第6=第12胸甲騎兵連隊とか、第501=第503戦車連隊のようにね」

神楽「前者は第6胸甲騎兵連隊と第12胸甲騎兵連隊が、後者は第501戦車連隊と第503戦車連隊が合併した部隊ね」

荻原「くっつけちゃったんですか」

深海「そういうことだ」

神楽「すごいでしょう?」




―三単位か四単位か、それとも二単位か―

深海「それでは実践的な話に入ろう」

荻原「単位ってなんの数ですか?」

神楽「ある部隊が配下に持つ下級部隊の数のことね。例えば歩兵師団があって、その下にある歩兵連隊の数が4つであれば四単位師団、3つであれば三単位師団となるね。大抵の場合は三単位か四単位が普通」

深海「ちなみに自衛隊ではその昔、四単位師団を甲師団、三単位師団を乙師団と呼んでいた」

荻原「前に紹介されていたペントミック師団だと五単位になるんですよね?」

神楽「そうね。だけど、指揮する部隊の数が増えると指揮官の負担が大きくなる。ペントミックもそれで失敗したからね。だから普通は四単位くらいが上限になる」

深海「一方、部隊の数が減れば柔軟性が失われる。複雑な作戦を行うには手駒が多いほうがいい」

荻原「それで三単位か四単位に収斂していくわけですね」

神楽「それではある師団における連隊の数を具体例として、三単位と四単位の長所、短所を見ていきましょう」



1、同じ兵力の連隊で、三単位か四単位か

深海「まずは連隊の兵力を同じとした場合を考えてみよう。この場合、四単位師団の方が三単位師団に比べて連隊一個分だけ師団の兵力が多くなることになる」

神楽「つまり、その分だけ師団の戦力が単純に大きいということね。それにその分だけ損害にも強い」

荻原「どういうことですか?」

深海「例えば兵力2万人の師団と1万人の師団があったとしよう。それで戦闘で5000人の兵力が失われたとしたら?」

神楽「2万人の師団なら失われた兵力は全体の4分の1。25%ね。軽微とは言えないけど、決して埋められない損害ではないでしょう」

深海「一方、1万人の師団なら兵力が半減したことになる。同じ損害でも影響が違うんだ」

荻原「なるほど」

神楽「そして一番重要なのは柔軟性。戦闘を行う場合、いきなり全戦力を投入するということはそうそうない。大抵の場合、決定的なときに備えて予備兵力を確保して、残りの部隊を前線に配備する」

荻原「決定的な時とは?」

深海「例えば敵の攻撃を受けて味方の部隊が突破されそうになった時、そこへ予備部隊を増援に送り込んだ戦線を支えたりする。逆に敵の戦線が崩れそうな予兆が見えてきたら、そこに増援部隊を送り込んで決定打にするとか」

神楽「三単位師団なら2個連隊を前線に配置して、1個連隊を予備にするのが普通ね」

深海「さて、敵を攻撃するにしても正面から攻めるだけが能じゃない。前線の部隊で敵を引き止めつつ、別働隊を派遣して前線を迂回し、敵の後方にまわりこんで補給線を遮断したり、敵の側面から攻撃したり、といった搦め手を使うこともあるだろう」

神楽「三単位師団なら、そういう時には予備の連隊を使うことになるでしょう。でも、そうなると前線の部隊が敗れそうになった時に増援として送る部隊が無くなっちゃう」

深海「その点、四単位師団であれば前線に2個連隊を配置し、1個連隊を迂回攻撃に使ったとしても、さらに予備として1個連隊が手元に残る」

荻原「なるほど。なんか聞いていると三単位って利点が無いみたいに聞こえるんですが…」

神楽「勿論、そんなことはない三単位師団にも利点はあるよ」

深海「まず師団を構成する人数が少ないわけだから、その分だけ集結や展開が素早く出来る。移動に必要なトラックなども少なくてすむ。人数が少ない方が部隊としての機動力が高いんだ」

神楽「身軽なほうがフットワークが軽いってわけね。そして利点はもう1つ。陸軍全体の総兵力を同じとした場合、一個師団あたりの兵力が少ない方が、より多くの師団を編制できる」

深海「日中戦争後に陸軍が四単位師団を三単位師団に改編して、余剰連隊をもって新たな師団を編制したのがその良い例だね。日本陸軍は兵力の増強を最小限にして師団を増やすことができたんだ」

神楽「三単位師団にすることで師団レベルでの柔軟性は低くなる。でも、その代わりに戦略レベルの柔軟性が増える。なにしろ陸軍上層部が動かせる手駒が増えるわけだから」

荻原「手駒が増えれば柔軟性が高まる、ですね」



2、同じ兵力の師団で、三単位か四単位か

深海「それでは師団の兵力が同じな場合に、三単位と四単位でどのような違いがでるか考えてみよう」

荻原「つまり同じ人数の兵力を3つに分けるか、4つに分けるかということですね」

神楽「四単位の利点はさっきと同じね。作戦運用の柔軟性の向上。でもさっきと違って損害に対する耐性は変わらない」

深海「三単位だろうと四単位だろうと、師団の兵力は変わらないという想定だしね。逆に言えば連隊単位では三単位師団の方が兵力が多い」

荻原「つまり三単位師団の連隊の方が戦力が高く、損害に対する耐性に強いと」

神楽「そういうことになるわね」

深海「どちらを選ぶにしろ一長一短だな。だから各国の戦略、戦術、戦闘教義(ドクトリン)にあわせて、あった編制を選ぶんだ」



3.二単位という選択。アメリカ陸軍旅団戦闘団の事例

神楽「さて、大抵の陸軍は三単位か四単位と言ったけど、勿論、例外がある」

深海「具体的な例を出すと、アメリカ陸軍において師団にかわって戦闘の基本単位になりつつある旅団戦闘団がその例だろうね」

神楽「従来のアメリカ軍では師団の下に3つの旅団と1つの航空旅団があって、旅団には3個の歩兵大隊ないし戦車大隊が配置されるのが普通だった」

深海「それが新しく編制された歩兵旅団戦闘団ないし重旅団戦闘団の場合は、基幹となる大隊の数は2個だけだ」

 注、ストライカー旅団戦闘団は三単位編制です

神楽「他にも偵察部隊である騎兵大隊、砲兵大隊、後方支援部隊なども配置されているが、戦闘の主役となる部隊は2個大隊だけ」

荻原「つまり二単位編制ということですか?」

深海「そうなるね」

神楽「二単位編制の場合、三単位編制の長短をさらに強くすることになるね。つまり旅団の戦力、損害に対する耐性は四単位や三単位の編制に比べて落ちるし、また柔軟性も落ちる。二単位じゃ予備部隊の確保もなかなかむずかしくなる」

深海「一個大隊を前線に、一個大隊を予備にするって使い方もあるが、戦力の半分が予備にしちゃうのは流石にバランスが悪いね。予備の比率が高まるほど、その分だけ前線が弱くなっちゃうわけだし」

神楽「いくつかの中隊を大隊から分離して司令部直轄にするって方法もあるけど、それもまた面倒くさいことだ」

荻原「でも、アメリカ軍が二単位を採用したってことは、それなりに意味があるってことですよね」

深海「そうだね。当然ながら利点もある。まず部隊の機動力が上がることだね。そして旅団あたりの兵力を減らすことで、総兵力が同じなら三単位の場合より多くの旅団を編制できる」

荻原「つまり軍全体では柔軟性が上がるってことですよね」

神楽「その通り。アメリカ軍がそういう編制を採用した背景には、冷戦後の戦略状況の変化がある」

深海「冷戦中はヨーロッパやアジアでソ連正規軍の攻撃を撃退するのがアメリカ陸軍の任務だった。当然ながら陸軍師団はソ連陸軍に対抗できるように重厚な編制となった」

神楽「しかし、冷戦が終わって状況が変化した。敵はソ連から世界各地のテロリストや武装集団、ならず者国家に変わった。新たな敵にはソ連軍のような強力な機甲部隊はないけれど、世界各地の広い範囲に存在し、様々な搦め手を使いアメリカを悩ます」

深海「そうした敵に対抗するには素早く臨機応変に戦力を動かして対抗する必要がある。重厚さよりも機動力が重要になり、同時多発的に発生する危機にも柔軟に対応できるように多くの手駒が必要だ」

荻原「それで旅団戦闘団ですか」

神楽「そう。正規軍同士、機甲部隊同士の激突する大規模な会戦が発生する確率が劇的に下がり、テロのような新たな危機が台頭したからこそ、アメリカ軍は思い切った編制を採用するに至ったわけ」

深海「さらにいえば圧倒的な空海軍とハイテク兵器システムに裏打ちされた自信があってこそ、正規戦での不利を承知で二単位を採用できたんだろうな」

加筆修正

・登場兵器紹介 艦艇編その3、その4を加筆修正


【2013/6/19】

 内容を一部改訂。

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