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陸軍地位向上委員会5 奇襲の可能性

レーダーの水平線限界って実はあまり知られていないのでしょうか?って思うときがあります

深海「さて、陸軍地位向上委員会も今回で5回目。前回に引き続き奇襲攻撃について考えよう」

神楽「“自衛隊は奇襲を受けた場合、対応は後手にまわる。故に不利である”というのが前回の話だけど、こう書くとこういう反論がくると思うの」

深海「“自衛隊もアメリカも常に周辺諸国を監視している。衛星技術が発達している現代ならば、必ず攻撃の兆候を掴める。奇襲はありえない”」

神楽「もしくは“戦争が勃発すると言うことは、両国の関係が極度に悪化している筈。そんな状況で自衛隊が警戒を強めていない筈がない。奇襲はありえない”」

荻原「どっちも間違っていないと思いますけど」

深海「だけど話はそんな簡単じゃないんだ」




1.“兆候を掴む=奇襲失敗”ではない

深海「まず1つ。確かに周辺国が日本への侵攻を企てたとしたら、その兆候を捉えることは決して難しくないだろう。大規模な遠征軍を組織するのを隠しとおすのは難しい」

荻原「では奇襲は難しいのですか?」

神楽「いや。実は敵の攻撃の兆候を掴んでいながら奇襲を許した事例は多々あるのだよ」

深海「湾岸戦争が好例かな。この時、アメリカはイラクの攻撃準備を衛星で捉えていたが、湾岸諸国もアメリカ自身も“まさか本当に攻めてくるわけがない”と思って見過ごした」

神楽「兆候を掴んでも、それがどういう結果に至るのか正しく導けるとは限らないというわけ」

深海「諜報活動でよほどの成果をあげられない限り、兆候を掴んでも内容は精々“○○国軍の軍事活動が活発になっている”くらいのものだ。具体的になにを企んでいるかは推定するしかない」

荻原「それで前回の“攻撃側の有利”に繋がるわけですね」

神楽「その通り。兆候があったとしても、それが必ずしも攻撃の前兆とは限らない。それに攻撃の前兆と判断できたとしても、何時、どこに、どのくらいの規模の攻撃が加えられるか分からなければ戦力を適切に集中することは難しい」

荻原「だから兆候を掴めたとしても安心できないということですね」




2.衛星の限界

深海「それに偵察衛星に過大な期待を抱いている人が多いと思う」

荻原「映画とかだと、よく衛星を通じてリアルタイムで目標を追跡!とかありますよね」

神楽「そういうのは大変難しい。まず基礎知識として偵察衛星ってのは宇宙の軌道上を常にまわっているということを押さえて欲しい。偵察ができるのは、目標上空を通りかかったときだけで、すぐに通り過ぎてしまう」

深海「一箇所を常時見張ることさえできない。移動する部隊をリアルタイムで追跡なんてのも無理だ」

荻原「でも静止衛星とかありますよね」

神楽「あれは高度36000kmという地球から相当離れた軌道を飛んでいるの。その高度まで上がらないと静止はできない」

深海「厳密に言えば地球の自転と同じ速さで移動しているんだけどね。ちなみに偵察衛星が飛ぶ軌道は主に高度1000km以下の低軌道だ」

荻原「なんで低軌道を飛ばすんですか?」

深海「簡単なことだよ。何かを見る時は、遠くからよりも近くからの方がよく見えるだろ?」

神楽「そして衛星にはもう1つ弱点がある。遮るもののない宇宙空間で一定の速度、軌道をまわっているのだから、その動きは読みやすい」

深海「偵察衛星にできるのは上から覗き込むだけだからね。誤魔化すのは決して難しくない」

神楽「それにGoogle Mapなんかを使えば分かると思うけど、船とか建物とかを識別するには十分に拡大をしなくてはならないでしょ?」

深海「そして拡大すればするほど視野は狭くなり、1度に狭い範囲しか調べることができない」

荻原「広い範囲を捜索しようとすると大変な苦労が必要ですね。そういった弱点を克服する手段はないんですか?」

深海「あるよ。とにかく数を投入することだ。衛星が監視目標を飛び越したら、矢継ぎ早に次の衛星を送り込む。こうすればリアルタイムは無理でも、それに近い監視をすることができるし、移動する目標を捉えられる可能性も高まる」

神楽「衛星以外の監視、偵察手段を使って補う手もある。無線傍受や航空機による偵察とかね」

深海「だけど、そうした情報収集手段を一箇所に集中するには重大な決断が必要だろう。1つに集めれば他所の監視網が薄くなるし、人工衛星は軌道変更を頻繁に行なえば寿命が短くなる」

荻原「かくして前回の“攻撃側の有利”に繋がるわけですか」

深海「その通り。そして人工衛星による偵察と言うのは決して万能ではない。それを知っておいて欲しい」




3.レーダーの限界

深海「そして太平洋戦争はレーダーで負けたって戦訓の為か、レーダーに対しても過剰な期待があるような気もする」

神楽「衛星と同じようにレーダーも決して万能ではないのだけど」


・地平線、水平線による限界

深海「レーダーは電波を発して、その反射を捉えて目標を探る器具だ。そして電波は直進する」

神楽「ここから導かれる問題は?」

荻原「えぇと。電波が届かないところには意味がないってことですか?」

深海「まぁそうだね。問題は電波はどこまで届くかだ」

神楽「直進しかしないわけだから障害物の後ろは探知できない。山とか、建物とか、地平線とか」

荻原「地平線ですか?」

深海「当然ながら地球は丸い。平らに見える地面の湾曲していて、ある一定の距離より遠くは地球そのものの丸みに隠れてしまって見ることはできない。電波もそれと同じだ」

荻原「つまりレーダーの探知範囲は地平線より内側に限定されるってことですか?」

神楽「もしくは水平線もね。地平線の範囲は高度によって変わる。高いところのほうが遠くまで見渡せる。わざわざ大型機に大型レーダーを積んで早期警戒機に仕立てるのはこれが理由」

深海「空中のレーダーから空中の目標を探す場合は相当遠くまで探知できる。だけど地上や海上から、やはり地上か海上の目標を探すとなると精々30キロ程度が限界だ。それは強力なレーダーを載せたイージス艦でも同じ」

荻原「つまり船や地上のレーダーは監視距離に大きな制限があるということですか?」

深海「そのとおりだ。日本の周辺海域の広さを考えれば、心細いものだよ」

神楽「航空機は制約が比較的少ないが、それでも限度はある。それに艦船や地上のレーダーに比べると稼動できる時間が短い。燃料が無くなったら飛行場に戻らないといけないからね」


・逆探の危険性

深海「かつてある海軍士官はレーダーを“闇夜の提灯”に例えた。敵を探すつもりで使うことにより、逆に敵に発見されてしまう。その危険性を指摘したものだ」

神楽「この発言はよく批判に晒される」

荻原「なぜですか?」

深海「旧日本軍は第二次世界大戦においてレーダー技術で連合軍に大きく劣り、敗戦の大きな原因となった。で、遅れた原因の一つとしてあげられるのが件の発言だ」

神楽「“闇夜に提灯”発言は日本軍のレーダーに対する無理解の象徴として扱われて、発言者は無能呼ばわりされる」

深海「だけど“闇夜に提灯”論はレーダーを使う上で決して無視できない問題なんだ」

神楽「ESM(逆探知装置)は相手の発した電波を捉えるだけだけど、レーダーは自ら発した電波が反射してくるのを捉えなくてはならないからね。アンテナの感度が同じなら単純計算でESMはレーダーより探知距離が2倍になる」

荻原「位置が知られてしまいますね」

深海「それだけじゃない。レーダーは使用用途や種類によって放射する電波が異なるから、それを調べることで、こちらがどんな兵器を投入しているか、編成や陣形はどうなっているかといったことまで分かってしまう危険性がある」

神楽「だから、どこの国でも相手国のレーダー電波を常に調べようとしている。わざと領空に侵入して挑発したりしてレーダーを使わせるの。電波のパターンが分かれば妨害も容易になるからね」

深海「それにレーダーの発する電波はそれ自体が敵の攻撃を誘導してしまうこともある。対レーダーミサイルという兵器があってね。それはレーダー波を逆に辿ってレーダーを攻撃することができるんだ」

荻原「レーダーを使うにも、いろいろと危険が伴なうんですね」


・レーダーで分かるのは“そこになにかがある”だけだ

深海「そして一番肝心なのは、レーダーで分かるのは“そこになにかがある”ということだけ、ということだ」

神楽「なにぶん電波を発して、その反射を捉えるだけの機械だからね。相手の所属や目的なんて、レーダーを見ただけじゃわからない」

深海「太平洋戦争の始まりである真珠湾攻撃においても、レーダーが日本の攻撃隊を捉えていたが友軍部隊と誤認した結果に奇襲が成功したんだ」

荻原「敵味方も区別できないんですか?」

神楽「敵味方識別装置、通称IFFというものも導入されたけど、それでも可能なのは敵味方の識別じゃなくて味方とそれ以外の識別までだから」

荻原「味方以外は敵じゃないんですか?」

深海「そりゃ第二次世界大戦みたいに世界が二つに分かれて大戦争をして、それで“味方じゃない大編隊を発見した”とかいった状況なら間違いなく敵だろうけど、自衛隊が直面するであろう戦争はもっと複雑だ」

神楽「例えば沖縄のあたりで日本が中国と開戦したとしましょう。アメリカは日本の同盟国として参戦するかもしれないけど、韓国やロシアは中立の立場を守るでしょうね」

深海「それに日本の周辺は国際海域だ。毎日、多くの国の船が航行している。そういった第三国の艦船や航空機が戦闘区域近辺にも多く存在している可能性が高い」

神楽「さてIFFでは“味方とそれ以外”しか区別できません。敵と中立の第三者をどうやって見分けましょう?」

荻原「難しいですね」


荻原「レーダーって便利に見えて、いろいろと欠点があるんですね」

神楽「まぁ世の中には完璧、万能というものはないからね。そこで複数の手段を講じて短所を互い補うようにする必要があるね」




4.狼少年のジレンマ

深海「最後に“戦争が勃発すると言うことは、両国の関係が極度に悪化している筈。そんな状況で自衛隊が警戒を強めていない筈がない。奇襲はありえない”について考えてみよう」

荻原「これは間違っていないように思うんですけど」

深海「だけど作者は“両国の関係が極度に悪化している”時ほど逆に奇襲を受ける可能性が高まると考えている」

荻原「それはなぜですか?」

神楽「それでは考えてみましょう。例えば特に外交関係が悪化したわけでもないのに相手国が日本国への侵攻を決意して準備をはじめましょう。その活動は凄く目立つはず」

深海「なにぶん平和な筈なのに戦争の準備をしているんだ。日本側も注目する筈だ」

荻原「確かに目立ちそうです」

深海「逆に外交関係が悪化した場合、相手国はなにをするだろうか?外交で譲歩を勝ち取るために軍部隊を動員して国境付近で挑発行為を繰り返したりすることが考えられる。実際に侵攻をするつもりがなくてもだ」

神楽「つまり外交関係が悪化している時の方が、普通は相手国軍が活発に動くわけ。その状態で侵攻の準備をはじめても、逆に他の軍事活動に紛れて実態がわかり難くなるはず」

荻原「つまり関係が悪化した方が攻撃の兆候を掴み難いということですか?」

深海「その通り。前にも言ったけど、戦記やウォーゲームだと外交関係が悪化すると確実に開戦するけど、現実には開戦するとこまでいく方がむしろ少ないんだ」

神楽「そして、その一方で国境線に恒常的に相手国の軍部隊が現れるようになる。それが日常になってしまう」

深海「そうなると人間はこう考えてしまうものだ。“また敵部隊が来たって?どうせこけおどしだ。本当に攻めてくるわけがない”ってね」

荻原「狼少年みたいな話ですね」

深海「その通り。実際に対峙する2つの国家の外交関係が悪化し一瞬触発の状態に成っているにも関わらず狼少年状態になって奇襲を許した事例はあるんだ」

神楽「有名なところだと朝鮮戦争や第4次中東戦争があげられるかしら」

荻原「有事に備えるって難しいんですね」

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