陸軍地位向上委員会4 攻撃側の有利
神楽「さて。前回に引き続き今回も陸上自衛隊の意義について考察をするよ」
深海「前回、奇襲攻撃について言及したが、今回はその点について追究してみよう」
荻原「はい。よろしくお願いします」
1.自衛隊の対応は常に後手にまわる
神楽「こんな副題をつけると、憲法9条であるとか、有事法制がどうとかという話だと勘違いする者がいると思うが、残念ながらそんな話ではないのだよ」
深海「厳密に言えば関係ないとは言えないけど。憲法9条で交戦権を放棄している我が国は専守防衛を掲げている。つまり相手が攻撃してきた時だけ反撃する。故に先制攻撃はできない」
荻原「それじゃあ憲法9条の問題じゃないんですか?」
神楽「第4次中東戦争のイスラエルの例もある。別に専守防衛を掲げていなくても、攻撃を受ける時には受けるものさ。だから憲法9条に由来する問題とは言えない」
荻原「結局、どういうことなんですか?」
深海「つまり自衛隊が実戦を戦う場合は、敵が攻撃をしてきてそれに対処するという形になる。主導権というのは先手を仕掛けてきた方が持つものだ。その点、自衛隊は不利だ」
荻原「分かるような分からないような。主導権が相手にあるというのはどういう状況なんでしょうか?」
神楽「筆者は次の4つが敵側にあることであると考える」
1.攻撃目標・目的設定の自由
2.攻撃場所選択の自由
3.攻撃時間選択の自由
4.最終決断の自由
深海「1つ1つ考えてみよう」
2.攻撃目標・目的設定の自由
深海「侵攻作戦を行なう目的はその時によって様々だ。そして目的によって攻撃の手段、規模も変わる」
神楽「例えば日本を自国に併合しようと考えるなら、自衛隊を撃滅して日本全土を占領するに十分な大兵力を送り込む必要があるでしょうね。だけど例えばどこぞの国が韓国なり台湾なりを攻撃しようとして、その時にアメリカ軍の介入を阻止したいと考えたとする。その場合なら少数の特殊部隊による攻撃で日本の米軍基地を麻痺させようとするんじゃないかな?」
深海「しかも少数の特殊部隊の攻撃はそれ自体が目的とは限らない。もしかしたら相手国は本格的な上陸作戦を計画していて、特殊部隊の攻撃はそれを容易にするための陽動かもしれない」
神楽「もしくは日韓大戦のように日本の領土を一部占拠して、そこからの撤退と引き換えに外交で譲歩を得ようとするかもしれない」
荻原「なるほど」
深海「そして日本側の勝利条件は相手に目的によって変化する。相手の目的が日本の占領であれば最終的に相手の軍隊を追払えば任務達成だ。だけど陽動や牽制が目的なら、最終的に敵軍を殲滅したとしても、それまでの間に自分達の目的を達成することもありうる」
神楽「自衛隊は相手の目的を早期に特定して適切な行動をとらなくてはならない」
荻原「どんな風にですか?」
深海「例えば日本に少数の特殊部隊が潜入したとしよう。特殊部隊による工作活動が敵の目的であるならば、出来る限り戦力を集中して早期に対処しなくてはならない。でも、特殊部隊はあくまで囮で本格的な上陸部隊が控えているとすれば、そちらへの対処のために兵力を割り当てる必要がある」
荻原「難しい判断をしなくてはならないわけですね」
深海「その通り。しかも判断が遅れれば、それだけ相手は自分の計画をうまく進めることが出来る。日本が判断を間違えても然りだ」
3.攻撃場所選択の自由
深海「さて荻原君。ここで問題だ。兵力5の敵が攻めこんできた。我が方の戦力は10.勝つのはどっち?」
荻原「そりゃ、こちら側が勝つんじゃないんですか?兵力は2倍なんですから」
神楽「普通に考えればそうでしょうね。じゃあ、ここで1つ条件を加えるよ」
深海「敵が攻めてくる可能性のある場所は10箇所。どこに攻めてくるか分からない」
荻原「えぇ。全部守ろうとすると1箇所あたりの兵力は1になりますね。そうなると敵は5だから」
神楽「勝利はおぼつかない」
深海「これが攻撃場所選択の自由が敵方にあるということさ。敵側は自分達が決めたポイントに戦力を集中させることができるが、日本側はよほど事前情報に恵まれない限り敵の上陸地点を特定できず戦力を分散せざるをえない」
神楽「勿論、韓国軍が仙台に上陸!なんて事態はあまり考えられないから、まったく絞り込めないわけじゃないけど。でも、これが相手が本格的な上陸作戦を仕掛けてきた場合の話」
深海「特殊部隊による攻撃ならば輸送すべき兵力、物資は最小限で済むし、偽装も簡単だからね。日本全土が攻撃範囲に含まれることになるだろうさ」
荻原「大変ですね」
4.攻撃時間選択の自由
深海「そして攻撃側の最後の利点は攻撃時間選択の自由だ」
神楽「攻撃側は攻撃時間を決定すれば訓練や整備、休養をそれにあわせて計画的に行なうことができる。故に実際に動員可能な兵力を最大限に高めることができる」
深海「だけど防衛側は相手が何時攻撃してくるか知る術がない」
神楽「諜報活動の成果として敵の侵攻計画の兆候を掴み警戒態勢をとれたとしても、それを敵の攻撃が始まるか、安全が確認されるまで継続しなくちゃならないの」
深海「何時来るのか分からない攻撃を警戒して連日24時間警戒を続けるのはキツイ」
荻原「それは大変ですね」
神楽「おまけに警戒が続けていれば訓練が行き届かなくなって練度が下がるし、緊張も永遠に続けられない。いずれ緊張の意図が途切れて機が抜ける瞬間ができる」
深海「朝鮮戦争や第4次中東戦争はまさにその瞬間を狙われて奇襲が成功した事例だ」
神楽「しかも敵の攻撃を受けた時、対応できるのは一部の部隊にならざるをえない」
荻原「それはなぜですか?」
深海「兵士は人間だからね。食事や睡眠が必要だし、訓練や平時の業務を遂行する必要もある。だから交代制を敷いて対応するんだ。常に警戒態勢にあるのは部隊の一部だけで、残りは休養や整備、訓練に励む。それを交代でするんだ」
神楽「海上自衛隊には4つの護衛隊群があるけど、それもローテーションをするためよ。だから4つの護衛隊群のうち常時戦闘可能なのは1つか2つだけ」
荻原「それに対して相手側はほぼ全力をぶつけることができる」
深海「その通り。だから自衛隊は不利なんだ」
5.最終決断の自由
深海「そして最後は“最終決断の自由”だ」
荻原「それはどういう意味ですか?」
神楽「簡単な話。開戦するか否かの決定権は相手側にあるという意味」
深海「戦記ものの小説やウォーゲームでは当然ながら進行上必ず開戦するから、この問題はどうしても忘れられがちだけどさ。実際の場合は何かしらの兆候があったとしても必ず開戦するわけじゃないんだ」
神楽「むしろ開戦しないケースの方が多いかもしれない」
深海「当然、相手側は攻め込む立場なんだから決断を下せば後は突っ走るだけだが、日本側は本当に来るかどうか分からないものに対応しなくちゃならない」
神楽「例えば自衛隊員に外出禁止・休暇取消令を出して駐屯地、基地に待機させるくらいなら比較的簡単にできるけど、攻撃に備えてし私有地を接収して陣地を造ったり避難警報を出したりといった思い切った行動はなかなかできないよね」
深海「それで敵が攻めてこなかったら間違いなく内閣総辞職モノだからね」
神楽「それに人間はどうしても自分の都合の良いように考えちゃうもの」
深海「“まさか本当に攻めてくるわけがない”“ただのこけおどしだ”」
荻原「そんなところに敵が攻めてきたら大変ですね」
深海「そして、そんな事例は歴史上に多々あるんだ」
6.まとめ
神楽「というわけで簡単にまとめるとこうなるかな?」
深海「敵は攻撃目標、時期を自由に決めて戦力を集中することができる。対して日本はあらゆる事態に対応する為に十分な準備をして迎え撃つことが難しい」
荻原「大変な問題ですね」
神楽「その通り。それに確実に対応する為の手段は1つしかない」
深海「後手にまわっても盛り返せるだけの兵力を日本全土の各地に厚く配分する。これだけだ」
荻原「よく分かりました」
深海「それじゃあ、次回は奇襲攻撃について考えてみよう」