陸軍地位向上委員会3 それでも敵は上陸する
陸上自衛隊の意義に迫る第二弾
深海「さて。陸軍地位向上委員会の第3段。今回も前回に引き続き陸上自衛隊の存在意義を考えてみよう」
神楽「今回は“敵上陸部隊第1派の阻止は困難であり、その対処のために陸上戦力が必要である”を考察するよ」
荻原「第1派は防げないとは、どういう意味ですか?」
神楽「最初に日本へと上陸してくる連中を防ぐことは難しいということさ」
深海「増援や補給を阻止できる可能性は十分にあるが、第1派阻止はかなり難しいだろうさ」
神楽「具体的に迫ってみよう」
1.制空権は本当に奪われないの?
深海「まず、この手の話だと“空海自衛隊相手に周辺国が制海権を獲得できるわけがない。故に周辺国陸軍が日本に上陸できるわけがない”という主張がされがちだ」
神楽「あと“陸上自衛隊が敵と戦う時には海空自衛隊が壊滅という絶望的な状態だから陸自なんて無意味”とか」
荻原「間違っていると?」
神楽「端的に言えばそうなる」
深海「要はいかにして陸軍部隊を敵地に送り込むかだ。制海権、制空権の確保はその一手段に過ぎない」
神楽「まぁ制空権、制海権という概念自体が近年は無意味なものになりつつあるけどね」
深海「近年の戦場においては絶対的制空権、制海権の確保というのは難しい。特に航空機は空に留まることができず必ず数時間後には基地に戻らなくてはならない。また軍用航空機の数量そのものも縮小傾向にあり、戦場に常時航空機を飛ばすのは難しい。現在では空中の戦いにおける優劣は流動的だ」
神楽「だから最近は制空権に代わって航空優勢という言葉が使われるの」
荻原「なるほど」
深海「まぁアメリカ並に圧倒的な空軍力があれば話は別だけど、自衛隊と周辺諸国にそれほどの格差はない。逆に言えば周辺諸国にも航空自衛隊を圧倒できる能力は無いけどね」
神楽「そしてもう1つ考慮にいれなくてはならないことがある。それじゃあ問題。敵の戦闘機部隊を撃破するのにもっとも効率的な方法は?」
荻原「うーん。戦闘機を撃墜すること?」
深海「正解は飛び立つ前に破壊することだ。第三次中東戦争の時にはアラブ連合空軍部隊は開戦と同時にほぼ全滅している。だけど別にイスラエル空軍に撃墜されたわけじゃない」
神楽「イスラエル空軍は奇襲攻撃をしかけて敵機が飛び立つ前に空爆で破壊してしまったの。地上にあれば、どんな戦闘機も無力だからね」
深海「それに前にも言ったように空軍部隊は航空基地に対する依存度が高い。戦闘機が飛び立つことができても、基地を破壊されてしまえば行動は大きく制限されることになる」
荻原「つまり敵の基地を攻撃するのが手っ取り早いと?」
深海「そういうことだ。そして自衛隊にはその能力が無い」
荻原「それは憲法9条があるからですか?」
深海「うーん。そういう面もあるけど、ただ決定的な要素じゃないね。かつて1956年に当時の鳩山一郎首相が答弁したように憲法9条下でも敵の基地を攻撃することを合法とする見解もあるしね」
神楽「問題はそもそも自衛隊にその能力がないこと。航空自衛隊は防空と洋上阻止攻撃に特化した組織だから。敵の防空網を突破して、敵基地を攻撃する能力はないの」
深海「だから、その点においても自衛隊が空海の戦いで決定的な勝利を得ることは難しいわけだ」
神楽「そして海軍は航空優勢の下でなければまともに活動することはできない」
荻原「つまりどういうことでしょうか?」
深海「簡単にまとめるとこうなる」
・航空自衛隊には敵の基地を攻撃する能力がない
・航空自衛隊には制空権を確保できるだけの圧倒的なアドバンテージは周辺国に対して持っていない
・それ故に現在の空中の戦いは流動的である、絶対的な制空権の確保は難しい
神楽「おそらく、今の日本とどこかの国が戦争になった場合、空の戦いでは時には日本が有利になったり、時には相手国に有利になったりと変化を繰り返して、陸海は敵空軍の隙を突いて行動するような感じになるのだと思う」
深海「だから“空海自衛隊相手に周辺国が制海権を獲得できるわけがない。故に周辺国陸軍が日本に上陸できるわけじゃない”というのは成り立たないわけだ」
神楽「それに“陸上自衛隊が敵と戦う時には海空自衛隊が壊滅という絶望的な状態だから陸自なんて無意味”というのも否定できる。敵は上陸するのに航空自衛隊や海上自衛隊を壊滅させる必要は無いんだ」
深海「沖縄に上陸するのに北海道の航空自衛隊を攻撃する必要は無いからね。緒戦で戦場周辺の航空優先が敵に奪われたとしても、航空自衛隊には多くの戦力が残っている。残った戦力を集めて反撃を試みる。海上自衛隊も陸上自衛隊もそれに呼応して攻撃を行なうだろうさ」
荻原「では、日本の周辺国を圧倒できる航空自衛隊があれば大丈夫なんですか?」
深海「そうかもしれない。だけど圧倒的な航空自衛隊を用意するより陸海空をバランス良く取り揃えた方が得だし、効率的だろう」
神楽「それに世の中に絶対というものはないからね。わざわざ負けにくる敵はいないんだから、どんなに厳重な防備を用意しても隙や弱点を見つけ出して攻撃してくるでしょう」
深海「だからこそ十分な陸上戦力をもって二重三重の防壁を築く必要があるんだ。まぁ、やっぱり敵基地攻撃能力は欲しいけど」
2.開戦は奇襲に始まる
深海「そして“空海自衛隊相手に周辺国が制海権を獲得できるわけがない。故に周辺国陸軍が日本に上陸できるわけがない”という主張には別の問題がある。この主張は“敵は制空権、制海権を奪取した後に上陸部隊を差向けて来る”ということが前提になっていることだ」
神楽「確かに太平洋戦争における主要な上陸作戦を見ると、まず制海権を巡る攻防があって、それから上陸部隊が出てくるのが通例ね。だけどこれらの作戦は大戦争の最中に行なわれた作戦であることを忘れてはいけない」
深海「しかし俺達が今想定しているのは、そういった既に開戦して交戦状態にある相手国による上陸作戦じゃない。上陸作戦が始まるまでは平時であって、上陸によって戦争がはじまる。そういう想定だ」
神楽「その場合、相手は奇襲効果に頼ることになる。だから航空作戦と上陸作戦はほぼ同時に行なわれるだろうね。日本側が全貌を把握して組織だって反撃を始める前に橋頭堡を確保したいからね」
深海「実際、制海権や制空権の獲得を待たずに開戦と同時に上陸作戦を結構した例はないわけじゃない。太平洋戦争緒戦のコタバル上陸や欧州戦線におけるノルウェー侵攻が挙げられるかな?」
荻原「“敵は制空権、制海権を奪取した後に上陸部隊を差向けて来る”という前提は成り立たないと?」
神楽「そういうことね」
3.まとめ
荻原「それでは今回の話をまとめてみましょう」
神楽「次の2点から“空海自衛隊相手に周辺国が制海権を獲得できるわけがない。故に周辺国陸軍が日本に上陸できるわけがない”に反論する」
深海「まず第1に現代の空中戦闘は流動的であり、双方ともに絶対的な制空権の獲得は難しい」
神楽「第2に相手国は奇襲効果を重視して開戦と同時に上陸作戦をし掛けてくるだろう。故に“敵は制空権、制海権を奪取した後に上陸部隊を差向けて来る”という前提が条件となる“空海自衛隊相手に周辺国が制海権を獲得できるわけがない。故に周辺国陸軍が日本に上陸できるわけがない”は成立しない」
荻原「だから敵の上陸部隊第1派を防ぐことは難しく、それに対抗するために陸上自衛隊が必要ということですね!」