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第一話――命の結晶(カルマキューブ)




「――――流石ですね。彼女。先程まで抑え込まれていた前線を切り返していってますよ」

男は最前線の戦況をモニターで確認すると、そのような感想を述べた。

「まさに最強と言うに相応しい戦闘。彼女の降り立った戦場には敵の影すらも残らないと言われるのも頷けます!」

畏怖と尊敬の込められた感嘆の息。それは彼女の戦場を駆ける姿を熱に帯びた目で追う度に何度も口から吐き出される。

それだけであれば、単に彼はモニターの彼女に尊敬を抱いているだけの男だと思うだろう。

――――モニターに額を擦り付け、犬のように血走った目と熱の籠った息を荒々しく吐く姿を見なければ。

その姿は正しく変質者。

「馬鹿者、そんなにへばりついて仕事ができるか」

すると、被りつくようにモニターを見ていた男性スタッフの頭が叩かれる。

「あいてっ」

「確かに戦況の維持が我々の仕事であり、その為の情報の確認、添削、簡略化。そして伝達は何よりも重要視しなければならないことだ。――――が。そうしてモニターだけを見ていても何も出来まいジェンツー・マリアーナ二等准尉。熱心に見ているようだがそこには君の好きなアーティストでも映っているのか?」

「す、すみませんっミアーオ少佐!」

「謝る暇があれば彼女の周囲の状況を確認。及び報告を行え!」

「イエスマム!!」

「そして!!」

調子のいい返事に呆れつつも、彼の腕を知っているミアーオはそれ以上の追及はせずにその場を離れる。

するとその矛先はほかの隊員に対しても向けられた。

「うっひょお!ヴェール・ブライトたんマジ戦場の天使!!」

「ばっか!そこはヴァルキュリー(戦乙女)だろうが!!」

「いやいや、並み居る敵をばっさばっさと捌く様はまさに女王そのもの!!あぁ、彼女に小気味よく罵られてぇ……」

と、ジェンツー同様大変気持ち悪く騒ぎ立てる別の隊員達。

その様子を見てミアーオはわなわなと肩を震わせると。

「馬鹿者どもが!!そんなに女の尻を追っかけたければ劇場にでも行ってこい!!!チケットならいくらでもくれてやる!!ただし――――地の底への片道切符でよければなぁ!!」

「「「うひぃ!!!すみませーんっ!!!!」」」

「謝る暇があるならさっさとやれぇい!!!」

「「「イエスマム!!!」」」

ミアーオの一括に男どもはそそくさと作業に戻る。

その様子を見て頭を抱え、ミアーオは歩き出した。

「全く、私の隊にはお調子者が多くて困りものだ。手を焼かせるものが多くて毎日が疲れる。そうは思わないか。灰戸泰治五等准尉」

するとミアーオは同意を求めるようにして、後ろをついて歩く俺にそう尋ねた。

それを受けて、俺――――灰戸泰治は憮然とした態度でミアーオに意見を返す。

「はい。えぇ、私見で申し訳ないのですが……緊張や恐れで硬くなって縮こまるよりは、肩の力を抜いてリラックスできる者である方が理想的ではないかと思います」

「そうだな。戦闘であろうとデスクワークであろうと、緊張でガチガチに固まった体では満足なパフォーマンスは期待できないものだ。その点、私の部隊はどうだ?」

「はい。とても素晴らしく思えました。あの短い会話からも強い信頼関係に結ばれていることが感じられ――――」

「はは、そう畏まらなくてもいい。灰戸泰治五等准尉。リラックスしたまえよ。それが理想的なのだろう?もう少し言葉を崩したまえ。私に敬語は不要だ」

言葉の途中で遮られたかと思うとミアーオはそのような提案をした。

しかし、曲がりなりにも上司だ。しかも、まだ会って一時間と満たない間柄。敬語を止める訳には……

と、灰戸の葛藤も待つ様子もなくミアーオは先を行く足を止めない。彼女にとっては他愛もない会話の一部分でしかないのだろう。

相手がどうとも思っていないというのに自分が重苦しく捉えていては馬鹿ばかしいにも程があるというもの。ましてや、上司の言葉を無視して敬語を貫き通すのは、それこそ失礼に当たる。であれば――――

「……。では少し言葉を緩ませてもらいますが……ここには恐れを知らない人が多い」

「と言うと?」

「変態ばっかだ」

「ぷっ。あははははは!!!隠さないね君は!気持ちのいい奴だ!くふふ、好きだよそういう奴は。大好物さ!」

「あんたが畏まるなって言ったんじゃないか」

「いやはやその通り。しかし、ここまで笑わせてもらうとは思わなかった。うん、我ながらいい買い物をしたよ。美藤常則中佐には感謝しなくてはな。君のようなオペレーター(技術者)は大歓迎だとも。優秀だとすれば尚更、ね?」

「それはどうも」

「ははは。いやしかしその通り。私も同じ意見だよ。彼らは変態だ。私の頭を悩ませる程度にはね。だがそのせいか緊張で動けなくなるような腑抜けはここには居ない。それは数少ない私の自慢だ。頭が痛くなるような奴らだが、その分指示指令には従順だし、何より――――鬱屈とした空気を作らない。だから気が楽だ」

「指揮官としては最高の環境、と?」

「そう、その通りだ」

まぁ、ここは空調は風通しをしているだけの最悪の環境だけどね、とミアーオは自嘲じみたジョークを言っては笑い飛ばす。

しかし、確かに暑い。蒸し暑いことこの上ない。確かに軍服を着ているとはいえ、この下はタンクトップだぞ?汗が止まらないなんてどれほどだ。ここはサウナか?

と愚痴を零しても仕方がない。ここは戦地の真っただ中。南米3地区アンビア戦線だ。ここに快適を求めてしまえば、瞬く間に敵に感知されてしまうだろう。最低限でしか空調は用意できない。

それが嫌なら裸にでもなるべきだろう。疫病が怖くないのであれば、の話だが。

「さて到着だ」

ミアーオはそこで足を止める。そして同時に、そこで彼女は目の前の物を見上げた。

それに倣って俺も目の前の物を見上げる。

「私にとっての最高の職場。そして、これから君にとっての最高の職場となる」

――――それはまるで試験管を思わせた。

幾つものパイプが繋がられたそれは、巨大な演算機器を土台に幾つものガラスのケースが天井とつながるように伸びている。それがリボルバーのように円を組んで並び立っているのだ。

そしてそのガラスのケースの中には、水槽に浮かぶ魚のようにぷかぷかと揺蕩う、黄色に淡く光を放つ四面体。

あれが――――

「あれが、カルマキューブ……」

「あぁ、戦場を征く兵士たちの命綱だ。命そのものと言い換えてもいい」

カルマキューブ。

それは、人のそれまでを情報化した物体である。

それまでというのは過去のことを指し、これまで考えた思考。あるいは行って来た行動――――つまりは記憶のことだ。

それを情報化し抽出した物を固め、物質化した物がこのカルマキューブなのだ。

ようは人のこれまでの履歴、歴史、人生をまとめ上げたデータバンク。人の個人情報全てがぎっしりと詰め込まれたファイルの様なもの。

それがなぜ命綱と評されるのかというと……

「ミアーオ少佐!!」

すると先程モニターにかぶりつくように見ていたジェンツーが声を出す。

その声には衝撃を感じさせるに足りる、悲鳴のような悲痛な声だった。

「どうした!!ジェンツー・マリアーナ二等准尉!!!!」

その深刻な声にミアーオは応答する。

すると、衝撃な報告が返答して来た。

「――――ヴェール・ブライト大尉が落命しました」

ヴェール・ブライトの、落命。

最強の彼女が、命を落とした。

それは、信じがたい。いや、信じられない報告であった。

だって、先程まで【ファミリア】の群を薙ぎ払っていた彼女が。ともすれば敵を倒せば倒すほどに笑みを零していた彼女が。

――――死んだ。

「っ!!!そうか……」

ミアーオはその報告に唇を噛んで俯いた。

それは悔しさだ。彼女への満足なサポートが出来ず、死なせてしまった不甲斐ない自分たちへの。

しかし、それでもミアーオは俯いたままではいられない。

指示を出さなければ、戦況の維持をしなければ。

その為には悲しみに暮れる時間などない。

これが戦争。これこそが、戦争。

死は唐突に訪れる。

ここでただ蹲っていては、彼女に申し訳が立たない。

だから、ミアーオは声を張り上げ指示を飛ばす。

「ならば蘇生を急げ!!彼女は待ってくれないぞ!!!!」

「「イエスマム!!!」」

彼女の迅速な指示に蘇生班が迅速に対応する。

二名の職員が駆け出し演算装置に辿り着くと、モニターを起動させ操作しデータバンクの詳細を提示するとヴェール・ブライト蘇生の為のプログラムへと切り替えていく。

その間五秒。手慣れた動きに思わず口笛を吹きたくなる衝動に駆られた。


『コード承認――――DNA情報――――一〇%――――三〇%――――八〇%――――一〇〇%。オールグリーン、コンプリート。合致しました。これより蘇生プログラムを起動します』


平坦に発せられる機械音声が響く。

それと同時にカルマキューブの一つが淡く光を強めると、まるで独楽のように高速回転を始める。

そしてパイプの伸びる先、ずらりと並ぶカプセルの内一つのランプが赤く点灯した。

赤いランプは点滅を繰り返す。時を刻むように一定の間隔で。

そしてそれは、その時を告げるべく緑へと色を変える。

空気の噴出が行われると、カプセルの扉が自動に開いた。


「はぁ、なんて間抜けな死にざまほんと情けない。自分が自分で許せなくなるダサい死に方。恥ずかしくて今すぐに死にそう」


ぺたりぺたりと濡れた足跡。それに続くからりとしたあっけらかんと放たれる軽い言葉。

彼女は鬱陶し気に肌に張り付いた、見る人を惹きつけるシルクを思わせる麗しい銀髪を払い除けるとその健全かつ完成された裸体を包み隠すこともせず見せつけるように施設内を優雅に歩く。まるでランウェイを歩くモデルのように。

いや、というか――――

おっぱい。

おっぱい、おっぱい!!

突如として現れた女性の裸体及びおっぱいに俺は度肝を抜かれる。目を奪われる。まさかの光景に思考が追いつかず反応が遅れたのだ。

自分のキャラを見失う程の衝撃。さっきまでの『ふーん。ま、いいんじゃないの?』というどこかひねくれたクールなキャラはどこへ行ったんだ!と馬鹿みたいなことを考えてしまう程には、俺の視界は肌色に奪われ思考は桃色に染め上げられて混乱に陥った。

というか堂々としすぎだろ!!こっちが気まずくなるわ!!

しかし彼女は俺たちの視線などまるで気にも留めずに、ざわついた落ち着きのない空気を物ともせずミアーオの下へと一直線に向かう。

そんな彼女にミアーオは苦笑して、腰に手をやる。

「それは勘弁して欲しいな。軽々と死ねるほど私達の仕事は安くないんだぞ?」

「あら、それはごめんなさい。そして重ねてお詫びをしておくわ。私が戦場に立つ以上お安くないお仕事を目いっぱい増やしてしまうことになるでしょうから」

「それは怖い。私達の腕の見せ所が増えてしまうな」

「ふふっ。あ、それはそうと【スーツアクター】を下さい。先の戦闘でファミリアに壊されていたようで、転送されてないみたい」

「そうかなるほど。どおりで。てっきり私の目が狂ったのかと思ったぞ。裸の王様でも現れたのか、とな。ならばヴェール・ブライト大尉、気を付けた方がいい。ここの男どもはオオカミだからな。刺激が強すぎて本能を曝け出しかねん。……なぁ?貴様ら」

そこでミアーオはじろりと鼻を伸ばしてわき目に、あるいは物陰に潜むようにヴェールの裸を盗み見る職員たちを一瞥した。

その目はありありとこう訴えかけていた。

『女の身体をじろじろ嘗め回してんじゃないぞクソども……!!!!』

その殺戮的なまでの威圧感に職員は燃え盛るスケベ心を瞬時に冷却され、恐れに負けて一斉に目を逸らす。あぁ、情けなき。男のムッツリ心。

俺は哀れなものを見ている気分になり、申し訳なくなって目を伏せる。

これは別に自然な流れでヴェールから視線を逸らしたとか、そういう意味ではなくてね?うん。

しかし当の本人はさして気にもしていないようで、「ふーん」と適当に相槌を返していた。戦場を駆ける女性というのはここまで自身の身体に無頓着なものなのか。自分の事ではないのに心配になって来る。

「ほら、受け取れ」

「あ、せんきゅー」

するとその間にミアーオは腕時計のような物をヴェールに投げ渡す。――――いや、あれこそはヴェールの要求通りの代物【スーツアクター】。

彼女はそれを受け取ると、左手首に装着した。そしてそれを鼻歌交じりに起動する。すると瞬時に彼女の局部そしておっぱいを覆う布が現れる。

ウェットスーツのように肌に吸い付くように浮かび上がる下着。『着る』と言うよりは『貼られた』と言った方が分かりやすい。下着は黒を基準としており、ブラジャーには袖口や首周り、またショーツはパンツタイプで側面に黄金色のラインが描かれたものだ。男性目線の素人目から見てもオシャレと感じられる、大人な雰囲気の上品なデザイン。一目見て惚れ惚れする代物だ。

しかし。

それを着たところで大して裸とは変わったとは思えないんだが!だが!!

「全く、下着で体のサイズをスキャンするなんて不便だと思わない?」

「そう言うな。その分スキャンには時間がかからない上にジャストフィットした服が装着されるのだからな」

「解ってるけどね。けれど仮にも女性としては不満くらいは言いたくなる訳ですよ――――うん?」

するとそこで。ヴェールはぶちぶちと零す愚痴の声を止めると。

視線を感じたのかこちらを一瞥し、そして――――

「……」

「あ」

俺と、目が合った。

やばい、じろじろ見過ぎたか……!!

彼女の裸を見ていたことがばれてしまったと言う罪悪感に息を呑む。しかしそんな俺とは対照的に、彼女は悪戯っぽく蠱惑的に目を細めて微笑み。

「君も変態さんなのかな?」

「いや、俺は」

「えっち」

そう言った。

弁解する俺を遮るように、挑発的な態度で。そう言ったのだった。

「んなっ……!なっ……!…………っ!!!ぐっ………!」

「あはははっ。君面白いねぇ」

けらけらとお腹を抱えて笑うヴェール。

彼女の裸体を見た手前何も言い返せず、俺は羞恥に頬を染め上げ顔を背けた。別に言い負かされた訳じゃないのに、バツが悪くなって。

「スキャンが済むまで数分だろう。せめてそれが終わるまで身を隠しておけ」

「はーい。よいしょ」

「言った傍からその場に座り込むな……」

悩まし気に眉間を寄せるミアーオ。心中お察しします……

そして俺はというと、羞恥心の欠片も感じられない彼女の態度にいい加減色気も感じなくなり、代わりに喪失感にも似た疲労を感じていた。

その点この部隊の隊員はさすがである。彼女の裸を見て色めきだったのは最初の一瞬だけ。その後は振り回されている俺とは違いプロである彼ら職員は彼女に惑わされることもなく視界の脇にやり指示通り作業を行っていた。さすがと言う他ない。彼らは自分のやるべきことが解っているのだ。これは彼らを変態扱いしたことを詫びなければならないだろう。真の変態は俺一人でした、というオチだ。自分で自分を笑ってしまう。ほら見てくれ。今も彼らは紳士的な対応で自分の仕事に没頭し忠実に行え――――てない!!すっごい見てる!!!ちらちら見てる!!!ともすればガン見してるよあの人たち!!!

「――――あいつらは後で殺しとくか」

ぽつりと呟いたミアーオの言葉を俺は聞かなかったことにした。洒落になってないけれど、ミアーオ隊における面白おかしなジョークに違いない。これは。きっと。うん。

しかしかと言って、彼女の裸をずっと見ている訳にもいかない。なので俺は彼女から視線を外して、横を見る。

カルマキューブ――――そして、生命維持装置【セフィロト】を。


セフィロトの役目はずばり人を蘇生する為の物。

カルマキューブに登録された情報を媒体に、負傷、欠陥、そして絶命した肉体を記録された元の姿に再構築する装置である。

肉体が死を悟ると、その直後に肉体は情報化されカルマキューブに転送される。転送というよりは記録すると言った方が正しいか?とにかくその情報を基に情報を解析、演算、再構築という手順を組んだ後に――――

死した人間が蘇生される――――という訳だ。

まさに【生命の木】に相応しき装置。カルマを束ねる命の木は、人の命を掬い上げる。救いをもたらす。

科学を追求した先で手に入れた神に等しき力。それこそが人理の理想――――【蘇生】である。

その効果は先程死亡したヴェールが、こうして五体満足に復帰したところを見て貰えたら、はっきりとわかることだろう。

ミアーオが口にした命綱という言葉は、まさしくそのままの意味であり。

カルマキューブ、そしてセフィロトがあれば死に至ることはない。戦場での死を失くし、現実としての死の危険性を限りなく少なくした。

現に今の世に、病死や寿命による死を除けば、人の死はなくなった。

カルマキューブとセフィロトによる蘇生の実現。

これによって我々は死を覆し、死のない世界をもたらした。

それこそすなわち、【死のない戦争】の幕開けである。

だが、そうして訪れた新世界における我々の敵は人ではなく。

国ではなく。

あるいは、世界ですら敵ではない。

この施設にいるミアーオ隊の諸君を見れば判って貰えることだろう。この隊には多種多様の国籍の人々が集まっている。それは他の部隊も同様のメンバーだ。

そこには国境の隔たりもなく、人種の差別もなく、国と国による確執もなく。

あるのは、共通の意識。

我々の敵――――人類の敵を打ち滅ぼす。

そして、その敵とは――――

「もういいよ、こっち見ても」

その声に、余所見ならぬ余所考えを止めて彼女に振り向く。

先程の裸から打って変わり対極なまでに着飾った戦闘軍服。ここに来る道中のモニターで見た装いだ。分厚く硬いと言うよりは堅いと言うべきその厳格な制服は、見る者に畏れと、それに相応しき静かな強さを感じさせた。

その姿を見て俺はほっと胸を撫で下ろす。すると同時にドッと疲れが押し寄せて来た。唐突に重しを背負わせられたかのような体の気怠さに襲われ、肩をだらりと下ろす。口から吐き出されるため息は普段より三割増しだ。

「じゃーん。どうかな?」

そう言ってその場でターンを決めるヴェール。

ピタッと止めてポーズを取って俺に見せびらかすように立つ彼女はなんだか楽しそうだった。

モニターで見た戦場を駆ける彼女からは想像できないその無邪気な表情を向けられてたじろいでしまう。あれは勘違いだったのでは?と思ってしまって。

あの、殺戮に微笑む、悲しみを湛えた惨憺たる表情は――――

………いや、考えるのはよそう。憶測で話すことではない。

俺は頭を振って、頭に浮かんだ思考を払い捨て切り替える。

「うん。カッコいいと思うぞ。馬子にも衣裳って感じ」

「それって、確か日本のことわざね?」

「ふむ。意味は確か『普段よりはぁーまぁまぁ立派に見えるよねー』ってところか?」

「うげっ」

ミアーオが小バカにした口調で意味を説明する。するとヴェールはじとりとこちらを横目に見た。

「………君、私が日本語詳しくないからって適当言ったんじゃないよね?」

「なははははっ」

「笑ってごまかさない!全く、裸のことばっか考えてたでしょう」

「心外だ!それ以外のことも考えていたとも!」

「具体的に」

「おっぱい」

「結局裸晒してるじゃない」

「あいてっ」

呆れた顔でヴェールから額を突かれた。突然されたから驚いただけで、もちろん痛みはない。

しかしなんというか、思った以上にとっつきやすい性格で驚いた。姉のように近い距離感というか、上司という感じが全くしない。確かに歳は近いがだからと言って最低限の敬意は見せるべきだ。

べき………なのだが、相手がこれでは調子が狂う。

むずむずした気持ちを抑えるように頭を掻く。

「うむ。仲良きことは善きことかな。これも日本の言葉だ。我が部隊のエースと我が部隊期待のホープが仲睦まじくなることはとてもいいことだ。私の部隊にとってとても有益である」

「期待の、ホープ?」

ヴェールはその表現に何か疑問を感じ取ったのか首を傾げてミアーオに聞き返す。

「あぁ、そうか。まだ言って無かったな」

そこでミアーオは仕切り直すように咳払いをし、施設内の部隊全員に伝わるよう声を張って口にする。

「灰戸泰治五等准尉。彼をこの部隊の技術班チーフとして迎える」

「あら」

「おぉ!」

「彼がそうだったのか!」

ミアーオの発表に施設内が色めき立った。

――――そう。この俺、灰戸泰治は本日付でこのミアーオ部隊に入隊することが決定していたのだ。

その為にこの施設内をミアーオ少佐直々に案内してもらっていた。

俺はここにくる以前は本部の一技術者として働いていたのだが、五等准尉(准尉は少尉の下の階級であり、二等兵ないし上等兵より上だ。そして五等は准尉で一番上)になったことにより、部隊の前線に組み込まれた………というのが経緯だ。

するとその言葉を聞いた途端に隊員たちが俺の下に押し寄せて来た。

「君が新しいチーフか!!」

「前のチーフが産休でいなくなってから一か月……ようやくって感じだな!!」

「なぁ君どんな音楽好き?」

「どんな女性がタイプ?性癖こそっと教えろよな!いいもん揃えてやんよ!」

「小説とか読む?おすすめがあんだよ、読んで行けよ!」

「うーん。歳はおおよそ十九ってとこか?若くして五等になったくらいだ色々とスゲーんだろうな!」

「オペレーターにしては体が仕上がってるよな。トレーニングとかしてんの?だったら一緒に肉体改造にいそしもうぜ!」

わーぎゃーと押し寄せて来る彼らの手と質問攻めにもみくちゃにされる。というかいてぇ!うあっ!誰か俺の大事な息子様を触ってきやがった!!どんなスキンシップだよこの変態ども!!

「まぁ待て貴様ら。彼が困っているだろう。気持ちは分かるが質問は後だ。今回は顔見せで連れて来たのだからな。それ以上の紹介はしないぞ。歓迎会は後日行うから今は落ち着け。そして速やかに仕事に戻れ。――――二度は言わんぞ?」

先程までの喧騒が嘘のように俺の周囲に誰もいなくなった。

あぁ、それほどまでにみんな、少佐の怖さが身に沁みついているんだろうなぁ……俺も怖いと思い始めているくらいだ。

まだ初日と言うのに遠い目をしてしまう。

するとミアーオがこちらを勢いよく振り向いて来て、思わずびくりと跳ね上がってしまう。

一挙一動が抜き身の刃のように鋭い人だ。恐ろしい。

「その顔怖いよ?ミアーオ少佐」

そしてこの戦場の天使様は春の日差しのようにお惚けだった。怖いもの知らずとはこのことか。恐ろしい……

ミアーオはそこで気がそがれたのか息を吐いてじとりとヴェールを一瞥するだけに留め、俺に改めて視線を寄越す。

「さて灰戸泰治五等准尉。君にはこれからこの施設の設備の操作を覚えて貰わなければならないのだが……」

「うえ、マジですかい」

「そう身構えるな。なにも一日で覚えろと言っているんじゃない。まぁ三日ぐらいで覚えて貰わなければ困るがね。大まかなところは本部でやったこととそう変わらない、簡単だろう?」

簡単に言ってくれる。大まかではないところっていうのはつまり、兵士一人一人のバイタルを覚えろってことだろう?しかも約五十名にも上る人数の。

俺がこの隊に配属が決まり、バイタルを事前に知り得た兵士は一人しかいない。

それがヴェール・ブライト。彼女ただ一人。

しかしそれでも完全に知り得たとは言えず、手に入れられた情報は有名だから知れたと言うレベルだ。それは他の連中も同様に、少し聞きかじりがある程度。

その程度のレベルの俺に、貴方は何を期待する?

しかし――――

「出来るな?」

彼女は不敵にも問い掛ける。

それ以上は訊かないと、この職員に対する信頼を俺に向け。

その挑戦的な物言いに、挑発的なその瞳に、そして何よりも、俺の意欲を掻き立てるような刺激的な笑みを受けて。

俺はニヤリと不遜に笑う。

「当然!あんたを惚れさせてやるよ!!」

「よく言った!!これをもって正式に君を我が『アンクロニクル』第七十八支部ミアーオ隊の入隊を許可する!!」

俺が差し出した手を、ミアーオは景気よく打ち付けるようにして握手に応じる。

「よろしく。そしてようこそ、暴力織りなす最悪の前線へ。歓迎するよ、灰戸泰治五等准尉」

「こちらこそ。これから長い付き合いになる。よろしくお願いしますよ。ミアーオ・ニアオ・ゴロナーゴ少佐」

獰猛な笑みを交わして、二人は見つめ合う。

最初は不安こそあったものの、今なら確信出来る。

彼女の下でなら、どんな困難さえも乗り越えられると。

そう感じさせるには十分な気質が、彼女にはあった。

ミアーオの力強いその瞳を見ればそれは確固たる決意となって、胸の内で燻っていた夢が熱を帯びて、小さな炎となって燃え上がる。

そして同時に俺に予感を抱かせてくれた。

彼女の下であれば、俺の宿願にも届き得るかもしれない――――

そんな期待を。夢のような予感を。

「報告です!アワード・イスワール上等兵アウト(落命)しました!!」

だがそこで、俺のワクワクを掻き消すように、隊員の報告が無粋にも響き渡る。

その報告にミアーオも少しばかりうんざりとした表情となった。

「全く、休ませてくれないな。ともかく、灰戸泰治五等准尉。これからセフィロトの操作確認をしてみようか。空きのスロットが一つある。常識の範囲内であればどうしても構わない」

「それはありがたい。本部の物とどれだけの差異があるのかは気になるところです。それが分からなければ自由に動けませんから」

「はは、オペレーターらしい言葉だな。使いこなせるか否かではなく、端から手になじむか否かを心配するとはな。頼もしい限りだよ」

彼女はぐわしと俺の頭を掴むと乱暴にこねくり回す。褒めているつもりなのだろうか。だとしたらガサツにもほどがある。もう少し優しくしてくれないと頭皮がハゲてしまうんだが!まだ二十歳になって一年生なのだ、この歳でハゲは悲惨だぞ!?解ってます!?

「あっはは。子ども扱いされてるー。面白い面白い!」

「面白くねぇし笑えねぇんだが!!」

ヴェールはお腹を抱えてケラケラと笑っている。お前は早く戦場に戻れ!!

くそぅ、そう指摘されてしまえばなんとも思っていなかったのが途端に恥ずかしくなる。姉と言うよりはもはやお母さんだこの人の距離感は。気恥ずかしさよりうっとおしさが先に出る。

俺はミアーオの手から逃れるようにして距離を取り、案内から外れて先にセフィロトの下に行く。

しかし……パッと遠目から見た時も思ったが、本部の物より幾分か小さい。戦場に建てる施設だからか、設備もそれに収まる形にされているのだろう。その分ランクダウンされてはいるが、最低限の機能は備え付けられているみたいだ。

ならば操作も……

ちょちょいと適当に触ってみる。

モニターを触れて、タッチパネル式のキーボードを起動し空中にポップさせる。そして手早く基本的なコードを入力して反応を探る。

「ほほいの、ほいっと」

エンターキーをタンッと弾くと、モニターに映し出されるのはこの隊に登録されている一隊員のステータス。

表示されたそのステータスを見て、ふむと一人で納得する。

「ステータスを見ることが出来るコードは変更なし、と。そして操作方法も変わりなし。じゃあ他はどうだろう」

知っている限りのコードを打ち込んでいく。その結果大体は一致していることが解った。基本のコードは組み込まれているようで安心した。これなら操作に手間取ることはないだろう。ならばあとは使いやすいに俺好みにプログラムをカスタマイズしていけば……ぐふふ。小さいけれど大きな計画に胸が高鳴る。

なんだろう、少し確かめるだけだったのになんだか楽しくなってきた。よしよしどうしてくれようかこのマシーンめ、俺色に染めてやるからなー?覚悟しとけー?思う存分可愛がってやるぞーぅ!イェア!

「なんだ、私と話してる時よりも活き活きしてるじゃないか」

「それはそうじゃない。おばさんと話してるより趣味に触れてるほうが楽しい――――」

「何か言ったか?」

「イエー。ナニモナイデスヨー?」

「それと私はまだ二十九だ。まだまだこれからの現在進行形女子だぞ。おねーさんと呼ぶことを心掛けろ」

「おねーさん……?少女…………??」

「なんだ?言いたいことがあるなら聞こうじゃないか」

「イエー。ナンデモナイデスヨー?」

彼女たちの掛け合いも耳に入らずプログラミングに没頭する俺。

本来操作の説明をする筈であったであろう女性の隊員がどうすればいいのかとあたふたとしていた。それについては申し訳なく思うが、しかしそれはセフィロトを俺色に変えていく行為に比べれば些事であったので、秒で忘却の彼方に追いやられた。

ふはははははは!待っていろよ野郎ども!もう少しでこの施設の全権が俺に委ねられることになるんだからなーっ!!

しかし、俺の心の高笑いは次の瞬間に遮られてしまう。

それは、この施設の入り口から発せられた声だった。

「あっぶねぇ……!間に合った……!!やっと着いた……!!死ぬかと思った……!!」

そこにはいたのは、おそらくこの隊に所属する兵隊の一人であるのだろう。

ヴェールと同じ軍服に身を包んだ、無精ひげを蓄えた男だ。長い髪を後ろに結い上げて、小さくて細い丸っこいフレームの眼鏡をかけている。

しかし、そのどれもがボロボロだった。

「……?」

おかしい。蘇生で戻って来たのであれば入り口から来るはずがないし、何より服がボロボロのはずがない。

ならば戦線を取り戻せたのか?いや、であれば報告がないのは更におかしい。何より、この男の口振りは――――

「おい、居座透差上等兵。どうしたと言うんだ一体?」

ミアーオも不自然と思ったのか、彼に説明を求める。その表情は、強張っていた。

「えぇ、少佐!それがですね!超巨大な【ファミリア】と遭遇しまして!戦闘を試みたものの歯が立たず、これではどうしようもないと思った所存で、こうして報告のため戻ってきました!!」

男は命からがらだったと、命懸けで戦って来たのだと知らしめたいのか大仰な態度で説明を始めた。

下手くそでへにょへにょな、右手の甲を額に付けた敬礼を見せつけて。

敵前逃亡を大々的に告白して。

「それはもう熱帯の樹々を3メートルはゆうに超える個体でした!!今日までに認知し得たぬいぐるみ型の【ファミリア】ウサギ、カメ、ネコと言った個体とは全くの別個体でありました!姿は一言で言えば『アメフラシ』!樹々をなぎ倒しながら進む姿は戦車もかくやと言いますか――――」

「もしや、貴様。おめおめと背中を見せて逃げ戻って来たんじゃないだろうな」

そこで、ミアーオは居座の言葉を遮った。

その表情は愕然とした、信じられない物を見るかのような表情であった。

否定してくれと、その表情は訴える。

お前の言葉は全て、この場を失笑の渦に巻き込むための、茶番であるのだと。一番大事な報告は他にあるのだろう?と。

しかし。

「え?」

それはは、何を問われたのかも分かってはいない。突然何を言い出しているんだと、戸惑いの表情だった。

その素っ頓狂な間抜け面を見て、ミアーオはカッ!!と怒髪天を衝く形相で、憤激に顔を朱で染める。

「――――貴様死なずに戻って来たのか!!!考えなしにこの基地に!!!!!!!」

激高。

それは慟哭と言って差し支えない叱咤であった。

しかし、何を言ったところで、全ては遅かった。


その時――――


ウー――――、ウー――――、ウー――――、ウー――――。

『緊急警報、緊急警報。エネミーが施設内に侵入しました。パターンは黒。【魔女】のものだと判断されました。繰り返します。パターンは黒。――――【魔女】です』


全ての感情を掻き消すように。

サイレンが、鳴った。


そして。

壁をぶち破り、瓦礫と共に施設内に躍り出る影――――


――――人類の敵、【魔女】。

その姿だった。









ううむ……速くても一週間で投稿しようと思っていたのに、思った以上に長引いてしまった……

恐らくこのような投稿ペースが続くかもしれませんが、気長に待ってくれたら助かります。

日曜の投稿を目安にやっていきますので、どうぞごひいきに。

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