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マルバラの悲劇

見渡す限り、火の海で焼き尽くされた車内がハヤトの眼前に広がっている。


リクライニングのシートは無残にも焼け爛れ、その体を成していなかった。


「こ、これは!?」


なぜ自分が今こんな場所にいるのかハヤトには分からない。


状況を把握しようと周囲を見渡そうとしたときだった。


「助けてええええええ。熱いいいいいぃぃぃ。苦しいいいいよおおおおおお。」


「ああ神よ、我らを助けたまええええええ!!!!!。」


四方八方から助けを呼ぶ声がハヤトの脳髄に響き渡る。


助けを求めるアールブ達は足元から這い上る炎に侵され、苦しさにのたうち回りながら倒れる者までいた。


「あっ、うあっ····。」


あまりの地獄絵図にハヤトは口元を手で押さえ、どうにか嗚咽を堪えたが目の前の光景を受け止め切れず走り出した。


どこへ向かっていいかわからない。


炎吹き荒れる列車の中を叫び声のする方から逃げる様に走る。


自分だけ逃げている卑怯な心と、怨嗟と救済の悲鳴から後ろ髪を引かれる罪悪感がハヤトの中でせめぎ合う。


「はあ、はあ、あぐぅっっっ!!!。はぁはぁ。」


火の粉が肺の中にまで入り込み、痛さと息苦しさが入り混じる。


必死の思いで列車の端に辿り着いたとき、ハヤトは思わず立ち止まった。


「!?」


列車のデッキ入口に、膝をついてうずくまる人影が見える。


その後ろ姿は、炎の中でも一際輝く純白のロングヘアーを持ち、くすんでいたがドレスをしているその姿は確かに見覚えがあった。


「···フェミル!?」


ハヤトは恐る恐る彼女の名前を呼んだ。


呼びかけに気づき、その人影はスローモーションの様にゆっくりとハヤトの方へ振り返った。


「っっっっ!!!!?????。」


ハヤトは声にもならない悲鳴を上げて立ちすくんだ。


振り返ったのは予想通りフェミルだった。


彼女はドレスのした半分を血まみれにし、誰とも分からない白骨の亡骸を抱えて、虚ろな瞳でハヤトを見つめている。


「ハ···ヤ···ト···。」


かすれるような声でフェミルはハヤトの名前呼んだ。


客室から迫り来る炎の轟音で耳が張り裂けそうなのに、その声はしっかり聞こえた。


「フェミル!!!。一体これはどうなって」


「ハヤト···、あっ···なた···は、。」


精気を失った表情で、フェミルは骸骨を手に取ったまま細めていた目をギョロっと見開いた。


今まで見たことのないほどの憎しみに満ちた彼女の目は、元の白さを忘れるほど血走っている。


口を少し開いてはつぐんでを繰り返し、フェミルはハヤトを凝視した。


「アナタハワタシヲタスケテクレナカッタノデスネ。」


その瞬間、フェミルの目から滝の様な血が流れ出した。


唯一白かったドレスの上部も瞬く間に鮮血に染まり、デッキ一面を血の海にした。


「あっ···う、うそだ。こんなの···!!!」


ハヤトは現実離れした彼女の惨状にに否定の声しか出せなかった。


未だかつて経験したことのない恐怖が戦慄となってハヤトの身体を高速で蝕む。


歯がガタガタと鳴り、体の震えが止まらない。


なお止めどなく血の涙を流したまま、フェミルは引き絞る様に口を開いた。


「アナタハ·····、ツミブカイ······」


その怨念に呼応するように、迫り来る炎が烈車の天井を崩落させた。


「う、うわああああああああああ!!!!!!!」


眼前は炎と鉄の化物に包まれ、一瞬の間にハヤトの視界を暗転させた。





「あはああ!!っっっ。はあはあ。」


ハンマーで背中を叩かれたようにハヤトは上体を跳ね上げ、ハヤトは息を荒げた。


火に包まれた天井がハヤトの顔に直撃し、彼の顔は丸こげになっているはず。


息も整わず、視界もぼやけたままハヤトは無造作に自分の顔面を撫で回した。


「???」


ハヤトは手に違和感を覚えた。


あれほどの業火に焼きつくされたはずなのに、肌は爛れているどころかキズのひとつもついている感触は無い。


状況がつかめないまま、不鮮明なままだった視界が拓けてきてハヤトは周りの状況に注意を払う。


一角ほどしかない部屋の一室は少し薄暗く、左の壁際には人の腰ほどしかいない本棚と勉強机。視界の奥にかろうじて見える冷蔵庫とキッチンの面影が見える。


部屋の片隅からはいつスイッチを入れたかも分からないエアコンの暖房が、なでるように温風を出している。


その様子を見ている当のハヤトが下を向くと、自分が今ベッドの上で下着姿になっている様が目に飛び込んできた。


それでやっとハヤトは気が付いた。


ここは列車を焼き尽くす地獄の底ではなく、自分が住処にしている鉄道公社の独身寮の自室であると。


「・・・夢だったのか。」


自分の額に手のひらを当て、俯きながらハヤトはぼやいた。


あまりにリアルな悪夢から開放された安堵感とは裏腹に、ハヤトの体は夢にうなされていた時に出たであろう汗が背中に張り付くくらい、Tシャツは湿っている。


現状をやっと飲み込んだハヤトは、更なる疑問が頭に振ってきた。


「でもなんでここに?。確か僕は・・・。」


再び周囲を見回すとベッドの下に脱ぎ捨てられた自身の制服が目に入ってきた。


几帳面なハヤトでは考えられないほどしわくちゃになったカッターシャツとブレザー、ズボンが無造作に脱ぎ散らかされている。


普段ならこんなことしないはずなのにと思ってワイシャツに手を取るとハヤトは一瞬動きが止まった。


ワイシャツの背中部分にくっきりと泥のような汚れが付いており、ところどころに破けた跡が痛々しく残っている。


その瞬間、ハヤトの脇腹に眠っていた激痛が走り出した。


「ぐああ。ううぅ。」


ワイシャツを持っている手とは反対の手で、反射的に脇腹を手でかばう。


そこでハヤトはすべてを思い出した。


昨日、フェミルの兄、ダリアン王子がハヤトの身上を知るなり激高して城から放り出したのだ。


衛兵につかまれ城の大階段から投げ飛ばされて、王城広場の下まで転げ落ちたからそのときついた打撲だ。


ヤケになったハヤトはもう一度階段を駆け上がろうとしたが、衛兵に槍を突きつけられ、これ以上抵抗しようものなら首を刎ねるとダリアンに脅されたのだ。


あまりの顛末にハヤトはなすすべもなく、エスペランザに乗り帰路に着いたと思われるが、途中の記憶はほとんど無い。


気づけばこうやって自室ベッドでうなされていた。


記憶と共に目覚めた鈍痛がハヤトのトラウマまで呼び起こす。


脇腹に手を抱えたまま、ハヤトはダリアンが叫んだあの言葉を反芻した。


「マルバラの・・・悲劇!!。」







鉄道の歴史は事故の歴史と称されるほど、手痛き過去の過ちとと共に発展してきた輸送手段だ。


運転士が赤信号を見落として行き止まりに激突し、慌てて外に逃げた乗客が隣接の列車に撥ねられて現場を血の海にした事故から、列車の左右輪重量比が偏っていたせいで制限速度内で走行していたにも関わらず、列車が横転して建物に激突した悲劇まで実に枚挙にいとまがない。


このように多数の犠牲の上に、鉄道という乗り物は乗客の命を守るため発展を遂げてきた。


鉄道がこの世に誕生して二百年余り。


人類の叡智と共にめまぐるしい進歩を歩んできた鉄道は、今後悲劇を招く事故は未来永劫起こらない。


そう人々は信じてきた。


しかし、そんな願いも虚しく、今から五年前に戦後最悪の列車火災事故が発生した。


それが”マルバラの悲劇”


事故の当該列車であるエスペランザは運転開始五周年を記念して、日本人、アールブを含めた多くの乗客で賑わっていたらしい。


乗客を乗せたエスペランザ7号、京都発ウェルニア王国直通王都イズン行きはいつものように京都駅を発車し、ワープ区間である山科トンネルに差し掛かった。


当時ワープを支えていた虚数周波数はまだ改良途中で、列車の走行速度と周波数が安定しないと膨大なエネルギーを拡散させる、いわば爆弾のような代物だった。


それにも関わらず安全性よりも両国の国益に重きを置いた当時のお偉いさん達は、転送装置の改良とエスペランザの営業運転を半ば強制的に平行させいたのだ。


それが惨劇の幕開けだった。


トンネルを走行していた転送装置の周波数が安定せず、ワープ中に列車が膨大な熱エネルギーにさらされたのだ。


虚数周波はその数値が安定しないと転送エネルギーへの変換がうまくいかず、行き場を失ったエネルギーが熱エネルギーになって拡散を始める。


その熱量は想像を絶するもので、1Hz狂うだけで鋼鉄を溶かすほどの力を秘めていた。


列車が転送するときには発するはずの緑色光が赤色に変わり、転送が終わった頃には列車はもう熱を帯びた溶鉱炉そのものだ。


そのまま最高速を維持したまま、トンネルを抜けたエスペランザは無残にもケビュンの森で炎を惹き荒らしながら爆散してしまった。


たまたま近くを通りかかったケビュンの森に住む妖精たちは、その瞬間を「丸い炎のバラを見た。」


と証言している。


緑豊かだった大樹の森は三日三晩マルバラの業火に焼き尽くされ、乗客250名中、死者235名、重軽傷者15名と言うウェルニア、日本両国最悪の列車事故としてその傷跡を深く刻み付けたのだ。




早朝、人も数もまばらな電車の中、ハヤトは当時学生ながらメディアで知ったマルバラの悲劇を頭の中で呼び起こしていた。


悪夢にうなされて起きた朝4時、寮に閉じこもっていると気が変になりそうになったハヤトは通常よりも2時間早く運転所に向かっていた。


街頭の光も完全に落ちきらず、建物群を挟んだ地平線の向こうでかすかに夜空が白み始めている。


ドア脇に立ち、手すりを掴んでハヤトはこの世界にないウェルニアを見据えるように地平線の向こうを見つめる。


冬も至る直前のこの季節、列車のドアは外の風にカタカタと音をたて、レール継ぎ目を走るジョイント音を軽快に鳴らして走っている。


ガタンゴトンというテンポ良い音が、ハヤトの記憶にあるダリアンの叫びを励起させた。


”マルバラの悲劇で母は犠牲になったのだぞ!”


こだまするようにダリアンの怒声がハヤトの頭に響く。


纏わり付く邪気を払いのけるように、ハヤトは頭を横に振る。


フェミルの母とは、つまり当時のウェルニア女王に他ならない。


ダリアンの言う通り、彼らの母親が犠牲となったと言う文面をそのままの意味で解釈するならば、ウェルニア女王はあの列車に・・・。


違う、そんなはずはない。


だってウェルニア女王はあの時・・・!


玉石混交する情報がハヤトの心を掻き回す。


気持ちの整理をなるべく早くつけたいのに、神楽町が次の停車駅であると言うアナウンスが無慈悲にもそうはさせなかった。



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