贖罪の始まり
ハヤトとアルムは城を出て城門を抜けた先から、大階段を降りて王都の中枢、第一城下町に向かっていた。
広場はもうすでに数回行き来していたので、ハヤトは多少なりとも見慣れていたが、まだ行った事の無い城下町がどんなところなのか、ハヤトは子供心ながらワクワクしていた。
佇む様に歩くアルムの後をハヤトは付いて行く。
大階段を降りると第一城下町のモニュメンントらしき大きな広場に着いた。
中央には大きな噴水が水柱を噴き上げ、雲ひとつ無い青空にいっそうの彩をかけている。
ハヤトはぐるりと辺りと見回した。大きな通り広場を中心に三方に伸びており、その脇に建物が並んでいる。
鉄橋から見た眺めとは打って変わって区画整理されている印象だった。
しばし周囲を観察していると隣にいるアルムが話しかけてきた。
「こちらが第一城下町でございます。この町では主に作物商、パン屋、衣服商など、我々の生活に欠かせないものを生業にしている者達が軒を連ねて商売をしています。その他にも、店を持たない行商人が夕刻には露店を構えて商売に励んでいますわ。」
「へえ、みんな違う商売をしているんだね。」
個人経営という日本では馴染みの無い文化に、ハヤトは新鮮さを覚えた。
アルムは噴水を迂回し、左手の大通りに向かって歩き始めた。
「人それぞれに得意とする商いがあります。それこそ人の数だけ違う商売があるといっても過言ではないでしょう。」
「そんなに商売をしている人が多いと管理するのも大変じゃない?。」
歩きながらハヤトは素朴な疑問を口にする。
ただの若者であるハヤトに難しい政治の話は分からないが、王様のお膝元で種々雑多に商売をしていると都合の悪い面も噴出してくるのではないだろうか。
「それは心配無用です。あれをご覧下さい。」
そう言われ、ハヤトはアルムの指差す方向に目を向けた。
彼女が示したシックな二階建ての建物の屋根に何やら、札のようなものが取り付けられている。
物が小さかったので目をこらえて見ると、札には絵が彫られている。
女性と思しき人の姿が両手を開き、大地を照らしている風景だった。
何かどこかで見たような気がする。
記憶の中に潜む既視感に思考を巡らせようととした時、アルムが説明を始めた。
「あのエンブレムは王都イズンの商会の紋章です。他国からの行商人も含め、イズンで商いをする際には必ず商会に加入しなければならないのです。」
そう言われると、目に入る建物すべてに同じ札が掲げられているのが分かった。
アルムが説明を続ける。
「ウェルニアに脅威をもたらす者でないと判断されたら誰でも商会に入ることができます。その代わり、王室に納税する義務も課せられます。」
「なるほど、タダでは商売をさせないって事だね。」
コクっとアルムは頷いた。
「もちろん国を維持するために納税の義務が存在するのですが、それだけではありません。」
ハヤトは少し首を傾げる。
国が商売人から税金を取ること以外に、彼らを商会に入れる意味とは何だろう。
「ハヤト様はウラルの事はご存知でしょうか?。」
不意にアルムが質問した。
その単語を聞いたのはフェミルに続き二人目だった。
「フェミルからはチラっと聞いたけど詳しくは知らないかな。」
フェミルから聞きかじった知識をアルムに話すと、彼女は合格とばかりに笑みを返した。
「ウラルはその昔、まだウェルニアが王国として形を成す前から、この世界を光でお創りになられたと言い伝えられています。つまり、商会を含め、ウェルニアの民はウラルのご加護のもと生を営むことができるのです。商会に納める税の一部はウラルへの感謝を込め、お城の裏手にある神殿へ寄付されているのです。そのため、札には大地を照らすウラルの姿が象られています。」
その説明を聞き、ハヤトは札を見たときの既視感が何だったのかを思い出した。
初めてウェルニアに来たあの日、城の扉を開けて目に飛び込んできたステンドグラスと同じ絵柄だったのだ。
いつ如何なるときでも大地を照らすウラルの姿を見ることができる環境は、人々の生活に神様というものがいかに身近な存在であるかを感じさせた。
政教分離どころか、宗教すら意識したことの無いハヤトとは異なった価値観だが、ウラルの重要性は肌で伝わってきた。
アルムの説明を一通り受けながら、ハヤトは彼女と並んで大通りを進んでいると、とあるものが目に飛び込んできた。
「アルム。あれは?」
ハヤトは、ある建物を指した。
一軒屋の扉の前に、一角ほどの露店が構えられている。
それだけなら特に気にもしないが、そこに陳列されている商品にハヤトは目を惹かれたのだ。
人の腰ぐらいの高さに設けられているテーブルに、色とりどりの宝石が陳列されている。
その数は、ゆうに数十個は越え、それぞれの宝石にウェルニア語で書かれた札が並べられていた。
「あれは魔法石商ですわ。」
「魔法石?」
露店のテーブルを見つめたままハヤトが尋ねた。
「我々ウェルニアの民は例外なく魔法の力で日々の生活を営んでおります。そしてその魔法にもエネルギーの源があり、その根源が魔法石と呼ばれる石に眠っているのです。」
「それじゃあ、僕みたいに魔法を知らない人でも、石があれば魔法を使えるの?」
「はい、難易度にも寄りますが火起こし程度のものであれば可能です。」
それを聞き、ハヤトは少なからず好奇心をくすぐられた。
魔法というかつてはおとぎ話の産物だったものが、今この世界に来て現実のものとなっている。
ましてや初めての人間でも使える聞いてはやってみたくならないわけがない。
高校を卒業してから大人になったような気分でいたが、ハヤトの心はまだまだ子供のようだ。
自分の心境に内心笑いながらハヤトはアルムにお願いした。
「ちょっと寄っていいかな?」
「もちろんですわ。そのためのご案内ですもの。」
笑みを浮かべて許可を与えたアルムを横目に、ハヤトは足早に店へ近づいた。
来客に気づいたのか、テーブル越しに座っていた店番らしき男がハヤトに話しかけた。
「いらっしゃい。何か探しもんかねぇ?」
男はゆっくりと、低い声で聞いてきた。
男は年季の入った皺に、細めでハヤトを値踏みするように見やっている。
ふくよかなお腹を堂々と構えて座っている姿は、歴戦の商売人の貫禄を示していた。
「あっはい、ちょっと見ているだけです。」
男の質問にハヤトは濁し気味に答えた。
並べられている石それぞれに付いている札は、値段以外にも石の用途らしき内容が記載されているが、ウェルア語で書かれているため、ハヤトには分からない。
ハヤトは横にいるアルムに耳打ちした。
「この石の中で僕に使えそうな物ってある?。」
そう問われて、アルムはしばし石に視線を泳がせ、一つ手に取った。
「これなんかどうでしょう。」
石をハヤトの目線ぐらいにまで上げ、アルムはくるくると石を回して見せる。
「これは風の石です。石に宿る魔力を利用して空気の流れを生み出すことができます。」
へぇ、とハヤトは石の光沢を見ながら興味を示した。
「使ってみるかい?」
男が話に割り込むと、下の箱からゴソゴソと同じ石を出してハヤトに渡した。
「あの、これどうやって使うんですか??」
男はきょとんとした後、いつもの細めに戻り説明した。
「なあに簡単さ。石を握って念じたらいい。おまえさんの想像する"風"が吹くさ。」
あまりにも曖昧な使用説明にハヤトは戸惑った。
想像力に自信が無いわけではないが、風という実体の無いもの浮かべろといわれてても、おいそれとできる芸当じゃない。
ハヤトが困ったのに気づいたアルムがアドバイスをした。
「ハヤト様、無理に風をイメージしてもうまくいきません。風ではなく、ハヤト様にとって心落ち着く場所を想像すると良いかと思います。」
「心落ち着く場所?」
「はい、本来風とは流れを生み出すもの。ハヤト様が今まで生きてこられた過程で、ここが一番自然でいられる。そのような場所には必ず澱みない清廉な気の流れがございます。ぜひ、ハヤト様はその場所を思い浮かべてみて下さい。きっとよい風が生まれると思います。」
ごもっとも、と男も深く頷いた。
男とアルムを交互に見やり、ハヤトは手元の宝石に視線を落とす。
自分にとって心落ち着く場所、自然で居られる場所。
目を閉じ、石を握ってハヤトは記憶の世界に入る。
瞼の裏に、運転所の屋上テラスの光景が映った。
フェミルとの接し方に悩んで亮太とりつ子に相談したことをありありと浮かべる。
晴れた日だったから気温もちょうど良く、運転所の外に広がる田園の香り、高架橋を疾走する新幹線のそう高温など、ハヤトの心をホっとさせるものだった。
つい先日のことを遠い昔のような気分に浸っていた時だった。
握っていた手に違和感を感じ、ふと瞼をを開けた。
魔法石を握っている手から薄緑色の光が弱く漏れ出している。
かと思う内に指の隙間から風が漏れ出して徐々にその風の勢いが強くなった。
風は見えない螺旋をを渦巻いてハヤトを包み込み、やがて力尽きたように風は四方に散って消えた。
風の残り火で露店に被せていた布の屋根がパタパタとなびいていた。
ハヤトを中心にアルム、店の男はしばし沈黙に覆われる。
「これは驚いたな。こんなに良い風は久しぶりに見たぜ。」
静謐を最初に破ったのは男だった。
椅子の背もたれに預けていた体を座ったまま前のめりさせ、男は童心のように目を輝かせていた。
ハヤトは少し困ったように答えた。
「ええと、風に良い悪いとかあるんですか。」
「もちろんよ。風ってのはなあ、人の心を表すんだぜ。欲望にまみれた心の持ち主は息が詰まるような流れを作るし、素直な心の持ち主はすべてを浄化するような風を生み出すのさ。そう、アンタみたいにな。」
カッカッと笑いながら男は饒舌に語る。
さっきの風が見れたことがよほど嬉しかったのだろう。
満足げな笑みのまま男は続けた。
「いやあ、今日は良い日だ。アンタ、その心を忘れちゃいけねえぜ。」
「ええと、ありがとうございます。」
店主と手元の魔法石を交互に見やり、ハヤトはぎこちなくお礼を述べた。
傍から見たらどっちが客か分からない滑稽な図になっていた。
ハヤトもそれだけ褒められると自然と石も気に入ってしまい、風の石を一つ買うことにしたが、驚いたことに代金は要らないと申し出られた。
良い風を生み出してくれたお礼だと言う。
少しばかりハヤトはためらったがハヤトはありがたく頂戴することにした。
アルムとハヤト魔法石商を後にし、まだ見ぬ第二城下町へ行こうと大通りを進み始めた。
「ハヤト様。」
不意にアルムが話しかけてきた。
一呼吸置き、彼女は続けた。
「私、フェミル様があなた様を選んだ理由が分かりましたわ。」
一瞬なの事だか分からなかった。
「選んだって、僕はただ上の命令で動いているだけだよ。今フェミルと一緒にいることだってただの偶然出し。」
ハヤトがそう答えると、アルムは切り揃えられた赤髪を軽く揺らして被りを振った。
「ハヤト様はまだお気づきになられてないのですね。」
アルムはジト目のまま、口元だけが薄っすら笑っていた。
ハヤトは自分一人が取り残されたような気分がして釈然とせず、彼女の言わんとする所を追求しようかと思案したが、野暮に思えて尋ねようとはしなかった。
第一城下町を後にしたハヤトとアルムは、王都の第一層、外界からの玄関口となっている第二城下町へ足を運んだ。
第一城下町からv第二城下町へ降りる大階段を降りたとき、ハヤトはあまりの光景の様変わりに思わず息を飲んだ。
第一城下町にあった行商人とののどかな雰囲気や、アールブの優しい笑顔に満ちていた町並みとは正反対に、槍や剣を腰にぶら下げて闊歩している兵士や、無数の弓矢を背負っては通りかかる兵士に押し売っている少年など殺伐とした空気だった。
そんな者達が縦横無尽に町を練り歩いているのを見ると、嫌でも萎縮してしまう。
しかし、案内役のアルムはそんな空気などどこ吹く風だ。
「えっと、この町っていつもこんな感じなの?。」
アルムはええと自然に頷いた。
「ここは主に鍛冶職人や武具商、火薬商が籍を置く町です。もし諸外国と戦争になりそうになった時は傭兵達はこの町で武器を購入し、戦に備えるのです。」
戦争と聞いてハヤトは思わずドキッとする。
「戦争って、今でも起こっているの?。見た感じイズンは至って平和そうだけど。」
ハヤトの問いにアルムは短く顔を振った。
「ハヤト様が見ておられるのはウェルニア、いえ、王都イズンのほんの一部に過ぎません。ウェルニア王国は四方を数十の国に囲まれた大国。お互いの利害が一致せず、過去世界大戦に及んだものから国境での小競り合いまで、その戦火はいまだ鎮火していないのです。」
これでも随分戦は減りましたが、とアルムは前を向いて歩きながら説明する。
サラっと流せる雰囲気の話ではなく、ハヤトは表情を歪めた。
この国と比べ、おおよそ戦争とは無縁の日本で育ったハヤトには、殺し合いというものがどれほど恐ろしいものなのか正直分からない。
分からないことにある種の恥ずかしさを覚えたのもまた事実だった。
ハヤトの困惑を悟ったのか、アルムは話を切った。
「さあ、ハヤト様行きましょう。案内して差し上げます。」
さっと足早に前を歩いていたアルムに、ハヤトは慌ててその後に続くのであった。
町の造りはほぼ第一城下町を踏襲した構造になっており、四方に伸びる大通りがそれぞれの外門に繋がっているとアルムは説明した。
厳つい兵士や商人が行き交う大通りを歩いている最中、アルムはとある建物の前に立ち止まった。
「折角ですし、ここで一休みしましょう。」
そう言ったアルムが見上げた視線の先には、木製のジョッキが描かれた看板がぶら下がっていた。
ハヤトはあっと思わず声を出した。
「アルム、実は僕勤務中ってことになっているんだ。僕の世界じゃ仕事中にアルコールはご法度で」
と慌てて説明している途中にアルムはクスっと笑った。
「ご心配要りません、ただの食事です。ハヤト様、今日イズンにいらしてから何もも召し上がってないの
ではなくて?」
そう言われて、ハヤトはそう言えば朝の電車の中でパンをつまんでから何も口にしていないな、と記憶を呼び起こした。同時に、ハヤトのお腹も空腹を思い出したかのようにぐーっとなった。
ちょっと歩き疲れたしいいかな。食事だけなら。
「それではお言葉に甘えて」
とハヤトは承諾し、アルムと共に酒場の扉を開けて中に入った。
店内は窓が少ないためか、外の光があまり入って来ず、若干薄暗かった。
入り口の左手に丸テーブルが5つ並べられており、右手にはカウンター式のバーが設置されている。
バーの裏には、諸外国から仕入れてきたであろう大小異なる酒瓶が我が物顔で並んでいる。
真昼間だからかは分からないが、一つテーブルを囲んでいる兵士達以外に客はいなかった。
店の中は木の香りと埃っぽさが入り混じり、酒場独特の雰囲気を引き立てている。
バーで荒いものをしていたマスターらしき男が、ハヤトとアルムに気づき振り返った。
「おお、いらっしゃい。アルム様、お久しぶりでございます。」
「ダルフもお元気そうで何より。」
どうやら、ダルフと呼ばれた男とアルムは旧知の仲らしい。
気心知れた挨拶を交わしていたが、アルムの目元は笑わないまま、ダルフと一定の距離を取って毅然としていた。
ダルフは見慣れないハヤトを一瞥し、アルムに尋ねた。
「アルム様、ええーと、そちらの御人は・・・?」
「紹介するわ。こちらの方は高峰ハヤト様。日本国のお方です。ハヤト様は今フェミル様の公務の関係で我が王国に滞在されております。」
「日本?。ああ、あの異界の国の。」
ハヤトの出自を聞くなり、驚きと共にダルフの声が半音あがった。
日本が異世界と言われると違和感があったが、ウェルニア側から見たら当然だな。
国交が結ばれてから二十年経っているが、日本国内と同様、ウェルニアでも日本人は希少人種らしい。
「初めまして。高峰ハヤトと申します。」
「初めましてハヤト殿、私はダルフ=シュタイン。この酒場の店主をしております。国王陛下には長年ご贔屓にさせていただいております。」
ハヤトはダルフの紹介を聞いて目を丸くした。
「王家御用達のお店なのですか?」
「そうです。この酒場は王都で一番多種多様かつ高価な酒が入る店の一つにございます。今日も店の若いのが王宮での宴のためにひとっ走りしてるところです。まぁ店内はご覧の有様ですがねぇ。」
店主はカラカラと渇いた笑い声を上げた。
それでアルムが顔なじみなのか。
ささっとアルムとハヤトは空きテーブルへ案内された。
見慣れないやつが来たと言う視線を兵士達から受けつつ、二人は窓際奥の席についた。
打ち合わせていたかのように、アルムは食事を二人分注文する。
かしこまりましたとダルフがテーブルを離れると、ハヤトは緊張の糸を切るように、ふぅとため息をついた。
「疲れましたか?。」
聞かれて、ハヤトは少しだけ、と短く返す。
茶色くて程よい薄暗さに包まれた店内に、アルムの赤髪は嫌でも目立っていた。
平時は口も目元も笑わない無表情な顔立ちは、どこか他人と一線を画すようなオーラを持ち合わせている。
たまに見せる笑みや気遣いは業務的なものなのかと失礼ながら疑ってしまう。
ハヤトの視線が気になったアルムが、ハヤトに半目の双眸を向けた。
「あの・・・、私の顔をに何かついていますか?。」
「あっ!、いやぁ・・・、その・・・。」
あなたを観察していましたなんて口が裂けても言えないから、ハヤトはとっさに質問をかえた。
「あの、アルムはフェミルとの付き合いは長いの?」
一瞬二人の間に沈黙が走ったが、すぐにアルムは答えた。
「そうでございますね。もう、6年ほどになりますでしょうか、フェミル様に引き取っていただいてから。」
引き取ってもらった?
その言葉にハヤトは引っかかるような含みを感じる。
アルムもハヤトが感じた違和感を察したのか己の身上を話した。
「私、戦争孤児なのです。」
ハヤトの表情が固まる。
アルムは意に介さず続けた。
「私はここ王都イズンから遥か西に位置する農村で生まれました。西の国との国境が近く、いつも行商人や旅人が立ち寄る賑やかな村でもありました。ですが・・・。」
アルムは口をぎゅっとつぐんだ。
そして決意したかのように、落としていた視線をハヤトに向ける。
「私が幼き頃、西の国との戦争が始まりました。西の国で飢饉が起こり、食糧難が発生したそうです。自国の民に食を与えるために、西の国は略奪のための戦争を仕掛けてきたのです。そして真っ先に狙われたのが私の村でした。」
話しているうちに、アルムの語気が強くなっているのをハヤトは感じた。
アルムの瞳は、ハヤトの襟元を見ているが、彼女の頭の中に映っているのは襲われたときの農村の光景だろう。
感情にとらわれているのか、アルムは話し続けた。
「村には大勢の敵が押し寄せてきました。村には兵士などほとんどおらず、畑を耕すようなことしか知らない農夫、私のような女、子供ばかり。村は火矢の雨であっという間に焼かれ、収穫した作物はみな奪われました。抵抗した兵士達は殺されるか捕虜にされ、他の人たちは着のみ着のまま村を逃げ出したのです。」
ハヤトはアルムのあまりの壮絶な半生に耳を傾けたまま黙ることしかできなかった。
おおよそ、大義名分の欠片もない盗賊のような戦争がまかり通るなんてハヤトには想像できない。
アルムの無念がハヤトにもひしひしと伝わってきた。
「村から命からがらに逃げてきた私は王都への道中、フェミル様率いる王宮護衛隊に出会いました。私の風貌を見かねて、姫様は私を世話役として引き取って下さったのです。孤児とは言え、汚らわしい浮浪者をフェミル様の傍に置くことに、周囲の反対も強かっただろうと思います。」
ハヤトはじっとアルムの生い立ちを聞き入った。
フェミルとのつながりに至るまでそんな経緯があったなんて・・・。
ハヤトは自分が軽はずみな質問をしたことに罪悪感を覚えた。
「ごめん、辛い事聞いちゃって。」
アルムはすぐに被りを振った。
「ハヤト様が気になさる事は無いですわ。むしろ、ハヤト様はでしたらお話しても良いかと思ったくらいです。」
「ん?、僕なら?」
なぜ自分なら良いのだろうかと首を傾げた。
アルムが真っ直ぐハヤトを見る。
「だって、ハヤト様はフェミル様に選ばれた方なのですから。」
その声から、先ほどの憎しみに満ちた雰囲気は纏っていなかったが、声は別の真剣さを響かせていた。
まるで何かを託されたような。
「はい、おまちどお様です。」
ピリピリした二人の空気を溶かすような食事の香りと共に、ダルフが料理を運んできた。
「ありがとう。」
アルムは軽くお礼を言う。
いえいえ、とダルフは和やかに返し、両手に持っていた皿を2つテーブルの上に置いた。
皿の上にライ麦のような穀物で焼かれたパンに、緑の野菜と照り焼きにされた重厚な肉が湯気を立てている。
野菜はレタスのようなものだが、ここはウェルニアなので何という作物かは分からない。
焼きたての肉の脂の匂いと野菜の芳香が混じり、ハヤトの鼻腔をくすぐる。
料理の香りが鼻から食道を通り、胃にまで入り込んでお腹がぐーっと鳴った。
正面にいたアルムは目配せをして、どうぞと言った。
「いただきます。」
ゆっくりと合掌し、ハヤトは一つ目のパンにかじりついた。
その瞬間、ハヤトは目を見開いた。
一口かじり始めたばかりなのに、濃厚な肉の旨みと野菜の甘さがあいまって、思考が止まるほどの美味がハヤトの脳髄を刺激した。
思わず二回三回と早く、しかし確実に噛み締めながらハヤトはパンを咀嚼した。
ゴクリと飲み込むと、この世に生を受けてから経験したことの無いほどの満足感がハヤトの全身に染み渡る。
「うまい、うまいよ!!。こんなの食べたこと無い!。」
かじった跡のあるパンとアルムを交互に見やり、興奮をあらわにハヤトは叫んだ。
「もちろんでございますわ。王室が選んだ酒場の食事ですもの。」
フフっとアルムは不敵ながらも誇らしげな笑みを浮かべる。
続けてアルムが解説をする。
「この食べ物は、ドラゴンの肉に、南方で採れるタイトと呼ばれる光野菜を挟んだサンドウィッチです。どちらの素材もウェルニアの国食と言っても良いくらい広く親しまれております。」
「え?、ドラゴンって食べられるの?」
思わずハヤトは尋ねた。
ドラゴンが食べられることもそうだが、あんな遥か上空を飛ぶ猛獣を捕まえて殺すなど可能なのだろうか。
「すべてのドラゴンが可食なわけではございません。ドラゴンには二種類ございまして、防御のために硬いウロコで覆われている黒竜と、少し小型の赤竜がこの国にいます。ハヤト様が今召し上がっておられるのは赤竜の肉です。」
そう言われ、ハヤトはかじった肉に視線を落とす。
確かに、名前の通り、赤身がかった肉だ。
次にハヤトが質問を重ねる。
「この挟まっている、えーと、ダイムって野菜は?。」
「ダイムは光野菜と言いまして、太陽から取り込んだ光をそのまま葉に保存する機能を持っています。ウラルリーフとも呼ばれている代物です。」
ウラル、またその名前が出てきた。
「なんでそう呼んでいるの?」
「ダイムは光を取り込む野菜のため、光をつかさどる創造神ウラルがこの世をお創りになられたときに生まれた作物だと言い伝えられています。これを食べると、例外なく心が晴れやかになると一品の食材ですわ。私もずっとダイムのお世話になっております。」
そう言われて、ハヤトは疑いなく納得した。
一口かじっただけで目を見開くような野菜は、日本ではまずお目にかかることはない。
こんな作物が世の中に存在するのかと、ハヤトは世界広しと感心した。
残りをパクパクと食べ終え、食後用の水を一息で飲み干して、ハヤトは程よい満足感に浸りながら椅子の背もたれに体を預ける。
気づいたらアルムも皿を空にして、コップに口をつけていた。
ふうっと、アルムも一息ついてコップをテーブルに置く。
お互い食後のリラックス感に包まれ、少ししてからアルムが話した。
「ご満足いただけましたか。王都イズンツアー。」
「ああ、楽しかったよ。見たことない魔法から食べ物まで最高だった。ありがとう。」
ハヤトの謝辞に、フェミルは目は真剣なまま口角を少し上げて微笑んだ。
「それはそれは、私めも精力的にご案内させていただいた甲斐がありましたわ。これで・・・。」
と言いかける前に、アルムの笑顔が消え、王宮で召喚されたときの無表情な顔を一点にハヤトに向ける。
続けて、アルムは予想だにしない言葉を口にした。
「姫様に罪を償う準備はできましたね?。」
{え?」
椅子に預けていたハヤトの体が硬直した。
償う?。罪ってどういうこと?
さっきまでのやり取りとは次元の違う単語が飛び出てきて、ハヤトは聞き間違いだと思った。
念のためにアルムに聞きなおす。
「あの、罪を償うってどういう。」
「知らないわけがないでしょう。ハヤト様は日本人、ましてや鉄道の者なのですから。」
ハヤトには今度こそわけが分からなかった。
自分が鉄道公社の人間であるが故に、それがフェミルに対して罪を背負っていると?
そんなはずはない。
現にハヤトはウェルニアに来てまだ二回目だ。
フェミルやウェルニアとも関わりらしき関係だってやっと構築し始めている真っ最中なのに、罪だなんて冤罪以外の何物でもない。
そう反芻しつつも、アルムの目は凍てつくようにハヤトを射抜いている。
まるで正当な証拠を突きつけた裁判官のように。
ハヤトはパニックになりかけている思考を、可能な限り平静に保つように深く息を吸い、アルムニ反発した。
「罪ってどういうこと?。僕はフェミルと知り合ってまだわずかだし、罪と言われるほど彼女に危害を加えた覚えもない。断言するよ。何なら直接本人に・・・。」
と抗弁の最中で、ハヤトは黙った。
ハヤトが自己弁護をしている内に、アルムの表情が無くなり、彼女の瞳の奥には冷徹さから呆れに近い表情が写っていた。
「ハヤト様は、本当に何も知らないのですか。罪の意味も、なぜ姫様自ら日本の鉄道に出向かれたのかも・・・。」
先ほどの勢いはなくなり、掠れた声でアルムは呟いた。
彼女の中には山と谷を激しく登り下りするかのごとく感情が入り乱れていて、ハヤトは当然ついていけないでいる。
フェミルが自ら日本鉄道公社への研修に志願したのは、一国の主が示しをつけなければならないからだと本人が言っていた。
政治的事情と王という立場の何たるかは一般庶民であるハヤトには分からなかったため、そういうものかもしれないくらいに留めていた。
しかし、アルムの言葉からフェミルがウェルニアの先頭に立つ意味は、フェミルから聞いたこと以上の何かがあることを確信した。
しかし、その何かがハヤトには分からない。
しかもそれは罪と迫られるほど、フェミルにキズを負わせた何か。
額を手で押さえ、その何かに思考を巡らせているときに、ふとあることを思い出した。
初めてウェルニアを訪れたときに、ハヤトを襲おうとした商人。
あの時、ハヤトに浴びせられた暴言は、鉄道が普及することによって起こりうる職の喪失に関するものだった。
ハヤト自身が直接関与していなくても、その組織に所属しているだけで非難の対象になる可能性は十分に考えられる。
ハヤトが襲われた理由も半分言いがかりに近いとばっちりだろう。
しかし、アルムの声や表情からそんな浅はかな真相でないことは、ハヤトは肌で理解した。
では罪とは何だ?
ハヤトに身に覚えがなくても、もはや無視できないところまでコトが進んでいることは分かる。
嫌な汗が背中に張り付く。
強張ったままのハヤトを見て、このままでは埒が明かないとばかりにアルムがガタっと席を立った。
「時間ですわ。お城へ戻りましょう。」
未だに座ったままのハヤトを威圧するように促す。
アルムはダルフに一声かけ、酒場の扉を開けようとした。
戸惑ったハヤトは慌てて席を立ち、ダルフにお礼を言ってアルムの後に続いた。
酒場を出て、武人達が闊歩する通りは、来たときよりも息苦しかった。
城までの帰路は二人とも終始無言だった。
歩くアルムとハヤトの間には見えない壁が介在する。
行きの他愛ないやり取りや酒場での食事が、もはや幻想だったのではないかと思うくらいだ。
それぐらい、ハヤトに向けられた”罪”と言う言葉は重かった。
”罪状”を聞きたくて仕方なかったが、ハヤトには憚られた。
アルム、いや、フェミルの傷口をえぐりかねないかもしれないからだ。
やはり、自分で気づくしかないのだろうか。
ハヤトはチラっと、アルムのほうに目をやる。
ツリ目のまま揃えられた赤髪をゆらし、無言で彼女は前を見て歩く。
途中、ハヤトと視線を合わせたりもしたが、すぐにそっぽを向いた。
余計に悶々としたまま、ハヤトは気づけば城の門をくぐってフェミルの寝室へと近づいていた。
王城広場には、歓迎の宴を堪能し終えた外国の使節や貴族やたちが使用人を従えて帰国の途についている所だった。
豪華絢爛なドレスを身に纏っている貴婦人や、世間話に華を咲かせている紳士達を横目にみつつ、ハヤトはアルムに置いていかれまいとばかりにフェミルの部屋へと向かった。
王城最上階、フェミルの寝室前まで来た。
先導していたアルムは扉の前でくるっとハヤトに向き直る。
ずっと彼女の背中と対面していた反動で、いきなりアルムの赤い双眸がハヤトの目に飛び込んできて、ハヤトはドキっとした。
一瞬間が空き、アルムが一礼した。
「今日はお疲れ様でした。このアルム、ハヤト様の案内役を仰せつかることができたことを光栄に思います。」
思いがけないお礼にハヤトは戸惑う。
少しバツの悪そうにアルムは続けた。
「そして・・・、酒場での無礼をどうかお赦しください。」
「え、いやそんな僕もそこまで気にしてはいないけど。」
と言ったはいいものの、どうやってアルムをフォローしたら良いか考えあぐねてしまった。
罪と言われたり謝られたり、アルムに出会ってからハヤトは彼女に振り回されっぱなしだ。
しかし、アルムにそのような意思がないのは声だけでなく、わずかに体が震えている様子からも分かった。
おそらく幼さゆえにアルム自身が自らの感情を完全にコントロールできなかったのだろう。
アルムは礼をしたままの顔を上げ、声を震わせた。
「ですが、ハヤト様。貴殿にはどうしても知っていただきたい”真実”があるのです。その・・・、詳しいことは下賤である私から伝えることはできません。どうか、どうかご理解願います。」
アルムの瞳が今にも泣き出しそうなほど潤んでいる。
ハヤトは胸に鉛を詰められたように苦しかった。
このウェルニアで何が起こっているんだ?
いや、何があったんだ?
アルムが言わんとする所を、あるはずの無い宙から探すように視線を泳がせていると、後方から階段を駆け上がる音が聞こえてきた。
「ハヤト、アルム。ちょうど良かったですわ。私めも今宴がおわったところです。」
ハヤトとアルムの間に漂っていた沈黙を、フェミルが溶かした。
ハヤトとアルムは笑顔を見せつつも、どこか表情は引きつっていた。
昼間見せた艶やかなドレスのまま、カツカツとヒールの音を立ててフェミルが近づいてくる。
「イズンの町並みはいかがでしたか?。」
ねえねえ、どうだったと小さい子供がせがむような無邪気さでフェミルは尋ねてきた。
そこに、ハヤトが罪と意識すべき事柄は見えてこない。
「ああ、最高だったよ。見たことない町並みに魔法、こんなおもてなしは初めてだった。」
身振りを交えながら少し大げさに感想を述べた。
普段より誇大に感情を出して変に勘繰られないか心配だったが、フェミルはハヤトの感想にご満悦だった。
「アルム、大役ご苦労でした。」
勿体なきお言葉、とばかりにアルムは深々とお辞儀をする。
フェミルに悟られないためか、それとも王女の側近としての矜持故か、つい先ほどまで負の感情で渦巻いていたアルムはもういなかった。
アルムはキビキビとした動作でハヤトに向き直り、一礼して去っていった。
アルムについている香水の残り香と共に、さっきまでのやり取りがハヤトの脳に引っかかったままだ。
ハヤトは少し目を床に落とし考える。
いっそフェミルにアルムとの間で起こった内容を打ち明けようか。
しかし、それは場合によってはフェミルのキズをえぐりかねない。
だと言ってこのまま何も知らないまま進んでいいのか。
堂々巡りの自問がハヤトの体を駆け巡る。
心臓の鼓動が速くなり、首筋に嫌な汗をかいているときだった。
{あの、ハヤト?」
ハヤトは声をかけられ、はっと我に返る。
フェミルは心配そうな表情で、ハヤトの顔を覗き込んでいた。
それほどまでハヤトは追い詰められた面持ちをしていたのだろうか。
胸の内を悟られまいとかぶりを振った。
「あっ、いや、ちょっと疲れててね。いや、そんなこと言っちゃいけないな。よし、机上教育をしよう。今日は列車の運行に関する大事な項目があるから、気合を入れないとね。」
ハヤトは半ば空元気に近い鼓舞をした。
大げさに見られ逆に不信感を与えていないか心配だったが、幸いフェミルはいつもの笑顔に戻った。
「それでは部屋に入りましょうか。」
フェミルがそう言って寝室のドアノブに手を伸ばしたときだった。
「フェミル!!!。」
とっさにフェミルだけでなく、ハヤトもバッと振り返った。
声は先ほどフェミルが上がってきた階段とは正反対の芳香から聞こえてきた。
大回廊の数メートル先に声の主と思しき大男が構えている。
生来から備わっているであろう純白の髪を肩まで伸ばし、上下青色に統一された騎士服の胸元には数々の勲章が掲げられている。
自己紹介を聞かずとも、その男が歴戦の勇士なのは明白だった。
その騎士様は甲冑を身に纏い、剣を腰に携えている家来を両脇に率いてこちらに近づいてくる。
「あ、あの、お兄様。どうして王都に?。確か今グリッド公国へ訪問中だったはずでは・・・。」
兄?、あれがフェミルの兄さんか。
兄妹合わせて白い髪や顔立ちを交互に見比べると、確かに似ている。
それはそうとして、どうもフェミルの様子がおかしい。
声が震えていて、とても兄と会ったことを喜んでいる風ではなかった。
むしろ、会いたくなかった様子さえ窺える。
フェミルの兄は彼女の心中を意に介さ素振りも見せず答えた。
「なあに、グリッドとの講和条約交渉が思った以上にうまく進んでな。早く朗報を伝えたくて、父上に謁見に参ったしだいだ。いやあ、私も鼻が高い!。」
はっはっはっとフェミルの兄は高らかに笑う。
今気づいたのか、フェミルの付属品のようにフェミルの隣にくっついているハヤトを一瞥した。
笑いがとまり、一変して沈黙が回廊を包む。
「フェミルよ、この男は何者だ?。まさか、このダリアンに内密で男と関係を作っているのではなくてな。」
言った瞬間、ダリアンはギロリとハヤトを睨んだ。
どう考えても友好的に見られてはいない。
忘れていたがフェミルはウェルニアの女王だ。
一般庶民、ましてや男と二人並んで寝室に入ろうとしていることがそもそも場違いなのだ。
心象が悪いのは日を見るからに明らかだ。
口を真一文字に閉じ、ハヤトは緊張と焦りを顕わにする。
隣にいたフェミルも口をつぐんでいたが、ハヤトを擁護した。
「いえ、ダリアンお兄様。この殿方は決してそのような御人ではなく・・・。」
と言ったところで彼女は再び口を閉じた。
フェミルは片手を胸元にぎゅっと握りこぶしをつくる。
どう説明したらよいものか考えあぐねているようだ。
しかし、どうもおかしい。
普段のフェミルなら、こんな誤解もものともせず、酒場のダルムに説明したように、ハヤトのことも紹介すれば良い。
しかし、フェミルはハヤトの方をチラチラと見ては、ダリアンに上目遣いをしている。
まるで、ダリアンとハヤトをあわせたくなかったように。
しびれを切らしたダリアンは代わりに語気強くハヤトに問うた。
「おい貴様!、この私、ウェルニア王国第一王位継承者、ダリアン=ヴァ=ウェルニアを前にして、ひれ伏せぬどころか己が身を明かさぬとは不敬に値するぞ!。」
万人を威圧するような視線で、潰すようにハヤトを圧倒した。
ハヤトは一気に目を見開き、全身が硬直する。
これはまずい。
これ以上失礼を働いたら、後にどんなしっぺ返しが飛んでくるか分かったものじゃない。
気迫で失神しそうになるのをどうにか気合で押しとどめ、ハヤトはこれでもかと言うくらいの力で敬礼をした。
「ダリアン様、大変失礼しました。私日本国から参りました高峰ハヤトと申します。現在、日本鉄道公社でエスペランザの運転士をしております。本日は弊社来訪中のフェミル様への鉄道研修に赴くべ、僭越ながら王都イズンへ参上した次第であります!!。」
ハヤトは目一杯毅然とした態度で挨拶をした。
それを聞きダリアンの目が丸くなる。
その目には驚きと共に、憎しみと蔑みの感情が入り混じっている。
激情渦巻くダリアンが当たった先はフェミルだった。
「フェミル!!。なぜ日本人がこの王城にいる!?。ましてや鉄道の者を招くとはウェルニア王室に対する冒涜ではないか!!!。」
「冒涜などではありません!。」
今にも泣きそうな声でフェミルはダリアンに叫び返した。
「お兄様にハヤトのことを内密にしていたことは、お詫びします。しかしこれはこれから我がウェルニアに繁栄を願ってこその事。王室を愚弄するような意図は決して。」
「黙れ!恥れ者が!。」
二人の激しい応酬にハヤトの立ち入る隙はなかった。
しかし、分かるのはハヤト自身が原因の発端になっていることだ。
だが、肝心の理由が全く予想がつかない。
アルムも去ることながら、行商人に襲われそうになる上、挙句の果てには王国のトップ二まで敵に回していることに冤罪の感が拭えない。
ダリアンとフェミルの口論が終わり、、ダリアンがギロっとハヤトを睨みつけた。
「何をしている衛兵!。この男を放り出せ!。」
「「は!」」
甲冑を纏ったダリアンの部下がハヤトの両脇を掴んだ。
ハヤトはパニックになり、腕を振りほどこうとした。
「や、やめろ!。放せ!。一体どうなっているんだ!?。」
制服がグチャグチャになることなどお構いなしで、ハヤトは全力で体をバタつかせる。
「衛兵!やめなさい!。お兄様、こんなことをしても何の解決にもなりません。」
「うるさい、フェミル、お前は忘れたのか?こいつらがあの鉄の化け物を持ち込んせいで母上は・・・っ。」
語尾が小さくなり、再び大きく息を吸ってから、ダリアンはぐっと大きな双眸を見開いた。
「母上は”マルバラの悲劇”の犠牲となったんだぞ!!!!!!!!。」
・・・え?
マルバラの悲劇!!!???
ハヤトはその言葉を聞き、暴れていた体がピタリと止まった。
そして、今まで繋がっていなかった不可解な点どうしが線となって結びつき、同時にハヤトの目の前を暗闇の地獄へ変貌させた。