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時間つぶし

通勤ラッシュもほとぼりが冷める頃の朝、ハヤトは京都駅からエスペランザに乗り、王都イズンを目指していた。


「よいしょっと。」


ちょうど駅に到着したエスペランザに乗り込み、ハヤトは自分の席を見つけた後、それほど大きくないカバンを棚の上にぎこちなく載せた。


ハヤトの服装は白のシャツに下は紺のスーツパンツといかにもサラリーマン然とした姿だが、幼さが抜けていない分どこか不釣合いな印象を持たせている。


座席に座る前にハヤトはチラッと車内を見渡した。


朝の時間帯だからなのかは分からないが、座席はほぼ満席だった。


日本を行き来することができるウェルニア人は貴族や王室関係の特権階級に限定されていると聞いたから、乗客のほとんどは日本人だとハヤトは思っていたが、どうやら違うようだ。


ぱっと見た感じでは日本人とウェルニアのアールブが半々ぐらいだ。


ハヤトは自分の斜め前の席を見ると、ウェルニアで何か商談があるのか、熟練の営業マンらしき男が車窓からの景色を眺めている隣で、ウェルニアの貴族が豪華絢爛な民族衣装を身に纏いながら羊皮紙で誂えられた本を読んでいる光景はなんとも奇妙だった。


そんな事を重いながら、ハヤトは自分の座席に腰を下ろした。


エスペランザは京都駅を発車した後、グングン速度を上げ、ブンっと言う圧縮音と共にトンネルに突入した。


特に何もすることがなかったので、ハヤトは窓際のテーブルに肘をつき、窓越しに鏡に映る車内と自分の姿を見つめていた。


今日もハヤトはフェミルの世話役として王都に赴くのだが、今回は少し毛色が違う。


今日はフェミルが公務のためイズンから一日出られないらしい。


何でも、隣国の使節団が訪問する日だからその接待に当たらなければいけないらしい。


それなら、今日の研修は無しでも良かったのではとハヤトは思ったのだが、フェミルは時間を無駄にしたくないと頑なな態度を取ったので、その結果、ハヤト自らイズンへ赴く形となった。


改めて思うが、お姫様も大変だなー、暢気に思いつつもフェミルの意識の高さに感心せざるを得なかった。


先日、トワイライトエクスプレスを案内して、彼女に肩の力を抜いてもらおうと思ったが、逆に気合が入っていないかハヤトは少し心配だった。


まぁ、気負っているかどうかはフェミル自身に尋ねてみないと分からないわけだが。


そんな風にハヤトがフェミルの気持ちを創造しているうちに、トンネルが薄緑色に光り始めていた。


数分ほどして、ワープ終わりを告げる緑色の発光が無くなり、再び無味乾燥なトンネルの暗闇に戻った。


エスペランザは今、異世界のトンネルを駆け抜けている。


トンネルの進行方向側から徐々に外の光が漏れ出している。


「さてと。」


ハヤトはつぶやき、首をコキコキとならした。


呼応したようにエスペランザもブーンとモータの起動音を鳴らしながら加速し、勢いよくトンネルを抜け出した。




王都イズンの出口を抜けると、以前きた時と同じく雲ひとつ無い青空だった。


駅のすぐ隣に位置する王都イズンの最上層、王城前広場に出ると噴水を中心に商人、兵士、農家の人たちで賑わっていた。


前回と違う所と言えば、お城へ向かう人が多いなと、駅の左手にある城門の階段を昇る人の数を見てハヤトはそう感じた。


フェミルが隣国の接待に当たっていると言っていたからその関係者かもしれない。


いつもと違う広場の雰囲気を一瞥しつつ、ハヤトは他の人に混じって階段を昇った。


縄文に目をやると、以前は閉じていた正面の大門の半分が開いている。


門の前には複数の兵士が通せんぼの如く均等に配置されており、城に入ろうとしている人たちが各兵士の前で列を成している。


「ん?」


ハヤトはあるものに目がいった。


今列に並んでいる人達の手には皆例外なく紙らしきものを持っている。


城に入る際にその紙を見せて兵士がそれをチェックしていた。


「よし、いいぞ。次。」


門番の一人が厳つい声を出して入城許可の号令を出すと、行商人らしき男が安堵の表情を出し、手荷物を持っていそいそと門の向こうへ消えて行った。


どうやらあの紙は入城許可証のようなものらしい。


「まずいな。持ってないぞ。」


ハヤトは心配になった。


以前来た時はフェミルと王室護衛隊のレイオン隊長がいたから、そんな物は要らなかった。


ハヤトは逡巡するが、ここで悩んでも仕方なしとばかりに門の端に位置する通用門ヘ向かう。


もちろんそこにも守衛と思しき兵士が厳しい表情で槍を片手に仁王立ちしていた。


「あのー、すいません。」


「んん?」


ハヤトが恐る恐る話しかけると、兵士は無骨な表情で反応した。


兵士の体つきは、遠くから見た時よりはるかに屈強でハヤトを睥睨している。


ハヤトの立ち位置はまるで蛇に睨まれた蛙のそれだ。


ハヤトは背筋に寒気を感じつつも、声を絞り出した。


「日本から参りました鉄道公社運転士、高峰ハヤトと申します。本日はフェミル様の要請で僭越ながら王城へ参上した次第です。」


入城許可証が無い代わりに列車の運転免許証を兵士に見せる。


兵士はゆっくりと免許証を手に取り、値踏みするようにハヤトと免許証を交互に見やる。


少し考えるふうなそぶりをした後、兵士はハヤトに免許証を返した。


「そなたのことは姫様からお聞きしている。どうやら本人に間違いなさそうだな。よかろう。ただし、フェミル様は隣国の貴族様方との接待にお忙しい身でおられる。謁見する際には十分留意するように。良いな?」


兵士の口調は外見に負けず劣らずの厳かな言い回しだったが、表情には薄っすら笑みを浮かべていた。


「ありがとうございます。」


ハヤトは元気よく挨拶をして一礼した。


兵士は行って来いとばかりに脇にそれて門を開き、ハヤトは城内に足を踏み入れた。





「さてと。」


城へ入ったはいいものの、フェミルが今どこにいるのかを兵士に聞くのをハヤトはすっかり忘れていた。


聞いとけば良かったと若干の後悔を抱きながら、ハヤトは門前の王城広場を横切ろうとしていた。


広場の右手を見ると正面から入城してきた人達の群れが城の端にある一つの扉に向かっていた。


あっちは確か城の貯蔵庫があるってフェミルが言ってたような・・・。


ハヤトは以前きたときの微かな記憶を呼び起こしたが、今は問題ではない。


フェミルがどこにいるか探さないと。


ハヤトは城の扉を開けてフェミルの寝室のある最上階へと向かう。


創造神ウラルの象られたステンドグラスのある踊り場を通って二階へと駆け上がる。


上に行くにつれてなにやらがやがやと話し声がハヤトの耳に入ってきた。


何だろうと思いながら二階へ到達すると、ハヤトは少々驚いた。


階段を出たところから建物の端まで続く大回廊には多くの人たちが歓談を楽しんでいた。


しかも、皆例外なく舞踏会に出るような豪華絢爛な衣装を身に纏っている。


もちろんハヤトのようにネクタイにスーツ姿の人などいない。


時折すれ違う貴婦人に奇異な視線を向けられながら、ハヤトは再び階段を昇り始めた。


三階に近づくと徐々に談笑の声は薄れてきた。


どうやらこの階では催しごとは行われていないようだ。


階段を昇りきると、ハヤトは二階と同じ構造になっている大回廊を歩く。


五ヵ所ほどある部屋の入り口らしき扉が均等に設置されていた。


「えーっと、、前来たときは確か・・・。」


ハヤトはぼやきながらフェミルの寝室と思われる扉の前まで移動した。


フェミルはいるのかな。


ハヤトがちょうど彼女の寝室をノックしようとした時だった。


「ハヤト!!」


名前を呼ばれて、とっさに声のする方向へ振り向いた。


先ほどハヤトが昇って来た階段にフェミルがいる。


少し離れたところからでも分かる純白のストレートヘアは今日も健在だったが、服装は明らかに普段と違った。


頭には金色に光る冠に中央にはウェルニアのエンブレムと思しき宝石が埋め込まれている。


両肩には装飾の施された銀の甲冑に、胸元が少し開いたピンクのドレスを身に纏っている。


まさに、今からお城の舞踏会へ向かわんとするお姫様さながらの格好だった。


ノックをしようと手を上げた状態で顔だけがフェミルの方向を向いたまま、ハヤトは彼女に見惚れていた。


「良かった。こちらにいらしていたのですね。」


今開花した花のような笑顔で、フェミルはゆっくりこちらに向かってきた。


見た目は幼いはずなのに歩く姿はどこか様になっている。


「いや、フェミルがどこにいるか分からなくてさ。とりあえず寝室まで来てみたんだ。」


頭を掻きながらハヤトは答えた。


「それは大変失礼しました。私めがどこにいるか門番に知らせておくべきでしたね。」


「いやいやいいよそんなの。それより今日は忙しいの?。お城は結構賑やかそうだけど。」


王都についてから胸のうちにあった疑問をフェミルに投げかけた。


「はい、実は昨日から西の国の使節団が来訪されていまして、今歓迎の宴の準備をしているところなのです。私を含めウェルニアの貴族のほとんどが参列しているので、これほどの規模になっています。」


「ああ、そうなんだ。」


なるほど、とハヤトは納得した。


道理で下の階が活気付いているわけだ。


おそらく二階は外交用に宴会場が設けられているのだろう。


城への人の出入りが多かったことも頷ける。


やたらと商人風情の人が多かったのは使節団へ上納する引出物を届けに来たと言ったところだろう。


納得感が満たされる一方で、ハヤトはフェミルに対し申し訳ない気持ちになった。


「そんなに忙しいのに今日机上教育だなんて申し訳ない。」


「いえ、とんでもですわ。これは私がわがままを申してハヤトに王都まで来ていただいたのですから。」


フェミルは慌ててハヤトをフォローした。


少し頬を赤めらせたフェミルを見てハヤトは苦笑した。


今しがた歩いてきたときはいかにも女王然としていたのに、会話になると急に幼さがにじみ出てくる。


「そう言ってもらえると嬉しいよ。ありがとう。ところで机上教育はいつから始めよう?」


やっと目下の課題に入った。


今日ハヤトはフェミルが王都から出られない代わりに、ハヤト自ら王城に赴いて列車の講習をするよう上から指示が出ていた。


しかし、具体的な時間帯はフェミルの都合に左右されるため、彼女に従わなければならない。


ハヤトの問いに、フェミルは少し困った顔をして答えた。


「実は、今から歓迎の宴が始まりますので、終わるのは夕刻になりそうなのです。列車のご教示を賜るのはその後になるのですが、ハヤトは何かしら不都合はありますか?」


上目づかいにフェミルが尋ねた。


ちょっとドキっとしつつ、ハヤトは腕時計に目を通す。


14時ちょうどか。


夕刻が5時くらいと見るならば、3時間ほど暇ができるが支障はないだろう。


遅くなった理由に関しては適当に上に話せばいい。


「うん、大丈夫だよ。フェミルの都合に合わせて動くから。」


「ありがとうございます。ですが、ハヤトは夕刻までどちらにいらっしゃる予定ですか?」


「そうだなぁ・・・。」


フェミルに尋ねられ、ハヤトは少し考える。


3時間も余裕があるなら、どこか部屋を借りて別の作業をすることもできるが、折角イズンに来たのに味気ない気もする。


顎を指でさすり、ハヤトは持て余すであろう時間の使い方を思案する。


「そうですわ!」


フェミルが閃いたとばかりに声を上げ、両手をパシっと合わせた。


「どうしたの?」


「ハヤトはイズンの城下町へはまだご覧になられたことはないですよね。」


「うん、前は時間も無かったしすぐ帰っちゃったね。」


前回は城に(しかもフェミルの寝室に)滞在しただけのウェルニア初来訪だったことを思い出す。


「でしたら、ぜひ王都の城下町を散策してみてはいかがでしょうか。きっとハヤトに気に入っていただけると思います。」


誇らしげにフェミルが提案した。


確かにそれならば良い時間潰しになるから、異世界の町並みがどんなものか見て回ろうか。


しかし、広大な街だから迷ったりしないだろうか。


街は鉄橋から眺めた目算だけでも四方数キロはある上に、民家らしき建物も縦横無尽に乱立している城下町だ。


一人で行くのは少々心もとない、と心配していた時だった。


「少々お待ちください。」


フェミルはそう言ってドレスのポケットから小物を取り出した。


窓越しから入る光に反射したそれはネックレスのようだ。


フェミルはそれを首から下げ、妙な仕草をする。


彼女は両手の五本指を対に向かい合わせ目を閉じる。


何が始まるのだろうとハヤトが息を呑む。


その時、フェミルが閉じていた口を開いた。


「アルム。」


その言葉と同時に、ネックレスのペンダントを中心に閃光が放たれた。


「うお!!!」


突然の現象にハヤトは目を細めた。


光がフェミルを大きく包み込んだのは確認できたが、まぶしくてその後の状況が分からない。


目の中に差し込んだ光を振り払うようにハヤトは頭を軽く振り、ハヤトは細めていたまぶたをゆっくりと開けた。


{え?」


思わずハヤトは声を上げた。


フェミルのネックレスから放たれた光がおさまると、彼女の隣に新たな人物が姿を現していた。


背丈はフェミルと同じくらいだろうか。


服装は普段のフェミルと同じくワンピースのようなドレスだが、フェミルの純白とは対照的に全身が紺色だ。


髪の毛の色はギャップを狙ったかのように真っ赤で、顎の辺りできれいに切り揃えられている。


髪の色に違わず赤く光る相貌が真っ直ぐにハヤトを見据えていた。


「ご紹介します。彼女はアルム=フィラデルフィア。長年私の世話役として遣えてきた者です。彼女に城下町を案内してもらいますので、御用がございましたら何なりと彼女にお申し付けください。さぁ、アルム、ハヤトにご挨拶を。」


フェミルがアルムの紹介を終えると、アルムは一歩前に出る。


アルムが一歩前に出た以上にハヤトは気持ちが気後れしているような気分だった。


真一文字だったアルムの口がゆっくりと開いた。


「初めまして、ハヤト様。アルムと申します。短い時間ではございますが、姫様から王都イズンの案内役を仰せつかりました。なにとぞ宜しくお願い申し上げます。」


人形のように無表情だった顔が柔らかい笑みに変わりながら、アルムは軽くお辞儀をした。


世話役と名乗ったが、アルムもフェミルと同じく気品のある少女だとハヤトは直感した。


ハヤトも名乗られてばかりでは失礼だと思い彼も自己紹介をした。


「初めまして、アルムさん。高峰ハヤトです。えーっと、僕は王都どころかウェルニアという国もほとんど知らないんだ。外を出たときに色々質問しちゃうかもしれないけどよろしくね。」


緊張気味にハヤトは挨拶をしたが、アルムは嫌な素振りも見せずニコリと笑った。


「ハヤト!」


「はい!?」


とっさに横槍を突き刺すようにフェミルがハヤトの名前を呼んだ。


見ると、フェミルがジト目でハヤトを射抜いているように感じる。


思わしくない感情をフェミルが抱いているのは確かなのだが、彼女の伝えんとするところがいまひとつハヤトは察することができなかった。


「いえ、何でもありませんわ。」


「??」


そう言ってフェミルはまた、様になった足取りで寝室を後にした。


ハヤトは階段を降りて行くフェミルの姿を見ながらアルムと二人ポツンと取り残された。


「えーと、僕何かフェミルの気に障ること言ったかな。」


ハヤトが不安気にアルムに尋ねたが、彼女は目元が真っ直ぐなまなざしのまま答えた。


「お気になさらないで下さい。むしろ、姫様のあのような接し方はご機嫌の良い証ですわ。」


「え?うそ?。だってあれ、あからさまに突っぱねる感じだったよ。」


「だからのです。あれほど気分の高まった姫様は久しぶりに見ましたわ。」


ハヤトは自分が感じたことと、アルムの発言に乖離が生じていることに戸惑いを隠すことができなかった。


ただ、つい先日知り合ったけどのハヤトと、長年フェミルの傍にいたアルムとであれば当然、彼女の思うところのほうが正しいだろう。


ハヤトは肩をすくめた。


その様子を見て何が面白かったのか、アルムはクスっと笑った。


「どうしたの?」


ハヤトは自分一人状況に取り残された気分だったので、不満げに聞いた。


「いえ、何でもありませんわ。さあハヤト様、参りましょう。王都イズンをご案内差し上げます。」


切り揃えられた赤髪を小さくなびかせ、アルムは階段のほうへ歩き始めた。


まだ心に納得感がでないまま、ハヤトはアルムの後に続くのであった。



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