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国王と謁見

「国王に合って欲しいって?」


ハヤトは、ベッドで新しい制服を着込みながら、狐につままれたような顔になった。


「はい、詳しいことは私も存じ上げてないのですが、おそらく先日の一件に関することかと。」


フェミルはベッド脇の鏡台の前で見繕いをしながらそう答えた。


神をいつものように束ね、指輪や首飾りなど必要最低限の装飾品を身につけて、正装に早変わりする。


とても先ほどまで寝巻き姿でハヤトに泣きついていた少女とは思えない。


喜怒哀楽の激しいところはあっても、フェミルはやはり王女なのだとハヤトは感心した。


ボヤボヤしていられないとばかりに、ハヤトも制服のブレザーに袖を通し、制帽を被る。


フェミルがハヤトの身支度を整えたのを見計らい、二人は寝室を後にした。




国王に面通りする謁見の間は、。王城の最上階に位置するらしい。


本来、そのフロアは他国の使節がお目通りするために国王と面会するための用途であったり、新しく入隊する護衛隊員への激励、勅命といった儀式など、実に多岐に渡っている。


しかし、ハヤトのように、突如指名されて神の代理人とも言えるウェルニア国王に直接会うなど、異例中の異例なのだ。


国王の許しを得たもののみが、謁見の間に足を踏み入れることができる。


淡々と説明しながら歩くフェミルの後ろを、ハヤトはついていく。


寝室のあるフロアの階段を登って行く。


四階のフロアにつき、下階とあまり変わらない間取りの通路を歩いて行く。


まだ上に上がるのだろうか。


誰もいない大理石の回廊を、二人分の足音が静かに響く。


何も話さないフェミルの背中に、ハヤトは思い出したかのように声をかけた。


「マクシミリアンはどうなっているの?」


問われても、フェミルは歩みを止めなかったが、彼女の肩が不自然に揺れた様な気がした。


一瞬間を置き、フェミルが答える。


「彼は今、王城地下の牢獄に幽閉されています。特に抵抗したり、暴れたりする様子は見せていませんが、食事はロクにとっていないようです。」


色の無い声でフェミルが説明する。


鎖に繋がれ、囚人服を身に纏いながら目をくぼませているマクシミリアンの姿が、ハヤトにはありありと想像できる。


しかし、ハヤトはすぐに被りを振った。


ハヤトが聞きたいのはそんなことではない。


「ええと、質問が悪かったかな・・・。その・・・。」


言うなり、ハヤトは言葉に詰まる。


聞きたいことは明確なのに、それがためらわれたのは、言葉を選ぶ必要があったからだ。


フェミルは少しだけ顔を後ろに傾かせた。


「私が落ち込んでいないか、ご心配になられていたのですか?」


ずばり、確信を突かれてハヤトはドキッとした。


ハヤトの図星とも言える表情を見るなり、フェミルは微笑する。


対人的な駆け引きは、王女様には敵わない。


ハヤトはため息でそれを表現した。


フェミルが続ける。


「確かに、事実を受け入れるまでには少し時間がかかりました。マクシミリアンが敵であったという真実はどうであれ、私に忠義を尽くしてきてくれたことに変わりはありません。」


ハヤトは、フェミルの背中を見つめながら話を聞く。


声の調子こそ整えている風ではあったが、時折震えも混ざっていた。


「僕は、フェミルが無理をしていないか今でも心配だよ。もちろんアルムやゴードン騎士団長と違って、僕がフェミルといた時間は短い。僕の言葉がどれだけ君の助けになるかも分からない。それでも僕は・・・。」


言葉が感情についてこないくらい早口になるハヤトを、フェミルの視線がとめる。


ハヤトの向上を制したというよりかは、諭したといった方がいいのかもしれない。


「ハヤトはどこまでも私のために尽くす方なのですね。」


フェミルの顔が優しい笑みに変わる。


フェミルのことを心配していた当のハヤトは、さぞかし間抜けな顔をしていたことだろう。


フェミルが歩きながら呟いた。


「実は、マクシミリアン服隊長に関しては、私にも至らないところがあったと思っています。


彼はウェルニアを守るために忠誠を誓い、戦の最前線に立ってくれました。


そんな服隊長の心を疑う余地はありません。


そして、考えてみたのです。


命がけで戦い抜いてくれた兵士が、掌を返したように和平交渉に踏み切ることがどれだけ彼らの気持ちを愚弄しているのか・・・。」


ハヤトは、マクシミリアンに追い詰められたときの彼のセリフを思い出す。


ハヤトの身を按じてフェミルが一緒に寝たときは、マクシミリアンの心情も彼女の頭にあったのかもしれない。


ふと、フェミルがが窓の外を見やる。


先日の爆発騒ぎが、まるで嘘のように空は青く、イズンの街は平和だ。


「父がやってきたことを、私は否定するつもりはありません。これからも、私は戦争の無い平和な世界を実現するため、尽力するつもりです。しかし、王国のために命を賭してくださった人たちの心も忘れてはならない。今回の事件、その教訓となるでしょう。」


フェミルは自分自身に言い聞かせるように、ハヤトに話す。


いや、実際言い聞かせているのだろう。


「・・・無理は、・・・しないでね。」


思わず、ハヤトからそんな言葉が漏れる。


一介の庶民であるハヤトが、国を束ねる王女にかけるには大きく出たセリフかもしれない。


しかし、ハヤトはそう言わずにはいられなかった。


フェミルは、ぱっと後ろを振り向く。


ハヤトが驚いたのは、フェミルがいきなり後ろを振り向いたのではなく、彼女が心底嬉しそうな表情をしていたからだ。


「ご心配なく。ハヤトのおかげで、無茶はできなくなりましたわ。」


嬉々として話すフェミルの表情が、王女から少女のそれに変わる。


ハヤトは困惑する。


なぜ、そんなに嬉しそうなのか分からないからだ。


「・・・どういうこと?」


ハヤトは尋ねるなり、フェミルは待っていましたとばかりに質問に答え始めた。


「ハヤトは、私の生涯で初めて友となって下さいました。そして、あなたはどんなときであれ、私を見捨てずに追いかけて来てくれたのです。そんなハヤトに、私は初めて自分の弱さをさらけ出すことができました。これは、どんな宝物にも勝る財産であり・・・。」


フェミルは嬉々とした笑顔から、少し恥ずかしそうな表情に変わる。


「永遠に手放したくない存在なのです。」


言われて、ハヤトは顔に熱がこもるのを感じた。


そのままの意味で受け止めるなら、今までの人生でハヤトがかけられたことが無いほど、歯がゆいストレートな気持ちだった。


それはフェミルも同じだったらしく、彼女の白い頬が桜色に変わる。


気恥ずかしさを隠すように、フェミルはハヤトを見つめた。


「また、あなたに頼っても良いですか?」


愛おしいまでに真っ直ぐな双眸が、ハヤトの目を捉える。


ここまではっきり懇願されるなら、肩に受けた傷ぐらい安いものだったのかもしれない。


ハヤトは、うん、と短く答えた。


晴れやかな表情をした二人は、気付けば王城最上階、謁見の間の入り口についていた。





「失礼いたします。」


純金の取っ手で装飾された扉を、フェミルはゆっくりと開けた。


気後れしつつも、ハヤトは彼女に続く。


無理もない。この扉の奥にはフェミルの父、このウェルニアを統治する国王が仰せられるのだ。


ハヤトは汗を握り、唾を飲む。


フェミルが扉を開けきり、二人は謁見の間に足を踏み入れた。


「ほぁ」


ハヤトの第一声は、おおよそ緊迫とはかけ離れたものだった。


まず目に飛び込んできたのは、その広さだった。


広間の両脇は、数えるのも躊躇われるほどの石柱が等間隔に建てられ、外の景色を見る壁は一切ない。


天井は建物三階分はゆうに吹き抜けていて、天井には創造神ウラルとその従者達が楽園で戯れている姿が描かれている。


少し下に目を落とせば、階下の回廊もかすむほど磨きぬかれた大理石が敷き詰められている。


天井の壁画を見事に写している様は、まさに神の芸術に他ならない。


謁見の間に入るときの緊張も忘れて、呆けたように中の荘厳さを眺めていたとき、フェミルがハヤトの一歩前に進んだ。


「国王陛下。フェミル=スフィア=ウェルニア、仰せの通り参りました。」


その言葉に、ハヤトはハッとなって、フェミルの見つめる方へ向いた。


謁見の間の最奥、広間全体から見ると小さく見える赤い背景幕と、大仰とも言える黄金色に装飾された玉座。


そこに、かつてハヤトが幼き頃、テレビの画面越しにしかお目にかかれなかったウェルニア国王が、ハヤトとフェミルを待っていた。


その隣には、フェミルの兄、ダリアンが控えている。


この国の歴史を蓄えた幾重の髭に、年季の入った皺。


それでいて精気にみなぎる赤い双眸は、長年国王の座に君臨してきたに相応しい風体だった。


国王の二つの瞳は、ハヤトが入る前からその姿を捉えていたのではないかと思うほど、全てを見透かしているようだ。


否応なくハヤトの心拍数が上がる。


フェミルの返事に、国王は深く頷いた。


「我が娘よ、良くぞ無事でいてくれた。そして・・・。」


国王の目が、フェミルからハヤトに移る。


ハヤトと国王の視線が合わさり、ハヤトは肝を掴まれたような緊張感を覚える。


国王は、値踏みするようにハヤトを見据えて言った。


「我が王女を、命を賭して守り抜いた騎士と言うのは、そなたか?」


騎士。その言葉の意味を、ハヤトは判じかねる。


騎士と言う単語をあえて選んでいるのか、ハヤトの身分を知らないでいるのか定かではない。


肯定の返事を躊躇っている間に、フェミルが答えた。


「そうです父上。私の隣におります高峰ハヤトは、謀反を企てましたマクシミリアンから、自らの命も顧みることなく、私の命を守り抜いてくださった御人です。また、ハヤトは日本とウェルニアの親善のため、私目に尽くしてくれた鉄道の運転士にございます。」


フェミルがそう述べた瞬間、ダリアンの眉間に皺が寄ったのが、ハヤトには見えた。


本当なら、フェミルが無事戻ってきたことを大手を振って喜びたいところなのだろうが、彼女の隣にいるハヤトと、鉄道と言う単語に起因する負の感情が、それを上回っているのだ。


国王がフェミルの目配せをして、小さくため息をついた。


「これ、フェミルよ。そう急くでない。ここは余とダリアン、そしてそなた達二人の聖域であるぞ。何人たりとも、ここを侵すことはできん。それに問うおるのはフェミル、そなたではない。」


しわがれた声で、それでいて芯の通った声が愛娘を制す。


躊躇われたが、ハヤトはフェミルを横目に一歩前に出て、遠い玉座におられる国王に目一杯敬礼した。


「国王陛下、お初にお目にかかります。私は日本国から参りました高峰ハヤトと申します。現在私は御国と日本を結ぶ国際列車「エスペランザ」の運転士を仰せつかっております。そして・・・」


ハヤトはいったん言葉を切り、俯きそうになるのを堪えて続けた。


「フェミル様をこのような危険に遭わせてしまい、大変申し訳ございませんでした。」


ハヤトは深々と頭を垂れた。


事情はどうであれ、ハヤトはフェミルを守る過程でさまざまなリスクを犯してきた。


最愛の娘が命の危険に晒されたことを思うと、国王は気が気でなかったに違いない。


謁見の間を、しばしの沈黙が包み込む。


「高峰よ、面を上げい。そなたを呼んだのは、何も責めるためではない。」


ハヤトは恐る恐る頭を上げる。


国王は肘をついてハヤトを見据え、かけるべき言葉を探しているように見える。


一方で、国王の隣いるダリアンの渋面は険しさを増していた。


「しかし、驚いたな。かつて王国最強の呼ばれたマクシミリアンを退けた者が、よもや矮躯の少年とはのう。」


ハヤトは賛辞と受け止めて間違いない国王の言葉に違和感を覚えた。


「国王陛下、お言葉ですがマクシミリアンを倒したのは僕ではありません。あのとき、列車搭載の召喚術で来て下さったゴードン隊長、そして護衛隊の皆様に他なりません。」


それに、あのエスペランザでなければ、彼らの助けを呼ぶことなど絶対できなかった。


今思い出しても、九死に一生を得たと言っても過言でない綱渡りをしたのだ。


弁解するハヤトに、国王は今まで見せなかった笑みを浮かべた。


「はっはっはっ!。敵を倒した手柄を、自身のものでないと申すか!。これは恐れ入った。」


真一文字の口元だった国王が、外に響くのではないかと思うほど豪快に笑った。


ハヤトだけでなく、ダリアンとフェミルも国王の笑いに面食らっている。


実の父親のこんな姿を、今まで見たことが無かったのかもしれない。


「高峰よ、そう謙遜するでない。そなたに武術の心得がない中、知恵を巡らして我が娘を守りぬいたのだ。

明晰な頭脳は時として、万の軍勢をも蹴散らす剣になり得る。その勇気、大いに誇るべきだ。」


真に愉快。全身でそう表現する国王に、どういう態度を取れば良いかハヤトは分からず、しばし黙り込む。


一方、ダリアンは不快そうに国王を横目に見ては、これでもかと言うくらいハヤトを睨みつける。


ハヤトに対する思いは国王と正反対で、国王さえいなければ罵詈雑言がダリアンの瞳の奥で渦巻いているのが、ハヤトには見えた。


「さて、そなたにだけ話をさせていては不敬であるな。余からは、そうだな・・・、何を話そうか・・・。」


国王は言葉を探すように、視線を宙に浮かせる。


ハヤトはその様子を見るなり、ここに呼ばれた理由が本当に理解できなかった。


国王がハヤトを召喚した理由をフェミルは知らないと言っていたが、どうやら本当のようだ。


国王が視線をハヤトに戻すと、思い出したかのように口を開いた。


「重ねて問うが、良いかな?」


「?、は、はい。」


強張った表情で、ハヤトが身構える。


少し考えるような素振りを見せ、国王は尋ねた。


「高峰は、誰か大切な人を失った経験はあるか?。」


予想しなかった質問を投げかけられて、ハヤトは一瞬戸惑いつつも過去の記憶を呼び起こす。


実家の父母と、一人の弟。祖母も健在だし、友達も誰一人として他界した人はいない。


「いえ、いません。」


思えば、この世に生を受けて二十年弱。誰かを失った経験は一度もしたことがない。


国王が目を見開いた様子から、ハヤトの返答が意外であったことが窺えた。


「そうか・・・。」


思っていた回答とは違うと言う呟きだったが、そこには落胆の色はない。


国王は少し目線を上げ、話す内容が決まったと言う顔で話をした。


「高峰よ。そなたも知っているとは思うが、私の妃、ワイズ=セイル=ウェルニアは貴公の国、日本がもたらした鉄道の厄災により、その生涯を閉じた。妃は誰よりもウェルニアを愛し、誰よりもウェルニアのために生きてきた存在だった。マルバラの悲劇が起きたあの日、我が妻の亡骸と対面したときのことは、今でも鮮明に覚えておる。決して、忘れることはないであろう。」


ハヤトは目を逸らさず、じっと国王の向上に耳を傾ける。


国王の隣にいるダリアンの表情は、過去の記憶で歪んでいた。


後方にいるフェミルの姿は見えないが、悲痛のオーラは彼女を直接見ずともハヤトに伝わってきた。


「悲しきものだ。私はそれまでの努力を無にするかの如く、周辺国との和平交渉をやめ、三日三晩悲嘆に暮れていた。故意か事故かなど関係あるまい。最愛の妻を奪った鉄道が、異世界の蛮国が憎い。私は思い至った。このウェルニアに住まう異界の蛮族どもを皆殺しにし、日本に攻め入って民を一人残らず根絶やしにしてやろうとな。」


聞けば想像することすら恐ろしい残虐行為を示唆する国王に、ハヤトは背筋が寒くなった。


表情こそ変わらなかったが、国王の瞳に映るのは、復讐を果たした先にある世界に見えた。


「しかし、ある出来事をきっかけに、思いとどまってしまったのだ。」


国王が窓のない天井を見上げる。彼の視線は、神々の戯れる楽園を捉えていた。


「私は妻を亡くし、数日間絶望に打ちひしがれながら眠りについたある夜、彼女に出会ったのだ。」


「え?」


ハヤトは思わず声を上げた。


一瞬何かの例えかとも思ったが、国王の様子からして、とてもそんな風ではなかった。


ハヤトの驚きもむべなるかな、と察して国王は先を続けた。


「この世界には”審判の門”と呼ばれる伝説があってな。ある国では”死者の関所”、はたまた別の部族では”神のふるい”など名称は多岐に渡る。しかし、その中身はどれも同じ。その人達の人生において究極の選択を迫られたとき、もしくは生死を彷徨ったときに誘われる神殿のことだ。」


その内容に、どこかで聞いたような・・・っとハヤトが伏目がちに記憶を辿ろうとした瞬間に、ハヤトの脈が上がった。


ハヤトがフェミルの寝室で目覚める直前、ハヤトも国王が言った”審判の門”にいたのだ。


あれはただの夢ではなかったのだと、ハヤトは思い返す。


少し動揺したハヤトの様子に、国王はしばし目を細めたが、特に問い質すようなことはしなかった。


「その審判の門に現れたのが、我が妃、ワイズだった。最初は神がもたらした奇跡だと信じたが、悲しいかな。ワイズの話を聞くなり、それは違うと分かってしまった。だが・・・。」


言葉を切り、国王はハヤト、そしてフェミルと交互に見やる。


「私は妻に問われたのだ。あなたは、私の復讐のために野蛮に成り下がるのか。私の思いを引き継ぎ、ウェルニアのために尽力するのか、とな。」


国王の声が震えている。


彼が今見ているのは、前にいるハヤトとフェミルではなく、神殿で王妃と対面したであろうあの神殿での場面だろう。


「あの時、余がいかに愚かな選択を取ろうとしていたのか、思い知らされたのだ。どれほど大切な人を失おうとも、それを復讐の黒魔術にしてはならぬ。自分がこの世界から消え去ってもなお、我が妻、ワイズはその大切さを教えてくれたのじゃよ。」


国王が隣のダリアンと、目の前のフェミルに目配せをする。


二人の表情は変わらなかったが、見ている景色は同じだろう。


「・・・国王陛下は、・・・そのあとどうなさったのですか?」


自然とハヤトの口からそんな質問がでた。


同じく審判の門に立ち、亡き王妃と対面したハヤトは、国王の取った行動がどんなものなのか知りたかった。


問われて、国王はハヤトを見据える。


その目は、嘆きでも、国王の豪快なそれでもなく、どこまでも優しい眼差しだった。


「なおも交戦中の周辺国との和平交渉。そしてマルバラの悲劇を起こした日本との和睦だ。鉄道普及の推進も含めてのう。」


最後の一分の語調が強くなった。


ハヤトが鉄道組織の一員だから、そうしたのだろう。


「神の召されるこのウェルニア王国でも、鉄道と言う奇跡の箱舟は必要不可欠だ。いずれ国家間の交易は改善され、この世界の平和に大いに貢献してくるだろう。余は、そんな未来に期待しておる。」


国王の双眸は優しいままだが、それでいて真剣な双眸がハヤトを捉えて放さない。


ハヤトと出会えてよかった。国王は心底そんな表情をしていた。


「さて、余ばかり口上を垂れても仕方なかろう。これ、ダリアン。おぬしの口から何か気の利いた激励はないのか?」


突然話を振られたダリアンは驚愕を露わにして、視線をハヤトに向ける。


言ってやりたいことは星の数ほどあるが、何か最適か考えあぐねているように見える。


険しい表情のまま、終始無言を貫いていたダリアンが深く息を吸った。


「高峰ハヤト!!」


怒声のような大声で、ダリアンがハヤトの名前を呼ぶ。


ダリアンの声で、謁見の間の空気がビリビリと振動し、ハヤトの脳髄にまで響く。


ハヤトだけでなく、隣のフェミルまで後ずさりしていた。


それでも、国王の表情は変わっていない。


顔面を彫刻刀で彫ったような険しい表情のまま、一片の緩みも見逃さないと言う眼差しで、ダリアンはハヤトを捉えていた。


「私は、母を奪ったマルバラの悲劇を決して忘れはしない。たとえ、創造神ウラルがその罪を赦そうとも、私はそれを認めない。」


憎悪に近い叫びを浴びせられ、ハヤトの心臓が脈打つ。


この感覚、初めてダリアンと対面し、城を放り出されたときと同じだ。


ふと、ハヤトが隣を見ると、フェミルが心配そうな目線を向けている。


彼女がこういう顔をするときは、ハヤトが動揺を隠せていないときだ。


「しかし!。」


ハヤトがバッとダリアンの方を向く。


「貴様が我が妹、フェミル王女を生命の危機から救ったことも紛うことなき事実。私がこの勇気を否定しようものなら、今度は私に神の鉄槌が下ることだろう。マルバラの悲劇で、多くの命が失われたこと。そして、神の子である我が妹を守り抜いた功績。この二つの事実、決してこの世界から消えることはない!。」


突如、ハヤトの功績がダリアンの口から出てきて、ハヤトはおもむろに困惑している。


ダリアンの言わんとするところが、まったく分からないからだ。


探るようにダリアンの顔を見つめるが、それで真意が掴めるわけではない。


しかし、不思議なことに、終始憎悪で渦巻いていたダリアンの顔色が変わっている。


険しさこそ残っているが、ハヤトを見るダリアンの目から、敵意は消えていた。


「この事実を神の御前に捧げて、貴様に問おう!。」


ダリアンが、これでもかと言うくらい手をハヤトの方へ伸ばした。


「貴様は、あの鉄の乗り物を操るものとして、これからも己が使命を全うできるのか!。我が妹を救った勇志をもって、エスペランザをこの世界にこの世界に安寧をもたらす奇跡の箱舟にするために、お前はその身を捧げることができるのか!?」


ダリアンの声が、謁見の間の隅々まで響き渡る。


ダリアンのハヤトに向ける視線は、かつて見せていた憎悪から願いへと変わっている。


その瞬間、ハヤトはダリアンの言わんとする所を痛切に理解した。


ダリアンはもう、このような惨劇を起こして欲しくないのだ。


そして、彼はもう一度鉄道を、日本を信じてみようとしている。


異世界の箱舟、これからも信ずるに値するか否か、ハヤトは問われている。


見れば、国王、隣のフェミルもハヤトの回答を待っている。


ハヤトは視線を下に落とし、掌を見つめる。


多くの人の命を背負って、列車のハンドルを握ってきた手だ。


そして、これからもこの手はこれからも多くの人たちの希望、願いを運ぶためにエスペランザを動かす。


その覚悟を、異世界の王国に問われているのだ。


フェミルの世話役を引き受けると決めてから、既に答えは出ている。


ハヤトは背筋を伸ばし、フェミル、国王、そしてダリアンを順に見やり、敬礼した。


「日本鉄道公社運転士、高峰ハヤト。私は生涯をもってウェルニア、日本両国の発展に寄与するべく、そのハンドルを握り続ける所存です。これからも両国と共に、私は安全な鉄道の運行をここに誓います。」


ハヤトは敬礼の姿勢を寸分も崩すことなく、ダリアンを見据える。


ダリアンは、求め続けていた答えを見つけた、賢者の双眸をしている。


「その誓い、夢忘れるでないぞ。」


静かに、それでいて確かな語気で、ダリアンが言い放った。


隣の国王は、満足そうな笑みを浮かべている。


フェミルも笑顔のまま、ハヤトを見てその視線を離さない。


エスペランザがこの地を走り、早十年。


様々な人の思いが渦巻き、交錯する世界に、ハヤトは確かにそこにいる。


しかし、人々が鉄道に何を思い、鉄道がもたらすものに何を願うのか。


人の数だけ思いはあれど、根本は変わらない。


ウェルニア王城で誓いをたてた今、その歯車は回り始めた。


ハヤトは未だ、敬礼の姿勢を保つ。


人が願う明日への一歩は、まだ始まったばかりだった。




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